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ジオストーム Geostorm

●「ジオストーム Geostorm」
2017 アメリカ Warner Bros. 109min.
監督・(共同)脚本:ディーン・デヴリン
出演:ジェラルド・バトラー、ジム・スタージェス、アビー・コーニッシュ、エド・ハリス
   アンディ・ガルシア他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
地球規模的大災害を描くと似ちゃうものなのだろうな。「2012」とか、その他多数。
本作は「インディペンデンス・デイ」でローランド・エメリッヒと共に脚本を担当した
ディーン・デヴリンが監督と共同脚本を務めた、地球規模的自然災害をテーマとした
デザスター&サスペンス&スペースムービー。IMAX 3Dで観ようと一瞬思ったものの
嫌な予感がしてやめておいた作品を、欧州旅行の行きの飛行機の中の小さい画面で鑑賞。
日本語吹き替一択だったので仕方ないのだが、アビー・コーニッシュの声、どこかで
聞いたことがあるなあ、と思ったら、ブルゾンちえみだったww。意外にフィットして
いたが、どうも、彼女の顔がちらちらして、画面上は超かっこいい大統領SSサラが損をしていた
ようなww。

世界に異常気象が多発、それを科学で抑え込む宇宙ステーション「ダッヂボーイ」を
作り上げた。そもそも異常気象って人間が原因なのに、根本を押さえず、対処療法で
とてつもないものを作り、それが暴走するとは、誠に天に唾する人間の不遜さよ。
その「ダッヂボーイ」が暴走し、世界各地で超が3つも4つも付くような異常気象が
出来!日本でも超でかい雹が降り、街中がボコボコにされちゃいます。

そしてそれらが同時に起きる「ジオストーム」の発生までのカウントダウン。これを
止められるのは、そもそもこの装置を作り上げた責任者ジェイク(バトラー)だけ
だった。しかし、「ダッヂボーイ」の暴走には、今の大統領(ガルシア)をなき者とし、
大統領の座を奪いたいジェイクの上司デッコム(ハリス)の存在があった。

大画面で観たら相当良さげな宇宙シーンではあったしデザスターシーンもリアリティも
ありイイ感じだったし、大統領SSのアビーのアクションやらカーチェイスもかっこ
よかった。だがしかし、ラスボス、デッコムのやりたいことは結局地球を破壊してしまう
わけで、それで大統領になって何をしようとしたのか?釈然としなかった。
例によって母親のいない幼い女の子の父であるジェイクとの親子愛、政府内にいる弟との
兄弟愛、自己犠牲を覚悟した主人公の行動、などは既視感ありありだし、最後は
ハッピーエンドなのだが、大きく膨らんだ風船が小さく萎んだ感じをうけてしまった。

一番目立っていたのはアビー・コーニッシュ(弟の婚約者でもあった)のカッコよさ
かな。
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<ストーリー>
衛星の暴走による地球滅亡の危機に立ち向かう人々の戦いを描く、ジェラルド・バトラー
主演のスペクタクル・アクション。
『インデペンデンス・デイ』で製作・脚本を担当するなど、ローランド・エメリッヒとの
タッグで活躍してきたディーン・デヴリンが初監督に挑戦。
最新データに基づいた、地球規模の同時多発災害の恐ろしさをリアルに映像化する。

未曾有の自然災害に襲われ続ける地球と人類を守るため、世界各国が団結し、最新テクノ
ロジーを搭載して天候を制御できる気象宇宙ステーションを開発し、災害は過去のもの
となる。
しかし、運用開始から2年後、宇宙ステーションがウィルス感染により大暴走を始め、
地球に猛威を振るい始める。銀座のど真ん中に直径5m級の巨大な雹が降り注ぎ、
インドではすべてを飲み込む巨大な竜巻が同時多発、リオデジャネイロの常夏の海が
瞬時に凍り、香港では地底マグマによりビルのドミノ倒しに……。
これらの災害が同時に起き、地球を壊滅させる災害“ジオストーム”の発生も時間の問題と
なった。

地球と人類の滅亡の危機が迫るなか、宇宙ステーションの暴走を止めるべく、その生みの
親である天才科学者ジェイク(ジェラルド・バトラー)と、ジェイクの弟で天才政治家
マックス(ジム・スタージェス)が立ち上がる。ジェイクをリーダーとした世界中の
科学者が集まる宇宙チームと、マックスを中心とする地上チームが、地球の危機に立ち
向かう……。(Movie Walker)

<IMDb=★5.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:12% Audience Score:37%>





by jazzyoba0083 | 2018-05-12 19:15 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「シャイアン Cheyenne Autumn」
1964 アメリカ Warner bros. 160min.
監督:ジョン・フォード  原作:マリ・サンドス
出演:リチャード・ウィドマーク、キャロル・ベイカー、ジェームズ・スチュワート
   アーサー・ケネディ、エドワード・G・ロビンソン、カール・マルデン、サル・ミネオ
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
西部劇が嫌いなのではないが、いや、作品によっては好きなものもあるのだが、特に映画史に
残る名監督として知られるジョン・フォードについて言えば、数作しか観ていない。
「真昼の決闘」や「帰らざる河」などは好んで観ているのに、なぜかジョン・フォードに
関してはそんな状況だ。映画好きとして食わず嫌いはイカンだろうということで、この度
NHKBSが放送してくれた西部劇名作を鑑賞したわけだが、本作もその中の一つ。

西部劇の中でも、負の側面を持つ作品だ。ジョン・フォードがどういうスタンスを
持って西部劇を演出してきたか、詳しいことは知らないのだが、本作を観た映画ファンの
ブログなどを観ると、「駅馬車」などでインディアンを悪者に仕立て上げてきた
ジョン・フォードの、インディアンに対する「贖罪の意識」が強く出ていると言う人が多い。
これがフォードの西部劇として最終作となるわけで、彼にそうした意識が出ていたとしても
不思議ではない。原作の選び方、脚本の方向性など、これから書くように彼の考えに思いを
致す場合、彼が描いた先住民に対する「贖罪」と言って良いのだろう。

確かに、西部開拓史を語る上で、アメリカという国が先住民にしてきたことはアメリカの
最大級の暗い歴史であり、その後、「ソルジャー・ブルー」などという作品も出てきて、
一層明らかになるようにアメリカ全体に先住民に対する「負い目」があるのは確かな
ところだ。未開の土地に文明国が入植すれば必ず起こる事態であり、そのコントロールに
於いてアメリカは大きな過ちを犯してしまったのは歴史に明らかである。
ハワイ併合、米西戦争などこの時期のアメリカの植民地主義は多くの過ちを生んだ。

先住民(インディアン)から故郷を取り上げ「居留地」に押し込める法律は19世紀初頭
には成立し、先住民部族は白人に追われる立場となった。本作も、時代は下るがシャイアン
族が故郷であるイエローストーンを追われ、居留地に来たものの、暮らしづらい環境に、
ついに故郷に帰ることにした事に端を発する。居留地の白人女性教師が、後にシャイアン族
の追討にやってくる騎兵隊大尉アーチャー(リチャード・ウィドマーク)に求婚される
デボラ(キャロル・ベイカー)である。

映画から、シャイアン族を始め、先住民たちが白人に約束をことごとく破られ、土地を
騙し取られ、故郷を追われた悲哀が伝わる。先住民に理解を示すアーチャー大尉らの
引き止めも功を奏さず、シャイアンは故郷に帰る道を歩む。年寄りや赤子、病人を含む
貧しい一行の前には気が遠くなるような距離があり、寒さと飢えが立ちはだかる。
追跡してくる騎兵隊との銃撃戦も起きた。白人側の被害は今で言う「フェイクニュース」
のように、犠牲者が水増しされて都会に伝わり、政府の耳に入り、先住民たちは
野蛮で凶悪であるというイメージが白人たちの間に固定化されていった。

ついに部族は二手に別れ、デボラらがいるグループは騎兵隊の砦に保護されることになった。
しかし、そこの隊長は、口では優しいことを言うが、司令部から、先住民を居留地に
帰せ、という命令を受けると、寒い時期に彼らをまた気の遠くなるような距離を歩いて
戻れ、というのだった。気高い先住民たちは、あくまでも故郷に戻ることを主張し、
砦から脱出しようとして騎兵隊と戦闘が起きる。

アーチャー大尉は、ワシントンまで出かけ内務長官にシャイアンの惨状を直訴する。
理解ある内務長官は西部の地までアーチャーとやってきたのだった。そして騎兵隊に
囲まれて大砲を打ち込まれていたシャイアンを救い出したのだ。

本作で白人はアーチャーとデボラ、内務長官以外は、先住民に対し無理解、非情な存在と
して描かれる。ドッジ・シティのシークエンスは取って付けたような塩梅で、評価が
分かれる演出だろうが、ワイアット・アープ(ジェームズ・スチュワート)とドク・ホリディ
のコンビとて、ポーカーにうつつを抜かす白人として描かれ、白人側の無理解を
強調するシークエンスとして観ることが出来る。時間が長すぎな感じはするが。
これらはすなわち、原作はあるものの、ジョン・フォードのこの映画の制作時点での
先住民に対するスタンスととらえて良いのではないか。
(※ジョン・フォードが35歳前後にワイアット・アープが亡くなっており、アープは
フォードの西部劇製作に少なからぬ影響を与えたようだ。そんな時代の人なのだと
いうことに改めて驚いた)

先住民の悲哀を描く映画は数あるが、本作はオーソドックスながらも、骨太な演出で
シャイアンの人々と彼らを取り囲む白人たちを描けていてなかなかの良作といえよう。
ただ、最初のうちは70ミリシネマスコープが捉える大西部の美しい情景は見どころの
一つだったが、下の写真にもあるようにラストの先住民と騎兵隊との対峙のシークエンスは
合成丸わかりで、残念だった。
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<ストーリー>
故郷イエローストーンから、荒涼たるインディアン居留地に移されたシャイアン族は、
病気と飢えのため約3分の2が死んでいった。酋長達は相談の上、生き残った同胞を
つれて故郷に帰ることにした。一行の中には、子供達に読み書きを教えているデボラ
(キャロル・ベイカー)という白人の娘が加わっていた。

脱出の報に合衆国警備隊は追跡を開始。その中には、デボラを妻にと望んでいる
アーチャー大尉(リチャード・ウィドマーク)がいた。シャイアンに同情をよせながらも、
任務のため非情な追跡をせねばならなかったのだ。
酋長達の努力にもかかわらず、仲間割れが原因でついに戦いは始められた。ニュースは
誇大宣伝され内務長官は鎮圧しなければ、自分の政治的生命も危ないと悟った。

ダッジ・シティでは市民軍が結成され、隊長には名保安官ワイアット・アープ
(ジェームズ・スチュアート)が選出された。アープの努力にもかかわらず、両軍は
大混乱をおこす始末。

やがて冬になり、寒さと飢えがシャイアンを苦しめた。アーチャー大尉とデボラの説得で、
酋長の1人は降伏したが、白人達の苛酷な態度に再び戦う決心をした。
洞窟に身を隠したシャイアン達に、合衆国陸軍は大砲で攻撃した。もはや時間の問題と
思われた時、騎馬隊が現れ、その先頭にいたのは内務長官とアーチャー大尉であった。
シャイアンの生命を救うため、政治的生命を捨ててやってきたのだ。

うららかな春の日、シャイアン達がアーチャー大尉の部隊に護られてイエローストーンに
到着した。愛しながらも、シャイアンを苦しめたアーチャー大尉を許すことができなかった
デボラは、初めて彼と喜こびをわかちあった。(Movie Walker)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:70% Audience Score:46% >



by jazzyoba0083 | 2018-05-02 12:21 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

素敵な遺産相続 Wild Oats

●「素敵な遺産相続 Wild Oats」
2016 アメリカ Wild Pictures,Defiant Pictures and more.92min.
監督:アンディ・テナント
出演:シャーリー・マクレーン、ジェシカ・ラング、ビリー・コノリー、デミ・ムーア他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
「ちょっといい話」というテイストの、気楽に観られる名女優二人の演技も楽しい
コメディ。論評をどうの、というタイプの映画ではない。当然ツッコミどころも多いし
でもそれがあってのコメディだからそれをあげつらっても仕方がない。
私くらいの老境に達すると、身につまされるというか共感出来る部分もあり、それは
それで心に響く部分もある。一時間半、笑って心がほっこりすれば良し。個人的には
楽しい時間を過ごさせてもらった。

とにかく夫をなくしたばかりのシャーリー・マクレーンのすっとぼけたキャラと、
余命幾ばくもない(のだろう)ジェシカ・ラングの、冒頭からハイテンションのお笑い
モードと、長年固く結ばれた親友としての友情を観ているのは悪い気分ではない。

エヴァ(マクレーン)の夫の葬儀から映画は始まる。夫の保険金5万ドルが、保険会社の
手違いで500万ドルの小切手が来てしまったのが騒動の始まり。
親友マディは深刻な病気になっていて、余命幾ばくもない。ならば、だまって使っちゃえ
と、ファーストクラスに乗ってスペイン領カナリア諸島の超豪華ホテルのスイートに
泊まり優雅なヴァケーションを楽しんでいた。

そこに保険会社から保険金の奪還を命じられる定年間近の老調査員、カジノで45万ドルも
勝っちゃったエヴァを狙う詐欺師(こいつが痴呆症を発症しているのが面白かった)ら
を巻き込んで騒動が起きる・・・

ま、この手の映画の常道として、ウィットが効いたハッピーエンドだ。(マディの余命は
変わらないようだが)。まああり得ない話を楽しむタイプの映画、肩の力を抜いて
愉しめばいいと思いますよ。エヴァの娘がデミ・ムーアで、彼女の存在もキーになって
いたりする。全編静かに流れる趣味の良い音楽もいい。

原題のWild Oats だが、調べてみると「wild oat:カラス麦」
sow one's wild oats 「若さにまかせて放蕩に走る」などの意味があるらしい。
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<ストーリー>
最愛の夫に先立たれた元教師のエヴァ(シャーリー・マクレーン)。40年来の親友マディ
(ジェシカ・ラング)は、落ち込む彼女を明るく励ましていた。
そんなある日、亡き夫が遺した生命保険がエヴァの口座に振り込まれる。だが、5万ドルの
はずの保険金額が、保険会社の手違いで、なんと500万ドルに。間違いに気付いたエヴァは
直ちに返金しようとするが、マディはそのお金で“美しい島でバカンスを楽しもう”と提案。
早速2人は、ヨーロッパの人気リゾート地カナリア諸島へ向かう。

その頃、保険会社の職員ヴェスプッチ(ハワード・ヘッセマン)は、誤って振り込まれた
保険金を回収するため、エヴァの自宅を訪れる。そこで2人がカナリア諸島へ向かったこと
を知り、エヴァの娘クリスタル(デミ・ムーア)と共にエヴァたちを追うが……。
(Movie Walker)

<IMDb=★5.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:ーーー Audience Score:31%>






by jazzyoba0083 | 2018-04-23 22:50 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「世界でひとつのプレイブック Silver Linings Playbook(名画再見シーリーズ)」
2012 アメリカ The Weinstein Company 122min.
監督・脚本:デヴィッド・O・ラッセル 原作:マシュー・クィック
出演:ブラッドリー・クーパー、ジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ
   ジャッキー・ウィーヴァー、クリス・タッカー、アヌパム・カー他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
それまでも注目株であった若手女優ジェニファー・ローレンスの存在を揺るぎないものに
した佳作。封切り当時映画館で鑑賞したが、このたびNHKBSでの放送を機会に再度観て
みることにした。

やはり映画って、2度目で見えてくるところってあるんだなあ、とつくづく感じた。
より深く伝わると言うか、映画からこぼれてくる思いというか、そういうものを本作に
関しては胸に沁みてジーンと伝わってきた。初回は泣かなかったが、2回目はラストでは
泣けた。下に初見の時の感想ブログを貼っておきますが、観方がまだ薄っぺらいなあ。

特にラストで主人公パット(クーパー)が言う「人はいろんな人を傷つけて生きていく」と
いうセリフ。誠にそうなんだ。そして「ボクはたくさんのいい人に助けられて幸運だった」と
続ける。
そういう人生はラッキーだ。彼の場合、精神状態が辛い時に出会ったティファニー
(ローレンス)の存在が幸運をもたらした。その経緯が映画になっているわけだが。

人生には辛いこともたくさんある。というか、辛いことのほうが圧倒的に多いだろう。
しかし、原題にもあるように「どんな雲の裏にも銀の裏地」があるのだ。(不吉な雨雲の
向こう側には太陽の光明が輝いている)
パットは、学校教師の妻が歴史教師と自宅で浮気の真っ最中に出くわし、それ以来
別居状態。さらにそれがキツイ精神的ダメージとなり、躁うつ病を発症してしまう。
しかし妻を諦めきれない執念のようなものが彼の精神状態を余計にややこしくしている。
片や、パットの親友の妻の妹ティファニーも、警官だった夫を交通事故で失い、自分を
見失っていた。そうした二人が出会い、不思議な関係の中で、知らずと心の中に信頼と
愛情が芽生えてく。

二人の精神状態がまともではないので、大声で怒鳴り合うこともあるし、突然感情が
激しく変化するという困難もある。だが、ティファニーの提案で、ダンスをすることに
より、パットもティファニーも二人の関係を通じて自分を見つめ直す。

彼らを取り巻く家族、特にパットのお父さんで、アメフトの賭けのノミ屋みたいなことを
やっているロバート・デ・ニーロ、とにかく優しく包んでくれる母のジャッキー・
ウィーヴァーの存在がいいし、彼らとその仲間の形作るコミュニティーのありようも、
パットとティファニーという主人公カップルを浮き彫りにするのに温かく大きな役割を
果たしている。ラストで明らかにされるティファニーがパットに仕掛けたサプライズが
明かされる辺りで、涙腺崩壊だ。

「人生、辛いこと、大声で叫びたいことが多いけど、前を見て足元を見て自分を愛して
くれる人を見つめて歩き出せられれば、きっと上手く行くよ!」
この映画の主張はそれだ、と得心した。それこそ、原題の持つ、「シルバーライニングの
作戦書」なのだ。(シルバーライニングとは英語の格言「どんな雲でも銀の裏地を持つ」から。そこから「逆境下の希望の光」というほどの意味)詳細は私の初見の時のブログを
ご覧いただけるとありがたいです)
原作ありきとはいえ、ラッセル監督の作劇は上手いもんだ。ダニー・エルフマンの音楽も
作品によくマッチしていて鑑賞者の情感の上げ下げによく貢献している。

皆さんご指摘のように、更にその後の活躍を見るだに、この映画におけるジェニファー・
ローレンスの演技は圧倒的である。もちろん後年オスカー主演男優賞の常連となる
クーパーも上手いけど、ジェニファーの素晴らしさはエンディングに向けてどんどんと
加速する。彼女、決してハリウッド的美人ではないが、良い女優さんになったなあ。
まだ28歳。ますますの成長が楽しみである。




by jazzyoba0083 | 2018-04-21 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

誘う女 To Die For

●「誘う女 To Die For」
1995 アメリカ Columbia Pictures,Rank Organisation.106min.
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ニコール・キッドマン、マット・ディロン、ホアキン・フェニックス、ケイシー・
   アフレック、イリアナ・ダグラス、アリソン・フォランド、ダン・ヘダヤ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ニコール・キッドマン、今や何を考えているか分からない不気味な女性を演らせると
天下一品だが、今から13年前はまだピチピチして可愛くもセクシーだったなあ。本作でも
何を考えているのかよく分からない頭のネジが外れちゃったような女を好演している。
当時からそうんな性格を出せる女優さんと思われていたのかな。
彼女、個人的にあまり得意としない女優さんだが、本作については可愛いし、アホなサイコ
キラーっぽい役回りがピッタリだと感じた。それと若きホアキン・フェニックスがいい。

本作は実際にあった話が小説になり、それを映画化したものだが、相当脚色がなされている
と見えて、ラストは全然実際とは異なる。

全体の演出としては、「テレビ」というものの存在を意識し、映画自体がドキュメンタリーの
ような構成になっていて、そのあたりはガス・ヴァン・サントの上手いところだ。

とにかくテレビの世界で有名になりたい少女が長ずるに及びお金持ちのボンボンと計算
高い結婚をし、やがて「子どもを作って店を手伝ってくれ」と言い出されるに及び、彼を
殺害することを計画する。それに巻き込まれるのが、高校生の主張みたいな企画で彼女が
取材に入った高校の生徒3人だったのだ。一番スザーン(キッドマン)を好きになり、
彼女のセックスの虜になってしまったのがジミー(フェニックス)であった。

スザーンは3人の生徒にカリフォルニアでテレビの仕事を一緒にしよう、と甘言の限りを
尽くして騙し、それには旦那が邪魔だから殺してね、と誘うのだ。純粋な彼らはそれを
実行してしまう。その時刻にはスザーンはテレビでお天気キャスターとして生出演中。
高校生らのやる殺人なんて指紋だらけ、返り血は処理しないなど杜撰なものでたちまち
逮捕されてしまう。しかし、スザーンは裁判で無罪となるのだ。だが、殺された旦那の
父親に雇われたハリウッドのニセプロデユーサー役のマフィアに殺されて湖の氷の中に
閉じ込められた。(実際の犯人は今でも刑務所で服役中)

話は上昇志向の強いお馬鹿な女が自分の夢を実現するためになんでもやらかすという
もの、それにテレビというメディアの怖さを内包させ、画作りも凝ったガス・ヴァン・
サントの構成・演出と、キッドマンの何を考えているのか分からない恐怖を内在した
笑顔に代表される気味の悪さが光った作品だった。もちろんスザーンの虜になり純粋な
若い性と愛を弄ばれたジミーを好演したホアキン・フェニックスの存在は欠かせない。
それと終始スザーンに疑いを持つ旦那の姉(スケーター?)のイリアナ・ダグラスが
映画の句読点になっていて全体を引き締めているように感じた。ラスト、スザーンの
死体が下に凍っている氷の上でスケートをする彼女、溜飲を下げて滑っているのだろうか。

可愛そうなのは、スザーンを信じてひたすら純粋に彼女を愛した旦那(マット・ディロン)
だ。何の落ち度もないのに高校生に銃殺されちゃって。麻薬中毒にされ、高校生は
麻薬の売人だった、とスザーンはいけしゃあしゃあと嘘をつくんだから。

ガス・バン・サントの映画作りと若きキッドマンの魅力が堪能できる一品だと思った。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
TVで有名になるという野望に向かって突き進み、ついには夫を亡き者にした悪女の姿を
通して、マス・メディアの危険なパワーを痛烈に諷刺したブラック・コメディ風のサス
ペンス。
ヒロインはもとより様々な関係者たちによる証言で物語を再構成する語り口も斬新。
90年5月に起こった、22歳の女性教師が15歳の少年をそそのかして夫を殺害させた事件に
材を取った、女性作家ジョイス・メナードの長編小説『誘惑』を、俳優のかたわら
「卒業」や「天国から来たチャンピオン」の脚本を手掛けたバック・ヘンリーが脚色。
監督には「ドラッグストア・カウボーイ」「マイ・プライベート・アイダホ」「カウガール・
ブルース」のガス・ヴァン・サントが当たった。

ニューハンプシャー。物心がつくと同時に「TVに出て有名になる」という決意を持って
いたスザーン・ストーン(ニコール・キッドマン)は、大学(専攻はTV報道)を卒業
すると、父親の経営する地元のイタリアン・レストランで働くラリー・マレット(マット・
ディロン)と結婚する。彼の姉ジャニス(イレーナ・ダグラス)はスザーンのことを冷たい
女と言って結婚に反対するが、彼女にベタ惚れのラリーは耳を貸さない。

ハネムーン先はフロリダだったが、現地のホテルでTV界の大物たちが会合を開くと聞いた
からだ。夫の目を盗んで、熱心に売り込みを始めるスザーンはハネムーンから帰ると、
フロリダで仕入れた情報を元に地元のTV局に就職する。
雑用係のつもりで彼女を雇ったボスのエド(ウェイン・ナイト)に次々と企画書を提出する
スザーン。とうとう根負けしたエドは渋々ながら彼女をお天気キャスターに採用した。

ラリーはそんな妻を自慢に思い、全面的に応援する。お天気キャスターでは飽き足らない
スザーンは、さらにエドを説得して、高校生たちの実態を描くドキュメンタリーを制作する
許可を得た。彼女は恰好の素材として落ちこぼれの3人組、ジミー(フォアキン・フェニック
ス)、ラッセル(ケイシー・アフレック)、リディア(アリソン・フォランド)と出会う。
一緒にハリウッドへ行こうと夢を語る彼女に上昇指向を刺激され、反抗的だった3人も次第に
心を開いていく。

ラリーは彼女が何をするにも深い理解と愛情を示していたが、仕事に夢中になり家庭を省み
ないスザーンに、とうとう「いつかは子供を持ち、将来はレストラン経営を手伝ってほしい」
と持ちかける。夫の言葉は彼女にショックを与え、彼は目的達成の邪魔になると考えた
スザーンは一計を案じてジミーを誘惑し、彼を官能的なセックスで虜にした。リディアも
彼女を崇拝し、今では彼らはスザーンの言いなりだ。彼女は夫が暴力を振るうと訴え、
ラリーの殺害をほのめかす。

結婚1年目の記念日。リディアが持ち出した銃を使って、ジミーとラッセルはラリーの
殺害を実行した。番組を終え、帰宅したスザーンは、嘆き悲しむ悲劇のヒロインを演じる。
かけつけた報道陣のカメラの行列に自分が注目される瞬間に、スザーンの顔にうっすらと
恍惚にも似た表情が宿る。3人は素人犯行を見破られ、スザーンにも殺人教唆の容疑が
かかる。
だが、裁判で彼女は無罪となり、死人に口なしとばかりに取材陣の前で、夫は麻薬中毒
だったと発言。やがてマスコミの前から姿を消したスザーンは、念願だったハリウッドの
プロデューサーに会う。しかし、それは息子の死を無念に思うラリーの父親が依頼した
マフィアの殺し屋(デイヴィッド・クローネンバーグ)で、スザーンの死体は湖の厚い
氷の下に沈められた。(Movie Walker)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:87% Audiece Score:65%>



by jazzyoba0083 | 2018-04-18 23:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

シェーン Shane

●「シェーン Shane」
1953 アメリカ Paramount Pictures. 118min.
監督・製作:ジョージ・スティーブンス
出演:アラン・ラッド、ヴァン・ヘフリン、ジーン・アーサー、ブランドン・デ・ワイルド、ジャック・パランス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
古い時代の西部劇映画は、個人的に趣味の範疇ではない。とはいえ、幼い頃、「ララミー牧場」とか「ガン・
スモーク」などはよく観ていたわけで、嫌い、というほどでもない。ジョン・フォードも当然彼の有名な作品の
名前は知っているが、たぶんほとんど観たことがないと思う。あえて観てみようと思わないという感じでいままで
来た。

しかし、映画好きを自認するものとして、名作と言われるものは、何が理由で名作なのか、ある意味「研究対象」と
して見る必要はあるな、と感じ、今回、NHKBSで連続して西部劇を放映したので録画して鑑賞してみた。

今更この映画になんの論評や感想を加えるのか、というくらい特にラストシーンに代表されるように西部劇映画の
歴史に残る名作として評価が定まった作品だ。先日観た「Logan/ローガン」のラストでも本作へのオマージュが
描かれていたように、アメリカでは知らない人のいない作品。

私は初見。ネタバレも何もこの期に及んでにあったものではないので中身をガンガン書きますが、私はラストは
ジョーイ少年が「シェーン!カムバーック!」と言って終わっているのかと思ったら、その後に「シェーン!
グッドバーイ!」というセリフがあったのだな。思い込みとは恐ろしい。このセリフには実は色んな捉え方が
出来る秘密があるんじゃないだろうか、と理解出来た。

しかし、本作のファンには申し訳ないが、この映画、スキのない絶賛映画なのかなあ?というのが正直な感想。
まず演出的に、各シーンの間延びが目立つ。それぞれのシークエンスが無駄に長いと思うのだ。それはシェーンが
一宿一飯の世話になるスターレット一家とのそれぞれの家族との向き会いでのエピソード、街の酒場での乱闘や
にらみ合いのシーンなど、テンションが下がる間延びを感じてしまう。そう思われる人、いませんか?
それと地主であるライカー一家は、おそらく先住民を追い出して開墾し、自らの土地とし、スターレットの
ような入植者を小作として牛や農業を広めていたのだが、ライカーらがスターレットに言うことに一理あるのが
こまっちゃうんだよなあ。だからといって牛の大軍を入植者の畑に入れてめちゃくちゃにしたりするのは許される
ことではないのだが。いいところもたくさんある映画だけど、両手を上げて★10個とはいいづらいものがある。

それとシェーンはほとんど演技していないですよね。それがこの映画のスタンスなのだろうけど、スターレットと
木株を2人で切り倒すところとか、ジョーイ少年に銃の撃ち方を教えるところくらい?あとは黙って立っている。
だいたいシェーンて誰? 流れ者なんだけど、その素性は全く語られない。あの拳銃ホルスターは何?予備弾丸も
入れられない。ということはリボルバー5発か6発で全て自分の身は守れるということの現れなのかな。いや、
後述するが、かつてのガンマン、シェーンも銃の時代は終わったのだ、くらいの気持ちで銃を腰にしているという
主張なのだろうか。

本作を観ていて私は「木枯し紋次郎」を思い出した。ふらっとやってきた宿場町。とある一家や人物のトラブルに
巻き込まていながら「あっしには関わりのないこって」とニヒルを決め込む。しかし最後には敵をバッタバッタと
切り捨てる。そんなイメージが重なって見えた。しかし、ひたすらクールでニヒルな紋次郎に対し、シェーンには
より重い「心の動き」が描かれている。

おそらく西部時代の、個人が銃を持つ時代の最後あたり。銃の早打ちのシェーンも出来れば銃のない生活で
穏当に暮らしたいと思って流離っていたのかもしれない。しかし、世話になったスターレット一家のトラブルに
距離を置いていたが、黙ってみているわけには行かなくなってしまうのだ。ウィルソンの決闘において、本作中
シェーンはたった一回、人に向けて銃を放つ。それは、ウィルソンを倒しスターレット一家やその仲間を救うと
いうニュアンスより、映画全体のトーンとしては、シェーンの銃に対する決別のような気がしてならない。

ラストはライカー一家に雇われた用心棒ウィルソンと決闘し勝ち、ラストの有名なセリフを吐いて、去っていく
のだが、その時のジョーイ少年のセリフが「シェーン!カンバーック!」なのだ。だが、実はシェーンは決闘の
中で怪我をしてた。ジョーイ少年も気がつくのだが、去っていくシェーンにジョーイ少年がグッドバーイと声を
掛けるのは、実はシェーンはあの傷が実は致命傷になっていたのではないか、と受け取ることも出来る。去って
行く彼は、ジョーイ少年のいろんな掛け声に一回も振り向くことはないことは何かを暗示している気もするのだが。
しかし、開巻の頃のジョーイ少年とラストシークエンスのジョーイ少年の表情に成長が観られるのが素晴らしい。

ビクター・ヤングの名曲「遙かなる山の呼び声」と、普及し始めた「シネマスコープ」の映像は素晴らしい!
(今回のNHKBSはデジタルリマスターだったので余計に綺麗だった)
余計なことかもしれないが、本作はこの年のオスカーには作品賞監督賞にノミネートさえされていない。
ヤングの名曲すらだ。何か、この映画の当時の捉えられ方が透けて見えるような塩梅じゃありませんか?

西部劇といえば、「OK牧場の決闘」「真昼の決闘」「駅馬車」などなど、敵と正義の対比が明らかにされ、
正義が勝つプロセスと結果が観客のカタルシスとなるわけだが、「シェーン」について言えば、その範疇から
外れた、愛と思索に満ちた異色の西部劇ということが出来よう。見るべきは活劇ではなくジョーイ少年や
スターレット一家を中心とした人物描写、という作劇なのだ。そこに本作を名作たらしめている理由が
あることは良くわかった。
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<プロダクションノート>
 おそらく、西部劇史上、十指に数える事に異論はないであろう傑作。舞台は緑麗しいワイオミングの高原地帯。
縁あって開拓移民のスターレット一家に厄介となる、旅人シェーン。折しも、この地では開拓移民と牧畜業者の
間で土地をめぐる諍いが起こっていた。
やがて、スターレット一家にもその騒動が飛び火してきた時、世話を受けていたシェーンは、彼らの間に割って
入っていく……。

西部の股旅物としてはまことにオーソドックスな展開なるも、全てのスタッフ・キャストによる奇跡のコラボレー
ションがこの名作を造りあげた。風景描写・人物描写共に丹念かつリアルな演出を施した監督のG・スティーヴン
ス。J・シェーファーの原作を基に、あくまでも子供の視点から物語を構築させ、英雄譚と人情劇を融合させた
脚本。ワイオミングの美しい山間風景の中にキャラクターを確実に捉えた撮影。そして、主題曲『遥かなる山の
呼び声』の余韻も忘れ難い、調べの数々。シェーンに扮するA・ラッドは一世一代と言っていい快演を見せ、
その早撃ちシーンと相俟って観客に永遠に記憶されるであろう主人公となり、一家の父=V・ヘフリンと母=
J・アーサー、この映画の語り手でもある少年ジョイ=B・D・ワイルドも正に適役。そして、実は少ない
登場シーンながらも強烈なインパクトを残して消えていくJ・パランスの黒づくめのガンマン。

語るべき要素は枚挙に暇がない。優れた西部劇は少なくないが、ここまで多くの人に愛された作品はそうある
ものではない。大衆性と娯楽性の両方を持ち合わせているからこそポピュラーとなるのだ。それは10年以上
経ってから、同名のTVシリーズ(主演はデヴィッド・キャラダイン)になった事でも明らかであろう。
(allcinema)

<IMDb=7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:97% Audience Score:81% >



by jazzyoba0083 | 2018-04-13 16:34 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ザ・ドライバー The Driver」
1978 アメリカ 20th Century Fox,EMI Films. 91min.
監督・脚本:ウォーター・ヒル
出演:ライアン・オニール、イザベル・アジャーニ、ブルース・ダーン、ロニー・ブレイクリー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
「逃がし屋」を描いたその後作品(ライアン・ゴズリング「ドライバー」など)に大きな影響を与えた
ウォーター・ヒルのカーアクション。見どころはCGを使わない(というか時代ではない)LAの街なかを
フルに使ったカーチェイス。そして刑事役のブルース・ダーンを除いて一切笑顔がないクールかつ
スタイリッシュな映像。フィリップ・H・ラスロップの画作り、ペキンパーばりのハードボイルドあたりか。

クルマを使った大きなシーンは3つ。冒頭カジノからの現金強奪シーン、次の仕事の仲間を納得させるため
オレンジのベンツを使って広い屋内駐車場でのアクロバット走行、そしてラストのトランザムを追うオニールの
赤いトラックのシーンだ。カーチェイスやカークラッシュシーンは今では珍しくもないが、当時、道路を封鎖し
実写で展開したリアルなチェイスは迫力満点。甘いマスクのライアン・オニールの「銃は嫌いだ」とか言って
おいて、いざとなれば顔色変えずに銃で人を撃つ。終始クールな存在感。ラストも金にならない仕事をして
警察に捕まりそうになるが、それでも顔色一つ変えることなく現場を去っていく。「ある愛の詩」から8年後の
オニールだ。

背景の音楽がやはり時代を感じさせるし、台本の詰めが甘いところもあるが、91分という時間の中に
スリリングな展開を凝縮させたウォーター・ヒルの手腕が冴える。出演者に名前が無いというのも珍しい。
それと、最後には裏切るイザベル・アジャーニのニヒルな存在がどこか欧州の香りを醸していた。
オニールの運転する赤いトラックの助手席に座って、激しいチェイスのシーンでも怖がるわけでもない
ポーカーフェイスだ。
オニールとアジャーニの関係を具体的になにも語らないところも良かったんじゃないか。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
その男『ドライバー』(ライアン・オニール)はエンジンをふかして賭博場の前で待っていた。賭博場から
出てきたのは賭博の売り上げ金を強奪して逃げてきた覆面の男2人で、『ドライバー』は無表情に彼らを乗せ
逃走する。『ドライバー』は銀行ギャングや強盗の逃走を請負うプロの逃げ屋なのだ。

彼のドライブ・テクニックは巧みでベテランのパトカーも追いつけない。パトカーの必死の追跡からうまく
逃げきり、仕事の依頼主から礼金をうけとるとそのまま無表情に消え去った。
彼を執拗に追う『刑事(デイテクテイブ)』(ブルース・ダーン)はいつも捜査線上に浮かんでも現場と
証拠をつかめない『ドライバー』の逮捕にやっきになっていた。そこで『刑事』はスーパーマーケットを
襲撃した3人組の1人『眼鏡(グラス)』を捕え、『ドライバー』に罠をかけるべく取り引きをする。

『ドライバー』に仕事を頼み誘い出すことに成功したら逃がしてやる、というのだ。『刑事』はそのために
ナンバーを控えた札200万ドルを囮に使う銀行に用意させ、それを強奪させた。
しかし欲にかられた『眼鏡』は『刑事』を裏切って仲間とともに200万ドルを一人占めにしようとし、
それに気づいた『ドライバー』は、『連絡屋(コネクション)』と呼ばれる女を通して暗黒街に換金して
もらい、逃走する計画を立てる。駅のロッカーを利用して行なわれる金の受け渡しには、『賭博師
(プレイヤー)』という美女のギャンブラーをたてた。しかし、暗黒街の換金屋は列車の中で『刑事』に
殺されてしまう。『刑事』は、計画通り駅にとって返し、別のロッカーに入れられた金を取りにきた
『ドライバー』を捕えるが、驚いたことにカバンの中は空っぽだった。換金屋が『ドライバー』を騙し金を
ぬいてあったのだ。それが彼を救うことになったのだった。証拠がなく、今回もまた『ドライバー』は
『刑事』の逮捕を免れた。(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:80% Audience Score:77% >



by jazzyoba0083 | 2018-04-04 23:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

潜入者 The Infiltrator

●「潜入者 The Infiltrator」
2015 イギリス George Films,Good Films. 127min.
監督:ブラッド・ファーマン  原作:ロバート・メイザー
出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・クルーガー、ジョン・レグイザモ、
   エイミー・ライアン、オリンピア・デュカキス、ベンジャミン・ブラット他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルとノリエガ将軍、「イラン・コントラ」事件に
まつわる映画はたくさん作られてきた。先日観たトム・クルーズの「バリー・シールズ」も
そうで、バリーはこの映画の中にも出てくる。

1980年代レーガン政権下で、アメリカ国税庁特別捜査官であったロバート・メイザー氏の
回顧録をベースに描かれた麻薬カルテルへの潜入捜査官の孤独な戦い。
邦題は原題の直訳だ。長い映画で、登場人物もいろいろ出てくるので整理するのに難が
あるのだが、(この麻薬戦争を描く映画はいつもそう)、それらはラストに向かっての
長い助走に過ぎないのだ。

カルテルが麻薬を売った資金の洗浄を引き受ける富豪企業家として潜入捜査を始めるのだが、
相棒はあぶなっかしいラテン系の男。メイザーはボブ・ムセラという名前で組織の重要
人物たちに次々と接近し、信頼させ、事件の中枢、つまりエスコバルとパリに本店を置く
銀行の摘発に迫った。途中で、彼が婚約中、と言ってしまったことから、役所は若い
婚約者としてキャシー(ダイアン・クルーガー)をメイザーに付けた。怪我の功名で
これがカルテルの仲間らの信頼を勝ち得て、捜査は順調に進む。メイザーの武器は
常時携行するアタッシュケースに仕込まれたテープレコーダーで、これで逃げられない
証拠を集めていたのだった。

この映画で主人公やクルーガー以上に存在感が光るのがカルテルの面々の人間臭さだ。
所詮は世の中に悪を散らして金儲けをし、殺しも平然と行う奴らなのだが、彼らは
闇社会に生きているので、普通の社会人よりよほど「信頼」という点に気を使う。
それが無ければ組織が瓦解してしまうからだ。悪の世界には日本の任侠のように義理人情も
あり、悪は悪なりの結束を固めているのだ。だから裏切ればその復讐は苛烈だ。

そうしたなかでメイザーは深い信頼を勝ち得ていく。そしてメイザーとキャシーの偽の
結婚式をタンパで挙げることを計画し、そこに集まったカルテルや銀行家を一網打尽に
する最終計画が練られた。メイザーとキャシーを祝福しようとあつまる「悪人」たち。
会場は捜査機関の手になる何台ものカメラで記録され監視されていた。

バージンロードを歩く二人に祝福の笑顔を向けるカルテルの仲間ら。完全にメイザーを
信頼しきっている。メイザーの心に呵責が生まれる。キャシーとて同じだ。二人を
心から信頼して集まってきた「仲間」。これから彼らを裏切らなければならない。
が、これも正義の為だ。歩く新郎新婦に笑顔がないのはそれを十分に物語っている。

そして新婦の前で宣誓する時になって、会場の四方八方から捜査官が雪崩を打って
乗り込む。銃撃戦が始まる。捕まらないメイザーらを観て、「仲間」の目の色が
変わる。「裏切られた」。メイザーは職務とは言え、「信頼」というものを踏みに
じったことで、事件の解決を心から喜べなかった。彼はその場から愛する家族の元へと
向かっていった。メイザーの心を癒やすのは最愛の妻からの「信頼」でしか無かった。
ここで疑問だったのは開巻のシーンで本筋とは別の小ネタでメイザーが逮捕される
時は彼も一緒に逮捕されたようになる。そうしないと後で仕事ができないからだ。
結婚式のシーンではメイザーは逮捕されない。一緒に捕まるように仕込めば良かったのに
と思うのは私ばかりではないだろう。メイザーのその後の安全を考える点でも。

この映画はラストの結婚式に全てが凝縮されている。もちろんそこに至る物語での潜入
捜査官としてのハラハラ・ドキドキはあるし、美形の婚約者が相棒となったことに対する
メイザーの妻の思いも描かれる。当然、カルテルや悪徳銀行家の信頼を得るための苦労も
描かれる。それがあってのラストである。
エンディングで実在の人物と対比し、その刑期とその後が語られるが、禁錮12年くらいで
出てきたら、裏切られたカルテルの仲間らはメイザーを決して許さないはずだが、メイザー
は今でも妻と元気で暮らしているという。保護下にあるのだろうか。

長い映画ではあったが、エピソードも興味深く、飽きることは無かった。そして潜入
捜査官モノというと、ドンパチでカタルシスを得ておしまいという形が多い中、本作は
どこか苦々しいものを残して終わっていく。そこがこの映画の魅力であろう。
ノワールものだが印象深い映画だった。
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<ストーリー>
麻薬王パブロ・エスコバルの組織に約5年間潜入捜査をしたロバート・メイザーの回顧録を
ベースにした犯罪サスペンス。
1980 年代、エスコバルの巨大麻薬カルテルを内部から崩壊させるために、ベテラン捜査官
ロバート・メイザーは架空の大富豪を装い近づく。
監督は「リンカーン弁護士」のブラッド・ファーマン。「トランボ ハリウッドに最も嫌われ
た男」のブライアン・クランストンが、大胆不敵な計画を実行するベテラン捜査官を演じる。

1980 年代、コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルは史上最大級の犯罪帝国を築き、
アメリカに流入するドラッグの大半が彼の組織を経由したものと言われていた。
アメリカ政府はこの事態を憂慮し、大規模な潜入捜査作戦を計画。ベテラン捜査官ロバート・
メイザーを架空の大富豪に仕立てあげ、財力で組織に取り入り、内部から組織を崩壊させよう
とする。(Movie Walker)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:70% Audience Score:71% >



by jazzyoba0083 | 2018-03-26 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

⚫「シェイプ・オブ・ウォーター The Shape of Water (2回目)」
2017 アメリカ Fox Searchlight Pictures. 124min.
監督・原案・(共同)製作・脚本:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、リチャード・ジェンキンス、オクタヴィア・スペンサー他 
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            <2018年度アカデミー賞作品賞・監督賞・作曲賞・美術賞・受賞作品>

<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
オスカー受賞の前に一回鑑賞し、その感想はアップしたが、私が推していた「スリー・ビルボード」を
破って、演者を除く主要部門を独占した結果を受けて、再度シネコンに足を運んだ。二度目で初めて見えて
くることも多い。素直な感想として、一回目よりは遥かに面白かったし、感動もした。中身が良くわかったから
だろう。(初見の時の感想は下にリンクを貼っておきます)

まず、色彩にスポットを当てたい。巻頭やエンドロールに使われている緑と青の中間のような色彩が全編を
覆う。主人公イライザ(サリー・ホーキンス)ら掃除婦が着る制服ばかりではなく、彼女の家の中、更には
警備主任のストリックランド(マイケル・シャノン)が購入する新車のキャデラックの色、そして何より、
半魚人の色も。そうした色の統一感が物語に一貫性を与える助力となっている。町中のネオンサインにも
工夫が凝らされ、一方前半でイライザがその店先に腰を下ろすテレビ受像機販売店のテレビ。映し出される
右側はモノクロ、そこに映っているのはきな臭い映像ばかり、そんなアイデアも唸らされるところだった。
そうした意味でプロダクションデザイン部門でのオスカー受賞も頷ける。1962年の時代の雰囲気を出すための
大道具、小道具、持道具まできめが細かく鑑賞者の満足度を上げている。

そして音楽。思わずサウンドトラックが欲しくなるような作品群。名匠アレクサンドル・デスプラの手による
オリジナル主題曲は勿論のこと、作中で使われるジャズやラテン、シャンソンなどの名曲の数々は、その
セレクトが誠に作品のシーン毎にマッチしていて、とてもモンスターを取り上げた映画の音楽とは思えない
構成となっている。(ということはこの映画を監督の思惑を引っ張る大きな役目を果たしているということだ)
オリジナルメインテーマと並んで白眉なのはルネ・フレミングが唄う大スタンダード『You'll Never Know』
だろう。歌詞がまた作品にピッタリとフィットしている。儚くも愛おしい愛の物語に相応しい歌と歌唱である。

そうした2つの長所を踏まえて堪能した二度目だが、監督の想いを乗せたファンタジーであるので、ある点から
向こうはナレーター(向かいに住むイラストレーターのオヤジ、シャイルズ(リチャード・ジェンキンス))が
物語る以上に鑑賞者が想像を膨らませられる楽しさもある。

監督は、アンデルセンの人魚姫から主人公のキャラクターを発想したのでは?と言われるが、なるほど、イライザが
お風呂に入るときに2回見せるヒレを動かしパシャパシャするように見えるシーンは、アンデルセン版では歩ける
ようになる代わりに声を失った人魚姫と重なる光景と捉えられる。さらに、彼女に両首筋に残る三筋の赤い傷の
ようなもの。これはラストに分かるが、エラになるものだ。故に、イライザは本人も作中で語るように「会うべく
して逢った運命」であった人魚の化身とも捉える事もできる。ゆで卵を茹でる湯のアップなどの各所に登場する
「水」の存在も欠かせない。

さらに重要なのは、ファンタジーではあるが、セックスを排除していない、ということである。綺麗綺麗の
おとぎ話ではなく、大人の恋愛としての位置づけを与える役目をしている。モンスターを逃し、家に匿った
イライザは、モンスターとセックスをする。それを映画は隠さない。が、口がきけないので手話で親友の
ゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)に伝える。微笑ましくもリアリティに富むシーンであり、決して不潔だ
とかの印象派無い。むしろ純粋な愛情の発露として極めて自然に受け入れられる。それはストリックランドが
妻とする半ばレイプのようなセックスの極北にある愛情表現といえよう。

内容の主旨については、すでにあちらこちらで書かれているし、監督自身も、「現代において人間は性別、
国籍、宗教、皮膚の色などで分断されている。この物語はそれらを究極の形で乗り越えたものだ」と語る。
話せない同士のモンスターとイライザが心を通わす一方、英語で会話しているにもかかわらず、ストリックランドら
はコミュニケートに苦労する。それもまた、心を失い実証主義に走りすぎた人間への警告にほかならない。

それらの主張は極めて分かりやすく提示されている。それは1962年という時代設定が大いに生きている。
たとえばイラストレーター、ジャイルズが通う「パイが絶品」という店の店長が、黒人を差別したり、ジャイルズと
話している時に彼が思わず店長の腕に手を添えると、何を勘違いしたか、「ここは健全な店だ、出て行け」と
急に怒り出す。そうした時代背景が、LGBTなどヘテロなものへの非寛容性を浮き彫りにする役目を果たしている。

初回のときも書いたが、マイケル・シャノンの存在は圧倒的である。ヘテロを憎む存在を一手に受け持ち
ラストはカタルシスも引き受けるのだ。彼を初めて知ったのはTVシリーズ「ボードウォーク・エンパイア」での
ストイックかつ異常性癖を持つFBI捜査官としてであった。それ以来、個性的な俳優として注目してきたの
だが、最近はオスカーの助演男優賞にノミネートされるようなポジションを任されるようなところまで来て
いる。個人的にはこの人が出てくると映画が締まる感じがする。

本作は、映画の持つ様々な長所・役割が全部高次元で融合された完成度の極めて高い作品だ。これが作品賞、
監督賞を獲ったのも頷ける二回目の鑑賞であった。いずれBlue-rayやWOWOWでも放送するだろう。が、
本作は、暗い大画面の映画館で観てこそ、という見どころがあることも指摘しておきたい。





by jazzyoba0083 | 2018-03-15 12:25 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

スモーク  Smoke (1995)

⚫「スモーク Smoke  (1995)」
1995 アメリカ・日本  Miramax 113min.
監督:ウェイン・ワン  原作・脚本:ポール・オースター
出演:ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハート、ストッカード・チャニング、フォレスト・ウィテカー
   アシュレイ・ジャッド、ジャレッド・ハリス他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
いやあ、驚いた。こんなところにこんな名作が。(私が知らなかっただけだけど)昨日のイタリアものに
続いての群像劇だったが、やはりアメリカが舞台となるとタッチが全く変わるので、それはそれで面白かった。
甲乙つけ難し。

とにかくポール・オースターの脚本が堪らなく愛おしい。それをウェイン・ワンが愛情たっぷりに描く。
いい映画を観たなあと心から思える作品と断じて言える。さらにハーヴェイ・カイテルを始めとする
タバコ屋に集まる男たちなどの俳優らが演じる人物描写が、これまた愛おしい。いままで何で気が付かったのか、
こんな素敵な映画。オスカーは獲ってないんだよね。ベルリンでは評価されたけど。大向うを唸らせるような
映画ではないが、素敵な映画ってこういうもんでしょ?という見本みたいな作品。是非機会があれば観てください。

で、どんな話かというと、オーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)が営む雑貨屋兼タバコ屋。そこでは、落語の
床屋や湯屋のように男が集まりいいたことを言っている。万引き少年もいたりして。そんなタバコ屋に小説家のポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)が今日も今日とてタバコを買い求めに来る。オーギーはもうずいぶん
長い間、店の外の交差点をカメラで定点観測していて、それをポールに見せるのだが、そこにはポールの、殺され
た最愛の妻の姿があった。妻の死以来なかなか筆が進まないポール。フラフラと外にでると車に惹かれそうになりそこをラシッドという青年に助けられる。
こうして物語が始まる。主要な人物のパートに別れて物語が綴られていくが、それぞれに相関関係があり、その
綾が面白くも考えさせられる。

本作の主題であり、また裏テーマである「嘘と本当」。つまり人は生きていく上で、臨むと望まざるとに関わらず
虚々実々の人生を歩まざるを得ないのだ。この映画では、嘘をついた時、気分を転換したい時、タバコに火を付ける
シーンが多い。その紫煙は人間の喜怒哀楽のメタファーのようである。

タバコ屋オーギー(と別れた妻)、彼らの娘ではないか、という18歳のフェリシティ(アシュレイ・ジャッド)と
いう娘(実際オーギーの娘かどうかは明らかにされない)そして、小説家ポール、彼を助けたラシッド少年と
隻腕の自動車修理工コール(フォレスト・ウィテカー=ラシッドの実父らしい)、それぞれの人生を垣間見ながら
観ている人は、伏線の気持ち良い回収とともに人生の実相についてさまざまなことを考えるだろう。
白眉は最後の(この映画の元となった「オーギー・レンのクリスマス」)話。ハーヴェイ・カイテル15分の独演だ。そしてその映像をエンデイングロールバックに持ってくるというお洒落さ。そこに流れるトム・ウェイツの歌。
更にエンディグで流れる名曲にしてこの映画のテーマのような「煙が目に染みる Smoke get in your eyes」。
冒頭からラストまで、良く練られた構成、達者な役者たちの温かさに満ちた演技、うーん、言葉でこの映画の
良さを説明するのは難しい。とにかく観ていただきたい。

開巻、ワールドトレードセンターが見えるNYの遠景から始まるのだが、この映画は9.11以前の作品。タバコ屋の
客の一人がいみじくも言う。「戦争が近い。敵はサダム・フセインあたりだろう」と。けだし慧眼であった。
とすると、今のギスギスしたアメリカになるちょっと前の、まだアメリカ社会の懐が今よりはまだ深かったこと
なども見えてこようというものだ。
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<ストーリー:結末まで書いてあります>
ニューヨーク、ブルックリンの街角の煙草屋に集う三人の男を巡るさまざまな物語を綴る、ユーモアと人情味
あふれる人間ドラマ。香港出身の監督ウェイン・ワン(「ジョイ・ラック・クラブ」)と現代アメリカ文学を
代表する小説家の一人ポール・オースターの協力から生まれた映画で、脚本はオースターの短編『オーギー・
レーンのクリスマス・ストーリー』(邦訳は新潮文庫『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』に所収)を
モチーフに彼自身が執筆。
日本の配給会社ユーロスペースと海外向け映画企画開発会社で「ハワーズ・エンド」などに参加しているNDFの
製作で、エクゼクティヴ・プロデューサーにミラマックス・フィルムズのボブ&ハーヴェイ・ウェインスタイン
(「プレタポルテ」)とNDFの井関惺、製作はユーロスペースの堀越謙三(「コシュ・バ・コシュ/恋はロープ
ウェイに乗って」)、黒岩久美、ピーター・ニューマン、グレッグ・ジョンソン。

オーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)はブルックリンの街角で煙草屋を営み、毎日欠かさず店の前の街を
写真に撮ることを趣味にしていた。その店の常連で作家のポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)は
数年前に妻を強盗の流れ弾で失って以来、仕事が手につかない。ぼんやりとして車にはねられそうになった
ポールはラシードと名乗る少年(ハロルド・ペリノー・ジュニア)に助けられ、彼は感謝の印に家に泊めてやる。

少年は数日で出ていったが、その数日後に少年の叔母が来た。彼の本名はトーマスで、行方不明で心配している
という。そのトーマスは子供の頃生き別れになった父サイラス(フォレスト・ウィテカー)のガソリン・スタンド
に行き、本名を隠して掃除のバイトをする。ポールを再訪したトーマスは、実は強盗現場で落ちていた六千ドルを
拾ったのでギャングに追われていると明かす。ポールはトーマスを家に置き、オーギーに頼んで店で使ってもらう。

トーマスはオーギー秘蔵の密輸キューバ葉巻を台無しにしてしまうが、例の六千ドルで弁償するというのでオーギー
も許す。オーギーの所には昔の恋人ルビー(ストッカード・チャニング)が来ていた。実は二人には娘(アシュレイ・ジャッド)がいて、18歳で麻薬に溺れていた。オーギーは娘を麻薬更生施設に入れる資金にしろと、例の
弁償の金をそっくりルビーに渡した。

ある晩、トーマスに盗んだ金を持ち逃げされたギャングがポールの家を襲う。外から様子を察したトーマスは姿を
消す。負傷したポールとオーギーは息子同然のトーマスの安否を気づかうが、彼は電話で無事を告げてきた。
二人はサイラスの所でバイト中のトーマスを訪問し、彼に親子の名乗りをさせる。

晩秋、ポールにニューヨーク・タイムズ紙がクリスマス向けの短編を依頼してきた。ネタがないと困るポールに、
オーギーは自分の14年前のクリスマスの体験を語って聞かせる。帰宅したポールは『オーギー・レーンのクリスマ
ス・ストーリー』の原稿に取りかかる。(Movie Walker)


<IMDb=★7.4>
<Rottentomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:89% >




by jazzyoba0083 | 2018-03-10 23:15 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)