カテゴリ:洋画=た行( 264 )

●「タクシー運転手~約束は海を超えて A Taxi Driver」
2017 韓国 The Lamp.137min.
監督:チャン・フン
出演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジョンヨル、パク・ヒョックオン他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
1980年の光州事件はすでに社会人になっていた私にはリアルタイムの経験であった。前年に朴正煕暗殺事件が
起き、軍部の全斗煥が政権にを握り当時の韓国は日本一般市民にはまだまだ距離がある混沌の国の印象だった。

全斗煥は政敵・金大中を逮捕、彼の出身地である全羅南道の最大都市光州市では、学生を中心に抗議の声が
上がった。これが後に光州事件と呼ばれる民衆弾圧の端緒だった。

本作はこの事件の最中に、ドイツメディアの東京支局ピーターが現地に取材に入り、現地で起きた事実を
全世界に発信した数少ない報道となったが、それを影で支えたソウルのタクシー運転手キム・マンソプの
悩みと行動を描いた実話に基づいている。

前半は韓国映画一流のコミカルな味わいも有りつつ、後半光州の事件現場がメインになってくると俄然
サスペンスフルな社会派な作風となる。たかだか40年前の韓国で軍部が民衆を弾圧するという民主主義に
反する事件があったのだ、と今更ながら韓国という国の成り立ちの複雑さに想いを致すと同時に、この手の
政権告発型映画が日本で作られない権力への阿り、忖度、物言えば唇寒し的な現状に怒りと諦めが湧き上がる。
(「新聞記者」がもっともっとヒットすればいいと思う。それとこれに続く昨日が生まれることを願う)

光州事件では実際にタクシーが活躍した状況があったようだが、本作でもソウルから来たタクシーと光州市の
義憤に駆られたタクシー運転手らがチカラを合わせ、権力に対峙し、自らを犠牲にしながら、マンソプと
ピーターをソウルへと逃がすのだ。(だいぶ脚色はされているだろうが) 白眉はソウルへと逃げるマンソプの
タクシーをKCIAや軍のクルマが追跡するのだが、光州市のタクシー軍団が権力側のクルマを邪魔して、
マンソプのタクシーを逃がすカーチェイスシーンか。それ以前に一度はピーターを残して光州市を去るマンソプ
の悩み、自分はピーターを空港へ無事に送り届けるという仕事を受けた義務がある、という仕事と事件を
客観的に見つめる行動が描かれ結局マンソプは引き返してピーターを乗せるのだが、それがカーチェイス
シーンに重さを与えていた。また権力側の発表のみの報道はいかに国民の目を騙すか、というシーンも
描かれていた。

映画前半の部分で多少カット出来るところがあったかな、という恨みは残るが、エンターテインメントの中に
事件を描く作品としてはよく出来ていたのではないかと感じた。ソウルの豊かでないいちタクシー運転手が
高額な代金に釣られて特派員を光州に運ぶが、事件に触れ、市民に触れるに及び次第に覚醒していく様は
分かりやすい。彼は最初は学生たちを批判さえしてたのだ。
本作の感想の一つに「韓国版キリング・フィールドだ」というのがあって、同作品を未見だった私は急いで
「キリング・フィールド」を観た。そして描かれる世界に圧倒されたのだった。事件のありようとか
規模とか異なるところは大きいが、自らの職業に自信を持つ一般市民がマスメディアの人間を助けるという
構図は多くの部分で重なる。ただし、キリング~のプランはクメール・ルージュに捕らわれ更に地獄を見るわけ
だが。

本作ではエンディングに亡くなる前の本物のピーターが登場し、「是非一度再会したい。君のタクシーで
今の韓国をドライブしたい」と語りかけるシーンがある。結局空港へピーターを届けたマンソプ(実際は
キム・サボク)は彼に偽の名前を知らせたため生涯で再会を果たすことは叶わなかったという。
しかし、本作をマンソプの息子が観て自分の父だと名乗り出た結果、ピーターの未亡人が公開後の2017年
ソウルを訪れ文在寅大統領と映画を鑑賞したという。80年代のクルマを集めるのは大変だったのではないか。

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<ストーリー>
1980年5月に韓国の全羅南道光州市(現:光州広域市)で起こった民主化を求める民衆蜂起の光州事件が描かれ
ている。史実においては全斗煥らによるクーデターや金大中の逮捕を発端として、学生や市民を中心とした
デモが戒厳軍との銃撃戦を伴う武装闘争へと拡大していった。
作中ではソウルのタクシー運転手キム・マンソプは、10万ウォンと言う高額な運賃が得られることを期待し、
ドイツ人記者のピーターを乗せ光州へと車を走らせ、検問を掻い潜り光州へ入る。そこでピーターは軍による
暴虐を目撃し、その事実を全世界に発信するため撮影記録を持ち帰ることを決意する。キムも、仲間や市民と
の出会い、そして無残にも次々に死んで行く彼らを見るうち、次第にピーターの使命を理解するようになり、
クライマックスではピーターのカメラを没収しようとする政府の追手とカーチェイスをしながらソウルへと
戻る(wikipedia)

<IMDb=★7.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:90%>
<Metacritic=69>
<KINENOTE=82.6 点>




by jazzyoba0083 | 2019-07-10 23:00 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

誰も知らない

●「誰も知らない」
2004  日本 シネカノン 141分
監督・プロデュース・脚本・編集:是枝裕和
出演:柳楽優弥、北浦愛、木村飛影、清水萌々子、韓英恵、YOU、平泉成、木村祐一、加瀬亮、寺島進、遠藤憲一他

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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
是枝監督作品鑑賞9本目。カンヌ映画祭で柳楽優弥が史上最年少の主演男優賞を獲得し、是枝監督の名前も一躍
国際的になった記念すべき作品。これから観る本作の3年前の作品「DISTANCE/ディスタンス」はオウム事件に
ヒントを得、本作も実際にあった事件をベースにしている。最近作「万引き家族」に通ずるドキュメンタリスト
是枝裕和の側面が強く出た社会性の強い作品だ。

彼の作品はどれでもそうだが子供の演技の上手さとそれを通しての存在が大きい。本作はまさにそのものズバリの
物語で、親に捨てられた全員父親違いの子供4人が主人公だ。配給会社のタグラインにあるように「生きているのは
大人だけですか?」との問いかけが、本作の主軸。少々長い映画だが、4人の子供の(後半物語に入ってくる一人の
女子高生紗希がいるが)「生きる」話である。彼らはひたすら「生きる」のみ。恐らく出生届けなどはしていない
のだろうから、戸籍もないのだろう。故に学校へは行っていない。特に長男明の、弟や妹の世話を焼きながら
家計を切り盛りし、それぞれの父親に金の無心にいく。やがて電気が止まり、水道も止まり、たまたま夏だった
から公園の水道を使い、得体の知れない種を拾ってきてベランダで育てて観たりする。コンビニの廃棄食料を
仲良くなった店員から貰ったり。

冒頭は引っ越しのシーンから始まる。子供は一人、と大家に説明するものの、本当は他に3人子供がいることが
バレて、その度にアパートを引っ越す生活。最初は母(YOU)も、何の商売をしているのか分からないが、金を
持ってきたし、一ヶ月も大阪に行ったままになってもとりあえずは帰ってきたり、現金書留を送ってきていたり
していた。しかし、クリスマスには帰る、と行ったきり、放置状態となった。
コンビニの女定員に「警察とか福祉事務所に助けを求めたら」というような事を言われるが、これまでそうやって
兄妹がバラバラになったことがあったらしく、明はそうしようとは思わない。あくまでも自分らで暮らしていこう
とする。

明を中心に極貧の生活を送る生活に大人が介在してくるたびに大人の無責任さがあからさまにされる。特に親が。
観ている人は、明を通して、子供を放置する無責任で頭の悪い大人に怒りを覚える。明だって当然怒りを覚えて
いるに違いないし、学校へ行きたい。妹の京子も学校へ行ってピアノを習いたかった。しかし、明は一切反発や
怒りの言葉を口にしない。それが尚辛い。12歳の明は、もはや大人に対する、或いは社会に対する信頼を失って
諦めの境地なのだろう。自分たちで出来るだけのことをやって、ダメならそれまで、と。そんなことを子供に
思わせる大人とは一体なんなんだと、と見ている人は猛烈な怒りを覚えるだろう。

案の定、一番したの妹ゆきが、椅子から落ちて死んでしまう。子供らはゆきが羽田に飛行機を見に行きたいと
行っていたことから、トランクに遺体を詰めて、モノレールで運び、飛行場が見えるところに穴を掘って埋めた。
引っ越してきた当時にゆきが隠れて入っていたバッグに入らないシーンがある。母に捨てられてからそれなりに
大きくなって、来た時のバッグには入らなくなっていたのだ。そんな細かいシーンが泣かせるし、何ものかを
訴えてくる。途中からいつも公園にいる不登校の女子高生紗希が加わる。彼女の背後に何があるのかは一切説明
されないが、やはり親から遺棄されているか、それに近い状態なのだろう。明ら兄妹の仲間のようになっていく。
自分の事はしゃべらないから身の上は一切わからないが、明ら兄妹とは自ずと同じ境遇の者同士、心が通じるの
だろう。

ラストは明ら子供らになんらかの解決の兆しもないまま、こうした生活がまだ続くのか、と思わせて終わる。
「親の愛情の欠如・無理解」「貧困」は犯罪の温床と言われる。明は学校へは行っていないが勉強もするし、
なんとか一家を支えようとする頭の良さもある。途中で悪の仲間に入りそうにもなるが、結局あまりの
貧乏に悪い仲間のほうが逃げ出す。明や兄妹や紗希がその後どうなるのかはオープンエンドである。

親に捨てられた子供の生活を精緻に描くことにより、大人への警鐘というか、大きなパンチを是枝監督は
社会に対して繰り出したに違いないと私には思えた。これまで観てきた是枝作品の上位に位置する作品だと思う。
(まあ、彼の映画は甲乙つけ難い、というのが本音だけど)

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<ストーリー>
秋。2DKのアパートに、母親のけい子と、12歳の明を筆頭に京子、茂、ゆきの4人の兄妹が引っ越して来た。
子供たちは、それぞれに父親が違い、学校にも通ったことがなかった。ある日、けい子が20万円の現金と明に
「妹弟たちを頼む」とのメモを残して姿を消した。
それから1カ月、4人での生活を続けていた子供たちの前に、ふいにけい子が戻って来る。「どこへ行っていた
のか」と尋ねる明に、「仕事で大阪へ行っていた」と嘯くけい子。そして再び、彼女は「クリスマスに戻る」と
言って部屋を出て行った。
しかしそれ以後、約束のクリスマスやお正月が過ぎても、けい子は帰って来なかった。

母親に捨てられた。そう気づいた明は、妹たちにそれを悟られないよう生活を続けていこうとするが、やがて
金も底を尽き、電気や水道も止められてしまった。明は、やりきれなさから妹弟たちに辛くあたることもあった。
そんな中、ゆきが椅子から転落して死んだ。公園で知り合った不登校の少女・紗希の力を借りて、ゆきといつか
飛行機を見に行こうと約束していた羽田へ向かった明は、そこに彼女の遺体を埋葬すると、アパートへと戻り、
遺された妹弟たちとの生活を再開する。(Movie Walker)

<IMDb=★8.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:93%>
<Metacritic=88=Must See>
<KINENOTE=79.1点>



by jazzyoba0083 | 2019-06-01 23:40 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「デイジー・ミラー Daisy Miller」
1974 アメリカ Copa del Oro,The Directors Company. 92min.
監督・製作:ピーター・ボグダノヴィッチ 原作:ヘンリー・ジェームズ
出演:シビル・シェパード、バリー・ブラウン、クロリス・リーチマン、ミルドレッド・ナトウィック、アイリーン・ブレナン他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
日本では劇場未公開に終わった作品。観てみると、さもありなん、内容だ。基本的にはセリフ劇。
欧州に長く滞在するアメリカの富豪たちのスノッブな貴族的暮らしの中で、欧州的な男女の機微と
アメリカ人的な「合理主義」が相いれず、悲劇的な結末を迎える。こうした仕事をしないで暮らす
ようなハイソサエティの人々の、スノビッシュな会話と、駆け引きは、こういう世界に興味が無いと
面白くない。

19世紀のスイス保養地。アメリカ人男性のフレデリックは、遊びに来ていた同じくアメリカ人の
美しい富豪令嬢デイジー・ミラーに一目惚れする。しかし、デイジー自身一筋縄ではいかない、
いい意味では自由奔放、悪くいうと空気が読めない、身勝手な小悪魔的な存在だ。

デイジーの母は自由放任タイプ、比してフレデリックの周辺の叔母などは、彼女は「美しいけど下品だ」
から付き合いを止めろ、と忠告する。しかし、周囲の忠告にも拘わらずフレデリックはデイジーの魅力に
取り込まれていく。デイジーはそういうフレデリックの気持ちを持て遊ぶような行動を取る。
方や、イタリアのオペラ歌手とも付き合い、婚約したという嘘を付いたりしてフレデリックをからかう。
オペラ歌手自身もデイジーに心底惚れているのに、彼もまたデイジーにもてあそばれている存在なのだ。

結局デイジーは熱病で急死する。茫然自失のフレデリックであったが、結局デイジーの心の底を知る
事は出来なかたのだ。おそらく映画を観ている人もデイジーの本心とか真の性格は分からなかったのでは
ないか。亡くなる寸前にフレデリックとデートした古城でのことを彼は覚えているだろうか、尋ねて
ほしいと母に言い残すが、彼女の心ははやりフレデリックにあったのだろう。

欧州に長く滞在し欧州的な文化やプロトコルに染まってしまったフレデリックに対し、アメリカ人らしい
天真爛漫なデイジーの心を捉え理解するのはもはや難しくなってしまっていた、という二人の悲劇性を
表現したもの、と捉えれば良かったのだろうか。フレデリックはデイジーの愛情を読み取れなかったという。

19世紀の有閑階級の生活と欧米の文化に対する理解がないとなかなか読み解くのには苦労する作品だと感じた。
深読みできる面白さがあるのかどうか個人的に自信がない。
「ペーパームーン」のボクダノヴッチだからと思ってみてみたが、自分好みの作品ではない、と感じた。

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<ストーリー>
H・ジェームズの古典的恋愛小説を、「ペーパー・ムーン」をヒットさせた直後のP・ボグダノヴィッチが
正攻法で映画化。19世紀末のヨーロッパ。アメリカから単身やって来た一人の娘が、ヨーロッパ社交界の中
でもまれながらも恋をし、そして自身を貫いて生きていく姿を綴る。
全編イタリアにロケした美しい風景をバックに、世紀末の風俗を再現した華麗な美術(ベルトルッチ作品など
で知られる、F・スカルフィオッティが担当)が見もの。(ぴあ映画生活)

<IMDb=★6.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% (※coments are only 7) Audience Score:22%
<Metaciritic=No Data>
<KINENOTE=58.7点>



by jazzyoba0083 | 2019-05-20 22:50 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「天国でまた会おう Au revoir là-haut」
2017 フランス Stadenn Prod ,Manchester Films and more.117min.
監督・(共同)脚本:アルベール・デュポンテル 原作:ピエール・ルメートル「天国でまた会おう」
出演:アルベール・デュポンテル、ナウエル・ペレス・ビスカヤール、ロラン・ラフィット、ニエル・アレストリュプ他

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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
現代フランスの作家、ピエール・ルメートルは「この女アレックス」を始めとしたヴェルーヴェン警部シリーズ
(「悲しみのイレーヌ」「傷だらけのカミーユ」)また「死のドレスを花婿に」などのミステリで我が国でも
多くのファンを持つ。かくいう私も、今挙げた諸作は全部読んでいる。で、読書仲間から「天国でまた会おう」は
これまでのルメートルとタッチが違うからあまり面白く無かったと聞き、これまで敬遠していた。

ところが、本作が映画化され、ルメートルも脚本に加わり、エンディングを中心として大きく改変、とても
面白い映画に仕上がったと聞き、ならば原作未読のまま見にってみようか、と出かけてみた。

結果、周りの評判通り、素晴らしい映画だった。セザール賞を5部門で受けたというが、フランス映画の香りが
高いだけでは、もちろんなく、もともと先の読めないストーリーテリングの上手さと着想の奇抜さという
ルメートルらしさもしっかり残り、脚本も良く出来ていたし、演者も良い。加えて衣装、仮面などの小道具を
中心とした美術、色彩が素晴らしい。音楽も良かった。

"笑顔の仮面の下から涙が流れる" (映画のシーンではなくそういう心情が汲み取れるということ)主人公
エドゥアールの結末とラストシークエンスのネタバラシは驚くと共に、「哀切」が胸にこみ上げ、久しぶりに、
エンドロール中、流れる涙を止めることが出来なかった。この涙の正体は何か、私は何に感動したのか。
突き詰めれば戦争の悲惨さ、無情さ、であるのだが、それがもたらしたエドゥアールに残された生きる道を
思った時、あまりの残酷さに涙したのだろうか。今でも良く分析は出来ていない。

単純なストーリーの中に、サスペンスやミステリー、笑い、幸福感、復讐というカタルシスなど映画に
必要なものが揃っている。そこはルメートルの原作の上手いところだし、これを映像化し自らも準主役を
努めたデュポンテル監督の手腕に負うところも大きいだろう。人間を見る目が優しいということが伝わって
来る。本作には裏切り、友情、親子の確執と和解、復讐(これはルメートルの重要なキーワード)、から収斂
される絶望、希望、そしてさらに人間性や人間愛の提示がある。そして一番重要なことだが、映画としての
エンターテインメント性に溢れいるということが大きい。

エドゥアールが最後に選んだ道に賛成しかねる方も多いと思う。だが、私は賢いエドゥアールが生きようと
決めた時からこの筋書きは主たる選択肢として頭の中に描かれていたのだと思う。

ストーリー展開にいささか強引な点や辻褄合わせ的なご都合主義、浪花節なところも見えないではないが、
トータルの出来の良さの中に消化されていくものだ。
本作、公開されている映画館が少ないが、今年封切られた洋画の中でも、佳作としてマークされる作品の
一つになることは間違いないだろう。

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<ストーリー>
 日本でも『その女アレックス』が大きな話題を集めたフランスの人気ミステリー作家ピエール・ルメートルが
第一次世界大戦直後のパリを舞台に、2人の帰還兵が辿る数奇な運命を描いた同名ベストセラーを、ルメートル
自ら脚本を手掛けて映画化し、セザール賞で監督賞・脚色賞を含む5部門を受賞した感動クライム・エンタテイン
メント。
年の離れた主人公たちの友情と、彼らが国家を相手に企てる大胆不敵な詐欺計画の顛末を、ペーソスを織り交ぜ
シニカルに綴る。
主演は「BPM ビート・パー・ミニット」のナウエル・ペレス・ビスカヤールと本作の監督も務めている「ブルー・
レクイエム」のアルベール・デュポンテル。
共演にロラン・ラフィット、ニエル・アレストリュプ、メラニー・ティエリー。

 1918年、休戦目前の西部戦線。上官であるプラデル中尉の悪事に気づいたために生き埋めにされたアルベールは、
若い兵士エドゥアールに助けられ、九死に一生を得る。しかしその際、エドゥアールは顔に重傷を負ってしまう。
休戦を迎え、2人がパリに戻ってみると、戦没者は称えられる一方、生き延びた帰還兵に対しては世間はあまりにも
冷淡だった。仕事も恋人も失ったアルベールは、家に戻りたくないというエドゥアールの願いを聞き入れ、彼の戦死を
偽装すると、身分を偽り2人で暮らし始める。顔の一部を失ったエドゥアールは、持ち前の芸術的才能を発揮して
美しいマスクを作り上げる。そんな中、困窮を極める2人は、やがてある壮大な詐欺計画を企てるのだったが…。
(allcinema)

<IMDb=★7.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:80% >
<KINENOTE=76.1点>




by jazzyoba0083 | 2019-03-26 12:20 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「トレイン・ミッション The Commuter」
2018 アメリカ Studio Canal 105min.
監督:ジャウマ・コレット=セラ
出演:リーアム・ニーソン、ヴェラ・ファーミガ、パトリック・ウィルソン、ジョナサン・ハンクス、サム・ニール他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
どこかで観たようなプロットだなあ、と思ってネットを見たら、『フライト・ゲーム』の監督さんと主演で、空を
飛ぶか、鉄路を走るか、の違いだった。まるで同じとは云わないが、見えない犯人に困り顔させたら最高のリーアム・
ニーソンを配しているのは同じだ。本国での評価は非常に厳しいものだが、私は確かに犯行の真相は描かれず、
深みに欠けるというのは頷けるものの、目の前で繰り広げられるハラハラは、なかなか面白かったと感じた。

allcinemaに感想を寄せたある方の指摘のように、ニューヨーク辺りを走っている列車のチケットの仕組みを理解
しておいたほうがより分かりやすいだろう。通勤電車なので、通勤通学客は定期を持っているが、そうでない客は
車掌からチケットを買い、区間にハサミの入った切符を座席の上辺に挿しておく、というもの。それが分かっている
と、犯人がどこで降りるか、などの謎解きに関する理解は早い。
使われる路線はグランドセントラル駅発の「ハドソンライン」で、終点のコールドスプリングまで小一時間。
その間にリアルタイムで行われる犯行と解決を描く。

主役マイケル・マコーリー(ニーソン)は、元警官で今は保険会社に勤めるが、60歳にして、会社からリストラされ
てしまう。家のローンと大学生になった息子の学費がまだ残っているというのに。妻にホントの事を言えない状態で
乗った帰宅の通勤電車で、彼は見知らぬ女から「この列車に乗っているある人物を探しだしたら10万ドルをあげる」
と依頼される。押し付けられたマイケルはまずは手付として支払われる金がある、と言われるトイレに行ってみると
トイレの下部にある通風孔の網の後ろにかなりの金額が入った封筒があった。それを懐に入れたところからマコーリー
の仕事は始まってしまった。通勤電車なので殆どは顔見知りだが、何人かは知らない人がいた。だがカバンを持って
いる、というだけで男女も分からない。手こずるうちに電話から次々と報告を求める女は、ついに妻と息子を
人質にとってしまう。更に列車の床下にFBIの死体もあったり・・・。

「プリン」と称される、というがまったく誰なのか、分からない。追い詰められるマコーリー。

終点に向けて次第に客が減る中で、犯人はついに運転手を射殺、列車は暴走を始める。車掌とともに乗客を
最後尾の車両に集め、そこだけ切り離すという手に出た。

観ている方は、列車の進行とともに、謎が明かされていくことに付き合うことになる。伏線としてマコーリーと
組んでいた現役警官マーフィー(パトリック・ウィルソン)の存在と、テレビニュースでやっていた市役所の
職員がビルから転落して死亡した、というニュース。そして最後にプリンが誰かわかった時に語った事。

列車は最後に脱線転覆するのだが、マコーリーらの乗った車両は転覆を免れたが、マコーリーは人質を取って
立てこもった犯人にされてしまった。そこに乗り込んでくる元同僚のマーフィー。

その辺りから次々と謎が解け始め、最後に悪い警官だと観ている方はミスリードされてしまったに違いない
警察の上司が実はいいやつで、マーフィーを警察に再雇用、ラストシーンは列車に乗っていたあの女の
前に座ったマコーリーが警察のバッジを女に見せるところで終わる。

あの女は誰だったのか、は明かされない。その背後にいる真の黒幕も明らかにならない。続編があるのだろうか。
通勤電車に乗っているということはニューヨーク市警に関係した女性なのか?市役所にいるらしい黒幕の関係者
なのだろうか。謎は続く。
話の展開にやや強引さがあったり、結末がいまいちすっきりしなかったりマイナス点もあるがアクションも
含めてなかなかおもしろく見させて貰った。

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<ストーリー>
リーアム・ニーソンが「フライト・ゲーム」のジャウマ・コレット=セラ監督との4度目のタッグで贈る
ノンストップ・サスペンス・アクション。通い慣れた通勤電車の中で思いも寄らぬ陰謀に巻き込まれた男が、
家族の命を守るために強制的に危険なミッションに挑む姿をスリリングに描く。
共演はヴェラ・ファーミガ、エリザベス・マクガヴァン、パトリック・ウィルソン、サム・ニール。

 10年間も勤めてきた保険会社を突然リストラされた元警官のマイケル・マコーリー。いつもの通勤電車で
帰路についた彼だったが、住宅ローンと息子の学費が大きな不安となって重くのしかかる。そんな彼の前に
見知らぬ女が現われ、乗客の中からある人物を捜し出せたら10万ドルを与えるという奇妙なゲームを持ち
かける。ヒントは、馴染みの乗客ではなく、終着駅で降りる人物、そして通称はプリンという3つ。

警戒しながらも高額な報酬に抗えずとりあえず捜し始めたマイケルだったが、すぐに容易でないと気づく。
しかしその時にはすでに相手の罠にハマり、妻子までをも人質に取られて後戻りできないところまで
追い詰められてしまうマイケルだったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:57% Audience Score:40%>
<KINENOTE=72.3点>



by jazzyoba0083 | 2019-02-12 23:10 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「デス・ウィッシュ Death Wish」
2018 アメリカ Cave 76,Metro-Goldwyn-Mayer (MGM). 107min.
監督:イーライ・ロス  原作:ブライアン・ガーフィールド『狼よさらば』(早川書房刊)
出演:ブルース・ウィリス、ヴィンセント・ドノフリオ、エリザベス・シュー、ディーン・ノリス、カミラ・モローネ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆+α>
<感想>
1974年にチャールズ・ブロンソン主演で製作された「狼よさらば」を現代風にアレンジしたリメイク。原作は同じ
だが、オリジナルとはストーリーがやや異なる。今週末から日本でも劇場公開されるが一足先にホノルル便(帰国)
機内にて鑑賞。この手の映画は機内で観るには頭を使わなくていいから見やすい。

さて、オリジナルは今でもテレビで何度も再放映されるが、あの頃と今ではアメリカ社会のありようも少しく変化して
いて、それに伴い物語も変化している。ヴィジランテものであるには違いないし、「主人公が次第に街の英雄と化して
いく様は、警察組織の無能力ぶりと大衆の曖昧さを痛烈に皮肉っている」(出典:allcinema「狼よさらば」解説)
ことを主眼としているのも同じだ。だが、チャールズ・ブロンソンのものがその後シリーズいなっていくように、
ヴィジランテものというコンセプト自体が今日ではあまりインパクトを持たなくなっているので、その辺り、本作の
弱みとなってしまった。またブルース・ウィリスのキャスティングも「ダイ・ハード」等のイメージが強いので
これで良かったのかな、と疑問に思った。

本作での主人公は医師である。本来人間の命を守らなくてはいけない職業の人物が、「死神」と云われる存在になる、
そんな提示も今日的なものを意識したのであろう。(オリジナルのカージーは設計士)

家に忍び込んだ強盗に妻を殺され、大学入学を控えた優秀な娘も重傷を負わされた医師ポール・カージーは、シカゴの
膨大な犯罪に対して警察の無力さを知り、みずから犯人の処刑に乗り出す。まああとのストーリーは推して知るべし
なので省略するが、その後の「ダイ・ハード」ばりの容赦ない銃撃と暴力は、最愛の人を失った男に対するカタルシスと
しては十分過ぎるだろう。救いは娘が回復すること。当然頭のいい主人公と、自分らの無力さを知ってしまっているシカゴ
市警の思惑も有り、自由のみのままであることはご想像の通りである。これまで銃を扱ったこともなく、最初の襲撃で
遊底のスライドで手を怪我してしまうような男が短期間でマシンガンを的確に連発するというのは、どうみても早すぎ
じゃないか? さりながら、先述のように暇つぶしに頭空っぽにして観る分にはまあまあいいかな。
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<ストーリー>
かつてチャールズ・ブロンソン主演で映画化された『狼よさらば』を、イーライ・ロス監督&ブルース・ウィリス主演で
リメイクしたサスペンス・アクション。救急救命医として人命救助に当たる外科医が、妻を殺し、娘を昏睡状態に陥れた
犯人に復讐するため、銃を手に取る。主人公が銃の扱い方をYouTubeで学んだり、現代的な要素が盛り込まれている。

犯罪が多発し、シカゴの街は警察の手に負えない無法地帯と化す中、外科医ポール・カージー(ブルース・ウィリス)は
犯罪に巻き込まれた救急救命の患者を診ている。
患者の生死に立ち会い続ける彼にとって、幸せに満ちた家庭だけが唯一の平穏の地だった。しかしポールの留守中に
何者かが家を襲撃し、妻を失い、娘は昏睡状態に陥ってしまう。警察の捜査は一向に進展せず、怒りの限界を超えた
ポールは自らの手で復讐を果たすべく、銃を取り危険な街へ繰り出していく。(Movie Walker)

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:17% Audience Score:74%>



by jazzyoba0083 | 2018-10-09 07:40 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「ダイ・ハード Die Hard」(名画再見シリーズ)
1988 アメリカ Twentieth Century Fox.131min.
監督:ジョン・マクティアナン 撮影:ヤン・デ・ボン 原作:ロデリック・ソープ「Nothing Lasts Forever」
出演:ブルース・ウィリス、アラン・リックマン、ボニー・ベデリア、アレクサンダー・ゴドノフ、レジナルド・ヴェルジョンソン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
1970年台中頃から、「ロッキー」、「ジョーズ」「スター・ウォーズ」などの登場により、それまでのサブカル的
文化に裏打ちされた「アメリカン・ニューシネマ」の時代が終わり、「努力は報いられる」「正義は勝つ」「恋愛は
成就する」という以前のハリウッドの映画語法に先祖返りした作品が作られ、家族で見られる、娯楽の王道としての
映画が復活してきた。そうした中の一つの傾向として「ロッキー」のスタローンに見られるように肉体の優位さを
「正義のありようの一形態」として見せつける、「筋肉は裏切らない系」の作品も次々と作られた。それらに出演
していたのがシュワルツネッガーであり、スタローンであった。その系譜に本作も位置すると言っていいのではないか。

「ランボー」シリーズや、「ターミネーター」シリーズも1980年代前半にシリーズがスタートしている。
本作がそれらと異なるのは、特殊なマッチョではない、ということだ。自らの筋肉で隘路を打開していくのは同じだが、
人物的には「世界で一番ついていない男」と云われる、ニューヨーク市警の殺人課の刑事であるにすぎないが、その
スーパーマンぶりは、はやり普通ではない。(物語の設定や進行内容もそうとう荒唐無稽ではあるが)
同時期に登場する「リーサル・ウェポン」シリーズ、本作の4年前に封切られた「ビバリーヒルズ・コップ」などと
比較するとやはり「筋肉系」というところで一つ線が引かれる。

そう考えると本作は、独自の立ち位置を主張した、近年の刑事映画の中でも出色な作品ということが出来るであろう。
その後続編も作られたが、やはり初作の印象が一番強い。(ついてないのはいつも一緒だが)

それは「普通の刑事が、自らの手ひとつでなんとか状況を打開していく一方、見守る仲間の黒人警官とのやりとりが
加点となり、さらに、アラン・リックマンやアレクサンダー・ゴドノフ演じる悪役のしぶとさが魅力」となっている。
加えて、状況をわきまえないテレビクルー、上から目線の市警本部、さらにその上から目線のFBIといった権力側には
ラストに向かって、観客の溜飲を下げさせる役割(道化)を演じさせる。

この映画で有名なのは割れたガラスの上を裸足で走って足が血だらけになるにもかかわらず、奮闘するマクレーン刑事の
姿なのだが、なぜ裸足だったのかの伏線は開巻のシーンに埋め込まれている、という念の入れよう。

正義は苦労するけど、最後には勝ち、愛は復活し、友情は守られ、悪は徹底的に悪いのだが最後には滅び、警察上層部や
マスコミは嘲笑される、サスペンスのアイデアも満載で、という刑事ものストーリーの王道を行く物語ではあるが、その
相互の駆け引きが良く出来ている。131分が全く長く思えない。
映画史にしっかり足跡を残した作品といえる。娯楽作品として一級である。
そしてクリスマスイブの一晩の出来事なのが作劇の見事さである。エンディングテーマの「レット・イット・スノウ」も
味わい深い。また後年「スピード!」の監督を務めるヤン・デ・ボンのカメラにも注目したいところだ。また「ジャパン
アズナンバーワン」の頃のアメリカにおける日本の立ち位置も分かりやすい。
アラン・リックマンのビルからの墜落シーンでのびっくり顔が印象的だが、あれは本物らしい。予定より早く落下が
始まったため、ほんとにビックリしたのだそうだ。
wikiによれば「2010年には「エンパイア・マガジン」によって「最高のクリスマス映画」に選ばれた」のだそうだ。

しかし、悪役の双頭、アラン・リックマンとアレクサンダー・ゴドノフはもうこの世にいないのだなあ。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
ニューヨークの刑事ジョン・マックレーン(ブルース・ウィリス)は、クリスマス休暇を妻ホリー(ボニー・
ベデリア)と2人の子供たちと過ごすためロサンゼルスへやってきた。ホリーは日本商社ナカトミ株式会社に
勤務し、夫と離れこの地に住んでいるのだった。

ジョンは、クリスマス・イヴの今日、ナカトミの社長タカギ(ジェームズ・シゲタ)の開いている慰労パーティに
出席している妻を訪ね、現代ハイテク技術の粋を極めた34階建ての超高層ナカトミビルに向かうのだった。
ホリーは単身赴任によって、結婚と仕事の両立に苦しんでいたが、再会したジョンを目にすると改めて彼への愛を
確認するのだった。

ところがパーティも盛りあがりをみせた頃、13人のテロリストがビルを襲い、事態は混乱を極める。リーダーの
ハンス・グルーバー(アラン・リックマン)は金庫に眠る6億4000万ドルの無記名の債券を要求するが、タカギが
それに応じないのを見てとると、彼を射殺してしまう。そしてその現場をジョンが目撃したことにより、彼と
テロリストたちの息詰まる戦いの火ぶたが切って落とされるのだった。

ジョンは機転をきかせ、パトロール中のパウエル巡査部長(レジナルド・ヴェルジョンソン)に事件の重大さを
知らせ、援軍を求める。その頃テロリストの一味であるテオ(クラレンス・ギルヤード・ジュニア)が金庫の暗号の
解読に成功し、債券はハンスたちの手に握られた。また彼は、ホリーがジョンの妻であることをTV放送によって
知り、彼女を人質にビルからの脱出を企てる。愛する妻を捕えられたジョンは、2発しか残されていない銃を
片手に決死の覚悟でハンスと対決し、一瞬のアイデアの巧みさで彼を撃ち倒す。しかし安堵するジョンとホリーを、
1度は彼が叩きのめしたはずのテロリストの1人、カール(アレクサンダー・ゴドノフ)が執念に狙い撃つ。1発の
銃声が響き、地面に倒れたのは、しかしカールであった。彼を撃ったのは、かつてある事件で誤射して以来、
拳銃を放つことができなかったパウエルだった…。事件は終結し、ジョンは今、彼との友情に、そして何より
妻との愛に包まれ、クリスマスの朝を迎える喜びを噛みしめるのだった。(Movie Walker)

<IMDb=★8.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:94%>
<KINENOTE=82.2点>


   

by jazzyoba0083 | 2018-09-23 23:10 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「トゥルー・ロマンス True Romance」
1993 アメリカ Morgan Creek Entertainment Group and more. 121min.
監督:トニー・スコット 脚本:クェンティン・タランティーノ 音楽:ハンス・ジマー
出演:クリスチャン・スレイター、パトリシア・アークエット、デニス・ホッパー、ゲイリー・オールドマン、
   ブラッド・ピット、クリストファー・ウォーケン、サミュエル・L・ジャクソン、トム・サイズモア他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
いや、久しぶりに痛快な映画らしい映画をみたぞ。ちょっと時代を感じてしまうのは仕方がないとしても、
何本かある、悪の男女ものの中でも上にランクされるものではないか、と思う。何がいいか、ヒップでポップで
とても映像的で、テンポが良くて、男女の愛情を斜に構えて観ているタランティーノ節炸裂な痛快さに溢れて
いるからだ! 加えて出演者の豪華さとハンス・ジマーの画面とは対照的なのんびりした音楽も良い!
タランティーノだから、痛いし、血が出るけど、それを了解して面白がれる人には堪らん作品といえるだろう。
タイトルの純粋イメージのアイロニーとしての立ち位置が痛快の根っこ。タランティーノは翌年「パルプ・
フィクション」で一躍名前を売ったが、前年の本作はやや影が薄くなったか。

おバカだけど、徹底的に純情。やることは危ないけど、思い込んだら命がけ、そこらへんのストレートな愛情と
これに絡むサスペンスとバイオレンスが、飲み物で言えば「濃い炭酸」的役割を果たしている感じを受けた。

お馬鹿な二人にハラハラ、スレイターが奪った大量のヤクの処分や行方にハラハラ。二時間ハラハラしっぱなし。
ラストもギャング、警官、スレイターと映画関係者三つ巴の大銃撃戦という映画の教科書みたいな持って行き方と
ツッコミどころもあるけどハッピーエンドなお馬鹿な二人。
こう書いてきて、なんか理屈で楽しむ映画ではないな、と感じてきた。とにかく観ている時間を楽しむ作品。
その後にはなんにも残らない。突き抜けた痛快さ以外にね。デビュー間もないブラピ、ヤク中のラリラリの役だが、
本当にそんなんだった、という説あり。

「映画秘宝」、町山智浩氏は絶対好きだろうな、この手の映画。「ヲタク野郎の純情恋物語」って。
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<ストーリー:一応結末まで書かかれています>
デトロイトのコミック・ブック店で働くクラレンス(クリスチャン・スレイター)は、プレスリーとクンフー映画に
夢中の若者。誕生日の夜、場末の映画館で千葉真一の映画3本立てを観ていた彼は、アラバマ(パトリシア・
アークェット)というキユートな女の子と知り合う。ベッドの中で彼女は、実はクラレンスの店のボスから、
「誕生日のプレゼントに」と頼まれたコールガールであることを明かす。だが、2人は激しく愛し合い、翌日には
結婚した。
クラレンスは、アラバマの元ヒモであるドレクセイ(ゲイリー・オールドマン)に話をつけに行くが殺されかかり、
逆に相手を殺してしまった。あわてて持ち帰ったスーツケースには、大量のコカインが入っていた。

翌日、クラレンスは元警官の父、クリフォード(デニス・ホッパー)に会い、妻のアラバマを紹介すると共に、
警察の捜査状況を聞く。2人がロサンゼルスに向かった後で、ヴィンセンツ(クリストファー・ウォーケン)と
名乗る男がクリフォードの元へ現われ彼を拷間し、2人とコカインの行方を突き止めようとした。シラを切る
クリフォードを殺した男は、クラレンスたちの後を追う。クラレンスはヤクの取引きの話をまとめる。取引きの
当日、ダイムス刑事(クリストファー・ペン)ら捜査陣と、デトロイトから追ってきた組織の男たちが現場の
ホテルに向かう。一同が会し、激しい銃撃戦が展間したが、クラレンスとアラバマは生き延びた。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.9 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer: Audience Score:>
<KINENOTE=77.4>
<キネ旬1994年外国映画ベスト20位>



by jazzyoba0083 | 2018-09-12 23:20 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

追憶の森 The Sea of Trees

●「追憶の森 The Sea of Trees」
2013 アメリカ Bloom,Netter Productions,Waypoint Entertainment. 111min.
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:マシュー・マコノヒー、渡辺謙、ナオミ・ワッツ、ケイティ・アセルトン、ジョーダン・カヴァリス他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆-α>
<感想>
ガス・ヴァン・サントは「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」「ミルク」などで常に注目している
監督の一人であるのだが、最近はめっきりメガフォンを持たなくなってしまった。本作が監督としては
最新作ということになる。現在、ホアキン・フェニックスやジョナ・ヒルを起用した新作を製作中であると
聞いているので公開が楽しみではあるが。

ガスは、人間の内面を描き出すことを得意としている作家だと思うのだが、本作は、そこがスピリチュアルな
面まで行ってしまい、個人的には非常に分かりやすい作品であったのだが、映画としての重さというか出来の
良さはちょっとな、という感じの仕上がりと感じた。

主人公アーサー(マコノヒー)が、アメリカの空港から何も持たず日本を訪れ、青木ヶ原の樹海に入る。自殺
しようとしていることは明らか。その理由はしばらくは語られない。むしろ、妻との折り合いの悪さが原因と
思われるようなミスリードもある。そこに、同じく森を彷徨するナカムラタクミという中年の男性を見つける。
彼も自殺を試みに森に入ったが、止めて森の外に出たいが道が見つからないという。
そこでアーサーは、彼をとりあえず助けるため、樹海を出る努力をしてみる・・・というメインストーリーの
中に、アーサーが岩場から転落して重傷を負ったり、洞窟の中で水に流され、九死に一生を得たり、さまざまな
服を着た遺骸と遭遇したり、昼なお暗い森の中からの脱出は続く。
ナカムラは妻はキイロ、娘はフユという、と自己紹介をしていた。日本人なら、そこれあれ?と思うはずだ。
女性の名前にキイロというのは普通ないから。

二人の脱出行の中で、アーサーがなぜ樹海に来たかが明らかにされていく。それは、折り合いの悪かった妻
(ワッツ)に脳腫瘍が見つかり、摘出手術を受けたが、それは良性であったことがわかり、二人の間にいい
空気が流れ始めたものの、転院する救急車がダンプトラックと衝突し、生きるはずだった妻が亡くなって
しまったのだ。
自分がどれだけ妻を愛していたか、それなのに妻のことを殆ど知らないと愕然としたアーサーは、以前
妻から「死ぬ時は病院以外で。理想的な死に場所を探してね。約束よ」と云われていて、改めて妻を愛して
いたことから絶望の縁にたたされたアーサーは、ネットで日本の青木ヶ原を見つけ、やってきたのだった。

だが、ナカムラとの脱出行で、妻のためにも生き延びることを決意したアーサーは、ケガで動けなくなった
ナカムラを一旦置いて救助を求め、救われたのだった。しかしナカムラの姿はもう森にはなく、掛けたコート
を取ってみるとそこには、ナカムラが言っていた死ぬときに咲く花が一輪咲いていた。

つまり、ナカムラは、アーサーの自殺を止めさせ、森から出そうとする精霊であり、また「千の風になって」
アーサーを見守る妻の精霊であったのだ。「生きろ」と。ナカムラが「生」へのメタファーであったことは
容易に想像がつく。

そしてアーサーはアメリカに帰り、妻の好きだった場所に家を変え、好きだったランの花を育てながら、
研究所に復職して暮らし始めたのだ。

こんな分かりやすい話があるだろうか。たしかに森のなかでの渡辺謙とのことはリアリティも感じるが、
ラストを考えると二人助かって良かったとは絶対にならないわけで、それにキイロとフユ、妻が童話が
好きだったなどという伏線から先々が容易に読み取れてしまった。

悪い映画ではないが、ガス・ヴァン・サントらしい捻りとか心に直球で投げ込んでくる感動という
ものが欠けていたのでは、と感じたのだった。
森のなかの中年男がアーサーと不自由なく英語で会話が出来るということからすでに怪しい(苦笑)。

WOWOWで解説の小山薫堂が紹介していたが、カンヌでは「なぜ日本の青木ヶ原を理想的な死に場所に
選んだのか、まったくその理由が分からないとブーイングだった」そうだ。これは舞台となった日本人が
観るのと西欧人が観るのとでは、初見の捉え方が大きく異なるのだろうな、と思う。
今二つくらいの作品だった。ただ、スピリチュアルな、精神世界の好きなかたは良いかもしれない。
秋山雅史の歌のイメージがお好きな方。
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<ストーリー>
磁石が狂い、携帯電話も通じない樹海で運命的に出会った2人の男が、本来の目的をよそに生き残ろうと
奮闘する姿を描くミステリアスなドラマ。
マシュー・マコノヒーと渡辺謙という実力派が初共演し、深い悲しみを抱えた男たちを熱演する。
グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の名匠ガス・ヴァン・サントがメガホンを握る。

アメリカ人のアーサー(マシュー・マコノヒー)は死に場所を求め、富士山の北西に広がる青木ヶ原樹海に
入っていった。木々が生い茂る森の中を分け入っていくと、タクミ(渡辺謙)という日本人男性と出会う。
タクミは妻子のもとへ帰ろうとしているものの、怪我をし寒さに震えていた。タクミを放ってはおけず、
アーサーは彼とともに出口を探して歩き回るが、方向感覚を失い、森を抜け出すことができない。
自然の厳しさに直面しながらさまよううちに、アーサーはタクミに心を開いていき、彼が樹海へ来た理由を
話し始める。(Movie Walker)

<IMDb=★6.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:13% Audience Score:40%>




by jazzyoba0083 | 2018-08-27 23:20 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

チェイサー Kidnap

●「チェイサー Kidnap」
2017 アメリカ Di Bonaventura Pictures and more. 94mn.
監督:ルイス・プリエト
出演:ハル・ベリー、セイジ・コレア、クリス・マクギン、リュー・テンプル他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
離婚してウェイトレスをしつつ6歳の男の子フランキーと暮らすカーラ(ハル・ベリー)。勤めがはねて息子と公園で
遊んでいると、息子は誰かに誘拐される。これをどう取り返すか、が見どころの映画なのだが・・。

「激突」風のカーチェイスが全体の70%以上を占める映画で、うまくするとスピルバーグ風に決められるのか、と
期待もしたが、グズグズになって終わってしまった。
全体として構成がチープというか、ありきたりというか、捻りがないと云うか、製作、監督サイドは何を言いたかった
のか(恐らく、最愛の息子を守ろうと必死の母は強し!というところなんだろうけど)上手く伝わってこない。

クルマで逃げる犯人をワンボックスで追いかけるのだが、携帯を落としてしまったりという伏線はあるが、それにしても
警察に連絡する方法はいくらでもあろうかと・・・。目先に必死で見えていなかったのかなあ。二台のクルマに挟まれ
転倒させられた白バイ警官はその後なんのアクションも取らなかったのかな。
とにかく、息子を取り返したい一心の母は、ドラテクは素晴らしいわ、銃に手向かう勇気は凄いわ、やっつけた男の
免許証の住所からカーナビを使って自宅を検索しちゃうわという八面六臂の大活躍。

ラスト、犯人は幼児専門の誘拐犯グループで、助けに来た風の隣の親父もその正体を母に突き止められ、スコップで
ぶん殴られる。結局、カーラがやっつけた男らの背後には国際的な誘拐団がいて、世界各地で摘発が進んだと、
ニュースの声が聞こえて終わり。 う~ん!しょぼかった! 尻すぼみもいいところだった!一にも二にもシナリオの
失敗。
CM時間を入れると丁度テレビの2時間サスペンス枠にピッタリなので、そっちで放送したほうが良かったんじゃ
ないかな。プロデューサーにハル・ベリー自身が入っているので、こうした映画を作りたかったのだろうか。

<ストーリー>
ハル・ベリーが主演・製作総指揮を兼任したアクション・スリラー。
シングルマザーのカーラは、最愛の息子が何者かによって車で連れ去られる現場を目撃。だが地元警察は動いて
くれず、携帯電話も失くしてしまう。彼女は一人で息子を救い出す覚悟を決めるが……。

いつもと変わらない日、いつも訪れる公園でその事件は起こった。シングルマザーのカーラ(ハル・ベリー)は、
一瞬目を離したすきに最愛の息子フランキー(セージ・コレア)を何者かに連れ去られてしまう。必死で追いかける
カーラだったが、息子を乗せた車は走り去る。携帯電話を失くし、犯人の正体も分からず、地元警察も動いてくれない。
カーラは、たった一人で息子を救い出す覚悟を決めるのだが……。(Movie Walker)

<IMDb=★5.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:35% Audience Score:50%>





by jazzyoba0083 | 2018-08-25 22:50 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)