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●「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦 Anthropoid」
2016 チェコ・イギリス・フランス LD Entertainment,22h22 and more. 120min.
監督・(共同)製作・脚本:ショーン・エリス
出演:キリアン・マーフィー、ジェイミー・ドーナン、シャルロット・ル・ボン、アンナ・ガイスレロヴァー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
WOWOWの終戦記念企画、2本めの鑑賞。この事件は割と有名でご存知のかたも多いと思うし、プラハに
行いった折、最期の闘いになった教会に立ち寄った人もおられるのでは無いか。映画化も既に本作を入れて4回目と
なる。折に触れて、こうした歴史上で忘れてはいけない事件を映画化することはとても意味があることだと思う。
日本でも「日本のいちばん長い日」などが何度か作られるのも私は意義深いと思う。ただ、往年の帝国軍のカッコ
良さだけが浮き上がって来てしまうようなものは排除しなくてはならないが。

邦題に使われているハイドリヒとは、ドイツがチェコスロバキアを、チェコとスロバキアに分割し、ナチス
ドイツがチェコ(ベーメン・メーレン保護領)を管轄させたドイツ軍の最高司令官でナチスのナンバースリーとも
いわれ、その容赦ない弾圧の手法から「金髪の野獣」「絞首刑人」などと云われ市民から恐れられていたラインハルト・
フリードリヒ親衛隊大将のことである。彼はユダヤ人ホロコーストを最先鋭的な考えで指導した人物としても
重要である。

歴史的にはナチスの横暴を許した1938年の英仏独伊のミュンヘン会議(結果的にナチスにチェコの割譲を許して
しまう)の結果とか、チェコにはドイツ系の市民が多かったとか、軍事を支える重要な工業地帯であったこと
などの背景がある。それとフリードリヒはナチスに抵抗するインテリ階級には容赦ない即決裁判と射殺で応じる
一方、労働者階級には労働保険を認めるなど融和策もとってアメとムチを使い分けていた。彼は「市民に愛される
総督」を振る舞うため、移動も単独のオープンカーですることが多く、ヒトラーはこれに対し、しばしば苦情を
伝えたが、ハインリヒは言うことをきかず、結果的にこれが彼の命取りになった。

さて、本題。欧州をヒトラーに蹂躙されてしまった1941年、大英帝国とチェコのロンドン亡命政府は、7人の
若者をチェコスロバキア人を選び、パラシュートで侵入させ、ハイドリヒを暗殺するという「anthropoid」
(類人猿作戦)というコード名の作戦を決行した。最期の二名が夜間、チェコに降下してくるところから本作の
物語は始まる。彼らは、地元の抵抗勢力の協力を得て、プラハに入り仲間と合流、ハインリヒ暗殺の計画を
練り始める。

この作戦は相当無茶苦茶で、暗殺のタイミングややり方、後の自分たちの逃げかたなどは全部7人任せであった。
それとこれは映画の中でも、地元のレジスタンスらが主張するのだが「ハイドリヒ」を殺した後、ナチスが必ず
してくるだろう「予測もつかない報復」のことがあった。まだナチス・ドイツの勢いが衰える前で、その時期に
ナンバー3を暗殺したら、ヒトラーは一体どういう行動にでるのか、その辺りをチャーチルや亡命政府首相は
考えなかったのだろうか。この件に関しては今でも論争があり、映画の中では、これで良かったかどうかに
ついての判断は話題にしていない。

パラシュート部隊はハイドリヒの動きがどのようなものか、どのタイミングでどのような武器で暗殺するのか
地元の協力者たちと情報を収集する。そして、決行の日は来た。クルマの前に立ちはだかった男のマシンガンは
弾が詰まってしまい動かない。敵はハイドリヒと運転手の二人だけだ。仲間が必死で投げた対戦車手榴弾が
ハイドリヒのベンツの下で爆発し、彼は重症を負う。作戦は失敗か、と落胆したものの、数日後、ハイドリヒは
負った傷のため死亡した。そこからは頭に血が登った親衛隊やゲシュタポによる壮絶なスパイ刈りが始まり、
一方で、報復として、2つの村の16歳以上の男が銃殺され、女子供は収容所に送られた。結果的には、
チェコ人5000人から1万人以上が報復のために生命を落としたという。
そしてついに地元の一人が捕まり口を割ってしまう。

最後のクライマックスは、7人のパラシュート部隊の、隠れたプラハの聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂の
地下納骨堂を取り囲んだ700人のドイツ軍との壮絶な銃撃戦だ。袋のネズミの彼らは最後の一発を自決のために
とっておき、たった7人で果敢に戦った。しかし所詮多勢に無勢であった。この作戦部隊のメンバーは青酸カリ
のような毒薬を渡されていて、地元の協力者を含め捕まる前に自害するメンバーも多かった。

こうした映画の中には殺伐さを削ぐために男女のことが入ってくることが多いのだが、本作でもそれがある。
あまりにも凄惨な事件だけに、そんな話でもないとやりきれない。パラシュート部隊に協力した一家の最後
(バイオリン弾きの少年アタの一家)などは、正視出来ないほどの残虐性で、ナチの本性としてもかなりきつい
画面であった。

役者さんは存じ上げない方が多いが全体として引き締まっていたと思うし、ナチスの横暴さと、無鉄砲な
作戦に応じた7人の勇気と胆力はよく理解できた。ナチが酷いことは分かっていたが、そもそもの暗殺作戦が
適切であったかどうか、そして実行計画もけっこうずさんなこの作戦に驚きを禁じ得ないのだった。

銃撃戦のあった教会には今でも花束が絶えず、ドイツ軍の重機関銃による弾痕もそのままにされている。
そして地下の納骨堂は当時の形を残し記念室となっている。
先日のハンガリーのユダヤ人といい、チェコスロバキア(この国は既に存在すらしない)の悲劇といい、
さらに言えば、つい最近までいや今も混乱が続いている旧ユーゴスラビア、クリミア半島など、東欧の
悲劇にまで思いを致した映画だった。
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<ストーリー>
ナチス・ナンバー3と言われたハイドリヒ暗殺の史実を基に映画化。1942年。イギリス政府とチェコ
スロバキア亡命政府は、ユダヤ人大量虐殺の実権を握るハイドリヒ暗殺を計画。ヨゼフ、ヤンら7人の
部隊を、パラシュートによってチェコ領内に送り込むのだが……。

第二次世界大戦下の1942年。ナチスがヨーロッパのほぼ全土に占拠地域を広げていくなか、ヒトラーの
後継者と呼ばれ、その冷酷さから“金髪の野獣”と渾名されたナチス第三の実力者であるラインハルト・
ハイドリヒは、ユダヤ人大量虐殺の実権を握っていた。

イギリス政府とチェコスロバキア亡命政府はハイドリヒ暗殺計画を企て、ヨゼフ(キリアン・マーフィ)、
ヤン(ジェイミー・ドーナン)ら7人の兵士による暗殺部隊を、パラシュートによってチェコ領内に送り込む。
二人はプラハの反ナチス組織や家族と接触、暗殺計画を着々と進め、やがてそのミッションは実行される。
だがハイドリヒ襲撃に憤慨したナチスは、常軌を逸する残虐な報復を始めるのだった……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:65% Audience Score:70% >



by jazzyoba0083 | 2018-08-18 23:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ビヨンド・ザ・トレック Teleios (Beyond the Trek)
2017 アメリカ Thousand Mile Media 90min.
監督:イアン・トゥルートナー
出演:サニー・メイブリー、ランス・ブロードウェイ、T・J・ホーバン、クリスチャン・ピトル他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
「スター・トレック」シリーズのスピンオフかと思った私が馬鹿でした。いろんな宇宙モノの映画や
「エクスマキナ」のようなアンドロイド系の作品を、味を薄~くして合成したような感じの映画だった。
これじゃあ、日本未公開も頷けてしまう。

地球の環境悪化への対応のため遺伝子操作から作られた「GCヒューマン」なる気質も知能も高い
「新人類」が環境悪化を改善するための物質を回収するというのがメインのお話だが、その物質を
運ぶ宇宙船には人間が一人と、アンドロイドの女性が一台いるだけだった。
その宇宙船に積まれた貨物はどこにったのか。またその貨物に隠された金の匂いのする陰謀とは。
そしてなぜ宇宙船には人間一人が残ることになったのか。

みなさんご指摘の通り、セットもチープ感丸出しで、アンドロイドは化粧と役者の表情でなんとか
形を整えているようえ、逆に気持ちが悪い。本来完璧なはずの「GCヒューマン」らに芽生える愛情や
憎しみなどの人間的後天的性格が顔を出してくる。アンドロイドもただのロボットではなくなり・・・。
既視感ありありのストーリーに安っぽい画面。ラストの方は話の筋さえ分かりづらくなる始末。

これ、見なくてもいいですよ。怖いもの見たさの人は別だけど。
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<ストーリー>
西暦2048年。遺伝子組み換えで誕生した、IQが高く、肉体のみならず気質まで完璧な“GCヒューマン”の
中から選ばれし5名が、深宇宙に飛び立った。その目的は、消息を絶ったアトロミトス号の救出だった。

しかしこの船は、気象条件の悪化が深刻化する地球の解決方法を見つけるために深宇宙へ派遣された後、
音信不通となり乗員の生存は絶望的と見られていた。
一方、精鋭5人に課せられた任務は、救出とは名ばかりで、船内のどこかに隠されている“謎の積み荷”の
回収こそが真の目的であった。やがてアトロミトス号を発見し、合流に成功した一行が船内へ侵入すると、
そこには残された唯一の乗員オニールと、ARTと呼ばれる人型ロボットが生き延びていて…。(fimarks)

<IMDb=★4.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:No data Audience Score:18%>






by jazzyoba0083 | 2018-07-19 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ヒトラーへの285枚の葉書 Alone in Berlin」
2016 ドイツ・イギリス・フランス X-Filme Creative Pool,Master Movies,FilmWave and more.103min.
監督:ヴァンサン・ペレーズ  原作:ハンス・ファラダ『ベルリンに一人死す』(みすず書房刊)
出演:エマ・トンプソン、ブレンダン・グリーソン、ダニエル・ブリュール、ミカエル・パーシュブラント他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
ヒトラーにリーダーを任せたドイツが、熱狂の中、国中で発狂してしまったような状況下、ごく普通の
ブルーカラーの初老夫妻が、地味に体制に抵抗する。思想的なもの、ではない。大事な一人息子が戦死し、
今の体制のおかしさに覚醒、絵葉書の裏にヒトラーや体制を批判する文章を書いて、ベルリン中に一枚づつ
置いて歩く。指紋が出ないように手袋をし、筆跡もばれないように、敢えて活字のような字で書く。途中から
妻も配布に協力する。

全体主義の同調圧力が強く、警察だけではなくナチスの秘密警察も厳しい統制に当たっていた当時、住民
同士が疑心暗鬼となり、長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰、触らぬ神に祟りなし、的な状態で、
自分が助かりたいがゆえに平気で他人を密告するような社会だった。
日本にも同じような状況があったわけだが、人の感性というものは洋の東西を問わず不変なものなのだ。
この映画の台本で舞台を日本に置いて日本人が演じたとしてもまったく不思議はない。そうした大きな流れに、
大声を上げるのではなく、静かに黙々と抵抗する。出来そうで出来ることではない。事実、主人公オットー・
クヴァンゲルが置いて歩いた285枚の葉書のうち、警察が回収できなかったのはわずか18枚に過ぎない。
それ以外は、市民が進んで警察に届け出ている。「私はハイル・ヒトラーなのだよ!」と言わんばかりの
行動だ。そうした中で、彼と妻アンナは黙々と行動する。警察は犯人を特定できず、ナチスから圧力を掛けら
れる。

国防婦人会みたいなおばさんたちや、「私はナチの大佐夫人だから勤労奉仕などへはいかないわ」と平然と
言い放つ女。それに対し、あの奥さんのご主人はナチで苦労されているからいいのよ、と忖度する婦人会。
私も苦労してるわよ、というアンナに、謝りに行きなさいよ、とまで言う状況。

警察やナチスにへつらい、顔色を伺う男。彼を誰が非難できようか。彼は葉書を置き歩く男に似ていると
いうことで逮捕される。警察は彼ではないと断定するが、ナチスは許さない。犯人を挙げないと自分が
危ないからだ。ナチスの保身の犠牲になった警察は無実の例の男を湖畔で射殺し、自殺したことにする。
しかし、葉書の発見は続いたのだ。

自分たちへの包囲網が狭まってきていることを知りつつ止めることをしないオットーは、ある日、職場で
ポケットに入れた葉書を落としてしまう。オットーは棺桶を作る工場の(もともとは家具屋かなんかだった
のだろう)職長という立場で、拾った男と共に上司のところに行き、警察に届けるべきだと主張する。
しかし、駆けつけた警察はオットーの勤務状況や、最近息子が戦死したことなどからオットーを疑い
逮捕する。アンナも逮捕される。

まだナチスドイツの戦争も端緒についたばかりの快進撃のころで、こうした事件もまだ裁判に掛けられていた。
この事件を担当していた警部は、ナチスからの圧力を受け、例の男を射殺した男だ。だが、彼は犯人を逮捕
出来ないことで、ナチスの大佐から殴る蹴るの暴力を受け、軍の理不尽さに思うところがあった。
オットーは自分は罪を全面的に認めるし、全部自分ひとりでやったことだから、妻は逮捕するな、と懇願
する。了解されたかに見えたが、軍の圧力や警察上層部の圧力はそれを許さなかった。結局、夫妻は反論
することもなく、法廷で声高に反ナチスを叫ぶこともせず(描かれないのでおそらく、だが)罪を認め
ギロチン台の露と消えていった。その後のドイツの転落状況はご存知の通りだ。
そして、この映画の白眉というシーンが、オットーとアンナを逮捕した警部が、285枚のうち18枚を除き
警察に届けられた全部を読み、それを窓から外にばら撒いた上、自らの頭を銃で撃ち抜いて自殺するところだ。
この国の未来に絶望したのだろう。自分の居場所は無いと判断したのだろう。
そこにこの映画の良心、救いを見る思いだった。

この話は実話だという。熱狂の大勢の流れに一人で棹さすことの勇気と虚しさが胸に迫る。今のこの時代
だからこそ作られた映画だという感じがする。オットーやアンナのように覚悟を決めて権力に逆らうことが
どのくらい難しいかということは、戦争の時代でない現代でも全く通じることだ。

地味で重い映画だが、その訴えるところ、観ている人に迫るものは小さくない。全般に平板な映画なのは
原作がそうだから仕方のないことであるし、それが狙いな面のもあるのだろうが、ナチスと警部の間に
もう一つのやりとりがあると、私が白眉だといったシーンが更に生きるのではないかなと感じた。
そしてこの映画の最大の欠点はドイツの話を英語でやっている、ということだ。書いている字はドイツ語
なのに。これなら吹き替えで観たほうが釈然とするだろう。エマ・トンプソンとブレンダン・グリーソンの
抑えた演技が良かっただけに、残念だ。
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<ストーリー>
ドイツ人作家ハンス・ファラダがゲシュタポの文書記録を基に執筆した小説『ベルリンに一人死す』を映画化。
1940年、恐怖政治に凍てつくベルリン。ヒトラーの忠実な支持者だった平凡な労働者夫婦が、一人息子の
戦死をきっかけにナチス政権へ絶望的な闘いを挑む。
「王妃マルゴ」「インドシナ」などの俳優として知られるヴァンサン・ペレーズによる長編監督第3作。

フランスがドイツに降伏した1940年6月。戦勝ムードに沸くベルリンの古めかしいアパートで質素に暮らす
労働者階級の夫婦オットー(ブレンダン・グリーソン)とアンナ(エマ・トンプソン)のもとに一通の封書が届く。
それは最愛の一人息子ハンスが戦死したという残酷な知らせだった。心のよりどころを失った二人は悲しみの
どん底に沈むが、ある日、ペンを握り締めたオットーは「総統は私の息子を殺した。あなたの息子も殺される
だろう」とヒトラーへの怒りのメッセージをポストカードに記し、アンナとともにそれを密かに街中に置く。
夫婦はささやかな活動を繰り返すことで魂が解放されていくが、それを嗅ぎ付けたゲシュタポの捜査が二人に
迫りつつあった……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:59% Audience Score:47%>




by jazzyoba0083 | 2018-07-04 22:55 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー Solo:A Star Wars Story」
2018 アメリカ Lucasfilm,Walt Disney Pictures and more. 135min.
監督:ロン・ハワード 脚本:ローレンス・カスダン、ジョン・カスダン
出演:オールデン・エアエンライク、ウディ・ハレルソン、エミリア・クラーク、ドナルド・グローヴァー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
SWのキャラクターの中で(ハリソン・フォードの)ハン・ソロは、個人的に大のお気に入りであり、
チューバッカも大好きだ。そんなソロの若き日の活躍(いかにしてハン・ソロになったか)を、これも
大好きなロン・ハワードが監督して製作すると聞いては映画館に行かねばなるまいと、いそいそと出かけた。
2Dで鑑賞。せっかくのIMAXも3Dメガネをしてみると、視野が狭くなるような気がして最近あまり好みでない。

本作の映像は暗い。同じトーンで暗い。まあSWシリーズ全体で明るい場面というのはあまりないのだが
それにしても本作は薄茶色の同じトーンで全編暗い。まずその単調さが不満。更に、後半3分の1くらいまでは
大きな潮流としての物語が動かないので不満。多くの割合を占める宇宙での戦闘シーンも新しいところもなく
観ていて飽きる。私はSWは大好きだが、いわゆるSWオタクではないので、細かい登場人物の相関関係が良く理解
しているとはいえないゆえ、分かりづらい部分もある。
一方、SWフリーク・・オタクにとってはいろいろと想像を膨らませる部分は多かろうと思う。が、その面白みは
残念ながら私には分からない。
そんな私が期待していったのは、ハン・ソロという「荒野の流れ者盗賊」みたいな青年がいかに
してスカイウォーカーやレイア姫の反乱軍に加わったのか、またミレニアムファルコンをどうやって手に入れた
のか、そして一番知りた盟友チューバッカとどうやって知り合ったのか、ということだ。それらの答えは最後の
10分くらいに怒涛のように帳尻合わせするような形で提示される。その辺りの経緯は前半を辛抱してみていると
氷解する仕組みなんだろう。
なるほどな、とは思うけど、壮大な時間を費やしたそれまでのあれこれは壮大なインパクトのない前振りかよ!!
と目が点になってしまった。(←それはお前が分かってないぞ、という指摘は甘んじてウケます。ハイ!)

冒頭に「法なき宇宙にて」と字幕で提示されるから、まあ言い訳はしてあるのだろうけど、あいつがあいつを
裏切り、裏切ったと思ったら裏切っておらず、いやいややっぱり味方ではない、などと目まぐるしいので、
結局誰が誰の味方なのさ、ということが分かりづらかった。キーラとEP1に出てきたダースモールとの関係が
意味ありげだが、(あれ、ダースモールってオビワンにライトセーバーで切断されて死んだんじゃなかった
っけ??) そんなダースモールとキーラはその後何になるのか、という続編も用意されているのだろうか?

しかし、残念なのは、本作、アメリカで大コケしてしまい、ルーカスフィルムを傘下に収めるディズニーは
SWのすべてのスピンオフについて、一旦立ち止まって再考することになったのだそうだ。

同じスピンオフでも、「ローグワン」のほうが個人的にはわかりやすく面白かった。それとみなさん褒めて
いたけど、ソロを演じたオールデン・エアエンライク、私はあまり好きでなかったな。これはスピンオフの
宿命なのだろうけど、ハリソン・フォードの(EP4の頃はほんとに若い)イメージの固着がきついからだ
ろうと思う。

本作の脚本を手がけたのは、もう何本もSWやスピルバーグの脚本を手がけているローレンス・カスダンで、
彼が創造したSWサーガの細かい時制的経過の上になりたつ相関関係を含んだストーリーは、ロン・ハワード
には手に余ってしまったのじゃないかな。CGを極力排するのは最近のSWの傾向だが、その辺りは良かった
と思う。個人的にはチューバッカとの関係をもっと描いてほしかたなあ。

映画のHPで本作のストーリーの概略を掴んでおいて、ラスト20分を見れば全部分かるというのでは身も蓋も
ないなあ・・・。(繰り返すけどSWフリーク、オタクにはたまらん作品かもしれない。それは私には想像の
外であり、そういう方の本作に関しての詳しいブロブも多いので、私の感想に不満を持たれた方はそういう
コアファンのブログをお読みになると宜しいでしょう。)
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<ストーリー>
「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」に続く「スター・ウォーズ」スピンオフ・シリーズ第2弾。
「スター・ウォーズ」シリーズの中でも屈指の人気を誇る銀河最速のパイロットにして愛すべきアウトロー、
ハン・ソロの若き日に焦点を当て、伝説のヒーロー誕生までの知られざる物語を描き出す。
主演は「ヘイル、シーザー!」「ハリウッド・スキャンダル」のオールデン・エアエンライク。
共演にウディ・ハレルソン、エ
ミリア・クラーク、ドナルド・グローヴァー。
監督は「ビューティフル・マインド」「ダ・ヴィンチ・コード」の巨匠ロン・ハワード。

 惑星コレリアで生まれ育った若者ハン。銀河帝国の暗黒支配が激しさを増す中、自由を求める彼は幼なじみの
キーラとともに故郷からの脱出を図るも失敗、2人は離ればなれに。やがて銀河一のパイロットとなってキーラを
迎えに戻ると誓い、帝国軍のパイロットを目指すハン。
しかし3年後、彼は帝国フライト・アカデミーを追放され、歩兵として戦場に送られる。そこでウーキー族の
戦士チューバッカと出会うハンだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:70% Audience Score:65% >



by jazzyoba0083 | 2018-07-03 17:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ベイビー・ドライバー Baby Driver」
2017 アメリカ TirStar Pictures(a SONY company),Working Title. 113min.
監督・脚本・(共同)製作:エドガー・ライト
出演:アンセル・エルゴート、ケヴィン・スペイシー、リリー・ジェームズ、エイザ・ゴンザレス、ジョン・ハム、
   ジェイミー・フォックス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
面白かった!音楽に合わせて映像編集をしていくのは今に始まったことではないが、その使い方とセンスが良い。
多くの観客から「ミュージカル映画」だ、と云われる所以であろう。
全編ロックを中心とした音楽が流れ、それは主人公の生き方に沿ったものなのだが、中でも大切なのがこの物語の
ベースになっていると思われるクィーンの「ブライトン・ロック」だ。作品中には2回の大事なシーンで使われる。

この歌詞は英国の小説家グレアム・グリーンの同名の小説をベースにしている。外界と遮断して生きる17歳の殺人者
主人公のピンキー、彼と知り合い献身的な愛で彼を支えるウェイトレスのローズ。
映画に置き換えると、ベイビー・ドライバーと彼がいつも行くダイナーで知り合うデボラという少女に相当する。
彼の内包する心身の傷を癒やすのは音楽でしかなく、いつも耳にはiPodのイヤフォンを突っ込んで音楽を聞いている。
そしてマイクロカセットを持ち歩き、町や人のふとした音や会話を録音し、サンプリングしてラップに仕立て、
カセットにダビングし、大量に保管してある。
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さて、彼の商売はいわゆる「ゲッタウェイ・ドライバー」=逃がし屋である。最近ではライアン・ゴズリングの佳作が
記憶に新しい。ボスのドク(ケヴィン・スペイシー)は自分の手を汚さず、金融機関を狙った強盗を計画し、毎回
名うての実行犯を集め、大金をモノにしてきた。そしてその犯行現場にスタンバイして犯人を車に乗せて、神業的
ドライビングテクニックで警察を巻いて逃し、自分も報酬を貰うというのがベイビーの仕事である。

仲間からベイビーと呼ばれ自分もそれを使っている青年(アンセル)は、幼い頃に両親が車を運転中に口喧嘩をして
よそ見をしているうちにトラックに激突。両親は死亡、彼はトラウマと衝撃から酷い耳鳴りに悩まされるようになり
以来、耳鳴りをかき消すこと、交通事故の原因となった両親のケンカが原因となり他人と積極的に関わりたくなく、
自分の殻に籠もっていたい欲求から、年がら年中イヤフォンを耳にしているのだった。しかし、ちゃんと人の話は
聞いている。

彼は以前ボスの車を壊すか何かで、ボスにかなりの返済を抱えていて、それを返すまでは逃がし屋を手伝わなくては
ならなかった。しかしそれもあと2回。そしてそれも上手く済ませ、ボスからも、これでお前は自由だ、と
宣言された。ベイビーは両親亡き後、黒人で口の聞けない老人を養父として暮らしていた。そしてボスからは
仕事のたびに少しづつ分前を貰っていて、かなりの金が溜まっていた。

そんなベイビーがダイナーでデボラという少女と知り合い、恋に落ちる。危ない仕事が終わったので、ピザの
宅配ドライバーを始める一方これまで溜め込んだ金があるから、それを元手にデボラと高級レストランに行ったり
中古ながら大きなクルマを買ったりしていた。
だが、ボスから再び危ない話に誘われる。強引に引っ張り込まれるベイビーだったが、いつも持っているマイクロ
カセットから作ったリミックステープの存在を、いずれ警察に渡す道具と思われたのか、養父も痛めつけられ
逃げるに逃げ出せない状況となった。しかし、ベイビーは犯行前にデボラを誘って街の外へ逃げるつもりでいた。
しかし、チャンスを失い、強盗現場にやってこざるを得ない状況となってしまった。

ベイビーは人を傷つけることが大嫌いというかトラウマ上、出来ないというか、犯行現場で警備員が撃たれたのを
観てクルマを前にいたトラックに激突させ、助手席にいたバッツ(ジェイミー)を殺し、更にボニーとクライド
状態のバディ(ジョン・ハム)とダーリン(エイザ・ゴンザレス)と共に大量の警官に追いかけられる身となる。
ダーリンは警察との激しい銃撃戦で蜂の巣になり絶命。大事な女の哀れな末期に逆上したバディは、すべては
ベイビーのせいだと、警察に追われつつもベイビーを追い詰めてくる・・・。

なんとか遠くへ逃げようとする二人。その前にボスのところに行ってリミックスのカセットテープを返して
もらおうとした。ボスはお前は誰だ状態。
しかしデボラと逃避行をすると知ったボスは、ベイビーとデボラをメキシコに逃すべく金とクルマを用意
してやる。だがそこにバディがやって来た。バディはボスを射殺し、二人が車に乗り逃げようとすると、
バディが来るまで追いかけてくる。
駐車場内での激しいチェイスとクルマを降りての激闘となるが、デボラの助けもあり(なかなかいい根性
してるよ、デボラは)しつこい上にもしつこいバディをやっとのことで仕留めることが出来た。
いよいよ二人でメキシコへと向かっていると、目の前にはまたまた大量の警官が。
しかしそこでベイビーは諦めておとなしく御用となる。

裁判となる。しかし証言台に立つ養父、逃亡の途中でクルマを拝借した御婦人にバッグを返し、ごめんなさい、と
言ったことなど、ベイビーの優しい面、生来の犯罪者ではない、など擁護する証言がなされ、両親の交通事故や
耳鳴りにも苦しんできたなどの情状が酌量されて、懲役25年、しかし5年後には仮釈放の権利があるとの判決を
受けた。(彼、仲間の強盗とはいえ何人か殺しちゃてるからね)そして模範囚として過ごした5年後、刑務所の外で
待つデボラの元に歩み寄るベイビーであった。
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というようなお話なのだが、洗練された音楽に乗せたクライムムービー、主人公はちょっと見、ひ弱な青年、
そんなスタイリッシュで、やわなイメージを払拭するように、ほぼCGなしの激しいカーチェイスと、容赦のない
殺しのシーンなど、タランティーノも真っ青なバランスがとれた構成がいい。
またデボラとの関係を大事にしようとするベイビーの姿勢から生まれる愛情周りの様々なトラブルと何を考えて
いるのか分からないバディやダーリン、バッツといった頭のネジが多数外れちゃっている奴らの存在と行動の
バランスもいい。「柔と剛」の塩梅が実に好ましいということだ。
そしてベイビーが逮捕され、刑に服して待っていたデボラとの真実の愛を確認する短い後日譚も、とってつけた
ような感じではあるが、それがまたいい感じだ。

監督、脚本、演者、製作者の関係が上手くいくとこういう面白い映画が出来るということだな。
個人的には、エンドロールで流れるサイモン&ガーファンクルの「Baby Driver」がリアルタイムでツボだった。

(※上記、「ブライトン・ロック」のくだりでは町山智浩著「「最前線の映画を読む」(インターナショナル
 新書 刊)を参照しました)
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<ストーリー>
「ショーン・オブ・ザ・デッド」「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」のエドガー・ライト監督が、
ギャングに雇われ、“逃がし屋”として働く天才ドライバーの青年ベイビーの活躍を描く痛快クライム・カー・
アクション。
リアルかつ華麗なカー・アクションに加え、主人公が絶えず聴いているiPodの曲がBGMとなり、そのビートに
合わせて全てのアクションが展開していく斬新な演出も話題に。
主演は「ダイバージェント」「きっと、星のせいじゃない。」のアンセル・エルゴート、
共演にケヴィン・スペイシー、リリー・ジェームズ、ジョン・ハム、ジェイミー・フォックス。
 
天才的なドライビング・テクニックを買われ、ギャングのボス、ドクの下で“逃がし屋”として働く青年ベイビー。
幼い頃の事故で両親を亡くし、自身もその後遺症で耳鳴りに悩まされている。そのためiPodが手放せず、
常にお気に入りのプレイリストを聴き続けていた。
すぐにキレる狂暴なバッツはじめコワモテの連中を乗せても顔色一つ変えず、クールにハンドルを握るベイビーは、
音楽を聴くことで集中力が研ぎ澄まされ、誰にも止められないクレイジーなドライバーへと変貌するのだった。
そんなベイビーが、ウェイトレスのデボラと出会い、恋に落ちる。そして彼女のために、この世界から足を
洗おうと決意するベイビーだったが…。(allinema)

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:86% >





by jazzyoba0083 | 2018-07-01 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「プロバンスの贈りもの A Good Year」
2006 アメリカ Fox 2000 Pictures (presents),Scott Free Productions. 114min.
監督・製作:リドリー・スコット 原作:ピーター・メイル『プロヴァンスの贈りもの』(河出書房新社刊)
出演:ラッセル・クロウ、マリオン・コティヤール、フレディ・ハイモア、アルバート・フィニー、アビー・コーニッシュ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
このブログを開設したころに公開された映画で、2009年に観て、当ブログにも感想を書いた。その時は結構シビアな
感想を書いていた。リドリーがどのような作品を作って来たのかは今のほうが理解は進んではいるが、当時は
活劇系の人だという印象が強い傾向であったみたい。いい雰囲気を持った映画だなあ、という思いはあったようだ。
その後好きな女優さんの一人となるマリオン・コティヤールの印象が強かった記憶もある。来年南仏を訪問して
みたいと思っているので、どういう映画だったかな、という事やロケした風景を確認したくて再見した。

9年経つと映画の感想も変わることもあるのだな、という典型。見方が進んだというのか、感性が変化したと
いうか、当時の見方が浅かったと云うか。(汗)
今回の再見で思ったのは、初見の時に感じたこととは、やや異なる。今の私が感じたのは、南仏の急がない人生を
愉しむ人々の暮らしが、眉根をひそませる必要もなく、肩の力を抜いてリラックス出来る、いい感じの映画に仕上
がっているなということ。そしてコティヤールはこのころから存在感があった、ということだ。

ネット上での感想の中に、「リドリー・スコット、やっちまったな」という厳しい意見が多いが、私はそうは思わない。
(Rotten Tomatoesの評論家評価と、一般観客の評価の差にこの映画の捉えられ方の相違が現れていて興味深い。
観た結果、いい映画を誰が監督したものであろうが、いいものはいいし、著名な監督が作ったからといって全部が
名作であるわけでもないのは自明だ)
この作品は「エイリアン」とか「ブレードランナー」「ブラック・レイン」「テルマ&ルイーズ」などの潮流にあると
思ってはダメだ。彼がこの手の映画しか作ってはいけないという法律があるわけでもなく、期待したい気持ちは
分かるけど、本作はプロバンスにワイン用ワインヤードを持つリドリーが、現地で聞いた「ブティックワイン」の
噂を親友で作家のピーター・メイルに話し、それをメイルが小説化、更にそれをリドリーが映画化したものなので、
彼が製作を担当していることからみても、彼の個人的趣味性の強い作品であり、その辺りの事情を汲んだ上でリドリーの
名前について語らないと、片手落ちということにならないか。それとリドリーがイギリス人であり、「年中しょぼくれた
空のイギリス」人が南仏に強烈なあこがれを感じるメンタリティは個人的には極めてよく理解出来る。
ただし、リドリーは確かにこの映画を境にピークを過ぎていってしまうような感じではある。老境に達してきたと
言うこともできようが。本作で肩の力が抜けてしまい、元に戻らなくなった、のかもしれない。それはそれで・・。

本作へのリドリーの想いは強く、子役も含めたキャスティングや切り取られた南仏の光景(名所も含め)、ストーリーの
流れも、描かれる人間模様も、作品全体を通す、ロハスな雰囲気をきっちり汲み上げ手堅い仕上げとなっている。
しかも、登場する若い女性陣にミステリックかつ、ホノボノとしたエピソードもあったりで、誠に心がハッピーになる。
語られる世界は極めてオーソドックスなのだが、そこを陳腐にしていないところは、作家と監督の思いが深い
ところで結びついていたことに由来する強さなのだろう。
「歌枕」の一つでもあるプロヴァンスものでは一番出来がいいのではないかと思っている。原題はワインの「当たり年」
という意味で、映画ではいろんな意味合いを含んでいる、なかなか味わいのあるタイトルである。

幼い頃プロヴァンスで叔父さんと過ごした記憶。長ずるに及び、ロンドン・シティーの名うての金融トレーダーに
なり、この叔父の死去でシャトーをたたまなくてはならなくなるのだが、プロヴァンスで出会うコティヤールや
ブドウ畑の使用人、シャトーの世話をする奥さん、など魅力的な人物との交流で、主人公の心がほぐれていく・・。
コティヤール、やっぱりいいなあ。この人がいると映画が締まる、という俳優さんがいる。そういう俳優さんの
一人が私にとってはマリオン・コティヤール。(「マリアンヌ」では残念な演出に泣いたけど)

また観るだろう。いい「雰囲気」を味わうという鑑賞の仕方をするには絶好の映画だと思う。
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<ストーリー>
少年マックス(フレディ・ハイモア)は毎年夏になると、南仏プロヴァンスに住みつきワイン造りをしながら
人生を謳歌するヘンリーおじさん(アルバート・フィニー)のもとでヴァカンスを過ごしていた。

時は流れ、ヘンリーが授けてくれた叡智と哲学のおかげでロンドンの金融界で豪腕トレーダーとして活躍する
マックス(ラッセル・クロウ)は、超多忙な日々を送り贅沢な独身ライフを楽しんでいたが、彼には本当の愛は
見えていなかった。
ある日マックスのもとに、ヘンリーが亡くなったとの報せが届き、遺産を相続するためにプロヴァンスへ向かう。
途中、自転車の女性を轢きそうになるが、マックスは気付かずに車を走らせる。女性は地元のレストランのオーナー、
ファニー(マリオン・コティヤール)。鼻っ柱の強いファニーは、シャトーの前に例の暴走車が停まっているのを
見つけ、仕返しをしにマックスの前に現れる。相続と売却の手続きをすぐに済ませ、ロンドンにとんぼ返りする
つもりでいたマックス。ところがハプニングに見舞われ、この地で休暇を取ることに。滞在を重ねるうち楽しかった
幼い日の記憶が次々とよみがえり、彼の心はゆれる。そして何よりも彼の心を乱したのは、ファニーの存在だった。

ファニーのレストランに助っ人に入ったマックスは、彼女とのデートの約束を取り付ける。大人の会話を楽しんだ
後にめぐる上質なワインの酔い。二人はムーディな雰囲気のまま、マックスのシャトーに泊まる。
翌朝、ここは自分の人生に向かないと告げるマックスに、ファニーはマックスの人生がここに向かないと切り返す。
やがてシャトーとぶどう園の売却の手続きを終えたマックスに、ロンドンへ戻る日が来る。惹かれあいながらも
マックスとファニーは、人生の価値観の違いから別々の路を歩みはじめようとするのだが、プロヴァンスでの
幾つもの贈りものが、彼を変えようとしていた。(Movie Walker)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:26% Audience Score:65%>



by jazzyoba0083 | 2018-06-23 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「パトリオット・デイ Patriots Day」
2016 アメリカ CBS Films and more.133min.
監督・(共同)原案・脚本:ビーター・バーグ
出演:マーク・ウォルバーグ、ケヴィン・ベーコン、ジョン・グッドマン、J・K・シモンズ、ミシェル・モナハン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
2013年4月15日のボストン・マラソンでの爆弾テロ事件は記憶に新しい。本作は、この事件をベースに7割を実話、
3割を創作で作り上げた、ドキュメンタリー風ドラマだ。マラソンの日は合衆国のマサチューセッツ、メイン、
ウィスコンシンの3州で独立戦争緒戦の戦捷を記念して「愛国者の日」と定めており、当マラソン大会もその日に
開催される。毎年4月第三月曜日だ。映画のタイトルは、この日の名前と、まさに爆弾テロに立ち向かう、あるいは
被害に遭ってもそれに負けずに人生に立ち向かう「英雄」たちを掛けている。

さて、この事件はまだ記憶に新しく、犯人逮捕にいたる経過も仔細ではないが、概要は覚えているので興味深く、かつ
緊張感を引っ張る構成が上手くて最後まで(最後は実際の人物のインタビューが出てくるなど、ドキュメンタリーと
なっているが)ドキドキしながら観ることが出来た。それにしてもマーク・ウォルバーグ、このところ立て続けに観て
いる。

何か国難のような事件や戦争が起きると、アメリカという国は人種や宗教を超えて一致団結する傾向があり、9.11の時も
そうだったし、この事件の時も、愛国者だらけとなる。本国での公開ではおそらく拍手が起きるような映画だろうし、
評価も高い。それが悪いとは言わないが、犯人の兄弟の背景は狂信的なムスリムとして描かれ、その背景はオミット
される。

主犯格は死亡しているので、本当はどうなのかは分からない。彼らのセリフに「9.11は政府が仕掛けた芝居であり、
目撃者はみんな俳優だ。お前らはマスコミに騙されている」と語るが、実際にそう信じていたとすれば、イスラムの信条、
ムジャヒディンとしての戦いというのではなく、彼らこそ洗脳された狂信者と言わねばなるまい。また、FBIの
特別捜査官(ケヴィン・ベーコン=渋くて良かったけど)が、初動で、この事件がテロであるかどうかにも慎重で
あったり、防犯カメラから特定されかかった犯人の写真を公開することを知事や市長、県警本部長らが主張するなか、
「もし犯人でなかったらイスラムを敵に回すことになり、一大事だ」と慎重となる。
それは観ている方は一方の救いではあるが、どこか作品中の免罪符臭い感じがした。

殺人課の刑事であるが、チョンボをやって現場のパトロール警官の仕事をさせられるマーク・ウォルバーグは、実際の
警官3人をまとめてキャラクターを作り出したという架空の人物。だが、地元に詳しい彼が防犯カメラから犯人に迫る
映像を見つけ出す。

次第に自分たちの周辺に操作の手が伸びてきたことを感じた兄弟は、中華系の男のベンツのSUVを乗っ取って、
圧力鍋爆弾を積んでニューヨークでの新たなテロを目指して東上するが、人質になった中華系の男がガソリンスタンドで
給油中に逃亡し、それから犯人と警察の大追跡劇が展開される。追い詰められた兄弟は発砲し、爆弾を投げまるで
戦争のような光景が展開する。ここがアクションとしての最大の見所。ほんとにこんなに爆弾を投げて、戦争のような
ことがあったのかな。脚色された感じはするが、迫力は物凄かった。

地元警察、FBI、州兵らの苦闘、テロに巻き込まれて足を失った人を冒頭から伏線として入れて、構成し、後半20分位は
彼らがテロ後のマラソン大会に義足で出場し完走するシーン、フェンウェイボールパークで開催されたレッドソックスと
市民と警察のイベントなども実写で見せ、主要演者たちが努めた実在の知事、市長、市警幹部、FBI特別捜査官、犠牲者
らが実名で登場し、インタビューでこの事件の意義などを語る。

マーク・ウォルバーグが先輩の警官に語るセリフで「愛の力だけが勝つ」というのだが、まあ、これがこの映画の主張
と見ていいだろう。この映画を観た人は、登場人物らの勇気と愛情と愛国精神、不屈のアメリカ魂を追体験するのは
誠に結構だし、無辜の市民が足を吹き飛ばれつつ、負けない人生を歩むのシーンは心打たれる。それは素晴らしいことだ
と思う。一方でその背後にあるアメリカがこれまで世界中でやって来た、決して自慢できない行為の数々にも思いを
致してみるべきだろう。そういうバランス感覚を日本人には持ってもらいたいものだ。

因みにマラソンシーンは実際に行われた後年のマラソン大会に協力を求めた他、爆発シーンの再現には完璧なセットを
作り、床のタイルも実際のものを使い、ガムのシミすら忠実に再現したという。そのプロダクションデザインの苦労は、
映画の質を上げるものとして大いに評価されるべき。
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<ストーリー>
2013年に起きたボストンマラソン爆弾テロ事件の裏側に迫る実録サスペンス。犯人逮捕に挑むボストン警察殺人課の
刑事の目を通して、事件解決までの過程が生々しく描かれる。刑事のトミーをマーク・ウォールバーグが演じ、
『バーニング・オーシャン』など3度目のタッグとなるピーター・バーグ監督による息詰まるドラマを盛り立てる。

2013年4月15日。殺人課の刑事トミー(マーク・ウォールバーグ)は、朝からボストンマラソンの警備に駆り出され
ていた。オリンピックの次に歴史の古いこのマラソン大会は、毎年祝日である「パトリオット・デイ(愛国者の日)」
に開催され、117回目を迎えるこの日も50万人の観衆で賑わっていた。
そんななか、次々と走者がゴールし、最高潮の盛り上がりの最中、トミーの背後で突如大爆発が発生。歓声は悲鳴に
変わり、煙が立ち込める中に血を流した負傷者たちが折り重なって倒れていた。トミーらボストン警察の面々は
事態が飲み込めないまま救護活動を開始。
やがて到着したFBI捜査官リック(ケヴィン・ベーコン)が現場を慎重に観察すると「これはテロだ」と断定。
管轄はFBIへ移るが、犯人に対する怒りが沸々と湧き上がっていたトミーは、病院を回って負傷者たちの話を丁寧に
聞いてまわるのだった。9.11同時多発テロ以降の事件にアメリカは震撼、爆発時の映像はまたたく間に世界中に
配信される。やがて監視カメラに映る不審な“黒い帽子の男”と“白い帽子の男”が容疑者として浮上する……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:80 Audience Score:87%>





by jazzyoba0083 | 2018-06-05 23:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バリー・リンドン Barry Lyndon」
1975 イギリス Peregrine,Hawk Films,Warner Bros..186min.
監督・製作・脚本:スタンリー・キューブリック
原作:ウィリアム・メイピークス・サッカレー
出演:ライアン・オニール、マリサ・ベレンソン、パトリック・マギー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
キューブリックの作品は監督生涯でわずか13本。ごく初期の作品を除いて、これで
全部観たことになる。長い長い本作を観ても彼の映像作家としての非凡さが今更
ながらよく分かる。もともと写真に興味を持ちそこからモーションピクチャーに
入っていった作家らしい耽美的映像美も堪能することが出来る。最もこれは
本作で撮影賞を獲った盟友ジョン・オルコットの見事なキャメラの功績も大きい
わけだが。それとこの時代を実に上手く表現したプロダクションデザインの功績も
称賛しておかなくてはなるまい。(オスカー受賞)衣装、化粧、大道具、小道具など
も時代をリアルに反映し、作り物臭さの排除に成功していた。

一方、音楽についても言及しておかなくてはなるまい。インターミッション前までは
バリーが頂点になりあがるまでの経緯から、ベースは2拍子のマーチであり、
没落へと転落していく後半は終始、ヘンデルの弦楽曲が繰り返されていく。ヘンデルは
物語の時代に生きた作曲家であるから、映画の悲劇性、不安という雰囲気の表出にとても
マッチしていたと思えたのだった。

さて、時代は18世紀(1700年代)ジョージ3世治世のイングランドが舞台。
原作があり私は未読であるのだが、本作を文芸大作と呼ぶにはいささかの抵抗を感じる。
そう呼ぶには映像もストーリーも多分に映画的アプローチとみえたからだ。
(失礼な話、シュバリエ・ド・バリバリの登場などもあり、いささか漫画を見ている
ような気分にすらなった)キューブリックは原作の長さをナレーションという形で
短縮したのだが、それが物語のテンポを出し、3時間を超えてもダレない効果を産んだと
思う。

インターミッションを挟んで3時間を超える本作の大意は、取り立てて長所もないし、
自分の将来の行動を読みきれない平民の男が、貴族に成り上がり、更に没落していく
までの大河ドラマであるが、テンポが早く、もたつかないので時間はあまり気にならない。

冒頭で説明される、バリーの父親が些細な揉め事から決闘となり死亡、母の手ひとつで
育てられたが、従姉に惚れ込み(従姉も色じかけをしてくるのだが)、彼女の家は財産を
目当てに位の高い軍人と結婚をさせる。これに我慢が出来ないバリーは、軍人を侮辱した
ことで決闘となり、彼を殺したと信じ、ダブリンに逐電する。その当たりの立ち上がりから
なにやらまともではないバリーの人生の流転の「面白さ」を予見させて見事である。

後半ややもたつくころもあるが、エピソードの起伏が適度にやってきて、(つまり
バリーの身の上にいろんなことが起きて)飽きさせないし、映像がいちいち綺麗だし、
18世紀の戦争の様子や決闘のルールなどにも興味は付きなかった。結局は「小者」の
バリーの、壮大なる失敗の人生の物語。普通の人よりは波乱に富んではいたけれど。

これまで個人的にキューブリックという人はシュールな感性を持っていて前衛的な表現が
強みなのか、と勝手に思っていたのだが、本作を観ると、決してそうではなく、
オーソドキシーな構図の中に、観客に予想させない演出をするから、シュールだと思える
のだな、と得心した。本作のような文芸モノを扱ってもその表現や人間性の描写にあっては
キューブリックの語法でいうシュールな面は現れていたと思う。

バリー・リンドンを演じたライアン・オニールは、よくぞキャスティングしたな、と
感心するフィットぶりである。(名演という意味ではない)
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<ストーリー>
長いストーリーですので、下記Movie Walker あるいはwikipediaに詳細なものが
掲載されていますので、そちらをご一読ください。

<IMDb=★8.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:94% Audience Score:92% >




by jazzyoba0083 | 2018-05-23 22:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

僕と世界の方程式 X+Y

●「僕と世界の方程式 X+Y」
2014 イギリス BBC Films. 111min.
監督:モーガン・マシューズ
出演:エイサ・バターフィールド、レイフ・スポール、サリー・ホーキンス、エディ・
  マーサン、ジョー・ヤン他。
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。最近、この手の「他人とは違うこと」をどう受け入れるのかを感がせさせる
作品が目につく。それは冒険ものから恋愛もの、実話ものまで、幅広い。ということは
この世の中が、いかに不寛容になっているかの証左であろう。確かに「同調圧力」は
強く、マイノリティを阻害することで自分の存在を確認することしか出来ない幼稚な
思想しか持ちえない人間が多くなっていることは確かだ。
この春のオスカー主要作品を見ても、この度のカンヌ映画祭パルム・ドールに輝いた
是枝裕和監督作品「万引き家族」にせよ、底辺に流れているのは、多様性を認めていく
ことの肝要さを訴えている。

そうした流れの中で、本作は極めて分かりやすいストーリーを通して、主役本人が
「他人とは違うこと」を認めて、それを乗り越えていく姿を観ることが出来る。
主人公ネイサン・エリスは自閉症の男子高校生であり、人と接することが苦手。
親ですら。そのかわりに数学に秀でている。数学と対話しているほうが気が楽なのだ。
父親は「お前は他と違っている。だがそれは悪いことではない。数学が強い。
むしろ人とは違って優れているともいえる。人を愛することだけは忘れるな」と
彼を理解し、励ます。だがその父を交通事故で失い、更に自らの殻に閉じこもる。

彼を理解するALS患者の先生、そして世界数学オリンピックの選手に選ばれ、台湾で
合宿中に中国チームのチャン・メイという少女と出会う。彼女と接しているうちに
数学の世界に生きる自分と違う自分がいることに気がついていくネイサンであった。

彼の心を自然と開いて行かせたのは、彼を理解し赦し、愛する人々であった。それは
母でありチャン・メイであり、教師であり、亡き父の教えであった。つまり彼を
あるがまま受け入れて、理解し愛する人。特にチャン・メイの存在。
一見易しそうでいて実は難しい自分とは違うことを受け入れる心。でも誰でも
「人とは違って当たり前」という普遍的なことなのだけれど。
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<ストーリー>
「ヒューゴの不思議な発明」のエイサ・バターフィールド主演による実話を基にした
ドラマ。数学の理解力に突出した才能を持ちながらも、心を閉ざし続ける少年ネイサン。
だがある数学教師の尽力により、彼は国際数学オリンピックのイギリス代表の一人に
選ばれる。

イングランド中部シェフィールド。大好きだった父マイケル(マーティン・マッキャン)を
事故で亡くし、母ジュリー(サリー・ホーキンス)や周囲に心を閉ざしてしまった少年
ネイサンは、他人とのコミュニケーションが苦手な反面、数学の理解力に関しては
飛びぬけた才能を持っていた。

ジュリーは、普通の学校に適応できない息子の才能を伸ばそうと、数学教師マーティン
(レイフ・スポール)に個人指導を依頼。数年後、マーティンの献身的な教育の成果もあり、
ネイサン(エイサ・バターフィールド)は国際数学オリンピックのイギリス代表チームの
選抜候補に選ばれる。代表チーム監督リチャード(エディ・マーサン)の指導のもと、
台北でのトレーニング合宿に参加することになったネイサン。

その合宿は、イギリス最大のライバルである中国チームと合同で行われ、ネイサンは
そこで中国チームの美しく聡明な少女チャン・メイ(ジョー・ヤン)とパートナーを組む
ことになる。彼女と共に学ぶ日々は、数学一色だったネイサンの人生をカラフルに変え、
彼を大きく成長させていく。そしてネイサンの心にはこれまで経験したことのない感情が
芽生え始めていた。
やがて台北合宿は終了、イギリスチーム、中国チームともに国際数学オリンピック本番の
ためにイギリスのケンブリッジ大学トリニティ・カレッジへと向かう。
だがオリンピック当日、ネイサンは人生最大の選択を迫られることになるのだった……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=No Data>






by jazzyoba0083 | 2018-05-21 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハーフネルソン Half Nelson」
2006 アメリカ Hunting Lane Films and more. 106min.
監督・(共同)脚本:ライアン・フレック
出演:ライアン・ゴズリング、シャリーカ・エップス、アンソニー・マッキー、モニーク・ガブリエラ・カーネン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
映画のタイトルはその意味を知って鑑賞するか、観てから吟味するか、どうだろう?本作のように
意味が分からない系のタイトルは、知ってから観ると製作者の主張が理解が分かりやすいと思う。ただ、
観終わってその意味をしみじみと味わう、という手もないではない。

そんなことを考えながらこの映画を観終えた。本作の場合、私はタイトルの意味を深く考えずに観たから、
その意図する(であろう)ことに想いを致した時、それはそれで、しみじみとしてしまった。
最初から知っていたらそれはそれで面白かったと思う。

「ハーフネルソン」。言葉だけは知っていた。プロレスの技として。背後から片腕を回しとる技で、
両腕をバンザイさせるように回しとる技は「フルネルソン」という。つまり、「フルネルソン」は
片腕は自由に使える、あるいは片腕は後ろに回され使えなくなっている、という半分ほど不自由な
、思い通りには事が運ばない「人生」のメタファーとして使用されている。

「パターソン」「ムーンライト」系の製作アプローチかな。観客は、ダン(ゴズリング)という一人の
中学教師の「普段の暮らし」の観察者となり、彼の日々の暮らしから、色んな意味を汲み取る(汲み取れる
ものなら)という仕掛け。この手の映画が好きでない、という人には向かない好悪の別れやすい映画だ。

おそらく中学1年生の歴史を担当しているのだが、教えることが非常に難しいというか哲学的である。ダンは
それなりに頭がいいんだろう。「歴史とは何か。相反するもの」とか「弁証法」とか12、3歳に理解できる
のかよ、と思うような歴史感を教える。ただ、判り易いので生徒には人気がある。校長は気に入らない。
そしてバスケット部のコーチも熱心に務めている。しかし、彼はジャンキーだ。恋人とも別れ、独り身で
猫と自堕落な生活を続けている。生徒に正解の出し方を教えているのに、自分の人生の正解を見つけられない。
クスリに逃げる。教えることでアイデンティティをようやく保っている。友人も少なそうだ。
つまり、ダンの「ハーフネルソン」な暮らしを綴るのが本作、といえる。

そんなダンは女生徒ドレイに強く慕われる。ヤクの取引で兄は刑務所、親戚はヤクの取引きで生計を立てている
ような連中。自分を思うと、純粋なドレイを汚れた世界に引きずり込みたくないと、親戚と掛け合ったり
する。

ラストにはアッと言わされた。ダンがいるヤクのパーティー会場に、親戚の伯父に連れてこられたドレイが
ヤクを届けに来たのだ。顔を合わせる二人。何を思うのか。ヤクのメッセンジャーを拒否しなかった
ドレイの事情、ヤクを持って現れたドレイを、ダンはどう思ったのだろうか。何も言う資格のない自分。
次の日、彼は学校を無断で休む。(おそらくクビだろう) ドレイは学校が終わって昨夜のパーティー会場に
行って一人でいたダンを探し当てる。自分の嫌な部分を観られたドレイなのに、何を思ってダンを探しに
行ったのか。
お互いの中に何かが生まれたのかもしれないある種の温かさの余韻を残し映画は終わる。 
うーん、何が言いたいのだろう?と殆どの方は思うのではないか。完結しない結末、
後は観た人に考えてもらう。「ハーフネルソン」の状況の設定がなかなかユニークで好きだったし、なかでも
本作でオスカーの主演男優賞にノミネートされたゴズリングの演技が、「ハーフネルソン」を実に上手く
演技で表現出来ていた。本作はゴズリングの演技を観る映画、と言い切ってしまってもいいかもしれない。

「ある男の普段の生活を切り取って見せる」ことでオープンエンドを通じて、観客に「思い」を委ねる。
サンダンス映画祭が好きなタイプだ。コアな正解を何も受け取らなくてもそれはそれでいいと思う。
なんとなく伝わるものがある雰囲気を愉しめばそれでもいいと感じた。
ある種、脱力系ではあるが、長玉をタイトに使って終始手持ちで撮影した映像を含め、愛すべき作品だ。

2006年の製作なのだが、日本公開は去年。ゴズリング人気にあやかっての公開だったのか。
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<ストーリー>
「ラ・ラ・ランド」のライアン・ゴズリングが第79回アカデミー賞主演男優賞に初ノミネートされたドラマ。

ブルックリンにある中学校で黒人やヒスパニックの子どもたちに歴史を教えている教師ダン・デューン
(ライアン・ゴズリング)は、型にはまらない授業で生徒たちの信望を集めている。
しかしその一方で、自身はドラッグに溺れていた。ある日、学校のトイレの個室でドラッグを吸っている
ところを、女子生徒ドレイ(シャリーカ・エップス)に見つかる。彼女の兄は麻薬売買の罪で刑務所にいた。
近所には多数のドラッグディーラーがたむろするような劣悪な環境で母親と二人暮らしの彼女を、ダンは
何とか救おうとする。そんなダンと、彼の秘密を知るドレイの間に不思議な友情が芽生え始めるが……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.2 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:83% >



by jazzyoba0083 | 2018-05-03 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)