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●「バリー・リンドン Barry Lyndon」
1975 イギリス Peregrine,Hawk Films,Warner Bros..186min.
監督・製作・脚本:スタンリー・キューブリック
原作:ウィリアム・メイピークス・サッカレー
出演:ライアン・オニール、マリサ・ベレンソン、パトリック・マギー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
キューブリックの作品は監督生涯でわずか13本。ごく初期の作品を除いて、これで
全部観たことになる。長い長い本作を観ても彼の映像作家としての非凡さが今更
ながらよく分かる。もともと写真に興味を持ちそこからモーションピクチャーに
入っていった作家らしい耽美的映像美も堪能することが出来る。最もこれは
本作で撮影賞を獲った盟友ジョン・オルコットの見事なキャメラの功績も大きい
わけだが。それとこの時代を実に上手く表現したプロダクションデザインの功績も
称賛しておかなくてはなるまい。(オスカー受賞)衣装、化粧、大道具、小道具など
も時代をリアルに反映し、作り物臭さの排除に成功していた。

一方、音楽についても言及しておかなくてはなるまい。インターミッション前までは
バリーが頂点になりあがるまでの経緯から、ベースは2拍子のマーチであり、
没落へと転落していく後半は終始、ヘンデルの弦楽曲が繰り返されていく。ヘンデルは
物語の時代に生きた作曲家であるから、映画の悲劇性、不安という雰囲気の表出にとても
マッチしていたと思えたのだった。

さて、時代は18世紀(1700年代)ジョージ3世治世のイングランドが舞台。
原作があり私は未読であるのだが、本作を文芸大作と呼ぶにはいささかの抵抗を感じる。
そう呼ぶには映像もストーリーも多分に映画的アプローチとみえたからだ。
(失礼な話、シュバリエ・ド・バリバリの登場などもあり、いささか漫画を見ている
ような気分にすらなった)キューブリックは原作の長さをナレーションという形で
短縮したのだが、それが物語のテンポを出し、3時間を超えてもダレない効果を産んだと
思う。

インターミッションを挟んで3時間を超える本作の大意は、取り立てて長所もないし、
自分の将来の行動を読みきれない平民の男が、貴族に成り上がり、更に没落していく
までの大河ドラマであるが、テンポが早く、もたつかないので時間はあまり気にならない。

冒頭で説明される、バリーの父親が些細な揉め事から決闘となり死亡、母の手ひとつで
育てられたが、従姉に惚れ込み(従姉も色じかけをしてくるのだが)、彼女の家は財産を
目当てに位の高い軍人と結婚をさせる。これに我慢が出来ないバリーは、軍人を侮辱した
ことで決闘となり、彼を殺したと信じ、ダブリンに逐電する。その当たりの立ち上がりから
なにやらまともではないバリーの人生の流転の「面白さ」を予見させて見事である。

後半ややもたつくころもあるが、エピソードの起伏が適度にやってきて、(つまり
バリーの身の上にいろんなことが起きて)飽きさせないし、映像がいちいち綺麗だし、
18世紀の戦争の様子や決闘のルールなどにも興味は付きなかった。結局は「小者」の
バリーの、壮大なる失敗の人生の物語。普通の人よりは波乱に富んではいたけれど。

これまで個人的にキューブリックという人はシュールな感性を持っていて前衛的な表現が
強みなのか、と勝手に思っていたのだが、本作を観ると、決してそうではなく、
オーソドキシーな構図の中に、観客に予想させない演出をするから、シュールだと思える
のだな、と得心した。本作のような文芸モノを扱ってもその表現や人間性の描写にあっては
キューブリックの語法でいうシュールな面は現れていたと思う。

バリー・リンドンを演じたライアン・オニールは、よくぞキャスティングしたな、と
感心するフィットぶりである。(名演という意味ではない)
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<ストーリー>
長いストーリーですので、下記Movie Walker あるいはwikipediaに詳細なものが
掲載されていますので、そちらをご一読ください。

<IMDb=★8.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:94% Audience Score:92% >




by jazzyoba0083 | 2018-05-23 22:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

僕と世界の方程式 X+Y

●「僕と世界の方程式 X+Y」
2014 イギリス BBC Films. 111min.
監督:モーガン・マシューズ
出演:エイサ・バターフィールド、レイフ・スポール、サリー・ホーキンス、エディ・
  マーサン、ジョー・ヤン他。
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。最近、この手の「他人とは違うこと」をどう受け入れるのかを感がせさせる
作品が目につく。それは冒険ものから恋愛もの、実話ものまで、幅広い。ということは
この世の中が、いかに不寛容になっているかの証左であろう。確かに「同調圧力」は
強く、マイノリティを阻害することで自分の存在を確認することしか出来ない幼稚な
思想しか持ちえない人間が多くなっていることは確かだ。
この春のオスカー主要作品を見ても、この度のカンヌ映画祭パルム・ドールに輝いた
是枝裕和監督作品「万引き家族」にせよ、底辺に流れているのは、多様性を認めていく
ことの肝要さを訴えている。

そうした流れの中で、本作は極めて分かりやすいストーリーを通して、主役本人が
「他人とは違うこと」を認めて、それを乗り越えていく姿を観ることが出来る。
主人公ネイサン・エリスは自閉症の男子高校生であり、人と接することが苦手。
親ですら。そのかわりに数学に秀でている。数学と対話しているほうが気が楽なのだ。
父親は「お前は他と違っている。だがそれは悪いことではない。数学が強い。
むしろ人とは違って優れているともいえる。人を愛することだけは忘れるな」と
彼を理解し、励ます。だがその父を交通事故で失い、更に自らの殻に閉じこもる。

彼を理解するALS患者の先生、そして世界数学オリンピックの選手に選ばれ、台湾で
合宿中に中国チームのチャン・メイという少女と出会う。彼女と接しているうちに
数学の世界に生きる自分と違う自分がいることに気がついていくネイサンであった。

彼の心を自然と開いて行かせたのは、彼を理解し赦し、愛する人々であった。それは
母でありチャン・メイであり、教師であり、亡き父の教えであった。つまり彼を
あるがまま受け入れて、理解し愛する人。特にチャン・メイの存在。
一見易しそうでいて実は難しい自分とは違うことを受け入れる心。でも誰でも
「人とは違って当たり前」という普遍的なことなのだけれど。
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<ストーリー>
「ヒューゴの不思議な発明」のエイサ・バターフィールド主演による実話を基にした
ドラマ。数学の理解力に突出した才能を持ちながらも、心を閉ざし続ける少年ネイサン。
だがある数学教師の尽力により、彼は国際数学オリンピックのイギリス代表の一人に
選ばれる。

イングランド中部シェフィールド。大好きだった父マイケル(マーティン・マッキャン)を
事故で亡くし、母ジュリー(サリー・ホーキンス)や周囲に心を閉ざしてしまった少年
ネイサンは、他人とのコミュニケーションが苦手な反面、数学の理解力に関しては
飛びぬけた才能を持っていた。

ジュリーは、普通の学校に適応できない息子の才能を伸ばそうと、数学教師マーティン
(レイフ・スポール)に個人指導を依頼。数年後、マーティンの献身的な教育の成果もあり、
ネイサン(エイサ・バターフィールド)は国際数学オリンピックのイギリス代表チームの
選抜候補に選ばれる。代表チーム監督リチャード(エディ・マーサン)の指導のもと、
台北でのトレーニング合宿に参加することになったネイサン。

その合宿は、イギリス最大のライバルである中国チームと合同で行われ、ネイサンは
そこで中国チームの美しく聡明な少女チャン・メイ(ジョー・ヤン)とパートナーを組む
ことになる。彼女と共に学ぶ日々は、数学一色だったネイサンの人生をカラフルに変え、
彼を大きく成長させていく。そしてネイサンの心にはこれまで経験したことのない感情が
芽生え始めていた。
やがて台北合宿は終了、イギリスチーム、中国チームともに国際数学オリンピック本番の
ためにイギリスのケンブリッジ大学トリニティ・カレッジへと向かう。
だがオリンピック当日、ネイサンは人生最大の選択を迫られることになるのだった……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=No Data>






by jazzyoba0083 | 2018-05-21 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハーフネルソン Half Nelson」
2006 アメリカ Hunting Lane Films and more. 106min.
監督・(共同)脚本:ライアン・フレック
出演:ライアン・ゴズリング、シャリーカ・エップス、アンソニー・マッキー、モニーク・ガブリエラ・カーネン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
映画のタイトルはその意味を知って鑑賞するか、観てから吟味するか、どうだろう?本作のように
意味が分からない系のタイトルは、知ってから観ると製作者の主張が理解が分かりやすいと思う。ただ、
観終わってその意味をしみじみと味わう、という手もないではない。

そんなことを考えながらこの映画を観終えた。本作の場合、私はタイトルの意味を深く考えずに観たから、
その意図する(であろう)ことに想いを致した時、それはそれで、しみじみとしてしまった。
最初から知っていたらそれはそれで面白かったと思う。

「ハーフネルソン」。言葉だけは知っていた。プロレスの技として。背後から片腕を回しとる技で、
両腕をバンザイさせるように回しとる技は「フルネルソン」という。つまり、「フルネルソン」は
片腕は自由に使える、あるいは片腕は後ろに回され使えなくなっている、という半分ほど不自由な
、思い通りには事が運ばない「人生」のメタファーとして使用されている。

「パターソン」「ムーンライト」系の製作アプローチかな。観客は、ダン(ゴズリング)という一人の
中学教師の「普段の暮らし」の観察者となり、彼の日々の暮らしから、色んな意味を汲み取る(汲み取れる
ものなら)という仕掛け。この手の映画が好きでない、という人には向かない好悪の別れやすい映画だ。

おそらく中学1年生の歴史を担当しているのだが、教えることが非常に難しいというか哲学的である。ダンは
それなりに頭がいいんだろう。「歴史とは何か。相反するもの」とか「弁証法」とか12、3歳に理解できる
のかよ、と思うような歴史感を教える。ただ、判り易いので生徒には人気がある。校長は気に入らない。
そしてバスケット部のコーチも熱心に務めている。しかし、彼はジャンキーだ。恋人とも別れ、独り身で
猫と自堕落な生活を続けている。生徒に正解の出し方を教えているのに、自分の人生の正解を見つけられない。
クスリに逃げる。教えることでアイデンティティをようやく保っている。友人も少なそうだ。
つまり、ダンの「ハーフネルソン」な暮らしを綴るのが本作、といえる。

そんなダンは女生徒ドレイに強く慕われる。ヤクの取引で兄は刑務所、親戚はヤクの取引きで生計を立てている
ような連中。自分を思うと、純粋なドレイを汚れた世界に引きずり込みたくないと、親戚と掛け合ったり
する。

ラストにはアッと言わされた。ダンがいるヤクのパーティー会場に、親戚の伯父に連れてこられたドレイが
ヤクを届けに来たのだ。顔を合わせる二人。何を思うのか。ヤクのメッセンジャーを拒否しなかった
ドレイの事情、ヤクを持って現れたドレイを、ダンはどう思ったのだろうか。何も言う資格のない自分。
次の日、彼は学校を無断で休む。(おそらくクビだろう) ドレイは学校が終わって昨夜のパーティー会場に
行って一人でいたダンを探し当てる。自分の嫌な部分を観られたドレイなのに、何を思ってダンを探しに
行ったのか。
お互いの中に何かが生まれたのかもしれないある種の温かさの余韻を残し映画は終わる。 
うーん、何が言いたいのだろう?と殆どの方は思うのではないか。完結しない結末、
後は観た人に考えてもらう。「ハーフネルソン」の状況の設定がなかなかユニークで好きだったし、なかでも
本作でオスカーの主演男優賞にノミネートされたゴズリングの演技が、「ハーフネルソン」を実に上手く
演技で表現出来ていた。本作はゴズリングの演技を観る映画、と言い切ってしまってもいいかもしれない。

「ある男の普段の生活を切り取って見せる」ことでオープンエンドを通じて、観客に「思い」を委ねる。
サンダンス映画祭が好きなタイプだ。コアな正解を何も受け取らなくてもそれはそれでいいと思う。
なんとなく伝わるものがある雰囲気を愉しめばそれでもいいと感じた。
ある種、脱力系ではあるが、長玉をタイトに使って終始手持ちで撮影した映像を含め、愛すべき作品だ。

2006年の製作なのだが、日本公開は去年。ゴズリング人気にあやかっての公開だったのか。
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<ストーリー>
「ラ・ラ・ランド」のライアン・ゴズリングが第79回アカデミー賞主演男優賞に初ノミネートされたドラマ。

ブルックリンにある中学校で黒人やヒスパニックの子どもたちに歴史を教えている教師ダン・デューン
(ライアン・ゴズリング)は、型にはまらない授業で生徒たちの信望を集めている。
しかしその一方で、自身はドラッグに溺れていた。ある日、学校のトイレの個室でドラッグを吸っている
ところを、女子生徒ドレイ(シャリーカ・エップス)に見つかる。彼女の兄は麻薬売買の罪で刑務所にいた。
近所には多数のドラッグディーラーがたむろするような劣悪な環境で母親と二人暮らしの彼女を、ダンは
何とか救おうとする。そんなダンと、彼の秘密を知るドレイの間に不思議な友情が芽生え始めるが……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.2 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:83% >



by jazzyoba0083 | 2018-05-03 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バーニング・オーシャン Deepwater Horizon」
2016 アメリカ Summit Entertainment,Participant Media. 107min.
監督:ピーター・バーグ
出演:マーク・ウォルバーグ、カート・ラッセル、ジョン・マルコヴィッチ、
   ジーナ・ロドリゲス、ディラン・オブライエン、ケイト・ハドソン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
面白かった!★8でも良いくらいだが、後半映像がややゴチャついた部分、個人的に
何がどうなっているのか分かりづらくて1つ減らし+αとした。シネコンに行こうかな、
と思っていた作品。いまテレビで見れば、大きな画面で観る爆発炎上シーンは迫力があった
ことだろうな。視覚効果でオスカーにノミネートされたのも頷ける出来だ。ていうか
そこが見どころの映画とさえ言っちゃっても良いかも知れない。

岩盤に支柱を穿たないで半分浮いている形の石油掘削施設「ディープウォーター・
ホライゾン」。フロリダ沖で原油採掘をするブリティッシュ・ペトロリアム(BP)の
巨大施設である。これが爆発炎上し、膨大な原油が海洋に流出し、大問題になったのは
私はリアルタイムのニュースで見聞きしている。当時、えらいことが起きだぞ、と
思ったものだった。その一部始終の事実をベースとしてドキュメンタリータッチで迫る
デザスタームービー。

映画として魅力的なのは爆発炎上シーンの迫力だけではもちろん無く、主人公のマーク・
ウォルバーグとケイト・ハドソンの夫婦の話、一番渋くて光っていたスタッフ、カート・
ラッセルの仕事っぷり、更に、金儲けしか頭に無くて、結局小さなミスを見過ごし、
事故が発生した後も対処を誤るというBP幹部。

事故後の現場の男たちの踏ん張りと勇気、そういう人間臭いドラマがキチンと内包されて
いて、ドッカンボッカンばかりが目立つ映画ではない、というのが、高評価に結びついた。
それは冒頭の海中の中でなにやら不穏なサインが出ているというデザスターもののセオリー
と言えばセオリーなんだけど、これからえらいことになるんだろうなあ、という不気味な
予感をたたえていていいスタート。「硬質」な演出と「軟質」な演出のバランスがいい
のだろう。「軟質」な演出で光っていたのは先程も書いたようにカート・ラッセルの
存在と、出番はそう多くないが、ケイト・ハドソンの役割が大きかったのではないかと
感じた。開巻のあたり、ウォールバーグとハドソン一家が娘とお父さんの仕事につてい
話しているのだが、コーラに空けた穴からコーラが噴出してくるシークエンスなどは良く
計算されているなあと感心。

「硬質」の部分では事故のキッカケとなる海底からの原油混じりの泥水の大圧力による
大噴出のシークエンスがリアリティに満ち、光っていた。

この事故では11人が亡くなっているが、ラストに全員の写真が出てくる。もちろん
彼らの勇気をたたえ、哀悼の意を表すものだ。巨大企業の巨大施設で金を惜しむ資本が
起こした米国石油事故最悪の結果。事実が背景にあるとはいえ、見ごたえのある作品
であった。但し、邦題はチープ過ぎである。
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<ストーリー>
2010年4月、メキシコ湾で作業中だったBP社の石油掘削施設ディープウォーター・
ホライゾンで起こった大事故を映画化したスペクタクルドラマ。施設内に閉じ込められた
作業員たちの決死の脱出、救出活動の行方が描かれる。命の危険を顧みずに救出作業に
挑む主人公マイクをマーク・ウォールバーグが演じる。

2010年4月。チーフ技師マイク・ウィリアムズ(マーク・ウォールバーグ)はメキシコ湾沖
80キロの海上に浮かぶ石油採掘施設ディープウォーター・ホライゾンに向かう。
安全テストが終わっていないにも関わらず、石油会社の幹部ヴィドリン(ジョン・
マルコヴィッチ)はスケジュールの遅れを理由に掘削再開を迫った。突如警報音が鳴りだし、
採掘口につながったバルブから濁った海水と原油が噴出。さらに海底油田から逆流してきた
天然ガスが引火爆発し、作業員126名がいるディープウォーター・ホライゾンはたちまち炎
に包まれてしまう。閉じ込められた作業員たちは被害拡大を食い止めようとするが……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:83% Audience Score:82% >



by jazzyoba0083 | 2018-04-17 23:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

四十二番街 42nd Street

●「四十二番街 42nd Street」
1933 アメリカ Warner Bors. 86min.
監督:ロイド・ベーコン ステージ構成・振り付け:バズビー・バークレイ 撮影:ソル・ポリート
出演:ベベ・ダニエルズ、ジョージ・ブレント、ワーナー・バクスター、ウナ・マーケル、ジンジャーロジャーズ
   ディック・パウエル、、ルビー・キラー、ガイ・カービー他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
ミュージカル映画好きとしては必見の作品であった。これまで鑑賞の機会を逸していたが、市主催の映画上映会で
本作を取り上げてくれたので、大きな画面かついい音で楽しむことが出来た。

その後のミュージカル映画の方向を決定づけた、ともいわれる名作であり、ステージ構成を担当したバズビー・
バークレイの面目躍如たる、当時映画ならではの映像表現(たくさんの股の下からカメラを移動する、人の
輪を俯瞰で撮影し、万華鏡のように見せる、ラインダンスの横打ちのパースペクティブを活かした画像)などなどは、その後たくさんのミュージカル映画で「デフォルト」のように使われたのである。
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さらに、こうしたミュージカルの映像表現の素晴らしさだけではなく、本作の優れている点は、1933年製とは
思えない役者のきっちりした演技と、キャメラの画角の捉え方、影の使い方、多重映像の使い方などなど、
びっくりするほど、今日的である。なかんづく、劇中の演出家ジュリアン・マーシュを演じたワーナー・バクスターの演技は、とても魅力的だった。(それもそのはず、彼はこの4年前に「懐かしのアリゾナ」でオスカー主演男優賞を
受賞している。演技はシュアだ)

物語としてはいわゆるバックステージもの。厳しいオーディションを経て、素人同然の女の子がスターの地位を
得るというサクセスストーリー。特に後半30分ほどの劇中レビュー「プリティ・レディ」が先程の映像効果を
満載した見どころとなる。主人公に予定されていた女優が足を折り、素人同然のドロシーが初日の主役を務め
大評判になる。ストーリーとしては特筆するまでのことはないのだが(よく出来てはいる)、とにかく後半30分に
つきる。それと最後の演出家ジュリアンの、決して笑顔で無い表情(これがラストカット)が、ニュアンスを含んで
いた。
こうした映画はあっけらかんとハッピーエンドになるのがこれまでだったが、本作はジュリアンが医師から
これ以上働くと命に関わると忠告を受けつつ頑張った作品ゆえ、その嬉しさ達成感、さらに苦悩が入り混じった
表情だったのだろう。このころのこのタイプの映画には珍しいラストである。

1933年といえば、大恐慌からルーズベルトによるニューディール政策、そして迫る戦争の足音といった時期で
ドイツではこの年、ヒトラーのナチス党が政権を獲得、日本では軍部の横暴が目立ち始め、日中戦争は間近で
あった。そんな時期だった。これからしばらく世界は暗雲の中に突入する。そんな時期に作られたことを思って
見るとまた感慨もひとしお。

そしてミュージカル映画の歴史としてはその頃からいわゆるレビュー映画からミュージカル映画への転換時期に
あたる重要な時代でもあった。そこに現れたこの映画は誠にエポックメイキングであったのだ。MGMの
一連のミュージカル製作に火を付け、「巨星ジーグフェルド」が完成するのは1936年のことだった。

<ストーリー:結末まで書かれています>
金持ちのアブナー・ディロン親爺は女優ドロシー・ブロックに惚れ、彼女をスターにするミュージカル・ショウに
金を出すことになった。しかしドロシーが恋しているのはヴォードヴィル時代からのパートナーのパット・
デニングだった。このショウの演出は有名なジュリアン・マーシュがやることとなり、一所懸命に稽古をつけて
いた。彼はこのために命を失うかもしれないと医者に言われたが、彼は引退しても差し支えないだけの金を獲り
たいのであった。

長い間コーラス・ガールをやっているロレーンとアンは自分たちの出世はあきらめてペギィ・ソーヤーという
若いコーラス・ガールを立派なものにしたいと熱心に世話を焼いている。ペギィには若い二枚目役のビリィも
肩を入れていた。それをペギィはありがたいと思い、恋を感ずるようにさえなった。
ある晩ペギィはパットに家に送ってもらったがその途上、パットは舞台監督マーシュの手下に殴られた。
マーシュはパットとドロシーの仲が金主に知れたら大変ダと思っていたので懲らしたのである。ペギィは
傷ついたパットを自分の下宿へ連れ帰って介抱したが、下宿の女将に誤解を受けて追い出されてしまい、
金がないので二人はパットのホテルへ泊まった。

マーシュは苦心してようやくふたがあけられるまでにこぎつけた。パットとベギィが路で出会って親しげに
話しているところを見たドロシーは嫉妬してしまう。逆上気味のドロシーは初夜の前晩金主を罵倒したので
ディロンは怒ってドロシーをスターにするなら金は出さぬと言い出す。が結局ドロシーが謝るなら堪忍すると
折れた。原因を知らないマーシュはドロシーにすぐパットと切れろ、と忠告したが、それを耳に挟んだペギィは
パットがまた殴られると早合点してドロシーに警告してやった。ドロシーはかえって怒って、はずみに踵を
くじいてしまう。

一方アンはディロンを口説いてスターになろうとしたが、それはマーシュに跳ねられ、結局ペギィをスターに
することとなる。ペギィは怖いような気がしたが、気を取り直して稽古に励んだ。ビリィも彼女を勇気づけ恋を
告白した。ドロシーもパットと仲直りしてペギィの親切を知り、彼女の成功を祈ると告げた。かくてペギィは
晴の舞台を踏んで見事に成功した。監督のマーシュはヘトヘトになってもう死にそうであったが、観衆がペギィを
ほめるのを聞いて満足の笑みを浮かべたのであった。彼が死を賭して尽くした努力は観衆には認められなかったが、
それでもマーシュは満足だった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audience Score:74% >




by jazzyoba0083 | 2018-04-12 11:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「フィラデルフィア Philadelphia」(名画再見シリーズ)
1993 アメリカ TirStar Pictures.125min.
監督:ジョナサン・デミ
出演:トム・ハンクス、デンゼル・ワシントン、ジェイソン・ロバーズ、メアリー・スティーンバージェン
   アントニオ・バンデラス、ジョアン・ウッドワード、チャールズ・ネイピア他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
このころのトム・ハンクスは本当に勢いがあった。翌年には二年連続でオスカー主演男優書を「フォレスト・ガンプ
/一期一会」で獲得する。次の年の「アポロ13号」では3年連続か!と騒がれていた頃だ。
本作はトムが主演男優賞を、ブルース・スプリングスティーンとニール・ヤングが歌唱賞を獲得した。
一方、作品賞や監督賞ではノミネートもされていない。(作品賞、監督賞は「シンドラーのリスト」の
スピルバーグ) なにか、この年のオスカーの受賞のありように本作の微妙な立ち位置が伺えてしまうのは
私だけだろうか。
本作は既に観ているのだが、まだこのブログを開設する以前であったため、この程再度鑑賞し感想を記しておこう
と思う。

今は早い治療を開始し、クスリを継続して服用すれば決して死病ではなくなったし、教育や啓発のおかげで
偏見も減ったが、1980年代後半から1990年前半、つまりこの映画が舞台になっている時代においては、
エイズは、かつての日本の「結核」のように、同席さえ嫌われた偏見に満ち、かつ治療法が見つかっていない
「死病」でもあった。またLGBTに対する偏見も当然今ほど市民権を得ていない時代である。

こうした時代にエイズに罹患し、それを黙って仕事をしていた辣腕弁護士アンドリュー・ベケット(トム)が、
エイズを理由に弁護士事務所を解雇を無効として裁判に訴える。彼のパートナーがまだ若かりしアントニオ・
バンデラスである。
皆さんご指摘の通り、体重を落とし、痩せぎすなエイズ患者を演じ、最後は壮絶(とは言え、彼の顔には
充足した幸せ感が浮かんでいたと思うのだが)な最後を遂げるトム・ハンクスの演技は文句のないところだ。
だが、死の床でバンデラスに「もう逝くわ」と笑顔を見せるとアップはまだ健康感があるな、これなら
「ダラス・バイヤーズクラブ」のマシュー・マコノヒーの方が凄みがあったな、と思ってみていた。

そして、トム・ハンクスの裁判を弁護することになる黒人弁護士ジョー・ミラー(デンゼル・ワシントン)の
演技が素晴らしかった。彼はホモ野郎などとんでもないという主義の持ち主であったが、根っからの
正義漢でもあった。その保守的な(というかその頃は一般的)考えが、ベケットと触れ合い、弁護を引き受けて
行く過程で、ベケットの生き様を見るにつけ、自らの考えが変わっていく過程は、なかなか魅せる。

特にマリア・カラスのレコードを流し、その詩を涙ながらに語るベケットとそばにいてそれに聞き入るジョー。
そして、彼は無条件に人を愛するということの大切さを得心したのだ。そしてジョーは家に帰り、もう寝ている
娘や妻に体を寄せて抱きしめる。人を愛するということの無償の心をベケットから教えて貰ったシーンだ。
この映画の中で一番感動的なシークエスであろう。

後半は裁判が中心となる。陪審員の殆どはゲイの存在は反社会的なもの、と思っている人が多かったろう。
之に対しジョーは、ベケットを囲む様々な人、最後にはベケット本人にも証人として聞き、私達が今、考えなくては
ならないことはなにか、兄弟愛を市の名前の由来とするフィラデルフィアにあって、憲法でも保証されている
性的指向の差別の不当を静かに穏やかに訴える。そして、弁護士事務所がエイズで解雇できないため、ベケットが
裁判所に出さなくてはならない訴状を隠し、彼の働きの悪さを理由に解雇した事実を明らかにしていく。

封切られた当時と受け止め方はだいぶ異なるのだろうけど、当時、この映画を作ったプロデュースサイドと
配給した会社の心意気を買いたい。トムはその期待に十分応えた。ジョナサン・デミの心細かい演出が暖かく
勇気を持って心に響く。しかし、ベケット(独身だが)の家族全員がゲイでエイズになったベケットに対し
理解がありすぎるのは観てて悪い気はしないが、あまりにも平板。それとパートナーのバンデラスの交流も
描き方が難しかったのだろうが、こちらも平板で、惜しかったと感じた。「差別」と「偏見」を映像化する
のは典型を離れて描くのは難しいと思うけど。
弁護士事務所の老パートナーを始め、弁護士事務所側の女性弁護士メアリー・スティーンバージェンを始めと
する脇を固めるのキャストも魅力的であった。歌はもちろん素晴らしい。

HIVが完治する病気になったとしても、本作は勇気と愛情の物語としてエヴァーグリーンなポジションを得た
といえるだろう。
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<ストーリー:最後まで書かれています>
フィラデルフィアの一流法律会社に務めるアンドリュー・ベケット(トム・ハンクス)は、ある日突然エイズと
宣告され、ウィラー社長(ジェイソン・ロバーズ)に解雇される。
不当な差別に怒ったベケットは、損害賠償と地位の保全を求めて訴訟を決意。だが、次々と弁護を断わられた
彼は、以前敵同士として渡り合ったやり手の弁護士ジョー・ミラー(デンゼル・ワシントン)を訪ねる。
ミラーはエイズに対して、抜きがたい恐怖を感じていた。しかし、世間の冷たい視線に対しても毅然と対処し、
熱心に資料を漁るべケットの姿に、ミラーの心は動かされる。ミラーは弁護を引き受け、母のサラ(ジョアン・
ウッドワード)をはじめ、ベケットの肉親たちは彼に熱い支援を約束する。

解雇から7カ月後、〈自由と兄弟愛の街〉フィラデルフィアで注目の裁判が開廷した。ミラーは解雇が明らかな
法律違反だと主張したが、対する会社側の主任弁護士ベリンダ(メアリー・スティーンバージェン)は、彼の
弁護士としての不適格性を激しく突く。予断を許さぬ裁断の行方と並行して、ベケットの症状は次第に悪化して
いく。裁判を優先させて本格的治療を先に延ばそうとする彼に、恋人でライフパートナーのミゲール(アントニオ・
バンデラス)は苛立つ。ベケットは恋人のため、自分のためにパーティを開く。遂にベケットは裁判中に倒れ、
病院に運ばれた。ミラーは原告側の勝訴の報を、ベッドの上のベケットに告げる。
数日後、大勢の人々に見守られながらベケットは静かに息を引き取り、ミラーはかけがいのない友の死を実感した。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:78% Audience Score:89% >




by jazzyoba0083 | 2018-04-11 23:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

⚫「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 The Post」
2017 アメリカ Amblin Entertainment,DreamWorks,Participant Media and more. 116min.
監督・(共同)製作:スティーヴン・スピルバーグ
出演:メリル・ストリープ、トム・ハンクス、サラ・ポールソン、ボブ・オデンカーク、トレイシー・レッツ
   ブルース・グリーンウッド、マシュー・リス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
スピルバーグが本作より前に創りたい映画があったのにもかかわらず、これを創ったのは何故か、という
ことに尽きる。極めて政治的な背景の中で出来上がった作品だ。トランプ大統領の登場。メリル・ストリープが
主演というのも何か因縁を感じる。
この物語自体は、直後に起きる「ウォーターゲート事件」とセットにしてアメリカのメディアの健全性を、
あるいは合衆国憲法修正1条の意義を深く訴える象徴的事件としてよく知られている。ただ、大統領が辞めた
ウォーターゲートに比べ、物語性としてやや地味なので、これまで映画にはならなかったのだろう。

だが、トランプの登場で、俄然この物語を映画にしても着目される素地は出来、また作る意義も出来たのだ。
日本ではもうすぐ公開されるリーアム・ニーソンが「ディープ・スロート」を演じた「ザ・シークレットマン」は
「ウォーターゲート事件」が舞台だが、これも政治が国民に嘘を付くことを許さないアメリカという国の基本を
描いている。(暴かれない嘘はたくさん他にもある国なんだけど、そのあたりを描く映画は「スノーデン」他
たくさんある) 本作に引き続き、「ザ・シークレットマン」を見るとまるで1つの映画のように感じるだろう。
本作のエンディングはまさにそのように出来ている。

メリル・ストリープは本作で21回目のオスカー主演女優賞ノミニーとなったのだが、まさに、彼女が本作の
主役である。この頃、アメリカの代表的クオリティペーパーであったニューヨーク・タイムズとワシントン・ポスト
は同族経営であり、メリル演じるキャサリンは、(ポスト紙はキャサリンの父で富豪のユージン・メイヤーズに
よって買収されたのだが)社長であった夫の急死(自殺)で苦労を知らないマダムから発行人となった女性だ。
当時、女性経営者は珍しい上に、ジャーナリズムにはほぼ素人。ただ大学時代に労働法を学ぶなど社会問題に
対する意識は高かったようだ。

その彼女が、タイムズ紙とポスト紙に内部告発の形で持ち込まれた「ベトナムにおける政策決定の歴史1945~
1968」という分厚い書類を巡って、苦労に苦労を重ね、しかし最後には報道の自由を守る決心を付けるまでの
勇気ある姿を描くのが本作のメインストーリーだ。というかメインストーリーしか無いド直球の物語。
この極秘文書は、太平洋戦争が終わってから、このかたアメリカは勝算がないことを分かっていて戦争に突入し
国民を騙して、大勢の若者を戦場に送り込み殺しているのことが書かれていた。しかし、これを新聞に載せると
いうことは、冷戦時代にあった当時アメリカの国益を大きく損なう恐れがあった。知ってしまった報道機関は
どうしたか、がこれまで多くの映画や書籍になってきているのだ。こうした新聞社の状況を子供や親が出てくるわけ
でもなく、終始新聞社が舞台であり経営者としての、また報道人としてのキャサリンの苦悩が描かれる。
このキャサリンの姿をまさにメリルにキャサリンが乗り移ったように素晴らしい演技を見せる。
トム・ハンクスも霞む力演だ。

上記の極秘文書をタイムズ紙は時をおかず連載を始め、ニクソンに国家の利益に反するとして連載差し止めを
訴えられ、司法がこれを認めたため掲載は下級審の判断で停止されていた。そうした状況故にキャサリンのポスト紙
が掲載するかどうかは余計に大きな決断となったのだ。経営陣には当然、社が潰れる、潰されると反対するものも
少なくない。
しかし、編集長ベン(ハンクス)を中心にした現場の士気は高い。ぎりぎりまで悩んだキャサリンは掲載を
決断する。当然ニクソンに訴えられる。裁判はすぐに最高裁に持ち込まれ、その判断が注目されたが、結果は
6-3で新聞側が勝利した。

この裁判でポスト紙の経営のひとりが裁判官に尋ねられる。「ノルマンディー作戦を事前に知ったら報道したかね」
と。当然のことながら経営者のひとりは「それとこれは比較出来ない」と反論する。正論だろう。

映画は、民主党選挙本部があるビルで、夜警が本部の部屋のドアが破られて誰かが侵入した形跡を発見するところで
終わる。これは、その後アメリカの政治史最大のスキャンダルとなり、時の大統領が辞任に(弾劾決議はされたが
弾劾される前に辞任)追い込まれるというジャーナリズムと政治の大きな事件、「ウォーターゲート事件」の
始まりだった。この事件でも、キャサリン率いるポスト紙は、ニクソン政権と真っ向から対決し、新聞の役目を
十二分に果たしたのだった。

トランプが大手新聞社やテレビを「フェイクニュース」と言い、真実は別にある、とニクソンとはまた違った
形で報道の自由と対立している。アメリカの大新聞、テレビネットワークの経営者はほとんど民主党支持という
側面があるとはいえ、アメリカのメディアはキャサリンの頃とは違った権力との対立構図の中にいる。
翻って、我が国は、と見れば、新聞を軽視する政府の存在はアメリカと変わらないものの、メディアがそれに
毅然と対決しているのかといえばいささか心もとない。もちろん、「社会の木鐸」として頑張っている新聞や
TV番組もあるにはある。だが、アメリカほどのパワーが無いのは残念だ。国民性と言ってしまえばそれまで
だが、政治の嘘、悪行は必ず暴かれなければならない。「権力は腐敗する」からだ。メディアが国策言論機関と
なっている中国やロシアの国民が幸せだとは到底思えない。国民が悪いのではなく、知らないからだ。そして
知らしめないことの、あるいは知ってしまった挙げ句の怖さをそれらの政府はよく知っているからだ。

3年前オスカーで作品賞を獲った「スポットライト・世紀のスクープ」もワシントングローブ紙の宗教に切り込んだ
素晴らしい報道の様子を描いたものだった。こうした作品を創り、またこれを称揚する制度のあるアメリカという
国、悪いこともたくさんやっているが、権力に対するカウンターパワーの健在さを見るのである。
この裁判で最高裁判事の「報道機関は政治家や権力に使えるものではない。報道機関は国民に仕えるものである」
というセリフを今の日本の最高裁判事は同じ状況になったら言えるだろうか?

本作は政治的テクニカルタームがたくさん出てくる、基本的にセリフ劇なので、当時の政治情勢が分かっていないと
眠くなるかも知れない。観に行くなら是非予習をしていって頂きたい。
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<ストーリー>
スティーヴン・スピルバーグ監督がメリル・ストリープとトム・ハンクスを主演に迎え、時の政権に屈すること
なく言論の自由を守るために戦ったジャーナリストたちの矜持と覚悟を描いた社会派実録ドラマ。ニクソン
政権下で機密文書“ペンタゴン・ペーパーズ”を公開し、ベトナム戦争の欺瞞を暴き出したワシントン・ポスト紙に
焦点を当て、就任したばかりの女性発行人キャサリン・グラハムが、政府を敵に回し、経営危機を招く危険を
冒してでも記事にすべきかという重い決断を下すまでの葛藤の行方を描き出す。

 ベトナム戦争が泥沼化していた1971年。ニューヨーク・タイムズはベトナム戦争に関する政府に不都合な事実が
記載された最高機密文書、通称“ペンタゴン・ペーパーズ”についてのスクープ記事を発表する。
アメリカ中が騒然となる中、ニクソン政権は裁判所に記事の差し止め命令を要求する。タイムズが出版差し止めに
陥る一方、出遅れたライバル紙のワシントン・ポストでは、編集主幹のベン・ブラッドリーが文書の入手に
奔走する。
やがて全文のコピーを手に入れたポストだったが、それを公表すれば裁判となって会社の将来を危うくしかねず、
経営と報道のはざまで社内の意見は大きく二分する。そしてそんな重大な決断が、亡き夫の後を継ぐ形でいきなり
アメリカ主要新聞社史上初の女性発行人となったキャサリン・グラハムに託されたのだったが…。
(allcinema)

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:73% >



by jazzyoba0083 | 2018-04-01 11:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハート・ロッカー The Hurt Locker」(名画再見シリーズ)
2008 アメリカ Voltage Pictures,Broad Media Studio,131min.
監督:キャスリン・ビグロー  脚本:マーク・ボール
出演:ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ、レイフ・ファインズ、
   ガイ・ピアース、デヴィッド・モース他。
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
初見からもう8年も経ってしまったんだなあ。この映画に描かれた世界はなんら変わっていない。残念なことに。
WOWOWでオスカーの時期になると、過去の受賞作品をまとめて放映してくれるのだが、個人的にその年の
ナンバー・ワンに推したこともあり、もう一度観てみてみた。

流石に良く出来ていることを改めて実感した。「ハート・ロッカー」とは初見の時にはそのタイトルの意味も
深く考えなかったのだが、今回調べてみれば、米軍の言葉で「極限まで追い詰められた状態」あるいは「棺桶」を
意味するという。本作に当てはめてみれば、どちらでも嵌まるという感じだ。主人公が着る「防爆服」の
あだ名かもしれない。

初見の時の感想は下にリンクを貼っておくが、今回観た感じよりもう少し深い部分を覗けたのではないか、と
感じている。作品の冒頭に、「戦争は麻薬である」と表記されるが、主人公ジェームズ(ジェレミー・レナー)の
ありようは、まさに「戦争という麻薬」に心身ともにどっぷりと使ってしまい、それが麻痺し、日常化した
人間だ。そうした人間を作り出す戦争というものを、爆弾処理という極めて緊張した空気の中に「ありうるもの」
として描かれている点が優れているのだと思う。

また、部隊の活動や戦闘を見ていると、所詮戦争とは局地的には個人の生命のやりとりであり、その瞬間には
国家も主義主張や宗教もなにもない、個人が生きるか死ぬか、主義に沿うか沿わないか、だけのことなのだな、と
いうこと。最後の方で、体に爆弾を巻かれ時限装置を付けられた男をジェームズがなんとか救おうとするシーンが
ある。これも冷めた目でみれば、ジェームズが家族持ちのこの男を芯から救いたいと思っているのではなく、
爆弾に負けたくない、ただそれだけのことなのではないか。ただ時間切れで、助けることは出来なかったのだが。

ビグローの描く本作の世界には、戦争に置ける「個」のありようというものをつくづく考えさせられた。





by jazzyoba0083 | 2018-03-28 23:15 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

⚫「はじまりへの旅 Captain Fantastic」
2016 アメリカ Electric City Entertainment,ShivHans Pictures. 119min.
監督・脚本:マット・ロス
出演:ヴィゴ・モーテンセン、フランク・ランジェラ、キャスリン・ハーン、スティーヴ・ザーン、ジョージ・
   マッケイ、サマンサ・イズラー、アナリース・バッソ、ニコラス・ハミルトン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
誰かが作りそうでいて、これまで観たことがなかったタイプの作品。故に捉え方によっていろんな
思いが湧き上がるだろう。私見では、最初のうちはオヤジ、なかなかいいことを教えているじゃないか、と
見ていたが、次第に、子どもたちが幼くして狩りが出来、哲学や政治学、宇宙量子学を語れたとしても、それは
決して子どもたちの幸せではないんじゃないか、と思えてきた。それは社会性を獲得できないからだ。
子供らは家族という単位では素晴らしい愛情と結束で結ばれているが、成長するに従い、人間は社会的な
存在にならざるを得ない。そうしてみると、学校へ行ってない、友だちがいない、知識が偏在する、という状態は
親のエゴでしかないじゃないか、と思えてくるのだ。作品中でも、お父さん(ヴィゴ・モーテンセン)は、やがて
自分の過ちに気づくのだ。子供らは子供らでちゃんと自分たちがどちらへ進んでかなくてはならないか、という
ことは分かってくるのだ。

山の中での自然に任せた暮らしは、弁護士だった母も賛成して始まったことではあるが、(子供らが何歳に
なるまで山にいようとかは話し合ってなさそう)母が、双極性障害(躁うつ病)に罹ってしまってから、
父は、母の重い病気の回復のために山の生活を続けていた。母が自殺し、その葬儀を仏教徒だった母の遺志に
反して教会で執り行われたのだが、それを止めさせに行って、兄弟や母の両親と口論となるのだが、その過程で
母の回復のためだけに、子供を山にやっていたのではいか、と気がついたのだ。父とて、決して子供らに良かれと
思ってのことだっただろう。しかしやはりそれは彼自身の価値観の押しつけ以外の何物でもなかったのだ。
何も知らない子供らは喜々として父のやり方に従うが(面白いから)、流石に長男は、外の世界に目を向けて
いた。大学へ行きたいと、親に黙って図書館で勉強し、大学に願書を出し受験したのだった。後から分かるが
これは母親が後押しをしていたのだった。だから母は、山の暮らしとの決別のタイミングを測っていたのでは
ないか。優秀な長男はハーバード、ブラウン、プリンストン、イェール、MITなど、全米の最優秀の大学に
全部合格していた。大学に行きたい、と父に話すと、嘘をついて、と嫌味を言われる、しかし長男は
「自分は本で読んだこと以外は知らない、他のことをたくさん知りたいんだよ」と叫ぶのだった。そこだろう。

仲間や女性と付き合い、社会の中での自分を見つめ、家族以外の人々のこと、世界のことを広く知らなくては
今の時代、余計に内側にこもる人間になってしまう。幸い子供らは素直に育っている。

物語は母の葬式を一つの大きなエピソードとして、家族の進路の変更を描いてく。母の両親の存在も大きかった
だろう。やがて子供らはスクールバスで学校へ通うようになり、テレビゲームやスマホをいじる子供らと付き合う
ようになっていく。あの子らなら変にならず立派な人間になるだろう。その基礎を作り上げた父の功績は確かに
存在するのだ。彼のやったこと全てがダメだったとは言えない。
ラストシーンでも、家にテレビは無く、ゲーム機もない。スマホもない。本を読み鉛筆でノートを書く。彼らの
未来はきっと明るいだろう。 不思議なカタルシスを感じながら映画は終わっていったのだった。
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<ストーリー>
本作が2本目の長編監督作となるマット・ロスが第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞した、
とある家族の姿を描くヒューマンドラマ。アメリカ北西部の山奥でひっそりと暮らしていた一家が、母親の死を
弔うため、2400キロ離れたニューメキシコを目指す旅がつづられる。
一家の長であるベンをヴィゴ・モーテンセンが演じる。

現代社会に触れることなく、アメリカ北西部の森深くに暮らすキャッシュ一家。父親ベン(ヴィゴ・モーテンセン)は、
自分の全てを6人の子供たちの教育に注ぎ、厳格に育てている。そんな父仕込みの訓練と教育で子供たちの体力は
アスリート並み。みな6ヶ国語を自在に操ることができる。女子と話すのが苦手な18歳の長男ボゥドヴァンは、
名立たる大学すべてに合格。キーラーとヴェスパーは双子姉妹で、キーラーはスペラント語、ヴェスパーは狩りが
得意だ。
レリアは他の兄弟と違い森での生活に疑問を持ち、ベンに反発。好奇心旺盛なサージは、自分で動物の剥製を作る
のが趣味。そして末っ子のナイは、いつも裸でいるのが好きだった。

ある日、入院していた母レスリーが亡くなり、一家は葬儀のため、そして母の最後のある“願い”を叶えるため旅に
出る。葬儀の行われるニューメキシコまでは2400キロ。チョムスキーは知っていても、コーラもホットドッグも
知らない世間知らずの彼らは果たして母の願いを叶えることが出来るのか……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:83% Audience Score:85% >





by jazzyoba0083 | 2018-03-24 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

⚫「ブラックパンサー Black Panther」
2018 アメリカ Marvel Studios (presents),Walt Disney Pictures.134min.
監督:ライアン・クーグラー
出演:チャドウィック・ボーズマン、マイケル・B・ジョーダン、ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ
マーティン・フリーマン、アンジェラ・バセット、フォレスト・ウィテカー、アンディ・サーキス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
本国で猛烈に評判がいい本作、興収も既に10億ドルを超えたようだ。MARVELのアメコミ作品は好きで
大体観に行っているのだが、最近はヒーロー大集合や受けを狙ったとしか見えないようなヒーロー同士の戦いなどに
振れていて、興味が薄くなっていたのだった。

そこへ来て本作の登場。アメリカでの評判があまりにもいいので、どんなもんかな、と楽しみにでかけた次第だ。

なるほど、最近のMARVELやDC作品に観られるように、原点回帰というか、本来ヒーロー物が持っていた
ワクワク感が戻ってきたようだ。更に、本作の持つ意味は、トランプ時代において分断されたアメリカという
国に対するメッセージが込められているというポイントがあることだ。
この映画には白人の出演率は非常に少ない、というか殆どが黒人だ。ブラックパンサー自体は初登場ではないが、
彼にスポットを当て、アフリカの超高度技術を持ち鎖国状態にある国の誇り高き民族を描いたことで、まず黒人の
プライドにスポットを当て、彼らの王座を巡る争いを綴りつつその過程で更に黒人らの人間性の高みへの成長を
謳うのだ。
ラストにウィーンの国連委員会で主人公が演説するのは言わずもがなな面もあるが、そのセリフはまさに、
トランプやトランプ的な非寛容や多様性を否定する動きに対しての決別を宣言している。それは皮膚の色などは
関係のない、人間性の真理を突くもの。そのあたりはディズニーっぽいなあ、という感じはする。

ただ、主人公ティ・チャラを巡る親族関係が、事前のアヴェンジャーシリーズを観ていないとわからない点が
あるのが難点か。

トヨタが全面協力したカーチェイスを始め、アクションシーンや宇宙船のような乗り物、などはこれまでの
MARVEL作品に比して、傑出した点があるわけではない。では何がいいのかというと、アフリカでの部族の
戦い。これはアナログ+スピリチュアルという人間臭さを全面に出すことにより、これまでのハイテクと
超人的能力が全面に出た作品群とは一線を画していて、その衣装も含め見ごたえがあったという点だ。
画面に多く登場する森林など自然も含め、より人間臭いヒーロー物が出来上がったということが出来よう。
ごちゃごちゃしていない分スッキリとヒーロー物を楽しむことが出来る映画として仕上がった。
ただ、今の時代、アフリカにあれだけの近代文明を築いた国がよそからわからないように存在できるのか?などと
いう素朴な疑問はある。ただ、マンガですからね、所詮。

主人公を取り巻く美しい黒人女性陣が(戦闘兵士オコエも含め)とても魅力的。
しかし、「フルートベール駅で」という社会性の強い重い映画を作った同じ監督の作品とは思えない。
下に私の当該作品の感想を貼っておきます。いい映画なのでご覧になるといいですよ。(というか、そういう
監督だから原題の問題性を反映出来たのか、という見方も出来るかもしれない)

さて、ブラックパンサーはMARVELの次作、「アヴェンジャーズ/インフィニティー・ウォー」(間もなく公開)
で、再びヒーローの一員として戻ってくる。どんな塩梅になるのか、心配半分期待半分だ。
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<ストーリー>
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』にも登場した漆黒のスーツに身を包んだヒーロー、ブラック
パンサーの活躍を描くアクション。国王とブラックパンサーという2つの顔を持つ男ティ・チャラが、超文明国家
ワカンダの秘密を守るため、戦いに挑んでいく。

アフリカの秘境にある超文明国家ワカンダは、すべてを破壊してしまうほどのパワーを秘めた希少鉱石・ヴィブラ
ニウムの産出地だった。歴代のワカンダの王はこの鉱石が悪の手に渡らないよう国の秘密を守り、一方でヴィブラ
ニウムを研究し、最先端のテクノロジーを生み出しながら、世界中にスパイを放つことで社会情勢を探り、
ワカンダを世界から守っていた。

国王であった父ティ・チャカを亡くした若きティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は即位の儀式に臨み、
すべての挑戦者を降伏させる。儀式を終えた彼は国王にして国の守護者・ブラックパンサーに即位するが、まだ
王となる心構えを持てず、昔の婚約者ナキア(ルピタ・ニョンゴ)への思いも断ち切れず、代々受け継がれた
掟と父の意志の間で葛藤する。

そのころ、ワカンダを狙う謎の男エリック・キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)は武器商人のユリシーズ・
クロウ(アンディ・サーキス)と手を組み、行動を始める。二人は大英博物館からヴィブラニウム製の武器を盗み、
取引の目的にワカンダへの潜入を企てる。ティ・チャラはワカンダのスパイからこの情報を聞くと、天才科学者の
妹シュリ(レティーシャ・ライト)が改良したスーツをまとい、親衛隊ドーラ・ミラージュの隊長オコエ(ダナイ・
グリラ)とナキアを連れ韓国・釜山の取引現場に乗り込む。そこには、クロウの取引相手を装ったCIA捜査官エ
ヴェレット・ロス(マーティン・フリーマン)がいた。おとり捜査がばれ、クロウたちは逃亡するが、ブラック
パンサーとクロウ一派のデッドヒートの末、ロスがクロウを拘束する。

しかし、クロウを奪還しようとするキルモンガーの奇襲を受け、ナキアをかばったロスが重傷を負う。ティ・
チャラはロスを救うため、掟を破って彼をワカンダに連れて戻る。一方、ワカンダに潜入し、国王の座を狙う
キルモンガーは、ヴィブラニウムのパワーを手に入れ、世界征服を目論む。ティ・チャラはワカンダと世界を
守ることができるのか?(Movie Walker)

<IMDb=★7.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:97% Audience Score:79% >




by jazzyoba0083 | 2018-03-13 12:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)