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●「巴里のアメリカ人 An American in Paris」(名画再見シリーズ)
アメリカ 1951 MGM 113min.
監督:ヴィンセント・ミネリ 音楽:アイラ&ジョージ・ガーシュイン
出演:ジーン・ケリー、レスリー・キャロン、オスカー・レヴァント、ニナ・フォック、ジョルジュ・ゲタリ他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
この所、市の上映会もあり、MGMの名作ミュージカルを月1本は大画面で見られるチャンスがある。
今月はジョージ・ガーシュインの交響楽「巴里のアメリカ人」を「マイ・フェア・レディ」を書いた
脚本家、アラン・ジェイ・ラーナーが脚本を担当し、ガーシュインの名曲をたくさん楽しめるMGMの中
でも音楽性の強いミュージカルになっている「巴里のアメリカ人」だった。その分、ストーリーがやや
平板というか雑な感じもする。
だが、本作、この年のオスカーで作品賞、脚本賞を始め、美術系など8部門を独占してしまったのだった。
確かに、コレオグラファーとしても参加したジーン・ケリーの踊り、タップは良いし、なにせ、ガーシュイン
の音楽がいいので、派手目な感じの作品に仕上がっていることは確かだ。

ブログでの評価には辛いものも多い。特にラスト18分の歌のないダンスシーンは、長すぎ、とか、
ジーン・ケリーの自己満足の世界、とか指摘される方も多くいる。なんでこれがオスカーを8つも獲った
のか分からない、それほど名作か?との声も聞こえる。

確かに先に述べたように、ジーン・ケリーの踊り、ガーシュインの歌ありきの世界であることは分かる。
物語性が弱い事も分かる。だが、私はそれを凌駕する、ジーン・ケリーとレスリー・キャロン(美人とは
言えないよねえ)の踊りと、プロダクションデザイン、またオスカー・レヴァントが一人複数役をこなす
ガーシュインの交響曲のシーンなどの映像効果、などを加味すると、やはり歴史に残るミュージカル映画と
いうべきではないか、と感じるのだ。

レスリー・キャロンは出っ歯だし、およそハリウッド系の美人ではない。が、何故か(スマヌ)良作に
恵まれ『足ながおじさん』ではフレッド・アステアと、『恋の手ほどき』ではモーリス・シュヴァリエと
共演し、評価を高め、更に『リリー』ではオスカーにノミネートもされている。
「巴里のアメリカ人」のクラッシックバレエシーンのためにジーン・ケリーがフランスでスカウト、本作が
デビュー作となる。確かにクラシックバレエシーンでは上等な踊りを披露している。現在87歳。お元気だ。

さらに、特殊効果で一人でピアニスト、指揮者、バイオリニスト、打楽器奏者、シロフォン、など何人
もの役をこなすオスカー・レヴァントの活躍と、彼のカフェでのコメディ役者としての演技など見る所が
多い。
イギリスで活躍のクラシック系の歌手ジョルジュ・ゲタリも独特の唱法だが、ジーン・ケリーと歌う
「ス・ワンダフル」は見ものの1つだ。

そしてラスト18分の「巴里のアメリカ人」を表現する踊り。アンサンブルダンサーも含め踊りの質の
高いことはもちろん、背景をフランスの画家、デュフィ、ルノワール、ユトリロ、ルソー、ゴッホ、
ロートレックを使い、これに美しい色彩を配して踊り、見応えは十分だった。長い!とお思いの方も
多いのだが、私は十分堪能させていただいた。これぞ、この映画の白眉であった。
とにかく観ていて平和な気分になれるのが一番いいところだ。

毀誉褒貶する作品ではあるが、アメリカミュージカルを代表する傑作であることは間違いない。

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<ストーリー:結末まで書かれています>
パリに住むアメリカ人ジェリー・ミュリガン(ジーン・ケリー)は、気ままな感じ易い青年だ。
パリに留まって一1人前の絵描きになることが宿望だが、絵の勉強は一向に進まない。だが友達は
たくさんできた。米国人のピアニスト、アダム・クック(オスカー・レヴァント)やフランス人の
歌手アンリ・ボウレル(ジョルジュ・ゲタリ)たちである。

ジェリーの絵はさっぱりパリジャンにうけなかったが、モンマルトルで開いた個展を訪れた金持ちの
米国婦人ミロ・ロバーツ(ニナ・フォック)は、彼の才能を認め保証人になってくれた。
どうやらミロは絵よりもジェリーに思し召しがあるようだ。ミロと一緒にキャバレーにいったジェリーは、
愛くるしい清楚なパリ娘リズ(レスリー・キャロン)を見染めて一目惚れ、強引に彼女の電話番号を
聞き出した。あくる日から、ジェリーとリズは逢いびきを重ね、お互いに愛し合う仲となった。

だがリズはアンリと内々に婚約していることをジェリーにかくしていた。リズは戦争中両親を亡くして
からというもの、アンリの献身的な世話を受けてきたので、彼を愛してはいなかったが深く恩義を感じて
婚約したのだった。やがてアンリはアメリカへ演奏旅行に出発することになり、彼はリズに結婚して
一緒に行こうと申し出た。リズはこれを承諾し、ジェリーにすべてを打ち明けた。ジェリーが落胆した
ことはもちろんである。だがミロは却って喜んだ。そのミロを連れて美術学生の舞踏会に出かけた
ジェリーは、そこでリズとアンリに会った。人影ないバルコニーで、ジェリーとリズは最後の別れを
惜しむのだった。アンリは偶然、2人の話を立聞きし、2人が愛し合っていることを知った。
彼は自ら身を引き、ジェリーとリズは晴れて結ばれたのだった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audiece Score:79%>





by jazzyoba0083 | 2018-09-10 22:45 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「光をくれた人 The Light Between Oceans」
2016 アメリカ・オーストラリア・ニュージーランド DreamWorks,Participant Media,Reliance Entertainment.133min.
監督・脚本:デレク・シアンフランス  原作:M・L・ステッドマン『海を照らす光』(早川書房刊)
出演:マイケル・ファスベンダー、アリシア・ヴィカンダー、レイチェル・ワイズ、ブライアン・ブラウン、ジャック・トンプソン他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
全体に丁寧に作られた作品。原作があるので脚色しづらかったのだろうけど、いささか強引というかご都合主義的な
展開もあり、せっかくの良い物語が画竜点睛を欠いた形となり、残念だった。またローキーな映像やオーストラリアの
海や島の自然なども含め、撮影監督の手腕が生きた綺麗な画作りではあった。

この物語に横溢するのは「光」。開巻の年代は1918年。そもそも、第一次大戦の欧州西部戦線で4年間も過酷で
衝撃的な時間を過ごし帰国、自分を失ってしまった主人公トム・シェアボーン(ファスベンダー)が臨時職員と採用
されるのが、人と接しないで暮らせる孤島の灯台というのがまず持って象徴的。そしてトムの心を再生させ「光」を
もたらすイザベル(ヴィカンダー)も、トムにとって「光」。
更に熱愛の末、結婚し、孤島の灯台に正式採用され赴任するトムとイザベルだったが、二度に渡る流産で、打ち
ひしがれていたことろに流れ着くボート。そこに奇跡的に生きていた女の赤ちゃんも、イザベルにとっての「光」。

こうして、物語の中で「光」をメタファーにした構成が展開されていく。その語りは多分に原作に基づいた文学的な
描写となり、(光には影が付きものだったり)キリスト教的「赦し」の主張へと収斂していく。
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流れ着いたボートに乗っていた男性は既に死亡、赤ちゃんは元気だった。すぐに本土に連絡して、赤ちゃんを本来の
お母さんに戻そう、とする正直者のトムに対し、妻イザベルはこの赤ちゃんは天が私たちに下さった宝物。自分は
二度目の流産をする前には妊娠していたわけだから、トム夫妻に赤ちゃんがいることはなんら不思議ではない、
だから、お願い、手元に置かせて、と懇願してくる。悩みに悩んだトムだったが、二度の流産を経て精神的にも
参っているイザベルの主張についに折れ、自分たちの手元で育てることにし、死亡した男性は島に丁寧に埋葬した。

本土に戻り、ルーシーと名付けた娘の洗礼式に臨む。そこの教会の墓地で、トムは、ドイツ人の男性と幼い娘が
2年前にボートで海に出かけ行方不明になった旨記載された墓を見つける。(この辺りも、偶然が過ぎる感じ)
トムは衝撃を受け、やはり娘は本来の赤ちゃんに返すべきと考え、匿名で、本来の母の女性に「娘さんは元気。
ご主人は安らかに神の身元に」という手紙を出し、赤ちゃんが持っていた、特徴のある小さいガラガラのような
玩具もポストにいれておく。本来の母ハナ(レイチェル・ワイズ)は地元の名士の娘。警察に届け出て捜査が
始まる。そして玩具の写真が新聞に掲載され、ハナの両親からは情報提供者には2000ギニーの賞金が提供される
旨が謳われていた。洗礼式でトム夫妻が同じ玩具を持っていたことを覚えていたトムの知人(あまり良いやつでは
ない)は張り出されたその記事をまじまじと見つめていた。

結局、トムは全部自分の罪として被り、逮捕投獄される。さらにルーシーを(4歳になっていた)自分に黙って
本来の母に戻したトムを許さないイザベルは、ボートが漂着した時、男は死んでいたのか、トムが赤ちゃん
欲しさに殺したのかについて、証言をしなかったため、トムはドイツ人殺害容疑でも逮捕された。トムは反論せず
甘んじて罪を受け止めていた。トムはイザベラに獄中から手紙を書くが、彼女は読まない。
一方、本来の母のもとに戻されたルーシーは4歳に成長していたため、ハナには懐かず、イザベラを求め続け、
ハナを困惑させていた。

やがてトムは裁判のために大きな町に移送されることになった。この時期になってイザベルはトムからの手紙を
読んでみた。そこには、自分はイザベルを妻にする資格など無い男だった。イザベルを間違った人生に連れて
来てしまったことを詫びる内容があった。だが、これから100年生きてもイザベルほど愛する人とは巡り遭わない
だろうと、永遠の愛を誓ってもいた。イザベルは「自分を生かすために、本当は自分が反対するトムを押し切って
手元に置いたのに、その罪を、さらに無かった殺人の罪まで問われ、裁判に送られようとしている。」と悟った。
イザベルはトムが移送される船着き場へ走り、トムと抱き合い、黙っていろ、これでいいんだよ、というトムを
押切り、近くにいた警察に、「悪いのは全部自分であって、嘘をついていた。ドイツ人は死んでいた」と告白
したのだ。

だが二人が赤ちゃんを無届けて隠し置いた罪は免れず、二人は獄中の人にならざるを得なかった。そのころ
ルーシーはようやくハナに懐き始めていた。シロツメクサで花冠を作るシーンではルーシーの頭に光の輪が
出てくる。これは、ルーシーがハナの元に帰ってきたことを暗示している。
更にハナは常々夫が言っていた、一度は赦す、という言葉を実践し、トムとイザベルの減刑を警察に嘆願した。
(このあたりの展開もちょっと都合が良すぎた感じ)だが、二人がルーシーと合えることは出来なくなった。

そして1950年。一台のクルマがある家にやってきた。既にイザベルはこの世になく、トムだけが暮らす家で
あった。現れたのは母親になったルーシー・グレース(二人の親から付けられた名前を合わせた名前)で
あった。何十年ぶりで会う、あのルーシーであった。彼女はトムにクリストファーという男の赤ちゃんを見せる。
彼女はトムに育ててもらったことを感謝している、と告げる。トムはイザベルが生きていたら、孫の
顔を喜んでみただろうと感慨深く語った。
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映画の前半と後半の物語としての重さのバランスがやや良くなかった。冒頭に書いたように、肝心なところでの
「都合の良い展開」が目についた。配役の演技や、映像は良いと感じた。
後日談としてファスベンダーとヴィカンダーはこの映画をキッカケとしてホントの夫婦になってしまった。
良い映画だけど、今一歩と言う感じ。それにしてもオーストラリアも英連邦として第一次大戦に参戦し、多数の
犠牲者を出したのだな、といことを改めて感じた映画だった。

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:60% Audience Score:61% >



by jazzyoba0083 | 2018-09-08 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ビッグ・リトル・ライズ Big Little Lies」
2017 アメリカ HBO 50min×7episodes
出演:リース・ウィザースプーン、ニコール・キッドマン、シェイリーン・ウッドリー、
アレキサンダー・スカルスガルド,アダム・スコット、ゾーイ・クラヴィッツ、ジェームズ・タッパー、
ジェフリー・ノードリング、ローラ・ダーン他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
本作はアメリカのケーブルテレビ用に質の高いテレビシリーズを製作することで知られるHBOが手がけたもの。
ここで感想を書くのは若干筋が違うのだが、映画と変わらないキャスティングと演出で、質が高く、書き残して
置くことにした。Amazon Primeで一気に観てしまった。一気に観させた魅力はうまい演出のサスペンスだ。

初回から、捜査当局に答える関係者を短く(ほんとに一言二言)挟みながら、「何かがあった、殺人事件ぽいな」
犯人は誰だろう、と思わせて引っ張る手法が上手かった。サンフランシスコの南にあるモンタレーが舞台。近くには
イーストウッドが市長をやったカーメルがある。そこのセレブの家族たち。彼らをくっつけているのは小学校の
子どもたち。元弁護士のキッドマンとエリートビジネスマンのスカルスガルド夫婦、彼らの問題はDVだ。在宅で
IT関連の仕事をするアダム・マッケンジーとウィザースプーンの夫婦。ヨガ教室を経営するゾーイ(クラヴィッツ)と
ジェームズ・タッパーーの夫婦。タッパーはウィザースプーンの前の夫だ。高校3年生になった娘はウィザースプーン
夫婦と暮らすがマッケンジーにあまり懐いていない。ウィザースプーンは街の人形劇演出家と浮気をする仲。
そんなセレブのグループに、レイプされて子供を生んだシェイリーン・ウッドリーと息子が引っ越してくる。

その小学校の入学式でいじめが発覚する。そこからセレブらが抱えるDVや浮気、セックス、仕事、子供を挟んだ
いがみ合い、などなど、まあ言ってしまえばDVを除けば金持ちのどうでもいいような問題が次から次へと展開され
ていく。物語の持って生き方や映像の構成が上手い。監督は「ダラス・バイヤーズクラブ」のジャン=マルク・
ヴァレだ。全体としては映画にはなじまないストーリーかなあ。テレビシリーズがぴったりの構成、進行だった。

やはり一流の役者は魅力的だ。音楽の使い方も上手い。去年のゴールデングローブ賞のテレビ映画部門で作品賞を
獲っている。そうとうなセックスシーン(Amazonでもぼかしが入る部分がある)があるけど、どういうチャンネルで
放送しているんだろう。
来年シーズン2が放映されるので、最終話の終わり方は続編ありありの終わり方だったので、楽しみなことである。
なんでも、キッドマンの母役で、なんとメリル・ストリープが出るようだ。ますます豪華になっていくなあ。
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<IMDb=★8.6>



by jazzyoba0083 | 2018-08-30 11:44 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ビューティフル・マインド A Beautiful Mind」(名画再見シリーズ)
2001 アメリカ Universal Pictures,DreamWorks,Imagine Entertainment. 134min.
監督:ロン・ハワード 原作:シルヴィア・ネイサー
出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、エド・ハリス、クリストファー・プラマー、ポール・ベタニー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ロン・ハワードの(今の所の)勲章となっている名作。彼の最近の作品、往時のキレがなくなっているようで
主要な作品は殆ど観ているファンとしては、残念だ。
本作は、2001年のオスカー主要部門を総なめし、日本でも高評価を持って迎えられ、興収も良かったと記憶して
いる。確かに、作劇も上手く、(脚色が上手く)、演出も冴えているし、出演者もラッセル・クロウを初め
オスカー助演女優賞に輝いたジェニファー・コネリーの熱演も光る。脇もエド・ハリスや、クリストファー・
プラマーらを配し、スキのない映画となっている。

この映画を観るまで純粋文系(苦笑)である私は、ジョン・ナッシュの存在を知らなかったし、ましてや「ゲーム
理論」「ナッシュ均衡」などという言葉も、ボキャブラリーストックに入ってなかった。こういう人もノーベル賞を
取れるんだなあ、と思ったのが初見の素直な所。それと、やはり本作をご覧になった方殆どが異論がないところで
あろうが、「統合失調症」の夫を愛し、受け入れ、支えた妻のアリシアの壮絶な半生も大きな見どころの一つであろう。
ジェニファーが賞を獲ったのもうなずけるというものだ。

プリンストン大学院に奨学生として進んできたナッシュは天才ではあるが、どこか変わっている。天才というのは
得てしてそういうものだ。
「世の中のすべてを支配する心理を見つけたい」と、授業にも出ず、一人図書館の窓ガラスに数式を書き込み懊悩
する日々が続いた。

時は戦後まもなくで、彼らの目指す就職先はMITに置かれていたウィラー研究所(軍事研究をする)であった。授業にも
出ず論文も出さないようなナッシュを担当教授も推薦するわけにも行かなかったが、ある数理を証明し、それだけで
ウィラー研究所への推薦入所を獲得した。

こうしてウィラーで主に敵の暗号を解読する作業を担当するようになったナッシュのもとに、パーチャという秘密機関の
男が現れ、ソ連が可搬式の原爆をアメリカに持ち込もうとしている、その場所を特定し、未然に防ぎたいから
協力してくれ、と申し出てくる。このころウィラーでMITの授業も持っていたナッシュは聴講生の一人であった
アリシアと知り合う。「蓼食う虫も好き好きよ」というアリシアと愛し合うようになる。

こうして前半の物語は、ある種の奇人天才とその歩む道が、原作とはかなりかけ離れた脚色らしいが、ロン・ハワード
らしい作劇の中でスリルとサスペンスの要素を織り込んで、観ている人をぐいぐいと引き込んでいく。

ところが、であった。それが後半のナッシュと「統合失調症」との闘い、それを支えるアリシアの壮絶な人生へと繋がる。
「え!そうだったの?」の連続だ。この病気の治療や薬もまだまだの時代にナッシュの苦闘も並大抵ではなかった。
この映画は後半こそ、ナッシュとアリシアの人生の壮絶さが描かれていて、見どころとなっていると言える。
(ラストはちょっとバタバタではあったが)

とにかく本作は、物語そのものの面白さに加え、「統合失調症」を映画的に表現し、ナッシュとアリシアの人生の闇と
光を上手く表現したことが光る。ラッセル・クロウとジェニファー・コネリーも良い。加えてエド・ハリスの存在が
スパイスとして活きている。クリストファー・プラマーはその怪しさが観客にミスリードを誘う風貌で面白い。

本作により「統合失調症」(当時は「精神分裂病」と言われていた)の側面を映像化し、理解を深めたという貢献も
あっただろう。ナッシュは、病が寛解し、プリンストンの教壇に復し、「ゲーム理論」でノーベル経済学賞を受賞する
のだが、その時であっても、ナッシュには妄想・幻影が見えていたのだ。

この映画を、「統合失調症」を抱えながらもノーベル賞を獲得した天才数学者の壮絶な人生に感動して観るか、彼を
支えきった妻アリシアの壮絶な半生を感動して観るか、病気に対して思いを寄せて観るか、さまざまな見方がある
だろう。完成した作品を観たナッシュは「実際とは離れすぎ」と言っていたそうだが。wikipediaなどによると実際は
もっと壮絶だったようだ。

残念なことに2015年夫妻が乗ったタクシーが事故を起こし、ふたりとも天に召されてしまった。
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<ストーリー>
プリンストン大学大学院の数学科から優秀な成績でウィーラー研究所に進んだナッシュ(ラッセル・クロウ)は、
周りに変人扱いされながらも数学の研究に没頭。ある時、諜報員パーチャー(エド・ハリス)にソ連の暗号解読を
依頼される。世界の危機を救うことに喜びを感じ、密かにスパイ活動を続けるナッシュ。

そんな彼にとって講師の仕事はつまらないものだったが、聴講生のアリシア(ジェニファー・コネリー)と愛を
交わすようになり、2人は結婚する。結婚後も極秘でスパイの任務は続いていたが、プレッシャーは大きくなり、
命の危険を感じる出来事も重なる。
やがてナッシュは幻覚に悩まされるようになった。大学に勤めながらの、静かで長い闘いの日々。そして彼は老人に
なり、思わぬノーベル賞の報せを受け取る。幻覚症状は治っていないものの、ナッシュは穏やかな心を手に入れており、
受賞のあいさつで妻への感謝を述べるのだった。(Movie Walker)

<IMDb=★8.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:75% Audience Score:93% >






by jazzyoba0083 | 2018-08-21 23:55 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦 Anthropoid」
2016 チェコ・イギリス・フランス LD Entertainment,22h22 and more. 120min.
監督・(共同)製作・脚本:ショーン・エリス
出演:キリアン・マーフィー、ジェイミー・ドーナン、シャルロット・ル・ボン、アンナ・ガイスレロヴァー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
WOWOWの終戦記念企画、2本めの鑑賞。この事件は割と有名でご存知のかたも多いと思うし、プラハに
行いった折、最期の闘いになった教会に立ち寄った人もおられるのでは無いか。映画化も既に本作を入れて4回目と
なる。折に触れて、こうした歴史上で忘れてはいけない事件を映画化することはとても意味があることだと思う。
日本でも「日本のいちばん長い日」などが何度か作られるのも私は意義深いと思う。ただ、往年の帝国軍のカッコ
良さだけが浮き上がって来てしまうようなものは排除しなくてはならないが。

邦題に使われているハイドリヒとは、ドイツがチェコスロバキアを、チェコとスロバキアに分割し、ナチス
ドイツがチェコ(ベーメン・メーレン保護領)を管轄させたドイツ軍の最高司令官でナチスのナンバースリーとも
いわれ、その容赦ない弾圧の手法から「金髪の野獣」「絞首刑人」などと云われ市民から恐れられていたラインハルト・
フリードリヒ親衛隊大将のことである。彼はユダヤ人ホロコーストを最先鋭的な考えで指導した人物としても
重要である。

歴史的にはナチスの横暴を許した1938年の英仏独伊のミュンヘン会議(結果的にナチスにチェコの割譲を許して
しまう)の結果とか、チェコにはドイツ系の市民が多かったとか、軍事を支える重要な工業地帯であったこと
などの背景がある。それとフリードリヒはナチスに抵抗するインテリ階級には容赦ない即決裁判と射殺で応じる
一方、労働者階級には労働保険を認めるなど融和策もとってアメとムチを使い分けていた。彼は「市民に愛される
総督」を振る舞うため、移動も単独のオープンカーですることが多く、ヒトラーはこれに対し、しばしば苦情を
伝えたが、ハインリヒは言うことをきかず、結果的にこれが彼の命取りになった。

さて、本題。欧州をヒトラーに蹂躙されてしまった1941年、大英帝国とチェコのロンドン亡命政府は、7人の
若者をチェコスロバキア人を選び、パラシュートで侵入させ、ハイドリヒを暗殺するという「anthropoid」
(類人猿作戦)というコード名の作戦を決行した。最期の二名が夜間、チェコに降下してくるところから本作の
物語は始まる。彼らは、地元の抵抗勢力の協力を得て、プラハに入り仲間と合流、ハインリヒ暗殺の計画を
練り始める。

この作戦は相当無茶苦茶で、暗殺のタイミングややり方、後の自分たちの逃げかたなどは全部7人任せであった。
それとこれは映画の中でも、地元のレジスタンスらが主張するのだが「ハイドリヒ」を殺した後、ナチスが必ず
してくるだろう「予測もつかない報復」のことがあった。まだナチス・ドイツの勢いが衰える前で、その時期に
ナンバー3を暗殺したら、ヒトラーは一体どういう行動にでるのか、その辺りをチャーチルや亡命政府首相は
考えなかったのだろうか。この件に関しては今でも論争があり、映画の中では、これで良かったかどうかに
ついての判断は話題にしていない。

パラシュート部隊はハイドリヒの動きがどのようなものか、どのタイミングでどのような武器で暗殺するのか
地元の協力者たちと情報を収集する。そして、決行の日は来た。クルマの前に立ちはだかった男のマシンガンは
弾が詰まってしまい動かない。敵はハイドリヒと運転手の二人だけだ。仲間が必死で投げた対戦車手榴弾が
ハイドリヒのベンツの下で爆発し、彼は重症を負う。作戦は失敗か、と落胆したものの、数日後、ハイドリヒは
負った傷のため死亡した。そこからは頭に血が登った親衛隊やゲシュタポによる壮絶なスパイ刈りが始まり、
一方で、報復として、2つの村の16歳以上の男が銃殺され、女子供は収容所に送られた。結果的には、
チェコ人5000人から1万人以上が報復のために生命を落としたという。
そしてついに地元の一人が捕まり口を割ってしまう。

最後のクライマックスは、7人のパラシュート部隊の、隠れたプラハの聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂の
地下納骨堂を取り囲んだ700人のドイツ軍との壮絶な銃撃戦だ。袋のネズミの彼らは最後の一発を自決のために
とっておき、たった7人で果敢に戦った。しかし所詮多勢に無勢であった。この作戦部隊のメンバーは青酸カリ
のような毒薬を渡されていて、地元の協力者を含め捕まる前に自害するメンバーも多かった。

こうした映画の中には殺伐さを削ぐために男女のことが入ってくることが多いのだが、本作でもそれがある。
あまりにも凄惨な事件だけに、そんな話でもないとやりきれない。パラシュート部隊に協力した一家の最後
(バイオリン弾きの少年アタの一家)などは、正視出来ないほどの残虐性で、ナチの本性としてもかなりきつい
画面であった。

役者さんは存じ上げない方が多いが全体として引き締まっていたと思うし、ナチスの横暴さと、無鉄砲な
作戦に応じた7人の勇気と胆力はよく理解できた。ナチが酷いことは分かっていたが、そもそもの暗殺作戦が
適切であったかどうか、そして実行計画もけっこうずさんなこの作戦に驚きを禁じ得ないのだった。

銃撃戦のあった教会には今でも花束が絶えず、ドイツ軍の重機関銃による弾痕もそのままにされている。
そして地下の納骨堂は当時の形を残し記念室となっている。
先日のハンガリーのユダヤ人といい、チェコスロバキア(この国は既に存在すらしない)の悲劇といい、
さらに言えば、つい最近までいや今も混乱が続いている旧ユーゴスラビア、クリミア半島など、東欧の
悲劇にまで思いを致した映画だった。
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<ストーリー>
ナチス・ナンバー3と言われたハイドリヒ暗殺の史実を基に映画化。1942年。イギリス政府とチェコ
スロバキア亡命政府は、ユダヤ人大量虐殺の実権を握るハイドリヒ暗殺を計画。ヨゼフ、ヤンら7人の
部隊を、パラシュートによってチェコ領内に送り込むのだが……。

第二次世界大戦下の1942年。ナチスがヨーロッパのほぼ全土に占拠地域を広げていくなか、ヒトラーの
後継者と呼ばれ、その冷酷さから“金髪の野獣”と渾名されたナチス第三の実力者であるラインハルト・
ハイドリヒは、ユダヤ人大量虐殺の実権を握っていた。

イギリス政府とチェコスロバキア亡命政府はハイドリヒ暗殺計画を企て、ヨゼフ(キリアン・マーフィ)、
ヤン(ジェイミー・ドーナン)ら7人の兵士による暗殺部隊を、パラシュートによってチェコ領内に送り込む。
二人はプラハの反ナチス組織や家族と接触、暗殺計画を着々と進め、やがてそのミッションは実行される。
だがハイドリヒ襲撃に憤慨したナチスは、常軌を逸する残虐な報復を始めるのだった……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:65% Audience Score:70% >



by jazzyoba0083 | 2018-08-18 23:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ビヨンド・ザ・トレック Teleios (Beyond the Trek)
2017 アメリカ Thousand Mile Media 90min.
監督:イアン・トゥルートナー
出演:サニー・メイブリー、ランス・ブロードウェイ、T・J・ホーバン、クリスチャン・ピトル他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
「スター・トレック」シリーズのスピンオフかと思った私が馬鹿でした。いろんな宇宙モノの映画や
「エクスマキナ」のようなアンドロイド系の作品を、味を薄~くして合成したような感じの映画だった。
これじゃあ、日本未公開も頷けてしまう。

地球の環境悪化への対応のため遺伝子操作から作られた「GCヒューマン」なる気質も知能も高い
「新人類」が環境悪化を改善するための物質を回収するというのがメインのお話だが、その物質を
運ぶ宇宙船には人間が一人と、アンドロイドの女性が一台いるだけだった。
その宇宙船に積まれた貨物はどこにったのか。またその貨物に隠された金の匂いのする陰謀とは。
そしてなぜ宇宙船には人間一人が残ることになったのか。

みなさんご指摘の通り、セットもチープ感丸出しで、アンドロイドは化粧と役者の表情でなんとか
形を整えているようえ、逆に気持ちが悪い。本来完璧なはずの「GCヒューマン」らに芽生える愛情や
憎しみなどの人間的後天的性格が顔を出してくる。アンドロイドもただのロボットではなくなり・・・。
既視感ありありのストーリーに安っぽい画面。ラストの方は話の筋さえ分かりづらくなる始末。

これ、見なくてもいいですよ。怖いもの見たさの人は別だけど。
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<ストーリー>
西暦2048年。遺伝子組み換えで誕生した、IQが高く、肉体のみならず気質まで完璧な“GCヒューマン”の
中から選ばれし5名が、深宇宙に飛び立った。その目的は、消息を絶ったアトロミトス号の救出だった。

しかしこの船は、気象条件の悪化が深刻化する地球の解決方法を見つけるために深宇宙へ派遣された後、
音信不通となり乗員の生存は絶望的と見られていた。
一方、精鋭5人に課せられた任務は、救出とは名ばかりで、船内のどこかに隠されている“謎の積み荷”の
回収こそが真の目的であった。やがてアトロミトス号を発見し、合流に成功した一行が船内へ侵入すると、
そこには残された唯一の乗員オニールと、ARTと呼ばれる人型ロボットが生き延びていて…。(fimarks)

<IMDb=★4.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:No data Audience Score:18%>






by jazzyoba0083 | 2018-07-19 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ヒトラーへの285枚の葉書 Alone in Berlin」
2016 ドイツ・イギリス・フランス X-Filme Creative Pool,Master Movies,FilmWave and more.103min.
監督:ヴァンサン・ペレーズ  原作:ハンス・ファラダ『ベルリンに一人死す』(みすず書房刊)
出演:エマ・トンプソン、ブレンダン・グリーソン、ダニエル・ブリュール、ミカエル・パーシュブラント他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
ヒトラーにリーダーを任せたドイツが、熱狂の中、国中で発狂してしまったような状況下、ごく普通の
ブルーカラーの初老夫妻が、地味に体制に抵抗する。思想的なもの、ではない。大事な一人息子が戦死し、
今の体制のおかしさに覚醒、絵葉書の裏にヒトラーや体制を批判する文章を書いて、ベルリン中に一枚づつ
置いて歩く。指紋が出ないように手袋をし、筆跡もばれないように、敢えて活字のような字で書く。途中から
妻も配布に協力する。

全体主義の同調圧力が強く、警察だけではなくナチスの秘密警察も厳しい統制に当たっていた当時、住民
同士が疑心暗鬼となり、長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰、触らぬ神に祟りなし、的な状態で、
自分が助かりたいがゆえに平気で他人を密告するような社会だった。
日本にも同じような状況があったわけだが、人の感性というものは洋の東西を問わず不変なものなのだ。
この映画の台本で舞台を日本に置いて日本人が演じたとしてもまったく不思議はない。そうした大きな流れに、
大声を上げるのではなく、静かに黙々と抵抗する。出来そうで出来ることではない。事実、主人公オットー・
クヴァンゲルが置いて歩いた285枚の葉書のうち、警察が回収できなかったのはわずか18枚に過ぎない。
それ以外は、市民が進んで警察に届け出ている。「私はハイル・ヒトラーなのだよ!」と言わんばかりの
行動だ。そうした中で、彼と妻アンナは黙々と行動する。警察は犯人を特定できず、ナチスから圧力を掛けら
れる。

国防婦人会みたいなおばさんたちや、「私はナチの大佐夫人だから勤労奉仕などへはいかないわ」と平然と
言い放つ女。それに対し、あの奥さんのご主人はナチで苦労されているからいいのよ、と忖度する婦人会。
私も苦労してるわよ、というアンナに、謝りに行きなさいよ、とまで言う状況。

警察やナチスにへつらい、顔色を伺う男。彼を誰が非難できようか。彼は葉書を置き歩く男に似ていると
いうことで逮捕される。警察は彼ではないと断定するが、ナチスは許さない。犯人を挙げないと自分が
危ないからだ。ナチスの保身の犠牲になった警察は無実の例の男を湖畔で射殺し、自殺したことにする。
しかし、葉書の発見は続いたのだ。

自分たちへの包囲網が狭まってきていることを知りつつ止めることをしないオットーは、ある日、職場で
ポケットに入れた葉書を落としてしまう。オットーは棺桶を作る工場の(もともとは家具屋かなんかだった
のだろう)職長という立場で、拾った男と共に上司のところに行き、警察に届けるべきだと主張する。
しかし、駆けつけた警察はオットーの勤務状況や、最近息子が戦死したことなどからオットーを疑い
逮捕する。アンナも逮捕される。

まだナチスドイツの戦争も端緒についたばかりの快進撃のころで、こうした事件もまだ裁判に掛けられていた。
この事件を担当していた警部は、ナチスからの圧力を受け、例の男を射殺した男だ。だが、彼は犯人を逮捕
出来ないことで、ナチスの大佐から殴る蹴るの暴力を受け、軍の理不尽さに思うところがあった。
オットーは自分は罪を全面的に認めるし、全部自分ひとりでやったことだから、妻は逮捕するな、と懇願
する。了解されたかに見えたが、軍の圧力や警察上層部の圧力はそれを許さなかった。結局、夫妻は反論
することもなく、法廷で声高に反ナチスを叫ぶこともせず(描かれないのでおそらく、だが)罪を認め
ギロチン台の露と消えていった。その後のドイツの転落状況はご存知の通りだ。
そして、この映画の白眉というシーンが、オットーとアンナを逮捕した警部が、285枚のうち18枚を除き
警察に届けられた全部を読み、それを窓から外にばら撒いた上、自らの頭を銃で撃ち抜いて自殺するところだ。
この国の未来に絶望したのだろう。自分の居場所は無いと判断したのだろう。
そこにこの映画の良心、救いを見る思いだった。

この話は実話だという。熱狂の大勢の流れに一人で棹さすことの勇気と虚しさが胸に迫る。今のこの時代
だからこそ作られた映画だという感じがする。オットーやアンナのように覚悟を決めて権力に逆らうことが
どのくらい難しいかということは、戦争の時代でない現代でも全く通じることだ。

地味で重い映画だが、その訴えるところ、観ている人に迫るものは小さくない。全般に平板な映画なのは
原作がそうだから仕方のないことであるし、それが狙いな面のもあるのだろうが、ナチスと警部の間に
もう一つのやりとりがあると、私が白眉だといったシーンが更に生きるのではないかなと感じた。
そしてこの映画の最大の欠点はドイツの話を英語でやっている、ということだ。書いている字はドイツ語
なのに。これなら吹き替えで観たほうが釈然とするだろう。エマ・トンプソンとブレンダン・グリーソンの
抑えた演技が良かっただけに、残念だ。
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<ストーリー>
ドイツ人作家ハンス・ファラダがゲシュタポの文書記録を基に執筆した小説『ベルリンに一人死す』を映画化。
1940年、恐怖政治に凍てつくベルリン。ヒトラーの忠実な支持者だった平凡な労働者夫婦が、一人息子の
戦死をきっかけにナチス政権へ絶望的な闘いを挑む。
「王妃マルゴ」「インドシナ」などの俳優として知られるヴァンサン・ペレーズによる長編監督第3作。

フランスがドイツに降伏した1940年6月。戦勝ムードに沸くベルリンの古めかしいアパートで質素に暮らす
労働者階級の夫婦オットー(ブレンダン・グリーソン)とアンナ(エマ・トンプソン)のもとに一通の封書が届く。
それは最愛の一人息子ハンスが戦死したという残酷な知らせだった。心のよりどころを失った二人は悲しみの
どん底に沈むが、ある日、ペンを握り締めたオットーは「総統は私の息子を殺した。あなたの息子も殺される
だろう」とヒトラーへの怒りのメッセージをポストカードに記し、アンナとともにそれを密かに街中に置く。
夫婦はささやかな活動を繰り返すことで魂が解放されていくが、それを嗅ぎ付けたゲシュタポの捜査が二人に
迫りつつあった……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:59% Audience Score:47%>




by jazzyoba0083 | 2018-07-04 22:55 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー Solo:A Star Wars Story」
2018 アメリカ Lucasfilm,Walt Disney Pictures and more. 135min.
監督:ロン・ハワード 脚本:ローレンス・カスダン、ジョン・カスダン
出演:オールデン・エアエンライク、ウディ・ハレルソン、エミリア・クラーク、ドナルド・グローヴァー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
SWのキャラクターの中で(ハリソン・フォードの)ハン・ソロは、個人的に大のお気に入りであり、
チューバッカも大好きだ。そんなソロの若き日の活躍(いかにしてハン・ソロになったか)を、これも
大好きなロン・ハワードが監督して製作すると聞いては映画館に行かねばなるまいと、いそいそと出かけた。
2Dで鑑賞。せっかくのIMAXも3Dメガネをしてみると、視野が狭くなるような気がして最近あまり好みでない。

本作の映像は暗い。同じトーンで暗い。まあSWシリーズ全体で明るい場面というのはあまりないのだが
それにしても本作は薄茶色の同じトーンで全編暗い。まずその単調さが不満。更に、後半3分の1くらいまでは
大きな潮流としての物語が動かないので不満。多くの割合を占める宇宙での戦闘シーンも新しいところもなく
観ていて飽きる。私はSWは大好きだが、いわゆるSWオタクではないので、細かい登場人物の相関関係が良く理解
しているとはいえないゆえ、分かりづらい部分もある。
一方、SWフリーク・・オタクにとってはいろいろと想像を膨らませる部分は多かろうと思う。が、その面白みは
残念ながら私には分からない。
そんな私が期待していったのは、ハン・ソロという「荒野の流れ者盗賊」みたいな青年がいかに
してスカイウォーカーやレイア姫の反乱軍に加わったのか、またミレニアムファルコンをどうやって手に入れた
のか、そして一番知りた盟友チューバッカとどうやって知り合ったのか、ということだ。それらの答えは最後の
10分くらいに怒涛のように帳尻合わせするような形で提示される。その辺りの経緯は前半を辛抱してみていると
氷解する仕組みなんだろう。
なるほどな、とは思うけど、壮大な時間を費やしたそれまでのあれこれは壮大なインパクトのない前振りかよ!!
と目が点になってしまった。(←それはお前が分かってないぞ、という指摘は甘んじてウケます。ハイ!)

冒頭に「法なき宇宙にて」と字幕で提示されるから、まあ言い訳はしてあるのだろうけど、あいつがあいつを
裏切り、裏切ったと思ったら裏切っておらず、いやいややっぱり味方ではない、などと目まぐるしいので、
結局誰が誰の味方なのさ、ということが分かりづらかった。キーラとEP1に出てきたダースモールとの関係が
意味ありげだが、(あれ、ダースモールってオビワンにライトセーバーで切断されて死んだんじゃなかった
っけ??) そんなダースモールとキーラはその後何になるのか、という続編も用意されているのだろうか?

しかし、残念なのは、本作、アメリカで大コケしてしまい、ルーカスフィルムを傘下に収めるディズニーは
SWのすべてのスピンオフについて、一旦立ち止まって再考することになったのだそうだ。

同じスピンオフでも、「ローグワン」のほうが個人的にはわかりやすく面白かった。それとみなさん褒めて
いたけど、ソロを演じたオールデン・エアエンライク、私はあまり好きでなかったな。これはスピンオフの
宿命なのだろうけど、ハリソン・フォードの(EP4の頃はほんとに若い)イメージの固着がきついからだ
ろうと思う。

本作の脚本を手がけたのは、もう何本もSWやスピルバーグの脚本を手がけているローレンス・カスダンで、
彼が創造したSWサーガの細かい時制的経過の上になりたつ相関関係を含んだストーリーは、ロン・ハワード
には手に余ってしまったのじゃないかな。CGを極力排するのは最近のSWの傾向だが、その辺りは良かった
と思う。個人的にはチューバッカとの関係をもっと描いてほしかたなあ。

映画のHPで本作のストーリーの概略を掴んでおいて、ラスト20分を見れば全部分かるというのでは身も蓋も
ないなあ・・・。(繰り返すけどSWフリーク、オタクにはたまらん作品かもしれない。それは私には想像の
外であり、そういう方の本作に関しての詳しいブロブも多いので、私の感想に不満を持たれた方はそういう
コアファンのブログをお読みになると宜しいでしょう。)
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<ストーリー>
「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」に続く「スター・ウォーズ」スピンオフ・シリーズ第2弾。
「スター・ウォーズ」シリーズの中でも屈指の人気を誇る銀河最速のパイロットにして愛すべきアウトロー、
ハン・ソロの若き日に焦点を当て、伝説のヒーロー誕生までの知られざる物語を描き出す。
主演は「ヘイル、シーザー!」「ハリウッド・スキャンダル」のオールデン・エアエンライク。
共演にウディ・ハレルソン、エ
ミリア・クラーク、ドナルド・グローヴァー。
監督は「ビューティフル・マインド」「ダ・ヴィンチ・コード」の巨匠ロン・ハワード。

 惑星コレリアで生まれ育った若者ハン。銀河帝国の暗黒支配が激しさを増す中、自由を求める彼は幼なじみの
キーラとともに故郷からの脱出を図るも失敗、2人は離ればなれに。やがて銀河一のパイロットとなってキーラを
迎えに戻ると誓い、帝国軍のパイロットを目指すハン。
しかし3年後、彼は帝国フライト・アカデミーを追放され、歩兵として戦場に送られる。そこでウーキー族の
戦士チューバッカと出会うハンだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:70% Audience Score:65% >



by jazzyoba0083 | 2018-07-03 17:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ベイビー・ドライバー Baby Driver」
2017 アメリカ TirStar Pictures(a SONY company),Working Title. 113min.
監督・脚本・(共同)製作:エドガー・ライト
出演:アンセル・エルゴート、ケヴィン・スペイシー、リリー・ジェームズ、エイザ・ゴンザレス、ジョン・ハム、
   ジェイミー・フォックス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
面白かった!音楽に合わせて映像編集をしていくのは今に始まったことではないが、その使い方とセンスが良い。
多くの観客から「ミュージカル映画」だ、と云われる所以であろう。
全編ロックを中心とした音楽が流れ、それは主人公の生き方に沿ったものなのだが、中でも大切なのがこの物語の
ベースになっていると思われるクィーンの「ブライトン・ロック」だ。作品中には2回の大事なシーンで使われる。

この歌詞は英国の小説家グレアム・グリーンの同名の小説をベースにしている。外界と遮断して生きる17歳の殺人者
主人公のピンキー、彼と知り合い献身的な愛で彼を支えるウェイトレスのローズ。
映画に置き換えると、ベイビー・ドライバーと彼がいつも行くダイナーで知り合うデボラという少女に相当する。
彼の内包する心身の傷を癒やすのは音楽でしかなく、いつも耳にはiPodのイヤフォンを突っ込んで音楽を聞いている。
そしてマイクロカセットを持ち歩き、町や人のふとした音や会話を録音し、サンプリングしてラップに仕立て、
カセットにダビングし、大量に保管してある。
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さて、彼の商売はいわゆる「ゲッタウェイ・ドライバー」=逃がし屋である。最近ではライアン・ゴズリングの佳作が
記憶に新しい。ボスのドク(ケヴィン・スペイシー)は自分の手を汚さず、金融機関を狙った強盗を計画し、毎回
名うての実行犯を集め、大金をモノにしてきた。そしてその犯行現場にスタンバイして犯人を車に乗せて、神業的
ドライビングテクニックで警察を巻いて逃し、自分も報酬を貰うというのがベイビーの仕事である。

仲間からベイビーと呼ばれ自分もそれを使っている青年(アンセル)は、幼い頃に両親が車を運転中に口喧嘩をして
よそ見をしているうちにトラックに激突。両親は死亡、彼はトラウマと衝撃から酷い耳鳴りに悩まされるようになり
以来、耳鳴りをかき消すこと、交通事故の原因となった両親のケンカが原因となり他人と積極的に関わりたくなく、
自分の殻に籠もっていたい欲求から、年がら年中イヤフォンを耳にしているのだった。しかし、ちゃんと人の話は
聞いている。

彼は以前ボスの車を壊すか何かで、ボスにかなりの返済を抱えていて、それを返すまでは逃がし屋を手伝わなくては
ならなかった。しかしそれもあと2回。そしてそれも上手く済ませ、ボスからも、これでお前は自由だ、と
宣言された。ベイビーは両親亡き後、黒人で口の聞けない老人を養父として暮らしていた。そしてボスからは
仕事のたびに少しづつ分前を貰っていて、かなりの金が溜まっていた。

そんなベイビーがダイナーでデボラという少女と知り合い、恋に落ちる。危ない仕事が終わったので、ピザの
宅配ドライバーを始める一方これまで溜め込んだ金があるから、それを元手にデボラと高級レストランに行ったり
中古ながら大きなクルマを買ったりしていた。
だが、ボスから再び危ない話に誘われる。強引に引っ張り込まれるベイビーだったが、いつも持っているマイクロ
カセットから作ったリミックステープの存在を、いずれ警察に渡す道具と思われたのか、養父も痛めつけられ
逃げるに逃げ出せない状況となった。しかし、ベイビーは犯行前にデボラを誘って街の外へ逃げるつもりでいた。
しかし、チャンスを失い、強盗現場にやってこざるを得ない状況となってしまった。

ベイビーは人を傷つけることが大嫌いというかトラウマ上、出来ないというか、犯行現場で警備員が撃たれたのを
観てクルマを前にいたトラックに激突させ、助手席にいたバッツ(ジェイミー)を殺し、更にボニーとクライド
状態のバディ(ジョン・ハム)とダーリン(エイザ・ゴンザレス)と共に大量の警官に追いかけられる身となる。
ダーリンは警察との激しい銃撃戦で蜂の巣になり絶命。大事な女の哀れな末期に逆上したバディは、すべては
ベイビーのせいだと、警察に追われつつもベイビーを追い詰めてくる・・・。

なんとか遠くへ逃げようとする二人。その前にボスのところに行ってリミックスのカセットテープを返して
もらおうとした。ボスはお前は誰だ状態。
しかしデボラと逃避行をすると知ったボスは、ベイビーとデボラをメキシコに逃すべく金とクルマを用意
してやる。だがそこにバディがやって来た。バディはボスを射殺し、二人が車に乗り逃げようとすると、
バディが来るまで追いかけてくる。
駐車場内での激しいチェイスとクルマを降りての激闘となるが、デボラの助けもあり(なかなかいい根性
してるよ、デボラは)しつこい上にもしつこいバディをやっとのことで仕留めることが出来た。
いよいよ二人でメキシコへと向かっていると、目の前にはまたまた大量の警官が。
しかしそこでベイビーは諦めておとなしく御用となる。

裁判となる。しかし証言台に立つ養父、逃亡の途中でクルマを拝借した御婦人にバッグを返し、ごめんなさい、と
言ったことなど、ベイビーの優しい面、生来の犯罪者ではない、など擁護する証言がなされ、両親の交通事故や
耳鳴りにも苦しんできたなどの情状が酌量されて、懲役25年、しかし5年後には仮釈放の権利があるとの判決を
受けた。(彼、仲間の強盗とはいえ何人か殺しちゃてるからね)そして模範囚として過ごした5年後、刑務所の外で
待つデボラの元に歩み寄るベイビーであった。
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というようなお話なのだが、洗練された音楽に乗せたクライムムービー、主人公はちょっと見、ひ弱な青年、
そんなスタイリッシュで、やわなイメージを払拭するように、ほぼCGなしの激しいカーチェイスと、容赦のない
殺しのシーンなど、タランティーノも真っ青なバランスがとれた構成がいい。
またデボラとの関係を大事にしようとするベイビーの姿勢から生まれる愛情周りの様々なトラブルと何を考えて
いるのか分からないバディやダーリン、バッツといった頭のネジが多数外れちゃっている奴らの存在と行動の
バランスもいい。「柔と剛」の塩梅が実に好ましいということだ。
そしてベイビーが逮捕され、刑に服して待っていたデボラとの真実の愛を確認する短い後日譚も、とってつけた
ような感じではあるが、それがまたいい感じだ。

監督、脚本、演者、製作者の関係が上手くいくとこういう面白い映画が出来るということだな。
個人的には、エンドロールで流れるサイモン&ガーファンクルの「Baby Driver」がリアルタイムでツボだった。

(※上記、「ブライトン・ロック」のくだりでは町山智浩著「「最前線の映画を読む」(インターナショナル
 新書 刊)を参照しました)
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<ストーリー>
「ショーン・オブ・ザ・デッド」「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」のエドガー・ライト監督が、
ギャングに雇われ、“逃がし屋”として働く天才ドライバーの青年ベイビーの活躍を描く痛快クライム・カー・
アクション。
リアルかつ華麗なカー・アクションに加え、主人公が絶えず聴いているiPodの曲がBGMとなり、そのビートに
合わせて全てのアクションが展開していく斬新な演出も話題に。
主演は「ダイバージェント」「きっと、星のせいじゃない。」のアンセル・エルゴート、
共演にケヴィン・スペイシー、リリー・ジェームズ、ジョン・ハム、ジェイミー・フォックス。
 
天才的なドライビング・テクニックを買われ、ギャングのボス、ドクの下で“逃がし屋”として働く青年ベイビー。
幼い頃の事故で両親を亡くし、自身もその後遺症で耳鳴りに悩まされている。そのためiPodが手放せず、
常にお気に入りのプレイリストを聴き続けていた。
すぐにキレる狂暴なバッツはじめコワモテの連中を乗せても顔色一つ変えず、クールにハンドルを握るベイビーは、
音楽を聴くことで集中力が研ぎ澄まされ、誰にも止められないクレイジーなドライバーへと変貌するのだった。
そんなベイビーが、ウェイトレスのデボラと出会い、恋に落ちる。そして彼女のために、この世界から足を
洗おうと決意するベイビーだったが…。(allinema)

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:86% >





by jazzyoba0083 | 2018-07-01 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「プロバンスの贈りもの A Good Year」
2006 アメリカ Fox 2000 Pictures (presents),Scott Free Productions. 114min.
監督・製作:リドリー・スコット 原作:ピーター・メイル『プロヴァンスの贈りもの』(河出書房新社刊)
出演:ラッセル・クロウ、マリオン・コティヤール、フレディ・ハイモア、アルバート・フィニー、アビー・コーニッシュ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
このブログを開設したころに公開された映画で、2009年に観て、当ブログにも感想を書いた。その時は結構シビアな
感想を書いていた。リドリーがどのような作品を作って来たのかは今のほうが理解は進んではいるが、当時は
活劇系の人だという印象が強い傾向であったみたい。いい雰囲気を持った映画だなあ、という思いはあったようだ。
その後好きな女優さんの一人となるマリオン・コティヤールの印象が強かった記憶もある。来年南仏を訪問して
みたいと思っているので、どういう映画だったかな、という事やロケした風景を確認したくて再見した。

9年経つと映画の感想も変わることもあるのだな、という典型。見方が進んだというのか、感性が変化したと
いうか、当時の見方が浅かったと云うか。(汗)
今回の再見で思ったのは、初見の時に感じたこととは、やや異なる。今の私が感じたのは、南仏の急がない人生を
愉しむ人々の暮らしが、眉根をひそませる必要もなく、肩の力を抜いてリラックス出来る、いい感じの映画に仕上
がっているなということ。そしてコティヤールはこのころから存在感があった、ということだ。

ネット上での感想の中に、「リドリー・スコット、やっちまったな」という厳しい意見が多いが、私はそうは思わない。
(Rotten Tomatoesの評論家評価と、一般観客の評価の差にこの映画の捉えられ方の相違が現れていて興味深い。
観た結果、いい映画を誰が監督したものであろうが、いいものはいいし、著名な監督が作ったからといって全部が
名作であるわけでもないのは自明だ)
この作品は「エイリアン」とか「ブレードランナー」「ブラック・レイン」「テルマ&ルイーズ」などの潮流にあると
思ってはダメだ。彼がこの手の映画しか作ってはいけないという法律があるわけでもなく、期待したい気持ちは
分かるけど、本作はプロバンスにワイン用ワインヤードを持つリドリーが、現地で聞いた「ブティックワイン」の
噂を親友で作家のピーター・メイルに話し、それをメイルが小説化、更にそれをリドリーが映画化したものなので、
彼が製作を担当していることからみても、彼の個人的趣味性の強い作品であり、その辺りの事情を汲んだ上でリドリーの
名前について語らないと、片手落ちということにならないか。それとリドリーがイギリス人であり、「年中しょぼくれた
空のイギリス」人が南仏に強烈なあこがれを感じるメンタリティは個人的には極めてよく理解出来る。
ただし、リドリーは確かにこの映画を境にピークを過ぎていってしまうような感じではある。老境に達してきたと
言うこともできようが。本作で肩の力が抜けてしまい、元に戻らなくなった、のかもしれない。それはそれで・・。

本作へのリドリーの想いは強く、子役も含めたキャスティングや切り取られた南仏の光景(名所も含め)、ストーリーの
流れも、描かれる人間模様も、作品全体を通す、ロハスな雰囲気をきっちり汲み上げ手堅い仕上げとなっている。
しかも、登場する若い女性陣にミステリックかつ、ホノボノとしたエピソードもあったりで、誠に心がハッピーになる。
語られる世界は極めてオーソドックスなのだが、そこを陳腐にしていないところは、作家と監督の思いが深い
ところで結びついていたことに由来する強さなのだろう。
「歌枕」の一つでもあるプロヴァンスものでは一番出来がいいのではないかと思っている。原題はワインの「当たり年」
という意味で、映画ではいろんな意味合いを含んでいる、なかなか味わいのあるタイトルである。

幼い頃プロヴァンスで叔父さんと過ごした記憶。長ずるに及び、ロンドン・シティーの名うての金融トレーダーに
なり、この叔父の死去でシャトーをたたまなくてはならなくなるのだが、プロヴァンスで出会うコティヤールや
ブドウ畑の使用人、シャトーの世話をする奥さん、など魅力的な人物との交流で、主人公の心がほぐれていく・・。
コティヤール、やっぱりいいなあ。この人がいると映画が締まる、という俳優さんがいる。そういう俳優さんの
一人が私にとってはマリオン・コティヤール。(「マリアンヌ」では残念な演出に泣いたけど)

また観るだろう。いい「雰囲気」を味わうという鑑賞の仕方をするには絶好の映画だと思う。
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<ストーリー>
少年マックス(フレディ・ハイモア)は毎年夏になると、南仏プロヴァンスに住みつきワイン造りをしながら
人生を謳歌するヘンリーおじさん(アルバート・フィニー)のもとでヴァカンスを過ごしていた。

時は流れ、ヘンリーが授けてくれた叡智と哲学のおかげでロンドンの金融界で豪腕トレーダーとして活躍する
マックス(ラッセル・クロウ)は、超多忙な日々を送り贅沢な独身ライフを楽しんでいたが、彼には本当の愛は
見えていなかった。
ある日マックスのもとに、ヘンリーが亡くなったとの報せが届き、遺産を相続するためにプロヴァンスへ向かう。
途中、自転車の女性を轢きそうになるが、マックスは気付かずに車を走らせる。女性は地元のレストランのオーナー、
ファニー(マリオン・コティヤール)。鼻っ柱の強いファニーは、シャトーの前に例の暴走車が停まっているのを
見つけ、仕返しをしにマックスの前に現れる。相続と売却の手続きをすぐに済ませ、ロンドンにとんぼ返りする
つもりでいたマックス。ところがハプニングに見舞われ、この地で休暇を取ることに。滞在を重ねるうち楽しかった
幼い日の記憶が次々とよみがえり、彼の心はゆれる。そして何よりも彼の心を乱したのは、ファニーの存在だった。

ファニーのレストランに助っ人に入ったマックスは、彼女とのデートの約束を取り付ける。大人の会話を楽しんだ
後にめぐる上質なワインの酔い。二人はムーディな雰囲気のまま、マックスのシャトーに泊まる。
翌朝、ここは自分の人生に向かないと告げるマックスに、ファニーはマックスの人生がここに向かないと切り返す。
やがてシャトーとぶどう園の売却の手続きを終えたマックスに、ロンドンへ戻る日が来る。惹かれあいながらも
マックスとファニーは、人生の価値観の違いから別々の路を歩みはじめようとするのだが、プロヴァンスでの
幾つもの贈りものが、彼を変えようとしていた。(Movie Walker)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:26% Audience Score:65%>



by jazzyoba0083 | 2018-06-23 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)