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●「ブルーに生まれついて Born to Be Blue」
2015 アメリカ New Real Films,Lumanity Productions,Black Hangar Studios and more. 97min.
監督・脚本:ロバート・パドロー
出演:イーサン・ホーク、カーメン・イジョゴ、カラム・キース・レニー、トニー・ナッポ、ケダー・ブラウン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ウェストコーストの白人モダンジャストランペットプレイヤー、シンガーのチェット・ベイカーの物語である。
つい先日、ドン・チードルがマイルス・デイヴィスを演じた「マイルス・アヘッド」という作品を観たが、
出来としてはこちらのほうに軍配があがる。主人公はジャズプレイヤーではあるが、恋人を中心とした
人間模様がよく描かれているし、結局ドラッグを断ち切ることができなかったチェットの哀しさ、(憐れさ)も
上手いこと描かれていた。
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チェット・ベイカーは、色男で女性に人気があり、マイ・ファニー・バレンタインを歌ったチェットを聴いた
ことがある人も多いのではないか。中性的な歌声で、上手いとは言い難いが味があった。トランペットも
いわゆるバッパーのような火の出るようなアドリブが持ち味ではなく、叙情的な味わいが魅力であった。
ジェリー・マリガンらと並びウエストコーストジャズの重要なプレイヤーであり、この映画にも登場するが
「パシフィック・ジャズ」レーベルから多くのLPを出している。

ただ、人気絶頂の頃にヘロインに手を出し、欧州へ渡ったりイタリアで逮捕されたり(映画の冒頭)、NYに
帰ってきた1970年代40歳のときにはヘロインの金が元で殴られ、前歯と顎に重傷を負った。周囲も再起は
無理だろうと思っていたし、ヘロインのため保護観察官がついてまわる生活だった。
これをささえたのが、ヘロイン騒動で撮影が打ち切りになったが、チェットの映画で妻役をやったジェーン
だった。ハリウッドで本格的にデビューしたい夢を持ちつつチェットを温かく見守っていた。チェットも
苦労して、入れ歯状態で何とかトランペットを吹けるようになり、是非復帰したかったNYの「ハーフノート」にも
友人のディジー・ガレスピーの力添えで一夜限りの公演が出来るようになった。

ステージを目の前にして弱気になったチェットは、あれほど遠ざけていたヘロインに再び手を出し、演奏に
臨む。しかし、その模様を見つめていたジェーンは彼の元を去っていったのだった。

彼はその後欧州に永住したが、結局チェットは終生ヘロインと手を切ることができず、1988年、アムステルダムの
ホテルの窓から転落して死亡した。部屋にはヘロインがあったという。58歳であった。
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20歳代で成功の甘い味を味わってしまったことや、ヘロイン中毒のために療養所生活があったことや、前歯を折ら
れる前に欧州にいたことなどは端折られるが人間チェット・ベーカーの特に弱さ、ナイーブさがイーサン・ホークの
好演により、味わい深く描かれていた。また話の中核に恋人ジェーンとのやりとりを据えたのも話がわかりやすく
チェットの人間性を浮かび上がらせることに成功していたといえる。チェットは女性の出入りが激しく結婚も数度
繰り返したが、映画の中のジェーンほどのきちんとした付き合いをした女性はいない。だからジェーンは創作上の
人物と言えよう。だがそのためにチェットの(作劇上の)キャラクター作りに成功している。
実際のチェット・ベイカーは、この映画より遥かにハチャメチャで破滅型の人間であったようだ。天は二物を与えず、
といったところだろうか。
ジャズファンでなくても興味深い映画ではないか。
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<ストーリー>
「ビフォア・ミッドナイト」「6才のボクが、大人になるまで。」のイーサン・ホークが伝説のトランペット
奏者チェット・ベイカーを演じて高い評価を受けた感動の音楽伝記ドラマ。50年代のジャズ・シーンで一世を
風靡するも、麻薬でどん底へと転落したチェットが、愛する女性に支えられて再起を目指す苦闘の日々を見つめる。
共演はカーメン・イジョゴ。監督は、これが長編2作目となるカナダの新鋭、ロバート・バドロー。

 白人ジャズ・トランペット奏者のチェット・ベイカーは、その端正なルックスも相まって1950年代に一世を
風靡する。しかしドラッグに溺れ、たびたびトラブルを起こして、いつしか表舞台から姿を消してしまう。
そんな中、暴力沙汰に巻き込まれ、病院送りに。アゴを砕かれ、前歯を全部失う重傷で、トランペッターと
しては致命傷かに思われた。
それでも、恋人ジェーンの献身的なサポートのもと、ドラッグの誘惑を断ち、再起に向けて懸命に歩を進めて
いくチェットだった。((allcinema)

<IMDb=★6.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:73%>



by jazzyoba0083 | 2018-02-02 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バトル・オブ・セクシーズ Battle of the Sexes (原題)」
2017 アメリカ Fox Searchlight Pictures,TSG Entertainment and more. 121min.
監督:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス
出演:エマ・ストーン、スティーヴ・カレル、アンドレア・ライズボロー、ナタリー・モラレス、
   サラ・シルバーマン、ビル・プルマン、アラン・カミング、エリザベス・シュー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ホノルルからの帰国便二本目。まだ日本では公開されていない作品。個人的に大学生のころなので
時代としてはズバリ。テニスはやっていないけど、キング夫人やマーガレット・コート、クリス・エバート
などはニュースなどで見聞きしていて名前とその活躍の度合いは知っていた。が、こんな「事件」があったとは。

映画の主要なテーマは性間差別の話しであるが、スティーヴ・カレル演じるボビー・リグスのキャラクターも
あってコメディっぽい感じもあり、楽しませてもらった。アメリカやテニス界では有名な話かもしれないが、
日本ではあまり知られることのない「事件」ではなかったか。衣装やヘアスタイル、小道具、音楽を始めとし
1970年初頭の時代の雰囲気と実際をよく描いていたと思う。
作品はテンポよく飄々と描いていくが、実際にこの映画が描いた事柄は、その後のテニス界や性別間差別に
対する人々の考え方に大きな影響を与えたわけで、楽しいうちに見終わることは出来るが、その主張しようと
していることは大きい。
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キング夫人はテニスの試合での賞金が男子と比べ八分の一しかないことに抗議し、自らがWTAという女子テニス
協会とツアーを立ち上げ、金銭的にも苦労しつつも、女権拡張運動家としてもその成果をあげていくのだが、
ラリー・キングという夫を持つ身でありながら同性愛に惹かれていく心の悩みも抱えていた。
そうした折に、男子シニアツアーのボビー・リグス(彼もウィンブルドンで何度も優勝しテニスの殿堂入りを
している往年の名選手だがこちらもシニアの賞金の少なさを嘆きかつ彼自身ギャンブル依存症でもあった)から
男女間の試合をして、男女どちらが強いかやってみようではないか、と声を掛けられた。その頃、キング夫人は
すでに女子テニス界のトップにいたが、「それは試合ではなくショーよ。勝てばいいけど負けたら、やはり
女は男に勝てないと決めつけられて危険だわ」と申し出をその場で断る。

ボビーはその後、ツアーで一位になったコート夫人に話を持ちかけ、実現した試合でコート夫人はストレートで
負けてしまう。案の定、男性優位主義者や当時の全米テニス協会の男性陣を喜ばせる結果に終わってしまった。
ボビーはその場で、キング夫人を指名して、試合を要望した。
そう言われると勝ち気のキング夫人は黙っていられない。こうして1973年9月20日、テキサス州ヒューストンの
アストロドームにおいて、5セットマッチが行われたのだ。この試合はABCテレビを通じて全世界に生放送された。
55歳のボビーであったが、コート夫人に楽勝したこともあり、トレーニングもせずビタミン剤を飲むだけで
スポンサーから多額の金額を貰って試合に臨んだ。一方のキング夫人は徹底的に練習し、コートにたった。
3万人とテレビの向こうでたくさんの人々が見つめられ試合が始まったが、結果は3-0のストレートでキング夫人が
勝利した。29歳のキング夫人と55歳のボビーであったが、この結果が与えたインパクトは大きかった。
この試合に名づけられたのが「The Battle of the Sexes(性別間の戦い)」なのである。

この大一番を中心に据えて物語が構成されるのだが、キング夫人ら独立ツアーのメンバーが通っていた美容室の
美容師マリリンと仲良くなり、もともと持っていたレズビアンとしての悦びに火が付いてしまった。
優しく見つめるラリー・キングではあったが、そんな夫に対しても複雑な想いを持ちつつ、ツアーをこなして行く。
ボビーもまた妻との相克があったのだった。世紀の大一番で対決することになるキング夫人とボビーの愛情
物語を横軸にして、ラストにキング夫人の勝利とレズビアンとして生きる覚悟を決めるまでが一気に描かれる。
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とにかくエマ・ストーンとスティーヴ・カレルが本人にそっくりであることはもちろんだが、この二人が
吹き替えしで臨んだテニスの試合映像は、「役者というものはやれと言われればなんでもやるんだなあ」と
思いつつ、その仕上がりが半端ないので驚く。もちろんこの両者の演技もいい感じだ。ボビーのキャラに
引きずれられて、若干仕上がりが軽めになってしまったのは思い問題を軽いタッチでと狙ったのか、結果的に
そうなってしまったのか。
どこかにもう少し重さを感じても良いんじゃないか、と思うのは贅沢か?
またキング夫人らの独立ツアーのメンバーの衣装デザイナー、テッドを演じたアラン・カミングが、同じ
同性愛者として見せる気遣いが上手く演じられていて、いい存在感だった。
映画の上のことだけど、自分の妻がレズビアンであることに気づき、それを理解しながら大一番を応援していた
ラリー・キングはいいやつだなあ。(あとで離婚しちゃうけど、キング夫人はずっとキングという名前が
ついてまわるものね)キング夫人は現在74歳で健在である。(ボビーはだいぶ前に亡くなっているが)

日本での劇場公開、あるのだろうか?

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:75%>


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by jazzyoba0083 | 2018-01-23 12:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「パジャマゲーム The Pajama Game」
1957 アメリカ Warner Bros.101min.
監督:ジョージ・アボット、スタンリー・ドーネン
出演:ドリス・デイ、ジョン・レイト、キャロル・ヘニイ、エディ・フォイ・Jr、ボブ・フォッシー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
この年代になるとMGMや20世紀フォックス、ワーナーなどメジャーが競ってブロードウェイミュージカルを
映画にした時期で、名作も多く作られている。本作は、日本ではあまり人口に膾炙しないが、
その筋には極めて評判の良い作品である。特に、音楽とダンスが多めの作品を好む人には絶好の作品だろう。

本作は映画化に先立つこと3年ほどジョン・アボットの製作でブロードウェイで上演され大好評を博し、ワーナーが
目をつけてミュージカルの名匠スタンリー・ドーネンにメガフォンを取らせた。舞台の主役ジャニス・ペイジを
ドリス・デイに変えて(分かりやすいチェンジだなあ)映画化した。脇役などは舞台のスタッフ、キャストが
使われているので、舞台の再現性が高くなっている。ただし、舞台に比べると上映時間がかなり短く、アボットと
ドーネンが上手く折りたたんで見やすくしている。

当時としては珍しい労働争議と恋を併せて扱ったもので、舞台となるのは「パジャマ製造工場」だ。
賃上げを要求する従業員代表がドリス・デイ。新任の工場長がやがて恋の相手となるジョン・レイトだ。
ボブ・フォッシーの振り付けも素晴らしく、キャメラや色彩の配置などよく考えられている。
「時計と競争」「私は恋をしていない」、またデイとヘイトのデュエットによる「ヘイ・ゼア」、
ハイライトとでも言うべき、女工たちが野原で群舞を繰り広げその踊りもまた素晴らしい「一年に一度の日」、
帽子を使ったいかにもボブ・フォッシーらしい振り付けが冴える「スティームヒート」、光学効果も
見事な「ヘルナンデス・ハイダウェイ」など、その歌と踊りから目が離せなくなるのだ。特にドリス・デイの
活躍は素晴らしい。

結局社長が折れて賃上げは認められるのだが、そこでも喜びの群舞。物語のまとめ方も含め音楽、踊り
全てにおいて一流の出来といえるミュージカルである。残念ながら日本ではDVDでも買えない。
戦後の伸び盛りのアメリカの楽天の世界がここにはある。
(Amazonで輸入盤は買えます)
本日町の映画鑑賞会で、そこで上映されたのだ。稀有な名作を見ることが出来た。
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<ストーリー>
R・ビッセルの『7セント半』をブロードウェイ・ミュージカル化して'54年に大ヒットさせたG・アボットが、
S・ドーネンと組んで作り上げた同材の映画化作品。D・デイを除くと舞台のオリジナル・キャストのままと
いうが、そのデイが素晴らしい。
パジャマ工場のストを煽動する組合の女闘士を、いつもより短髪にした彼女がさっそうと演じて、
時間7セント半のベースアップ要求を主張。新任の工場長(J・レイト)をやりこめる。
そのうち、立場の違いを超えて二人は惹かれ合っていき……。

ボブ・フォッシー振り付けによるダイナミックな群舞、布地の原色と疑似自然光を活かしたH・ストラドリングの
鮮やかな撮影も上々の出来映え。ポピュラー・ナンバーとなった主役二人の二重唱“ヘイ・ゼア”など佳曲も多く、
まず、この年代としては傑作の部類に入ろう。(allcinema)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:91% Audience Score:65% >



by jazzyoba0083 | 2018-01-11 12:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

否定と肯定 Denial

●「否定と肯定 Denial」
2016 イギリス・アメリカ BBC Films,Krasnoff / Foster Entertainment,Participant Media and more 110min.
監督:ミック・ジャクソン  脚本:デヴィッド・ヘア 原作:デボラ・E・リップシュタット
出演:レイチェル・ワイズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・スポール、アンドリュー・スコット他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
映画を観て得る感想には、一口で「面白い」と言っても、"Fun" であったり、"Interesting"であったり、
"Moving"であったり、"Exciting"であったりと色々だ。だから映画って面白いのだが、本作を観終えて感じたのは
「観てよかった」ということ。

一見粛々と進む法廷劇であるが、その裏にあるものは非常に今日的であり、製作者たちが何故今これを
作ったか、という思いが伝わってくる。実話ということ、ベースになる原作本があることなどを鑑みても
よく出来た脚本(脚色)と、英国俳優たちの抑制の効いた説得力の有る演技、場面の切り替え、テンポ、
どれをとっても文句ない作品だ。本来個人的にこの手の映画が好きだということもあるのだが、今年見た
映画の中では指折りの出来と感じた。

本作はユダヤ人の女性歴史学者デボラ・E・リップシュタットが、その著書「ホロコーストの真実」に
おいて、イギリスの歴史家ディヴィッド・アーヴィングにイギリスの出版社ペンギン社とともに
名誉毀損で訴えられた裁判を描く実話モノ。
アーヴィングは筋金入りのナチ、ヒトラー崇拝者であり、ホロコーストは無かった、と主張する学者だ。

世界が非寛容となり、チカラの強いものの論理が通じ、フェイクニュースに代表されるように、真実の
見極めが難しい世の中にあって、本作は、「嘘を見抜く力を持たなくてはならない」「影響力を持つ人の
嘘や訴える人の信念から出た虚構は真実に見えることを見破らなくてはならない」という今を生きる
私達全てに対しての警告である。今年に入ってから我が国で喧しい「モリカケ問題」「自衛隊文書」など
現政権下のさまざまな「真実のような嘘(おそらく)」や、本家トランプ大統領による、さまざまな
「フェイク」、我が国では未だにこの映画と同じようなことが言われている「従軍慰安婦」「南京大虐殺」と、
いろんな事象がが頭に浮かんだ。

映画ではまずリップシュタットの授業に乗り込んだアーヴィングが1000ドルを手に、「ホロコーストを
命じた命令書があるなら1000ドルやるぞ!」という、分かりやすい差別主義者の主張から始める。

その後は難しい法廷劇だが、平易な論点で上手く問題点を浮き彫りさせた脚本と監督、それに応えた俳優陣の
迫力ある演技。時間が経つのを忘れて見入っていた。イギリスの裁判は被告が無罪立証をしなくてはならず、
推定無罪という概念もない。その中で、リップシュタットは、何故自分が「ホロコーストは無かった」と
立証しなくてはならないのだと理不尽に感じたが、ランプトン弁護士(トム・ウィルキンソン)の誠実で
巧妙な法廷戦術で裁判を優勢に進めていく。対する原告アーヴィングはたった一人で戦っていた。
歴史においては都合のいい虚構を突き崩すのはなかなか大変なことだ。しかしランプトンは冷静に事実・
真実に基づきリップシュタット側の論理を築き、相手側の虚構を崩していく。

リップシュタットの大弁護団は膨大な史料・資料を分析し、原告の主張の矛盾と虚偽を突き、さらに
そこからホロコーストの実態を浮かび上がらせるという戦術を取った。リップシュタットには法廷で
口を開かないこと、証言しないこと、なぜならば、アーヴィングの目的は彼女を貶めることであり、そこから
ボロを掴み、ホロコースト否定論を正当化しようとするから。ホロコーストの生き残りや遺族は証人としない、
とも。生き残りを証人台に立たせたところで、反ユダヤ主義者は、なんの痛痒も感じない。彼らの信念はそんな
ことでどうにかなるものではないからだ。逆に生き残った犠牲者らに、目の前のホロコースト否定論者に
よって傷つけられ、再び辛い思いをさせてしまうことになるからだ。
ランプトンは冷徹な事実の積み重ねで敵の矛盾を1つ1つ突き崩していく、それしかない、だから
リップシュタットにも証言台に立たせないと決めたのだ。

最後に裁判長が、「虚偽を信じ切っているものの主張は嘘といえるのだろうか」という言論の自由に対する
問題を提起してきた。そこは弁護団も詰めていないところで、リップシュタットらは判決に不安を抱くように
なった。原題の「Denial」は「否認」と訳される心理学の言葉の一つで「眼の前の事実(真実)を、自分の
信じるものとは違うとして受け入れない(否認・拒絶)すること」。日本でもそんなことをマスコミでたれ
流している人物、すぐに思い浮かぶと思う。

判決はアーヴィングの主張を嘘と認定し、原告敗訴とした。リップシュタットの判決後の会見での
「表現の自由は説明責任を要求する」という一言は、我が国の政治家やメディアに関わる人、ネット民すべての
心にねじ込んでやりたい言葉だった。 人の話に一切耳を貸さない差別主義者(Denial)と地球上に生きて
いかなくてはならない我々は、この映画から学ぶことは多い。

「ナイロビの蜂」でオスカー助演女優賞を獲ってから12年。更に成長したレイチェル・ワイズの姿がここに
あった。(旦那はダニエル・クレイグなんだよなあ)
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<ストーリー>
ナチスによる大量虐殺はなかったと主張するホロコースト否定論者とユダヤ人歴史学者が裁判で争い、世界中の
注目を集めた実在の事件を映画化した法廷ドラマ。アメリカの法廷での戦い方との違いに戸惑いながらも、
勝利のために歴史の真実に迫っていくヒロインをレイチェル・ワイズが演じる。
監督は近年はドキュメンタリーを数多く手がけているミック・ジャクソン。

1994年、アメリカのジョージア州アトランタにあるエモリー大学で、ユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・
リップシュタット(レイチェル・ワイズ)が講演を行っていた。彼女はイギリスの歴史家デイヴィッド・
アーヴィング(ティモシー・スポール)が訴える大量虐殺はなかったとする“ホロコースト否定論”の主張を
看過できず、自著『ホロコーストの真実』で真っ向から否定していた。

ある日、アーヴィングはリップシュタットの講演に突如乗り込み、名誉毀損で提訴する。訴えられた側に
立証責任がある英国の司法制度で戦うことになったリップシュタットは、“ホロコースト否定論”を崩さな
ければならない。彼女のために英国人による大弁護団が組織され、アウシュビッツの現地調査など、歴史の
真実の追求が始まる。2000年1月、多くのマスコミが注目するなか、王立裁判所で始まった歴史的裁判の
行方は……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:83% Audience Score:71%>



by jazzyoba0083 | 2017-12-21 12:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「パシフィック・ウォー USS Indianapolis:Men of Courage」
2016 アメリカ Hannibal Pictures 129min.
監督:マリオ・ヴァン・ピープルズ
出演:ニコラス・ケイジ、トム・サイズモア、トーマス・ジェーン、マット・ランター、ユタカ・タケウチ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
国内外的に圧倒的に低評価の作品だ。確かに二時間以上の時間に値しない冗漫な表現や稚拙なCGなど
買えない点は多い。残念なのは、アメリカの重巡洋艦インディアナポリスの持っていた数奇な運命を
想う時(それは艦長のマクベイの数奇な運命に重なるので余計に面白いのだが)、これじゃもったいないなあ、と
感じるのだ。スピルバーグとかイーストウッドに監督させたら、もっといい仕上がりになったんじゃないかなあ。
この船は、太平洋戦争において日本軍とのいろんな戦いに登場してくる因縁の深い船なので、日本人にしてみれば
余計にもったいない。

アメリカの重巡洋艦インディアナポリスは、テニアン島に急遽秘密物資を届ける任務を支持され、スピードを
上げるためと日本軍に知られないようにというために普通は付ける駆逐艦の護衛もなく目的地に急ぐ。
秘密物資とは、当然広島、長崎に投下する原爆の部品であったわけだ。任務を無事に終えてレイテ島に向かう
途中、日本海軍の潜水艦イ58号(特攻兵器回天装備)の6本の魚雷攻撃を浴びて沈没。ここでも駆逐艦の
護衛は無かったので、対潜兵器が無く、やられるままだった。
乗組員1199名は300人が攻撃で死亡し、後の900名あまりは海に投げ出され、漂流することになった。
この海はサメが多く、また無線封鎖もあったらしく救援が来るまでに5日を要したため、サメの犠牲に
なったり、精神的におかしくなったり体力が持たなかったり、食料や水が払底したり、乗員同士の争いが
あったりで、結局救助されたのは316名であった。救助が遅れた一因に、マッカーサー(陸軍)とニミッツ
(海軍)の、太平洋上に置ける主導権争いもあったようだ。

戦後艦長のマクベイ大佐はジグザグ航法をしなかった、という罪で有罪となった。第2次大戦中、被害に
あった米海軍の700艘のうち艦長が軍法会議にかけられたのはマクベイだけであった。彼は決して艦長として
劣っていたわけではないが、被害者やその関係者から責め立てられ続け、1968年に自宅で拳銃自殺して
しまった。軍事裁判ではイ58号の橋本艦長も召喚され、ジグザグ航法していても至近距離だったから
被弾はさけられなかっただろう、と証言してくれたのだが。裁判後、二人は裁判所の庭で会い、当時は任務
だったから実行したが、今は人として間違っていたと思う、と語った。マクベイとて同じ気持ちだった。
マクベイ大佐の名誉は(裁判が誤審であったことが判明し)その後クリントン大統領によって回復された。

そんないい話てんこ盛りのこのエピソード、出港前、出港後の潜水艦との対峙、沈没と漂流、そして軍事
法廷と、コアになるシークエンスで無駄だなあと思うシーンがありこれをまずカットし、ゆるい演出を改め
れば、締まった映画になったのではないかと極めて残念だ。ニコラス・ケイジ、ほんとに最近いい作品に恵ま
れないなあ。CGをちゃんとするために制作費も必要だな。
噂によればロバート・ダウニーJrが映画化をするいう。期待したい。
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<ストーリー>
太平洋戦争末期の1945年。アメリカ軍の巡洋艦インディアナポリスを率いるマクベイ艦長(ニコラス・
ケイジ)は、ある極秘任務を受ける。それは、長きに渡る大戦に終止符を打つ最終兵器・原子爆弾の輸送
だった。危険極まりない戦地へ向かったマクベイと兵士たちは、日本軍との激しい戦闘を掻い潜りながら、
なんとか目的地テニアン島にたどり着く。
任務を終え、安堵に包まれながら次の目的地へ出発するインディアナポリス。しかしその時、艦内に爆音が
鳴り響く。橋本少佐(竹内豊)率いる日本軍の潜水艦から発射された魚雷が直撃したのだ。

激しい戦闘の末、沈没するインディアナポリス。何とか脱出したものの、太平洋を漂流する羽目になった
マクベイと兵士たちに、今度は飢えと喉の渇き、そして獰猛な鮫たちが襲い掛かる。極限状態に陥り、
次々と命を落としていく兵士たち。マクベイは、彼らを1人でも多く生きて家族の元へ帰そうと奮闘する。
しかしこれは、マクベイに訪れる非情な運命の始まりに過ぎなかった……。(Movie Walker)

<IMDb=★5.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:9% Audience Score:31%>



by jazzyoba0083 | 2017-12-18 22:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「フィラデルフィア物語 The Philadelphia Story」
1940 アメリカ Metro-Goldwyn-Mayer Studios 112min.
監督:ジョージ・キューカー   原作:フィリップ・バリー
出演:キャサリン・ヘプバーン、ケイリー・グラント、ジェームズ・スチュワート、ジョン・ハワード、
   ルース・ハッセイ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
この前に観た1971年製作の「ラスト・ショー」もそうだが、本国での評価は極めて高く、オスカーも
獲っている作品。本作は主演男優賞(スチュワート=これについては少々疑問符がつくと思うが)、
脚本賞を獲得している。両作品ともRotten Tomatoesでは批評家からは100%の支持が付いている。

で、何がいいたいかというと、アメリカの国情というか時代の雰囲気を実際に理解できないと、なかなか
評価は難しい作品もある、ということと、気の利いたセリフの応酬が面白さの肝の劇場由来の作品において、
字幕では作品のもつニュアンスは的確にフォロー仕切れないと思うのだ。
この「フィラデルフィア物語」は私にはそれに該当し、もちろん日本でも高評価をする人も多いが、私には
冒頭のシーンとラストカット以外はあまり心が動かなかった。

恋愛コメディではあるが、ベースはハイソサエティーのお話であり、所詮お金持ちのわがまま女が、3人の
男の間で心を入れ替える(短い時間で変われるものか、というツッコミも出来る)物語。

特にジェームズ・スチュワートとヘプバーンの間が濃くなるまでが退屈。別れた夫グラント、結婚式を
控えたハワード、そして記者スチュワート。グラントはヘプバーンに未練がある。取材に来たスチュワートは
ヘプバーンに惹かれていく。もともと気が進まない結婚で婚約者のハワードには冷たいヘプバーン。
そんな構図の中で、ヘプバーンは荒んだ心のまま酒の勢いでスチュワートとプールで泳いだりして
(何もなかったのだが)一夜を過ごす。当然婚約者は怒る。結婚式は今しも開会のメロディーを奏でて
いる。僕が代わりにと言い寄るスチュワートだが、ヘプバーンはNO、近くにいるカメラマンの女性に
気が付きなさい、貴方を思っている彼女を、と鈍いスチュワートを諭す始末。別れたもののお互いに憎からず
思っていたグラントとヘプバーンは急遽元の鞘に戻る結婚式に臨むのであった。

というストーリーなのだが、まあ、一番可愛そうなのは婚約者のはワードで、なんら落ち度がないのに
結婚式当日に恥をかかされた。慰謝料ものだろうなあ。ハワードはもともとの金持ちではなく一応努力で
今の地位を獲得した男なのに。ヘプバーンの父親は石油王で、甘やかして育てたのだろなあ、結婚式当日に
相手が変わっても騒ぎすらしない。大らかというか金持ちけんかせずというか。

1940年代、鉄鋼や石油、自動車で産業の構図が変わり、アメリカにも富豪という存在が生まれ、庶民との
階層が出来た頃だ。そういう頃の雰囲気を理解せずしてこの映画を真から理解するのは難しいと思う。
確かにヘプバーンが、男を見る目を確かなものにしていく(のかなあ)過程は教訓的ではあるが、どこか
能天気で、悪びれない。これをリメイクしたミュージカル「上流社会」の方が、能天気を突き詰めた分だけ
娯楽作として楽しく観られる。
再度言うが、本作はもともと舞台劇であり男女のセリフの怒涛のようなやりとりが面白みの肝な劇であるため、
字幕ではニュアンスをフォローしきれない部分があるようだ。その点でも日本での評価は本国並みという
わけにはいかないのではないか。

本作を語るときには「巨匠ジョージ・キューカーの不滅の名作コメディ」との惹句が付くが、それは間違いないと
しても、我が国でそれがそのまま無邪気に受け入れられるかといえば、上記2つの大きな理由でクエスチョンが
付くのではと感じるのである。キューカーの演出、名優3人の演技、キャメラの技など優れている部分も勿論多い。
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<ストーリー>
フィアデルフィアの大富豪ロード家の長女トレイシーは、同じく上流のG・K・デクスター・ヘイヴンと恋愛に
おちて結婚したが、たちまち破境の嘆きを見た。それはトレイシーが世間知らずで、人の欠点を許容することが
出来ず、完全な人格を相手に求めるところに原因して、デクスターがやけ酒を飲みすぎたのが直接の動機だった。

しかしデクルターはなお彼女を愛している。そのトレイシーが貧困から身を起こして出世したジョージ・キット
リッジと結婚することとなる。スパイという黄表紙雑誌の記者となり、南米へ行っていたデクスターは、
トレイシーが間違った結婚をするのを助けようと帰ってくる。彼はスパイの記者マコーレイ・コナーと
その恋人で写真班のエリザベス・イムブリーを、南米にいるトレイシーの弟の親友だといってつれて来る。
コナーは小説家であるが、パンのためにいやいやスパイの記者をしている男で、フィラデルフィア名門の
結婚式の模様などをすっぱ抜き記事にしたくなかったのである。

さてデクスターをいまだに怒っているトレイシーは、彼のお節介に腹を立てたが、断ると父のあるダンサーの
ことをスパイが発表するというので、彼らを表向き客として泊めることになる。父のセスが別居しているのも、
トレイシーが完全人格を望むくせで、母に無理矢理に追い出させたのである。花婿たるベキトリッジは、
トレイシーを理解していないし、名門との縁組を最も関心事としているがトレイシーはそれに気づかず、
立派な人格者として見ている。

ところがデクスターのとコナーのあけっぴろげの愛すべき性格は、トレイシーの目を少しばかりあけた
ようであった。そして結婚式前夜のパーティーで、トレイシーとコナーはシャンパンを飲みすぎ、2人は暁近く
恋を語り、二度ほどキッスする。そしてプールへ泳ぎに行き、酔い倒れたトレイシーを抱いてコナーが戻って
くるところに、デクスターとキトリッジが来合わせた。デクスターには分かったがキトリッジはコナーの話しを
信じなかった。それで翌日トレイシーはキトリッジとの婚約を破棄した。今は人間には欠点ありと悟った彼女は、
デクスターがどんなに彼女に適した男であるかが分かり彼と結婚式をあげる。(Movie Walker)

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:93%>




by jazzyoba0083 | 2017-12-16 22:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの愛 Freeheld」
2016 アメリカ Double Feature Films,Endgame Entertainment and more.103min.
監督:ピーター・ソレット   原案:シンシア・ウェイド ドキュメンタリー映画「Freeheld」
出演:ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル、ルーク・グライムス他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
2007年にアカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞を獲得した同名の作品の実写映画化作品。
どのくらい脚色されているのかわからないけれど、話を構成するメンバーが劇的であるので、ストーリー
そのものが面白い。本国での評価はあまり芳しくないが、私はドキュメンタリーは未見だが、興味深く
観ることが出来た。実際にあった話は、映画として事実の持つ重みを持つちからに下駄を履かせてもらって
いるので、全体の面白さから若干割り引いて評価するのが私の常であるが、そうしたタイプの映画でも
感動深く描けている作品は、演技者、演出を含め、標準以上の完成度で、やはり映画として出来がいいといえる。
事実の重みだけでは傑作は出来ないのだから。

先日は女性の親友同士の片割れがガンになる「マイ・ベスト・フレンド」を見たばかりだった。同じような
ストーリーであるが、こちらはLGBTとして正義に向き合うという決定的に異なる側面を持つ。
まだLGBTということばすら一般的でなかった時代、ニュージャージーの田舎町で起きた「事件」がメイン
テーマ。古典的結婚感から出ている法律を、勇気を持って変えていく人々の話、といってもいいかも
しれない。この街の敏腕刑事ローレル・へスター(ムーア)が自分の遺族年金をパートナーである
ステイシー・アンドレ(ペイジ)に遺したいと主張するが、当時の公務員年金の決まりでは結婚した相手
でないと、それは出来ない決まりだった。末期の肺がんに侵されたローレルは、郡政委員会に訴えるが
聞き入れてもらえない。彼女とその仲間の本当の戦いが始まるのである。

長年刑事の相棒であったデーン(シャノン)が、ローレルがレズであることを知らずに密かに恋心を
抱いていたのだが、ある日ステイシーを紹介され、怒って見せるが、その後のローレルを支える有力な
戦友として、いいポジションでいい演技だった。最近シャノンの活躍している映画をよく目にする。
(私が彼の存在に注目し始めたのはテレビ映画(日本ではWOWOWで放映)「ボードウォーク・エンパイア」で
あった)
ステイシーのママ、ローレルの妹、ステイシーが勤務する自動車整備工場の経営者、郡政委員の一人、
あの時代にあっても味方がいたことが心強かっただろう。(真実なんだろうと思うが)。
最後にローレルを支持する街の警察官の仲間たちやカミングアウトした警官たちも応援に回る。
ハラハラさせたのはよそから「同性婚」を認めさせるいいケースだという打算の元に応援に乗り込んでくる
全米同性愛連盟かなんかのスティーヴ・カレルの存在だった。騒ぎすぎでローレルの主張を壊してしまう
のではないか、と。最終的には彼が知事と知り合いだったことが大きな影響を持つことになるのだが。

署長が自宅に来て、郡で初めての女性警部補昇進を告げるところとか「駆けつける第七騎兵隊」的な
カタルシスは、いささか単純だったかな、という恨みは残ったが、郡政委員の年金の二重受給という弱みを
握ったデーンとローレル側が、年金をステイシーに、という決定をもたらす結果となった。
ジュリアンとシャノンの演技についてはジュリアンが外見からはレズとわかりづらかったが、ステイシーは
登場した瞬間にそれと分かる塩梅。まあ実際にエレン・ペイジはレズなので、醸し出すものが違うのかも
しれない。(これは別にLGBTを差別しているわけではなくて)

作品を通して、周りの喧騒とは別にローレルとステイシーの愛情は静かに(セックスシーンは殆ど無い)
流れていく。それが逆に二人の愛情の深さと、提示されている問題の深さを浮き彫りにしている。
LGBTに対する厳しい状況もそんなにきつく描かれず、逆に味方が多いふうに示されるのだが、本当ならば
仕方がないが、もうすこしキツめに描いても良かったのでは無かったか。
それとこの手の映画の常道としてラストに実際のローレルとステイシーがスチル写真で紹介されるが、これは
必要だったかなあ、という感じだった。

死を淡々と受け入れつつ正義を貫こうとするローレルに感動は感じたが、全体に訴えるチカラが若干弱かった
かなあ、という作品だった。
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<ストーリー>
ニュージャージー州オーシャン郡。20年以上仕事一筋に生きる女性警察官ローレル(ジュリアン・ムーア)は、
ステイシー(エレン・ペイジ)という若い女性と恋に落ちる。二人は徐々に絆を深め、郊外に中古の一軒家を
購入し一緒に暮らすことに。
しかしローレルにガンが見つかり、余命半年と宣告される。ローレルは自分が死んだ後もステイシーが二人の
思い出が詰まったこの家で暮らせるよう、彼女が遺族年金を受け取れるようにしようとする。しかし法的には
同性同士のパートナーは認められなかった。闘病しながら制度改正を求めるローレルの訴えは同僚たちや地域の人々、さらには全米に広がり、社会的なムーブメントとなる。(Movie Walker)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:48% Audience Score:53% >







by jazzyoba0083 | 2017-12-05 22:55 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

フェンス Fences

●「フェンス Fences」
2016 アメリカ Bron Studios,Escape Artists,MACRO,Paramount Pictures,Scott Rudin Productions.139min.
監督・(共同)製作:デンゼル・ワシントン 原作戯曲・脚本:オーガスト・ウィルソン
出演:デンゼル・ワシントン、ヴィオラ・デイヴィス、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、
   ジョヴァン・アデポ、ラッセル・ホーンズビー、ミケルティ・ウィリアムソン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
本作でヴィオラ・デイヴィスはオスカー助演女優賞を獲得。作品賞にもノミネートされていた。
が、何故か劇場未公開。単館でさえ上映されなかった。珍しいケース。余程客が入らないと
思われたか、米国配給元が、かなり高い値段を言ってきたか。もったいない。

という前知識で観始めたが、これ、もともとブロードウェイの舞台劇で、デンゼルを始め主なキャストは舞台も
勤め、デンゼルとヴィオラはこちらでもトニー賞を獲っている作品。場面転換の少なさとか、セリフの多さは
やはりオリジナルは舞台劇だなあ、と思わせる。特に冒頭から1時間以上、まあデンゼル扮する主人公の
トロイは喋りっぱなし。何か重要なセリフを落としては大変と字幕を一生懸命追いかけるのに苦労する。
音楽と映像で見せるようなシーンは殆ど無い。膨大なセリフの殆どは大した意味がないのでこれまた疲れるわけだ。

基本的な物語としてはタイトルが示すとおり「塀」(原題が複数形であることに注目)の話である。
物理的な塀を作るというシークエンスもあるが、人の心の「塀」であり、それぞれが乗り越えるべき
「塀」の物語だ。
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主人公トロイ・マクソン(デンゼル)は、黒人がメジャーリーグで活躍出来るちょっと前の野球選手で
「ニグロリーグ」で活躍していた。しかし殺人を犯し、刑務所に。そこで知り合ったボノと親友となり
いまはピッツバーグのごみ収集をしている。 主張の強い男で、黒人として市で初のゴミ収集車の運転手と
なった。18年連れ添った妻ローズ(ヴィオラ)は、よく出来た嫁で、わがままな夫と、親の希望とは違う
ミュージシャンの道にすすんだ長男、アメフトの選手でNHLからスカウトがかかるかも知れないという
高3の息子、加えて、戦争で精神を病んだ夫の弟を抱え、家を切り盛りしていた。

トロイには浮気の相手がいて、ボノが精算しろ、と強く説得するが聞かず、ついに相手に子どもが出来る。
バカ正直なトロイはそれを妻に説明する。トロイは「お前は最高の妻だ。愛しているさ。しかし、あいつの
前だとオレは別のオレになれるんだ。別の男になれるんだ」と、誠に身勝手なことを口走る。ローズにして
見れば自分のやりたいことも犠牲にして家族を支えてきた、自分だって他の自分になってみたいわ、と
なるわなあ。
更に息子に対してはNFLに行けたとしても黒人は上には行けない、と親の価値観を押し付け、「スカウトが
来ても絶対に会わないからな」とニベもない。妻ローズとは冷戦が続く。息子とバットを持っての大喧嘩を
して、息子に家から出て行け、と怒鳴る。息子は父親を心底憎み、海兵隊に入る。

やがて、愛人に赤ちゃんが生まれる。が、母親が死亡してしまう。さあ、赤ん坊は誰が面倒見るのだ。
よく出来た嫁は、「赤ん坊に罪はない」と自分が引き取って育てることにした。

レイネルと名付けられた女の子が3歳くらいになった時、トロイは急逝する。その葬儀の日。久しぶりに
海兵隊の息子が伍長の肩章を付け、儀礼服に身を包み帰ってきた。未だミュージシャンとして成功しない
長男も帰ってきた。施設に入っていた叔父も葬儀に参列するために一時退院をして帰ってきた。
海兵隊の息子は、父親の葬儀には出ないと言い出す。「オヤジを否定したいんだよ」と。しかしローズに
頬を張られ、これまで父親が自分のためにどのくらいのことをしてくれたのかよく考えなさいと諭す。

みなが葬儀に出かけようとすると、空の雲が割れて太陽が顔を出したのだ。それを見上げる家族だった。
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そんなお話なのだが、とにかく主人公は自らの黒人としての人生の挫折から受けたトラウマや価値観を
家族に押し付ける。その身勝手さを責めることは易しい。だが、1950年代も後半になったとはいえ、
黒人の地位や付ける職業の「塀」は高く、自らの周りに「塀」を作って限られた、許された存在として
不平等な社会と折り合って行かなければならない状況で、トロイを責められるだろうか、いや、妻ローズの
献身ぶりからすれば、所詮は男の身勝手なのだろう。給料はキチンと入れたとしても、だ。他の誰かに
なってみたいという願望は誰にだってあるだろう。それが黒人が故の言い訳に使われるのなら、ローズだって
黒人だ、彼女にしてみれば腹に据えかねる夫の振る舞いだろう。
当時、黒人たちは「塀」の中でしか息が出来ない社会だったのだ。最後の太陽が照るシーンは何を象徴して
いるのか、何かのメタファーなのか読み解くのは難しいが、(さまざまな解釈が出来るだろう)、閉塞した
「塀」が取り外されるには長い年月がかかるし、今も「塀」がなくなっているとは到底言えないことは衆目の
一致するところだろう。トロイが亡くなったあとのリビングにキング牧師とJFKの写真が掲げてあったのが
印象に残った。

前半のデンゼルのセリフの山は、後半を盛り上げるための工夫なんだろうけど、いろんな「塀」を説明する
ものとして必要な感じはする。全体としてヴィオラ・デイヴィスの圧倒的な演技がやはり光る。舞台を経験し
この役を自分のものとした人でないと出せない厚み、みたいなものを感じ取ることが出来た。

<IMDb=★7.2 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:75% >




by jazzyoba0083 | 2017-12-02 23:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ブレードランナー2049 Blade Runner 2049」
2017 アメリカ Columbia Pictures,Alcon Entertainment,Scott Free Productions and more. 164min.
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ  製作総指揮:リドリー・スコット他
出演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマス、マッケンジー・デイヴィス、
   シルヴィア・フークス、ロビン・ライト、ジャレッド・レトー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
辛い評価となった。アメリカでの評価は高いが、客の入りとは比例していないようだ。本国でも本作の
出来については百家争鳴状態なのだが、まあそれだけBRファンが多いということで、論争も結構なこと
だと思うが、個人的には
        
            「5分で説明出来る映画を164分掛けて見せられた」

という印象が凄く強い。(他にもあるけどそれはおいおい)

<ここから先、かなりの怒りにかまけて、ネタバレしまくりますので、未見の方はご注意ください>

前作でレイチェルと姿を消したデッカードには、子どもがいた(!)ということから、倒産したタイレル社を引き
継いだ巨大企業が「レプリカントは生殖を獲得できるのか」という方向にストーリーを広げ、子どもを作れる
レプリカントで大儲けしようという巨悪(とその豪腕怪力女秘書ラブ)の存在を対立軸に、展開されていく
という仕立て。

次第に自分はデッカードとレイチェルの子どもではないか、と思い始める2049年のブレードランナー、K
(ゴズリング)の悩みと、しかし、子どもは女の子だったと証言される事態に直面し、自分の存在感を喪失し
つつある(本当は男女だけは別で全く同じDNAを持った子どもがいたはず)姿に悲しみがオーバーラップする。

要するに、メインストリートに脇道がやたらに多く、それが故に上映時間が長くなり、余計にストーリーが
分かりづらくなる。カットできるんじゃないか、あるいは短くしたほうがいいんじゃないかと思える冗漫な
シーンがあったりで、2時間に編集できたらもっと締まった映画になったと思う。

冒頭で「5分で説明できる映画を164分かけて見せられた」と書いたが、長くても、あるいはストーリーが
単純でも描かれるプロットやシーンに意味があれば、映画は長いと感じないはず。本作が「長いなあ」と
感じたのは、観ている人に興味のない脇道が多かった、あるいはカットできる長いシーンが多かったと
いう証左ではないか。

また、前作が制作された1982年では新鮮だった世界観も、今や私達が生きている時代が近づいてきてしまい、
混沌とした先が見えない暗い世界に、暗いまんまの映画を見せれても、鬱陶しくなるだけという点もあろう。
本作も前作と並び、映像は終始暗い。そしてストーリーも暗い。前作と比べるのは意味のないことかもしれないが、
いくらデストピアの物語とはいえ、見終えて映画館を離れる時、心がどんよりと沈んでしまう映画は、私は好きに
なれない。どこかすこしでも光明を感じたいのだ。「スター・ウォーズ」や一連のスピルバーグ作品にはそれが
あると思う。哲学的、高踏的、内省的、形而上的にテーマを見出そうとした制作陣の失敗だ。それは
前作に対する敬意の現れとしても、映画として面白くなけれが意味がない。ただの自己満足。

他方、美術、VFX、モデリングの造形、衣装、(プロダクションデザイン全体)、そして、オスカーの常連撮影
監督、ロジャー・ディーキンスの映像美はオスカーにノミネートされること必至なほど美しく計算されいていた。
私は物語よりそっちを注目してみていたくらいだ。一番好きだったのはエルビスのホログラムが出てきて
「愛さずにはいられない」を、ブチブチ切れる状態で舞台上で再生されるシーン。この歌にも意味を込めて
いるんだろうなあ。怪力豪腕秘書ラブの存在、いいけどよく分からない。自ら死んでいく時Kにキスするのは何?
そうした隘路を敢えて投げかけて、観る人に謎解きをしてもらって楽しんでもらおうというのか。手法としては
ありだろうが、本作に於いては、イライラが募るだけ。製作者の自己満足に終わってしまった。

大好きなハンス・ジマーの音楽も含め、全体がいろんな意味合いで「too much」な映画だった。
ラスト、デッカードは自分の娘と会ってカットアウトでエンドロールなのだが、「それがどうした」と
いう最後っ屁的なオープンエンド。う~む、期待が大きかった分、「怒り」が込み上げてきてしまった。

もちろん、ものすごく面白かった!と思えた人は幸いなり!本作を読み解いた人は幸いなり!
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<ストーリー>
2049年、カリフォルニアは貧困と病気が蔓延していた。労働力として人間と見分けのつかないレプリカントが
製造され、人間社会と危うい共存関係にあった。しかし、人類への反乱を目論み社会に紛れ込んでいる違法な
旧レプリカントは、ブレードランナーと呼ばれる捜査官が取り締まり、2つの社会の均衡と秩序を守っていた。

LA市警のブレードランナー・K(ライアン・ゴズリング)はある事件の捜査中に、レプリカント開発に力を
注ぐ科学者ウォレス(ジャレッド・レト)の巨大な陰謀を知ると共に、その闇を暴く鍵となる男、かつて
優秀なブレードランナーとして活躍していたが、ある女性レプリカントと共に忽然と姿を消し、30年間行方不明に
なっていたデッガード(ハリソン・フォード)にたどり着く。
デッガードが命を懸けて守り続けてきた秘密とは? 二つの社会の秩序を崩壊させ、人類の存亡に関わる真実が
明かされる……。(Movie Walker)

<IMDb=★8.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:81% >



by jazzyoba0083 | 2017-11-13 16:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ブルース・ブラザース2000 Blues Brothers2000」
1998 アメリカ Universal Pictures.124min.
監督・(共同)製作:ジョン・ランディス  脚本:ダン・エイクロイド、ジョン・ランディス
出演:ダン・エイクロイド、ジョン・グッドマン、ジョー・モートン、J・エヴァン・ボニファント、
   アレサ・フランクリン、B・Bキング、ジェームズ・ブラウン、ウィルソン・ピケット他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
先日感想を書いた、正編に続き、あれから18年後の彼らがどうなったか、ランディスはどう作ったか、が
観たかった。ベルーシもいないし、キャブ・キャロウェイもいないでどうやって作るんだろうと。
ところがどうだ、人を食ったというか、ランディスとエイクロイドの「ノリ」というのか、全作の物語を
ほぼ踏襲。アメリカでの評価はメタクソで、日本でも評価が別れるが、私は好きだよ。正編までの完成度は
ないし、クールなハチャメチャぶりは及ばないけど、正編と同じ(年は食うのは仕方がない)メンバーもいて
また新しいメンバーもいて、楽しい音楽エンターテインメントになっていた。ミュージカル的な要素は本作の
ほうが強く、過激さはやはり正編に及ばない。

ベルーシがヤクのオーヴァードーズで急死したのは正編公開の翌年。エイクロイドの喪失感たるや、想像に
難くない。今回ベルーシのポジションをジョン・グッドマンなのだろうけど、彼もいい俳優なのだが、
(ロバート・アルトマン諸作品の彼は大好きだ)ベルーシの代役にはならない(してないけど)。
残りのメンバーは年はとったけど健在で(アレサは太りすぎだなあ)、その他、例のカントリー&ウェスタン
ショーのバーのオヤジも元気に登場。正編を見た人はニヤニヤしっぱなしだなあ。

全体に、ジェイク(ベルーシ)がいなくて寂しいよ、的な雰囲気が漂い、全体に遅れてきた追悼映画の
ような気配もする。今回は正編でハチャメチャをやり18年の刑期を終えてエルウッド(エイクロイド)が
出所してくるところから始まる。正編と同じ構造だ。しかし、待ってもジェイクは来ない。

さて、本作ではシスター、いや今やマザーとなった修道女の施設に行き、少年を一人預かり、ストリップクラブ
のバーテンダー、マイティ・マック(ジョン・グッドマン)と3人で黒ずくめのスタイルでバンドを組むことに
なる。まずはかつての仲間をかき集めることから。すでにまっとうな職業に付き、成功しているメンバーもいた。
だが、エルウッドの呼びかけに、みんなが集まり、ルイジアナで開かれるブードゥー教のクィーン・ムセットが
主催するバンド合戦に参加することになった。

しかし、少年を黙って連れてきてしまったので、誘拐の容疑がかかり、正編でのキャブ・キャロウェイの息子の
警察署長率いる警官隊とロシアン・マフィア、右翼団体に追い掛け回され、相変わらずたくさんのパトカーを
壊しつつ会場へと向かう。途中で署長のケイブル(ジョン・モートン)が覚醒し、職を投げ打ちバンドに合流。

そこでまっていたのは「ルイジアナ・ゲーター・ボーイズ」という凄腕のバンドだった。壮絶なバンド合戦が
繰り広げられるが警官隊も押し寄せ、最後はクィーン・ムセットの妖術で脱出、エルウッドはまたどこかへと
去って行ったのだった。

正編で二人が乗り回し、最後に税務署の前でバラバラになったパトカーのセコハン。あのクルマとそっくりな
クルマを買いに行くところ。オーナーはBBキングだ。いたるところに一作目のオマージュが散りばめられ、
もちろん作中の音楽、そしてラストの大バンド合戦の音楽もブルースでありR&Bであり、グルーヴ感は
満点だ。本作はもちろん正編を見ていなくても楽しめるが、正編を観てからにしたほうが1000倍面白い。

またエンドで紹介されるが、「ルイジアナ・ゲーター・ボーイズ」のメンバーが物凄い。みんなノーギャラで
出演を引き受けたそうだ。曰く、B.B.キング、ボ・ディドリー、ココ・テイラー、アイザック・ヘイズ、
ビリー・プレストン、クラレンス・クレモンズ、ドクター・ジョン、ジミー・ヴォーン、エリック・クラプトン、
スティーヴ・ウィンウッド、ジョシュア・レッドマン、トラヴィス・トリット、グローヴァー・ワシントン・
ジュニア、ジャック・デジョネット、ジョン・ファディス、ルー・ロウルズなどなど。これだけのメンバーを
一同に観ることはもう出来ない。

正編の衝撃はは無いにせよ、ブルーズスピリットに溢れた一遍であることには違いない。
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<ストーリー:結末まで書いてあります>
名コメディアン、故ジョン・ベルーシとダン・エイクロイド主演による81年のコメディ「ブルース・ブラザース」の
18年ぶりの続編。エイクロイドが、同作の監督のジョン・ランディス(「ジョン・ランディスのステューピッド
 おばかっち地球防衛軍」)と共同で、製作・原案・脚本をつとめて自ら映画化。ジェームズ・ブラウン、
B・B・キング、アレサ・フランクリン、エリック・クラプトンなど豪華なゲスト陣と全編を彩るリズム&
ブルースが楽しい。
製作はエイクロイド、ランディス、ランディスとコンビを組むレスリー・ベルツバーグ。撮影はデイヴィッド・
ヘリントン。音楽は前作に続きポール・シェイファー。

シカゴ。エルウッド(ダン・エイクロイド)は18年ぶりに出所。相棒のジェイクは世を去っていたが、
エルウッドはバンド再結成へ向けて再び大騒動。恩師のマザー・メアリー(キャサリン・フリーマン)から
あずかった孤児で問題児のバスター(J・エヴァン・ボニファント)、歌手志望のバーテン、マイティ・
マック(ジョン・グッドマン)の新たなメンバーに、かつてのバンド仲間もそろって、南部はルイジアナの
ブードゥーの妖女クィーン・ムセット(エリカ・バドゥ)が開催する勝ち抜きバンド合戦に出演するため、
旅に出る。

そんな彼らをエルウッドの育ての親カーティスの私生児で警察の本部長ケイブル(ジョー・モートン)率いる
警官隊、それにロシアンマフィア、右翼の民兵が加わり追ってくる。ところがケイブルは途中、ジェームズ
牧師(ジェームズ・ブラウン)の伝導集会で神の啓示を受けて大変心、バンドに加わってしまった。

当日の会場。ブルース・ブラザース・バンドは、強敵ルイジアナ・ゲーター・ボーイズとステージに立ち、
お互いに譲らない熱い演奏を展開。そこへ追ってきた警官隊とマフィア、右翼が鉢合わせするが、クィーンの
魔法で万事解決。かくしてバンドは熱い演奏を続け、エルウッドはバスターと警官隊に追われて再び旅立つの
だった。(Movie Walker)

<IMDb=★4.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:47% Audience Score:37% >




by jazzyoba0083 | 2017-11-09 23:05 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)