カテゴリ:洋画=ら~わ行( 200 )

●「ワンダー 君は太陽 Wonder」
2017 アメリカ Lionsgate,Mandeville Films,Participant Media,Walden Media.113min.
監督・(共同)脚本:スティーヴン・チョボスキー  原作:R・J・パラシオ著『ワンダー』
出演:ジェイコブ・トレンブレイ、ジュリア・ロバーツ、オーウェン・ウィルソン、イザベラ・ヴィドヴィッチ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆-α>
<感想>
感動が胸にこみ上げる、ハートウォーミングな一編。この映画を悪く言う人はいないでしょう。原作モノだが、
映像が持つ強みを十分に発揮し、四季やハロゥイン、クリスマス、サマーキャンプ、修了式などのイベントも
上手にエピソードに取り込み、チャプターの作り方なども上手く工夫されている。
(はじめの数章は登場人物の名前を表記して、その人の目線で物語られる。まま使われる手ではあるが)

障害を持った少年の勇気、弟が家族の中心となり家庭が「息子=サン=「太陽」=邦題の所以=を回る惑星の
よう」で、ママやパパを弟に取られちゃってるよ、と心では思うけど、心底弟思いの姉、そして理解ある両親。
勇気を持って通い始めた学校の校長、先生、理解ある友人、いじめっ子たちも最後にはハイファイブをするように
なる事態。基本的に悪い人が出てこない。設定が「出来過ぎ」の感がある。そこがマイナスアルファの要素だ。

確かに主人公のオギー少年はマイノリティ中のマイノリティの存在だろうが、ここまで恵まれていたのは幸いと
言わねばなるまい。加えて10歳の少年にしては達観した感じがちょっと引っかかるものを感じた。優秀だし。

しかしそうした映画の出来を裏側から見ると、こんなストレートな「良い」映画が作られ、それが「良い」と評価
されるほどアメリカを中心とした世界が、実際はその逆にある、ということを製作者はいいたかったのではないか。
トランプに見せたい映画であるなあ、と思えるように、世界を覆う「ヘテロ(異質)なものに対する不寛容」に
対する回答なのではないか。

校長先生が、オギーをいじめた子に言う「見た目は変えられない。ならば私たちが変わらなくては」と。まさに。
オギーは「スターウォーズ」が大好きなのだが、前身毛むくじゃらのハン・ソロの盟友であるチューバッカの
存在を心の支えとしている部分がある。(映像にもメタファーとして本物が出てくる)まさに「スターウォーズ」に
代表される宇宙時代には、誰がどういう容姿で、何語を話すか、などは関係ないのだ。オギーが宇宙に憧れるのは
そのあたりのメタファーである。

ジュリア・ロバーツの存在感の強みはさて置くとしても、子役たちの芝居が上手い。彼らの上手さがなければ
この映画からここまで感動を受け取れなかったのではないか。ただ、取ってつけたようなカタルシス的な
イジメっ子のボスとその両親と校長の掛け合いは私は不必要ではなかったか、と感じた。

「子どもは強いなあ」「とはいうもののそれを支える親を始めとした大人の存在(影響)は大きいなあ」
「自分は他人にはなれないのだなあ」「誰でもその人しかない価値を持っているのだなあ」などということを
考えながら観ていた。全編を流れるメンタリティーはアメリカだなあ、と思う。日本で作ると「万引き家族」の
ようなメンタリティになるんじゃなかろうか。

「出来過ぎ」と腐しはしたが、原作モノとはいえ、ストーリーの構成はユニークで面白く、重くない出来の割に
考えさせる点も多い佳作であることは確かだ。日本ならさしあたり「文部省特選」(今はないけど)という映画。
「心洗われたい」「温かい涙をたくさん流したい」「心が暖かくなりたい」という人がいたら必見ではないだろうか?

原題の「wonder」については母のジュリア・ロバーツがオギーに掛ける言葉「あなたは"奇跡"」として使われて
いるが、この言葉を英和辞典で引くとこの映画にフィットする実にいろんな意味が出ている。一度調べてみては?
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<ストーリー>
全世界で800万部を超えるベストセラーとなったR・J・パラシオの小説を、『ウォールフラワー』のスティーヴン・
チョボスキー監督が映画化した人間ドラマ。
遺伝子の疾患で人とは異なる顔で生まれた少年が、両親の決断で小学5年生で初めて学校へ通い、さまざまな困難に
立ち向かいながらも成長していく姿がつづられる。

10歳のオギー・プルマン(ジェイコブ・トレンブレイ)は、「スター・ウォーズ」が大好きで、宇宙飛行士に
憧れる男の子。だが彼は、普通の子とは少し違う見た目をしていた。遺伝子の疾患で、他の人とは異なる顔で生まれて
きたのだ。そのため、27回もの手術を受け、一度も学校に通わないまま自宅学習を続けてきた。

ところが、母親のイザベル(ジュリア・ロバーツ)は、“まだ早い”という夫のネート(オーウェン・ウィルソン)の
反対を押し切って、オギーを5年生の初日から学校に通わせることを決意する。
夏休みの間、イザベルに連れられて校長先生に会いに行くオギー。トゥシュマン校長先生(マンディ・パティンキン)の
“おケツ校長だ”という自己紹介に、オギーの緊張はややほぐれる。
だが、“生徒が学校を案内する”と聞き、動揺。 紹介されたのは、ジャック・ウィル(ノア・ジュプ)、ジュリアン
(ブライス・カイザー)、シャーロット(エル・マッキノン)の3人。いかにもお金持ちのジュリアンは、“その顔は?”と
聞いてくる。毅然とした態度を取るオギーだったが、帰宅後は元気がない。イヤならやめてもいいと言いかけるイザベルに、
“大丈夫、僕は行きたい”と答え、学校に通い始めるが……。(Movie Walker)

<IMDb=8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:85% Audience Score:88% >






by jazzyoba0083 | 2018-06-27 16:20 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「ラビング 愛という名前のふたり  Loving」
2016 アメリカ Raindog Films,Big Beach Films. 123min.
監督・脚本:ジェフ・ニコルズ
出演:ジョエル・エドガートン、ルース・ネッガ、マートン・ソーカス、ニック・クロール、マイケル・シャノン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
何の前知識もなく観始めたのだが、本作はアメリカにおける異人種間結婚禁止を打ち破った画期的歴史的出来事に
基づいていた。ネットでいろいろとこの事件に関して調べてみたのだが、本作は事実にかなり忠実に再現されている
そうだ。連邦最高裁でヴァージニア州の州最高裁判所判決が覆った1967年6月12日を記念して毎年この日は
「ラヴィング・デイ」として祝われているという。

本作では、画期的判決を導き出した夫妻について描くのだが、一発の銃声もなく、投石もなく、割れるガラスの
音もせず、黒人を警棒で殴る白人警官も出てこず、ましてやKKKも出てこず、黒人を眼前で面罵する白人も出て
来ない。こうした黒人の人権開放映画はたくさんあるが、ここまで静かな映画はまれというか私個人は初めて観た
と思う。
音楽も含め、静かな物語の流れは、「愛し合う二人が家族とともに故郷で静かに暮らせること」という
たったそれだけのことを欲していた二人が、裁判という流れの中でも、その静謐さを守り続け、勝利しても英雄視
されることを好まず、「普通の暮らしがしたいだけ」という姿勢を貫く。その事が逆に、当時のアメリカ(南部)の
黒人たちの置かれた逆境を浮き彫りにし、今では当たり前であったことが、そうではなかった時代の苦悩を
あぶり出す。
特に物静かなリチャードは、声高に人種差別撤廃を叫ぶでもなく、ひたすら愛するミルドレッドと家族を守りたい
静かに一緒に暮らしたいと願うのみ。その考えや行動は映画を観ている人の胸を打つ。ひとりごとで「おかしい」
「それはおかしい」とつぶやくのみ。無鉄砲な行動には決して出ない。だから強い反体制派とも見なされない。
むしろ裁判に積極的だったのはミルドレッドの方だった。彼女とて団体に所属するとかデモをするとかオルグを
かけるとかは全くぜず、個人の問題としての裁判へと進んでいくのだ。
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白人であるリチャード(エドガートン)と黒人とネイティブアメリカンなどの混血ミルドレッド(ネッガ)は、
若い頃から恋愛関係にあり、周囲も認めるところであった。特にリチャードは黒人の友人を多数持ち、その事を
ごくごく当たり前の日常として生活していた。ミルドレッドが妊娠したことから、リチャードは結婚を決意、
1エーカーの土地を買い、そこでプロポーズした。
ヴァージニアでは異人種間の結婚が禁止されていたため、周囲は同棲でもいいじゃないか、と諌めるが、二人の
意志は固く、二人でワシントンDCに行き、ミルドレッドの父のみ参加しての式を挙げ、結婚証明書を貰って、
ヴァージニアに帰り、ミルドレッドの家で暮らし始めた。

しかし、二人が結婚して暮らし始めているという噂が警察の耳に入り、ある日保安官が寝込みを襲う。二人は
別々に収監されてしまう。白人であるリチャードは早々に釈放されるが、ミルドレッドは父が保釈金を積んで
やっと開放された。依頼した弁護士が判事と取引し、有罪を認めれば懲役1年に執行猶予をつけてやる、ただし、
25年間は州外に退去すること、という条件が付けられた。若い二人は故郷を離れ、DCの知り合いの家に
転げ込み、そこで生活することになる。

だが、ミルドレッドの、義母の家で産みたいという、たっての願いで、二人は別々に決死の思いでヴァージニアの
リチャードの家に帰る。無事にシドニーという男の子が産まれたが、どこからか噂を聞きつけた保安官がまた
やってきて、二人を逮捕する。州内に戻ったことで裁判となったが、弁護士が「私が、出産時には一時帰ることが
出来る、という勘違いの情報を教えたことが間違いだった。ミスだった。判事殿、申し訳ない」とその場を
取り繕い、なんとか難を逃れることが出来た。

DCに帰った二人にはその後3人の子どもが出来、リチャードは腕のいい左官工として真面目に働き家族を守って
いた。しかし特にミルドレッドはすさんだ黒人街のDCでは満足に子育ても出来ないと悩んだ。ある日、子供の
一人が遊んでいて車にハネられるという事故があり、幸い大事には至らなかったが、ミルドレッドは姉の
アドバイスも有り(姉は1963年のワシントン大行進の光景をテレビで観て、そう言った)当時のロバート・
ケネディ司法長官に、自分たちの置かれた境遇の理不尽さを訴える手紙を書いてみた。それがケネディの目に
止まり、長官は手紙をアメリカ自由人権協会(ACLU)という団体に渡し、そこのボランティア弁護士コーエンから
ミルドレッドに電話が掛かってくる。そこからラビング夫妻の長い裁判の時間が経過するのだ。
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当時、キング牧師らの公民権運動はピークに差し掛かっていて、ACLUも連邦最高裁で黒人の人権を差別する
法律を撤廃させるための裁判材料を探していた。このことは別の映画でも観た記憶がある。
彼ら人権派弁護士らは、二人が受けている刑罰についての違法性をなんとか連邦最高裁に判断させようと
リチャードとミルドレッドと話し合いをする。まずは郡の判事に訴え、却下されたら州最高裁へ上訴、そこでも
負けるだろうから、そうすれば連邦最高裁へ上告出来る、と。当時ケネディ政権下の最高裁判事はおそらく
リベラル派で固められていただろうから、人権派弁護士としても、ヴァージニア州の「異人種間結婚禁止法」が
合衆国憲法に違反しているという判決を勝ち取りたかったのだ。

そして冒頭にも書いたとおり1967年6月12日、連邦最高裁はヴァージニア州最高裁が出したラビング夫妻への
有罪判決を取り消す判決を判事全員一致の意見として出した。二人は勝ったのだ。マスコミは殺到するが、
二人は、田舎で静かに暮らすのみ。やっと愛する二人と家族が一緒に暮らせる日が来たのだ。二人が望んで
いたのはそのことだけだったのだから。

この時点までで南部を中心に異人種間の結婚を禁止する州はまだ結構存在した。が、この判断で、連邦レベルで
そうした法律が無効となったのだ。思えばつい最近のことだ。
神は白人、黒人、黄色人、マレー人、赤色人に分け、それぞれの大陸に住まわせた。だから異人種が混交する
ことは神の摂理に反するのだ、という当時のヴァージア州などが規範としたキリスト教的倫理観はいまでも
アメリカに根強く存在する。私たちアジア人は人種である前に人間である、という大前提を割と簡単に理解出来
るが、キリスト教的な世界観の倫理観は私たちにはなかなか理解が難しいところがある。
アメリカでは現在ヒスパニック系が増え、アフリカ系、アジア系、らも増加し白人はマイノリティになりつつ
ある。そこらあたりにも強い白人の危機感がある。アメリカは白人の国でなければならないと。

ついこの前まで、普通に愛し合う二人が普通に暮らせない社会があった、ということを静かに訴えた本作、
当たり前の真実を曲げない信念を夫婦で分かち合っていたラビング夫妻の訴えは静かに、しかし多面的に
観る人の心を打ち、問題を投げかけてくるのである。
こうした映画は、次の場面で何かが起きる何かが起きるとドキドキするのだが、この映画はそういうことはない。
主演の二人の演出意図を踏まえた抑制の効いた演技は観るべきものが多かった。(ルース・ネッガは本作で
オスカー主演女優賞ノミネート)

ところで、裁判が進むに連れ、名前が知られ、夫妻の元に雑誌やテレビの取材が入るのだが、ライフ誌の記者を
演じたのがマイケル・シャノン。この人が出てくると、何かが起こりそうな予感がする。彼は夫妻一家と食事し
夜の団らんまで取材、「結婚という名の犯罪」という記事を書き、これがタイム誌に大きく掲載された。
どういう記事であったのか、読んでみたいものだ。

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:76% >








by jazzyoba0083 | 2018-06-14 23:10 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「私はダニエル・ブレイク I,Daniel Blake」
2016 イギリス・フランス・ベルギー Sixteen Films,Why Not Productions,Wild Bunch,and more 100min.
監督:ケン・ローチ
出演:デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ、ディラン・フィリップ・マキアナン、ブリアナ・シャン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
本作は2016年のカンヌ国際映画祭・パルム・ドール受賞作。イギリスの社会派監督ケン・ローチが二度目の同賞を
獲得したものだ。そして、今年のパルム・ドールが是枝裕和監督の「万引き家族」。なぜ二作を並列したか、というと
同じような内容を言わんとしているのだな、と感じたからだ。カンヌはこういう作風が好きなんだろう。以前感想を
書いた「たかが世界の終わり」が、本作と同年同時にパルム・ドールを獲っているから、極めて内省的だったり、社会を
告発するドラマとしての作りの良さなど評価軸になっているな、と思った次第だ。

「万引き家族」が極めて日本的な仕掛け(直接的告発をしない)で、社会が内在する「不寛容」や「機能不全」を指摘
していたのに比べ、本作「私はダニエル・ブレイク」は、ど直球で、イギリス社会のある側面を告発する。
「万引き家族」と似ていたな、と思われたのは、最後のシークエンスで問題点の明快な提示がなされるという手法。

是枝監督は「万引き家族」において、現代日本の『「地域」「企業」「家族」からこぼれ落ち、もしくは排除され
不可視の状態になっている人たち』の有様を突きつけることにより、観ている人に問題点を投げかける。
ケン・ローチの本作とアプローチは違えど、主張は通底している。是枝監督の『(前略)社会は排他的になり、
多様性を失う。犯罪は社会の貧困が生むという建前が後退し、自己責任という本音が世界を覆う』という文書に
触れるにつけ、その考えは確証へと変る。
2つの映画の根っこにあるものは「怒り」であり、ほとんど乱暴なくらいのエンディングはハッピーエンドではなく
鑑賞後の心には「重く」「切なく」「やりきれない」「怒り」が渦巻くのも共通だ。ただ、描き方がローチ監督の
本作の方が直截的で、是枝監督の作品は間接的、といえるだろう。

ダニエル・ブレイクはパソコンが使えない。しかし手当の申請はPCからしかできない。苦労しながらPCを学び
なんとかオンライン申請しようと苦闘するのだが、そのさまは、「自己責任」という便利な言葉で、社会的弱者を
疎外する現代社会の極めて深刻な問題のメタファーに他ならない。

本作では、イギリスの北にあるニューカッスルという街が舞台となり、心臓病を患い医師から就業を禁止されている
その道40年の大工であるダニエル・ブレイクが、職安で職につけない間の手当を、小役人の前例主義、ことなかれ
主義の前にたらい回しにあうさまを中心に、警察も含め、公権力という匿名性に守られ、結局税金で食っている役人
たち公僕が、公僕たる役目をなしてない実情を活写していく。
ダニエル・ブレイク本人の苦労と並走するように、彼の友人となるロンドンの施設から追いやられて来た幼い子供
二人を抱えたシングルマザー、ケイティの周辺も描くことにより、100分という決して長くない映画の中に、一般
市民が持つであろう社会の「理不尽」「融通・温情の無さ」「自分事と出来ない役人の冷たさ」を重層的に描いていく。

ケイティ一家とダニエルが「フードバンク」という貧しい人に食料や日用雑貨を提供する施設で、子どもに食事をさせる
ことを何日も優先してきたケイティが思わず棚の缶詰を開けて口に入れるというシーンが有る。ここはこの映画の中でも
極めて重いシーンだ。フードバンクのボランティアの親切な態度と役人らの冷徹さが自ずと浮かび上がらざるを得ない。

上記は観た人殆どが思うだろうが、イギリスのある町だけの話だけではなく、現在の日本でも、世界中で蔓延している
「不寛容」の実態だろう。本作にはいい人もたくさん出てくる。他人を心配する人も出てくる。だが、そうした個人の
善良さに寄りかかって、対応する福祉関係の税金を削りつづけることは許される社会ではないはずだ。
日本の役人にすべからく観ていただきたい作品だ。

本作のエンディングで亡くなってしまうダニエルの葬儀でケイティが、手当の不服申立のための書いた文章を読み上げる。

「私は依頼人でも、顧客でもユーザーでもない。怠け者でも たかり屋でも 物乞いでもない。国民保険番号でもなく、
エラー音でもない。きちんと税金を払ってきた。それを誇りに思っている。地位の高い者には媚びないが、隣人には手を
貸す。施しは要らない。私はダニエル・ブレイク。人間だ 犬ではない。当たり前の権利を要求する。敬意ある態度と
いうものを。私はダニエル・ブレイク 一人の市民だ。それ以上でもそれ以下でもない。」

さあ、これをどう受け止めるのか。
一旦引退を決意したローチ監督が、復帰してまで作らなければならなかった映画の重みが、ラストのダニエルの文章に
ある。

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<ストーリー>
社会派の名匠ケン・ローチ監督が、格差と分断が進む世の中で切り捨てられようとしている社会的弱者の心の叫びを
代弁し、カンヌ国際映画祭で「麦の穂をゆらす風」に続く2度目のパルム・ドールを受賞した感動のヒューマン・
ドラマ。実直に生きてきた大工職人が、病気をきっかけに理不尽な官僚的システムの犠牲となり、経済的・精神的に
追い詰められ、尊厳さえも奪われようとしていた時、同じように苦境に陥っていたシングルマザーとその子ども
たちと出会い、互いに助け合う中で次第に絆が芽生え、かすかな希望を取り戻していく姿を力強い筆致で描き出す。
主演はイギリスの人気コメディアンで、本作が初の映画出演となるデイヴ・ジョーンズ。

 イギリス北東部ニューカッスル。59歳のダニエル・ブレイクは、長年大工として働き、妻に先立たれた後も、
一人できちんとした生活を送り、真っ当な人生を歩んでいた。ところがある日、心臓病を患い、医者から仕事を
止められる。仕方なく国の援助を受けるべく手続きをしようとすると、頑迷なお役所仕事に次々と阻まれ、ひたすら
右往左往するハメに。すっかり途方に暮れてしまうダニエルだったが、そんな時、助けを求める若い女性に対する
職員の心ない対応を目の当たりにして、ついに彼の堪忍袋の緒が切れる。彼女は、幼い2人の子どもを抱えた
シングルマザーのケイティ。これをきっかけに、ケイティ親子との思いがけない交流が始まるダニエルだったが…。
(allcimena)

<IMDb=7.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:85% >



by jazzyoba0083 | 2018-06-13 23:30 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

レディ・バード Lady Bird

●「レディ・バード Lady Bird」
2017 アメリカ Scott Rudin Productions and more. 94min.
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、トレイシー・レッツ、ルーカス・ヘッジズ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
今年のアカデミー賞の主要部門にノミネートされ、俄然話題沸騰の本作。女優グレタ・ガーウィグが
初めて本格的にメガフォンを取り、脚本もものした青春ドラマだ。もともと脚本とか演出に興味があった
彼女だが、今回はいわゆる「私小説」っぽい自分の体験を自伝的に映像化したもの。本作の次に何を作るのか
大変興味深いものがある。主演は本作でオスカー主演女優賞にノミネートされたシアーシャ・ローナン。
彼女のキャスティングもこの映画の大きな収穫だ。彼女もいずれ近い内に必ずやオスカーを獲る女優さんに
なるだろう。(ゴールデングローブでは作品賞と主演女優賞は獲った)

物語としてはそう驚く話ではなく、カリフォルニア州の州都サクラメントのカソリック系女学校に通う
3年生。青春ものの常道として、両親との対立、体制への反発、セックスやドラッグへの興味、親友や
友人たちとの心の駆け引き、プロムなど、誰もが通る(日本ではドラッグは通らないけど)「青春の関門」を
自分を「レディバード」と呼ばせる女性が通解していく過程を、みずみずしいタッチで描いている。

この「瑞々しい」というセリフ、映画を評する時にとても便利な単語であるのだが、とても抽象的だ。
この映画を観ている人はレデイバードの日々の暮らしや変化を、あたかもガラス張りのこちらから眺めて
いるような自然な、どこかドキュメンタリーを観ているような感覚で受け止めることが出来る。
そこには作り物としての不自然さはなく、アドリブを使った映画に興味がある監督の演出らしく、極めて
ナチュラルに観客の心に入ってくる。だが観客がレディバードから何か教訓的なものを受け取ろうとすると
それは叶わないかもしれない。最後もカットアウトのように終わっていくし、レディバードの感性を共有する
ひとときを持てればそれで満足出来る映画なのではないだろうか。少女が大人の女性として羽ばたく過程を。

規律の厳しいカソリック系の学校で反発をしたり先生にイタズラしたりするのだが、レディバードは基本的には
きちんとしたいい子だ。サクラメントなんて田舎、カリフォルニアは嫌い、と(これも青春の特徴)東部の
大学への入学を志し、母親には内緒に、父親からは推薦状などで世話になり、(レディバードは父親は失業、
母は病院看護師、養子の兄とその恋人の二人を抱え、お金はない。ニューヨークに行くにしても奨学金を貰いかつ
バイトもしなくてはならないだろう。理解する父、娘を地元に置いておきたい母(それはエゴでもなんでもない
単純な母の愛情ではあるのだが)。そしてレディバードは東部の大学に補欠で合格する。でも地元のUCLA
デイヴィス校に行くということにしてある・・・。

一方性に関する知識欲も旺盛でボーイフレンドが出来るが、彼がゲイ(実際はバイだと思うけど)であることが
分かり、落ち込む。その後に出会った男の子は童貞だ、といいつつレディバードのバージンを頂いちゃうわけだが、
実は6人くらいの経験を済ませたヤツで、そうしたふしだらな男にも幻滅・・。
さらに親友の女生徒とのあれこれも描かれていくが、レディバードは強く生き抜いていく。ヒリヒリするような
青春の時間を彼女は確実に羽ばたきのエンジンと燃料としているのだなあ、と観ていて思った。
演技をしているなあ、という感じがごく薄い映画であり、他の共演者の演技も上手いので、観客は演者たちの
感情がストレートに伝わってくる。そこがこの映画の魅力であり、「瑞々しい」と形容出来る内容に仕上がったの
ではないか。まるで「レディバード=てんとう虫」の小さな羽ばたきのように!

ラスト、ニューヨークでボーイフレンドが出来るのだが、かれがサクラメントがどこにあるのか知らない。アメリカって
そんなものなのだろうなあ。94分間という無理のない時間だが、切れ目ない話題がゴチャ着くことなく並び、見やすい。
とてもいい映画を観た。
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<ストーリー>
片田舎のカトリック系高校からニューヨークの大学を目指す17歳の少女の揺れ動く心情を繊細に描き、
第75回ゴールデン・グローブ賞で監督賞など2冠に輝いた青春ドラマ。『20センチュリー・ウーマン』の
個性派女優グレタ・ガーウィグが自伝的なエピソードを織り込み単独での監督に初挑戦。主演は若手実力派
として注目されるシアーシャ・ローナン。

2002年、カリフォルニア州サクラメント。高校生活最後の年を迎え、東部の大学に行きたいクリスティン
(シアーシャ・ローナン)は、地元の大学に行かせたい母(ローリー・メトカーフ)と大ゲンカに。
クリスティンは癇癪を起して走っている車から飛び降り、右腕を骨折する。
失業中の父ラリー(トレイシー・レッツ)、看護師の母マリオン、スーパーで働く養子の兄ミゲルと
その恋人シェリーの5人暮らしのクリスティンは、自分を“レディ・バード”と名付けて周りにも呼ばせている。

親友ジュリー(ビーニー・フェルドスタイン)と一緒に受けたミュージカルのオーディションで、ダニー
(ルーカス・ヘッジズ)と出会う。ダニーと高校のダンス・パーティーでキスをするが、帰宅して母に叱られ、
また衝突する。それでも恋は順調で、感謝祭には彼の祖母の家に招待される。夜はそのまま、ダニーや
ジュリーたちとクールなバンドのライブに行く。帰宅すると、寂しかったと母に告げられる。ミュージカルは
成功を収めるが、アフター・パーティーでダニーが男子とキスしているのを見つけ、彼と別れる。

一方、東部の大学に入るための助成金の申請書を母に内緒で父に頼む。年が明け、アルバイトを始めた
カフェにダニーたちと見た
バンドの美少年カイル(ティモシー・シャラメ)がやってくる。彼とまた会う約束をしたクリスティンは、
学校ではカイルと同じ人気者グループのジェナとつるむようになり、ジュリーと疎遠になる。ある日、
ジェナの家のパーティーでカイルとキスした後、母に「初めてセックスするのって、普通は何歳?」と尋ねる。
ところが母の意見も聞かず、カイルとすぐに初体験を済ませるが、彼の言葉で傷つき、母が迎えに来た途端
泣き出してしまう。
その後、東部の大学からの不合格通知の中に一通だけ補欠合格があったが、まだ母には言えなかった。
高校卒業が近づき、プロムのドレスを選びながら、再び母とぶつかり合う。自分の将来について、
クリスティンが出した答えとは……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:99% Audience Score:79% >




by jazzyoba0083 | 2018-06-06 16:00 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「ランナー・ランナー Runner Runner」
2013 アメリカ Regency Enterprises. 91min.
監督:ブラッド・ファーマン
出演:ジャスティン・ティンバーレイク、ジェマ・アタートン、アンソニー・マッキー、
   ベン・アフレック他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
長尺のテレビドラマを観ている感じで、大した意外性もなければ、大立ち回りもない
ベン・アフレックが勿体無い感じの作品。★6つであろうと5つであろうとあまり
意味がない。欧州の帰国便で観るものが無くなり、気軽な感じで観てみた。

プリンストン大学の確率論の天才リッチー(ジャスティン)はオンライン博打で
独自の理論を展開、ぼちぼち学費を稼いでいたし無理もしなかったが、大学にばれて
止めなければ退学、と言われ一か八か最後の賭けとして有り金を叩いて勝負に出るが、
負けてしまう。
解析してみると、不正を見つけた。そこでコスタリカの胴元アイヴァン(アフレック)に
会いにアポなしで会いに行き、彼に不正を突きつけてみることにする。簡単に会える
相手ではないが、そこは映画、パーティー会場でアイヴァンに会えて、不正を耳打ちすると
それを見破ったリッチーをアイヴァンは気に入り、一方でリッチーもアイヴァンの
カリスマ性に惚れ込み、ギャンブルの世界に入り込んでしまう。
しかし、それはアイヴァンがリッチーを嵌め、彼に罪をなすりつけて逃げる計画の一環で
あったのだ・・・。

例によって、女が絡む。頭のいいリッチーはキャプテンという裏社会の危ない仕事を
引き受ける男を買収しておく。(彼は飛行機も操縦できるんだよねえ)一方、アイヴァンの
動きを内定していたFBIにリッチーは目を付けられ、帰国すれば逮捕だぞ、いやなら
アイヴァンの情報を寄越せと脅される。しかしリッチーはその事をアイヴァンに正直に
言ってしまう。結果、リッチーはアイヴァンに利用されつつFBIに追われるという身に
なってしまう。

最後にはリッチーは自分が利用されていたことに気が付き、女を連れてアイヴァンと
共にコスタリカを脱出するのだが、ついたのはFBIが待ち構える別の空港。アイヴァンは
逮捕され、警察はリッチーを追うが、キャプテンの操縦するアイヴァンのプライベート
ジェットで飛び去っていった。悔しがるFBIだったが、捜査官の手元にUSBが届けられる。
それはリッチーがアイヴァンの不正を暴いたデータがしこたま詰まった証拠であった。
ニヤリとするFBI捜査官。「あいつは無罪放免だ」。

というようなストーリー。ラストはカタルシスらしきものも用意されてはいるが、既視感が
ありあり。プリンストン大学の天才はオンラインギャンブルなんかに手を染めなくても
幾らでもいい道を選べるのに。リッチーのオヤジがギャンブラーで、やっぱり血は争えない
ということか?
90分のテレビサスペンスドラマとして気軽に見れば暇は潰せるでしょう。まあその程度の
娯楽映画です。
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<ストーリー>
ジャスティン・ティンバーレイクとベン・アフレックの共演で贈るクライム・サスペンス。
オンライン・カジノで大損した大学生が、ひょんなことからその経営者の手伝いをする
ことになり、やがてFBIにも目を付けられて窮地に陥るさまをスリリングに描く。
共演はジェマ・アータートン、アンソニー・マッキー。
監督は「リンカーン弁護士」のブラッド・ファーマン。

 プリンストン大学の天才学生リッチーは、オンライン・ポーカーで大負けし、学費を
全額失ってしまう。しかしサイトに疑念を抱いた彼は、みごとシステムの不正を見抜くと、
大胆にもカジノ王として知られるサイト・オーナーのブロックのもとへと直談判に出向く

意外にもブロックはリッチーの抗議を受け入れ、お詫びとして賭けた金の返済と残りの
学費の肩代わりを申し出る。さらに、リッチーの才能を高く評価したブロックは、彼を
カジノ経営へと誘う。こうしてある日突然、札束が飛び交う別世界へと足を踏み入れ、
すっかり有頂天のリッチーだったが…。(allcinema)

<IMDb=★5.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:8% Audience Score:33% >



by jazzyoba0083 | 2018-05-20 02:30 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「ローマン・J・イスラエル、エスク. Roman J. Israel, Esq.」
2017 アメリカ Cross Creek Pictures and more. 122min.(日本未公開・未発売)
監督・脚本:ダン・ギルロイ
出演:デンゼル・ワシントン、コリン・ファレル、カルメン・イジョゴ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
「落下の王国」「ボーン・レガシー」最近では「キングコング:髑髏島の巨神」の
脚本を書き、私も大いに楽しませてもらった「ナイトクローラー」で初監督を務めた
ダン・ギルロイが、特殊な才能を持つ特異な弁護士にデンゼル・ワシントンを起用し
制作した最新作。日本では公開されていないし、DVDやBlu-rayでも未発売の作品である。
欧州旅行の帰りの飛行機の中で鑑賞。

70年代で時間が止まったようなアフロヘアに大きなフレームのメガネを掛け、よれよれの
ブレザー姿の弁護士、ローマン・J・イスラエル。(デンゼル)エスクワイヤーとは
アメリカでは法曹界の人物に付けられる敬称であり、Mr.とかMrs.などと同じ感じ。
日本人にはあまり馴染みがないが。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
映画はイスラエルが自分で自分を訴える書面を作成するところから始まる。彼は弁護士法に
違反し、法を破ったことから弁護士資格を剥奪し、永久追放する緊急決定を望むとして
あった。なぜそんな訴状を書くことになったのか・・・。

彼はある種のサバンであろう。(映画の中でも仲間がそう指摘している)大学時代の
指導教官であった弁護士と共同事務所を持っているが、法廷には出ず、もっぱら訴状の
作成や準備書面の用意などバックヤードの仕事をしている。一方で、アメリカの司法制度の
改革を目指して勉強し、準備もしていた。いつの日かその歪みを提訴する訴状を司法省に
持ち込むのが夢であった。部屋の中は汚く、もちろん独身であった。
だが、カリフォルニア州の刑法を全部諳んじているなど、サバン独特の特殊な能力を
持っていた。一方で他人のことを考慮しない発言をしてしまい、対面での仕事は苦手だった。
かれは社会の底辺で苦労する人たちの裁判に精を出し、金儲けには興味がない。

そんな中、共同経営者である老弁護士が倒れ、重態となってしまう。そのため、彼が
抱えていた裁判をイスラエルが引き受けざるを得なくなってしまう。法廷では裁判長と
言い争いになり法廷侮辱罪に問われてしまったり、嘘がつけず思ったことをそのまま
口にするイスラエルにとって法廷弁護人という仕事は辛かった。
そんな折、行き倒れを助けた縁で彼は福祉事務所でボランティアで働くマヤ(イジョゴ)と
出会う。マヤはイスラエルの自分を犠牲にしてまで社会正義のために働く姿に感動を受ける。

他方、同じ指導教官の元で弁護士になったジョージ・ピアース(ファレル)は、依頼人の
ために全力で弁護はするが、金儲けに軸足があり、既に多くの弁護士を雇い4つの事務所を
持つ経営者でもあった。
イスラエルは、自分の共同経営者が不正経理をしていて破産しそうな実態を掴み、なんとか
他の事務所に雇ってもらおうとするが、なかなか上手くいかない。友人のジョージは
いいやつだが、金儲けのための弁護には興味がない。しかしジョージの方は、イスラエルの
才能を自分のために欲しがり、彼を雇うことにした。

イスラエルは、二人の若者が商店に強盗に入り、一人の男の発砲で商店主が死亡するという
事件の発砲していないほうの若者の親から弁護を担当する。商店主がアルメニア人であった
ため、アメリカのアルメニア協会から、銃を撃って逃げている男に賞金10万ドルが掛けられ
た。そうした中で、イスラエルはジョージとの会話により、大きな変化が起きた。
自己犠牲をして社会に貢献する弁護士より、現実と折り合いをつけ金銭的なメリットも
十分に享受するというジョージの生き方に感化されたのか。

イスラエルは獄中の依頼者の息子から真犯人の男の隠れ家を聞き出し、これを司法取引に
使い、息子の減刑を試みて担当判事と交渉するが判事はニベもない。このままでは15年は
くらってしまう。だが、変化してしまったイスラエルは何故かアルメニア人協会に逃亡犯の
居場所をタレこみ、10万ドルを自分で手に入れてしまう。そして逃亡犯の若者は逮捕され
たのだった。この金で彼はメキシコだかアカプルコだかに行き、海であそび、一流の
テーラーでスーツをあつらえ、イタリア製の靴を買い、ヘアスタイルも変えた。

そうして再びLAに姿を表したイスラエルに一同は驚くも、ジョージは彼が自分が希望する
スタイルの弁護士になったことを喜んだ。そして彼を人権担当の弁護士として売り出すことを
発表した。俗っぽくなるイスラエルに対し、彼をみていたジョージは社会に役立つことも
していかなくてはならないと覚醒させられてきたようだ。
マヤを一流レストランに食事に誘う。今までと違うイスラエルに面食らうマヤ。そうした中、
恩師で共同経営者でもある弁護士が亡くなる。

イスラエルがタレこんだ真犯人の弁護もジョージの事務所で受けることになり、イスラエルが
それを担当することになった。面会に行くと、「俺の隠れ場所をしっていたのは、仲間の
あいつだけだ。ということはタレこんだのはあんただな。どうせ俺は死刑だ。だが娑婆の俺の
仲間が黙っちゃいないぜ」と言われてしまう。

再びイスラエルの頭で何かが変わった。自分が一瞬でもこれまでの考えと違ったことを
しようとしたことを反省したのか、怖くなったのか。アルメニア人協会から貰った10万ドルの
うち使った5000ドルちょっとはまるまる宅急便にして返し、映画の冒頭にもあるように
自分で自分を訴え、裁判で自分を弁護しようという戦法に出たのだ。そのうち事務所にも
ジョージにも懸賞金をイスラエルが貰ったということが知れ渡った。依頼人の秘密を
他人に売り渡したことは弁護士としてやってはいけないことだ。

再び元の姿に戻ったイスラエルは司法制度改革の訴訟準備を再開、そんなある夜、ジョージと
街なかで話、帰っていくイスラエルの後を、怪しげな男が近づいていく。

映画はイスラエルの死を暗示し、マヤが再び施設で奮闘する姿を映し、またジョージが
イスラエルの夢だった司法制度改革の訴状を持ってワシントンへ行き、書類を提出する
ところで終わっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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アフロヘアにメガネで太ったイスラエルを演じたデンゼル・ワシントンは一見彼と
分からないほど。ハードで渋い役回りが多かったデンゼルの新境地、なかなか魅せる
演技だった。が、ストーリー展開としては面白いものの、結局何が言いたいのかさっぱり
分からなかったし、イスラエルの心境の2回の劇的変化は何がもたらしたのか、も、
よく理解出来なかった。実話のようなスムーズな流れで面白かっただけにキーになる
二点に引っかかってしまい、残念な印象。
世俗に寄ってしまったコリン・ファレルがデンゼルと接しているうちに社会正義に
目覚め、一方、社会正義一辺倒だったデンゼルがファレルと接しているうちに世俗に
目覚めてしまい、もとに戻るものの時既に遅し、ということなのかなあ。

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:52% Audience Score:54% >







by jazzyoba0083 | 2018-05-19 15:30 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密 Dr.Marston and the Wonder Woman」
2017 アメリカ Boxspring Entertainment,Stage 6 Films,Topple Productions.108min.
監督・脚本:アンジェラ・ロビンソン
出演:ルーク・エヴァンス、レベッカ・ホール、ベラ・ヒースコート、JJ・フィールド他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
MARVEL映画好きとして不覚ながら本作を知らなかった。MARVEL作品じゃないけど。
欧州からの帰国便で観たのだが、タイトルからして、一連のワンダー・ウーマンものか、
と思っていたら、さにあらず。これは飛行機の中で観るのもいささか憚れるほど、過激な
性描写がある実話モノだった。日本では劇場未公開。

個人的にはワンダー・ウーマンが誕生する裏にこうした興味深い物語があったのか、と
面白く見ることが出来た。マーストン教授と妻のエリザベスは、ハーバード大学の心理学で
教鞭を取る学者であった。そして教授の教え子で助手を務めることになったオリーブとの
3者の不思議な恋愛関係がメインに描かれ、その結果として教授が創造したワンダー・
ウーマンの話へと展開していく。

夫妻は自由恋愛主義であったが、やはり嫉妬は生まれるわけで、妻エリザベスが疑った夫と
オリーブとの関係、実はオリーブは妻エリザベスに強く惹かれていて、同時に教授にも
恋愛感情を抱く。そのことが事態をややこしくしたが、結局3人は教授↔オリーブ↔エリザ
ベス、教授↔エリザベスという恋愛関係を維持した生活を始める。(ポリアモリーという)
オリーブは助手として教授の世界初の「嘘発見器」製作やDISC理論の成功に貢献したが
大学当局に三人の関係がばれて、夫妻は教授職をクビになってしまう。

やがて、オリーブは教授の子どもを産み、更に子どもを作らなかったエリザベスにも子どもが
出来る。父親は同じだが母親は違うという不思議な家庭が出来上がり、そうした関係を維持し
たまま時間が経過するのだが、やがて教授夫妻とオリーブの倒錯した性的指向(教授の理論を
実践する目的ではあったのだが1930年代なので、とんでもないことだった)が近隣にばれる
に及び、一家にヒビが入って行く。

教授はそもそも女権拡大の観点からワンダー・ウーマンというコミックの原作を書き苦労して
出版にこぎ着けた。女性ヒーローという当時としては大変珍しいコミックは大ヒット。
しかし、作品中にSMもどきの行為や性的に倒錯した表現が多数登場したため、母親連盟や
保守的な宗教団体などから指弾され、ついには焚書に晒される事態になってしまった・・。

映画はコミックのワンダー・ウーマンが子どもにとってよろしくない書物であるという
観点でコミック誌を監視する児童学習協会の女性会長から教授が諮問を受けるところから
スタートし、いかに教授がワンダー・ウーマンを創作するに至ったのか、がカットフォワード
されつつ説明されていく。

ワンダー・ウーマンという存在が、教授の女性研究と女性解放という研究の観点から
生まれ、これにオリーブやエリザベスと自分の関係性が主観的に加味されたものである、
単なるコミックではない点に理解が及ぶ。その背景にポリアモリーという常ならぬ状況が
あったのは、意外な発見だった。

教授は不治の病に冒されていくのだが、残されるオリーブとエリザベスにお互いを愛し
続けてくれと頼むのだった。実際彼女らは教授の死後38年間も共に生活を続けたのだ。
4人の子供らは自分らが置かれた状況を理解しつつ、きちんと育っていった。

1930年代における心理学とコミックという一見結びつきそうでないものが、特殊な
恋愛関係を通って結実するという物語、セリフも映像も良く出来ていたし、事実は
小説より奇なり、という言葉がそのまま使える佳作である。
今度、ガル・ガドットのワンダー・ウーマンを観るとこの映画のことが思い浮かぶのだろう。
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<ストーリー>
1928年、ハーバード大学で心理学の研究をしていたマーストン夫妻(ウィリアムとエリザ
ベス)は、オリーヴ・バーンを助手に採用した。オリーヴはフェミニストの活動家として
有名なエセル・バーンの娘であった。オリーヴは嘘発見器の開発やDISC理論の研究を大いに
助けた。一緒に仕事をしているうちに、3人はどんどん親密な関係になっていった。その関係
はやがてポリアモリーに至った。

3人の特殊な関係が大学内で噂になったため、マーストン夫妻は教授職をクビになってしま
った。その直後、オリーヴの妊娠が判明したため、彼女はマーストン夫妻と同居することに
なった。3人はポリアモリーの続行を決めたが、周囲にそれがバレないような振る舞いを
心がけた。
3人はニューヨーク郊外で幸せに暮らしていた。エリザベスとオリーヴが同時に妊娠する
というハプニングも起きたが、「オリーヴは未亡人なのです」と近所の人たちに釈明して
難を逃れた。
やがて、ウィリアムは作家としてのキャリアを歩み始めたが、一家の生計を支えたのは
秘書として働くエリザベスであった。オリーヴは子供たちの面倒を見る傍ら、小説を執筆
してそれを出版社に送付していた。3人は4人の子供を育てることになり、エリザベスは
娘の一人にオリーヴにちなんだ名前を付けた。

ウィリアムは偶然立ち寄った画廊に展示されていた作品に衝撃を受けた。店主のチャールズ・
ギエットが集めたフェティッシュ・アートがウィリアムのDISC理論を実証するようなもの
だったからである。当初、エリザベスはそうした作品を拒絶していたが、作品にインス
パイアされた衣装を身につけたオリーヴの美しさに心を打たれ、徐々に態度が軟化して
いった。この衣装は後にダイアナのコスチュームに反映されることになった。

作家としての仕事の依頼が来るようになったウィリアムは、アマゾーンをモデルにした
ヒロインを主人公にした漫画を執筆し始めた。漫画の執筆に当たっては、ウィリアムの
心理学者としての知見と3人のポリアモリー生活が大いに役立った。また、ウィリアムには
男女同権を目指すフェミニスト運動を支援したいという思いもあった。
彼はナショナル・ペリオディカル出版のマックス・ゲインズに企画を持ち込んだ。ゲインズは
漫画の出来映えに驚嘆し、同社から出版する決断を下した。その際、ゲインズはウィリアムに
「主人公の名前をもっと単純にしてはどうでしょう。例えば、ワンダーウーマンとか。」と
提案し、ウィリアムはそれに同意した。それが功を奏したのか、『ワンダーウーマン』は
大ベストセラーとなった。その印税収入でマーストン一家の家計は一気に潤った。
しかし、予期せぬ事態が発生したために、マーストン一家の人間関係は急激に悪化していく
こととなった。(wikipedia)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:87% Audience Score:78%>









by jazzyoba0083 | 2018-05-18 13:30 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

リメンバー・ミー Coco

●「リメンバー・ミー Coco」
2017 アメリカ Walt Disney Pictures,Pixar Animation Studios.105min.
監督:リー・アンクリッチ
声の出演:アンソニー・ゴンザレス(ミゲル)、ガエル・ガルシア・ベルナル(ヘクター)
     ベンジャミン・ブラット(エルネスト)、アラナ・ユーバック(イメルダ)他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
今年のオスカー、長編アニメーション賞と歌曲賞を受賞した大ヒットアニメ。
地方のシネコンではまだ上映されているので客は入っているのだろう。
私は近くのシネコンが吹き替え版しかやらないので敬遠していたのだが、なんのことは
ない、最近の欧州旅行の飛行機の中で吹替版で観てしまった!

舞台がメキシコであるということが今のアメリカにとって意味深な感じを受けつつ、
Disneyの作る鉄板家族ものではあるが、ストーリー展開やPIXARの素晴らしいアニメには
やはり引き込まれてしまう。因みに作品中で歌われる「リメンバー・ミー」は1つでは
なく、いろんなシチュエーションで複数の人に歌われる仕掛けとなっているのだが、
それぞれ歌が流れてくる場面にそれぞれの「リメンバー・ミー」の意味合いが込められて
いる。

人は死後に忘れられると二度目の死を迎える、というなかなか心に響く命題が提示される。
ギターと歌に秀でた少年ミゲルがひょんなことから死者の国に迷い込み、そこで出会った
骸骨のヘクターと、夜明けまでに帰らないと二度と元に戻れないという時間設定の元で
実の父親の謎が解けていくというミステリー要素も加味されつつ、カラフルな世界が
展開されていく。
やはりラストでミゲルが曾祖母に前で唄う「リメンバー・ミー」にみなさん涙するのだろう。

あざといとえばあざといストーリーではあるが、今なぜこういう家族愛を訴える映画が
出来て、それを観た皆が泣くのか。よほど世の中がギスギスしていて、優しい心に飢えて
いるのだろうなあ。脚本は上手いとは思うけど、こうもストレートな感動の「泣かせ」が
結末に控えている映画がヒットするというのは捻くれているのかも知れないが、良い世の
中ではないのかもしれない。

本作はとにかく「私を忘れないで」という唄にその心が尽きる映画といえよう。
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<ストーリー>
「トイ・ストーリー」「モンスターズ・インク」のディズニー/ピクサーが、メキシコを
舞台に贈る感動のファンタジー・アニメ。
日本のお盆に当たるメキシコの伝統的な祭礼行事“死者の日”をモチーフに、ひょんなこと
から“死者の国”に迷い込んだ少年が、偶然出会った陽気なガイコツを相棒に繰り広げる
大冒険の行方を、何世代にもわたる家族の絆とともにカラフルかつエモーショナルに綴る。
監督は「トイ・ストーリー3」のリー・アンクリッチと、これが監督デビューとなる
エイドリアン・モリーナ。

 ミュージシャンを夢見るギターの天才少年ミゲル。しかし彼の家では、むかし起こった
ある出来事がきっかけで、代々演奏はおろか音楽を聴くことも禁じられていた。
人々が先祖の魂を迎える“死者の日”、音楽のことで家族と衝突してしまったミゲルが、
憧れのスター、エルネスト・デラクルスの墓を訪れたところ、いつの間にか死者の国に
迷い込んでしまう。

カラフルで美しいその世界ではガイコツたちが楽しく暮らしていた。しかし生者のミゲルは
日の出までに元の世界に戻らなければ、永遠に家族に会えなくなってしまうという。
そんなミゲルの唯一の頼りは、家族が恋しい陽気だけど孤独なガイコツのヘクター。
しかし彼にも“生きている世界で忘れられると、死者の国からも消えてしまう”という過酷な
運命が待っているのだったが…。

<IMDb=★8.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:97% Audience Score:94% >





by jazzyoba0083 | 2018-05-10 15:00 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

ライフ Life

●「ライフ Life」
2017 アメリカ Columbia Pictures,LStar Capital (uncredited),Skydance Media.104min.
監督:ダニエル・エスピノーサ
出演:ジェイク・ジェレンハウウル(ギレンホール)、レベッカ・ファーガソン、真田広之、ライアン・レイノルズ
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
どなたでもそう思うだろう。「エイリアン」+「ゼログラビティ」。話は破綻なく進むが、なにせ二番、
三番煎じムードがプンプンするので、ストーリー展開としては期待したほどではなかった。★は6.5。
但し、クリーチャーと宇宙船や無重力の映像はよく出来ていた。私として今ひとつハッキリしなかったのが、
ラストの脱出ポッドが何故ギレンホール号のほうが地球にクリーチャーを連れてきちゃったのか?という
合理的説明が頭の中で出来なかった。それと顕微鏡レベルの生物が、あれだけの賢さと運動能力を持っていると
いうことは火星はもともと何だったのか、という点。他の星の生物が火星に産み付けたの?空気が無くても
生きて行ける、ということは宇宙空間で生存出来るということ。寒暖も関係ない。しかも賢い。最強じゃんね?

ラストはバッドエンドなのだが、こんなのが地球に跋扈された日には地球は終わりだわねえ。
続編があるとしたら、恐らくインフルエンザウィルス辺りで死滅する、とかの筋書きが予想されるが。ww

演者たちは良かったと思う。バッドエンドを演じるギレンホールが自己犠牲したつもりが、オットどっこい、に
なっちゃったのは良かったのじゃないかな。もう少し乗組員たちの個性の駆け引きがあったら面白かったのに、と
思うよ。意外と皆さん淡々としてらっしゃるんだから、驚くと同時に映画全体の緊張感を低下させてしまって
いるような気がした。

無重力状態の宇宙船内の無重力状態とか、宇宙空間で仕事をする様子とか、「ゼログラビティ」にそう負けてない
クオリティであったような。二点気になったのは、宇宙空間で音がすること。それと姿勢制御の噴出孔の
何らかのメーター(電流かな)がアナログだったのはどうしたことか?

104分なので、宇宙空間のクリーチャーもの(但しバッドエンド)として気軽に楽しむ分には十分行ける。
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<ストーリー>
国際宇宙ステーションという密室で宇宙飛行士たちを襲う恐怖を描くSFスリラー。火星で採取された地球外
生命体の細胞を調査するために集められた宇宙飛行士たちが、次第に成長していくエイリアンの脅威に直面する
姿が描かれる。ジェイク・ギレンホールやライアン・レイノルズらと共に真田広之も宇宙飛行士の一員として出演。

世界各国からISS(国際宇宙ステーション)に集結した6人の宇宙飛行士たち。医者のデビッド・ジョーダン
(ジェイク・ギレンホール)、検疫官のミランダ・ノース(レベッカ・ファーガソン)、航空エンジニアのローリー・
アダムス(ライアン・レイノルズ)、システム・エンジニアのショウ・ムラカミ(真田広之)、宇宙生物学者のヒュー・
デリー(アリヨン・バカレ)、司令官のエカリーナ・“キャット”・ゴロフキナ(オルガ・ディホヴィチナヤ)。
彼らの目的は、火星で採取された地球外生命体細胞の極秘調査。まさに神秘としかいいようのない生命体の
生態に驚愕する6人だったが、細胞は次第に進化と成長を遂げ、高い知能を誇るようになる。
それはかつて火星を支配した、まぎれもなく宇宙最強の生命体であった。小さく美しく無駄なものが一切ない
“筋肉”と“脳”だけでできている。やがて生命体に翻弄された宇宙飛行士たちの関係が揺らぎ始め、ついには命を
落とす者も出てしまう。宇宙で追い詰められていく彼らの運命は……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:68% Audience Score:55% >

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by jazzyoba0083 | 2018-05-07 22:50 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

レッズ Reds

●「レッズ Reds」
1981 アメリカ Barclays Mercantile Industrial Finance and more.Dist.:Paramount. 196min.
監督・製作・(共同)脚本:ウォーレン・ベイティ
出演:ウォーレン・ベイティ、ダイアン・キートン、ジャック・ニコルソン、モーリン・ステイプルトン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ハリウッドきってのリベラリストとして知られるウォーレン・ベイティ。彼が監督、製作、主演、そして
脚本まで手がけ、見事オスカー監督賞を獲った長編歴史映画。本作からはオスカーの撮影賞と助演女優賞も
排出している。
しかし長い映画だ。申し訳ないが、私はインターミッションを挟んで二日間かけて見せて貰った。個人的には、
アメリカにおける社会主義運動の一端を見せていただき、更に、この映画で描かれているジョン・リードと
ルイーズ・ブライアントという人物が実在し、本作に描かれているような事実があったことを知ったことが
大きかった。映画の良さよりもそっちに興味が行った。それが製作者の目論見であったとすれば、いい映画だった
ということになろうか。

雑誌記者であったジョン・リード(ベイティ)と社会主義というより自由主義運動家であった人妻ルイーズ・
ブライアント(キートン)の自由恋愛と結婚そしてその後の愛の世界と、2人のロシア革命を中心とした
社会主義運動を同じ重さできちんと描こうと思うと、3時間を超える長さは必要なのだろう。実際、長いは
長いけど、その2つの軸は「基本的には」ちゃんと描けていた。(どちらかというと2人の愛の物語に重心が
あるかなとは思ったが)但し、2人の友人で理解者でもあった作家・詩人のユージン・オニール(ジャック・
ニコルソン)とルイーズの関係がなんだかよく分からなかったが。

見どころは、第一次世界大戦の最中に起きた「ロシア革命」を現地に取材し、「世界を揺るがした10日間」と
いうレーニンも絶賛したルポルタージュを著した辺りの顛末だろう。(レーニン役がそっくりでびっくり)
ボルシェビキによる王政打倒は、当時のアメリカの大戦に対する姿勢に辟易していた社会改革に燃える
ジョン・リードにしてみれば、圧倒的に理想的な姿であったはずだ。ジャーナリストとして絶対に見て置かな
ければならない事件だった。ジョンはルイーズと共にロシアに渡り取材を敢行した。

だが、しかし、革命のその後の真実を知るに及び、権力は腐敗する、という必然に眉根を曇らせながらも、
これを参考にしてより良きアメリカ社会を作るための理想は捨てなかったのだ。一方で、若くして腎臓の片方を
摘出し、体力には不安があったジョンは中東遠征での銃撃戦で負った傷が致命傷になり、敗血症を発症、ロシアに
追いかけてきたルイーズに見守られながらロシアの地で亡くなった。「アメリカに帰りたい」とルイーズに
語りかけて。

実際は複雑で入り組んだストーリーなのだが、描かれる社会的な事象と、二人の愛情に絡む話題はてんこ盛り
である。

映画はジョンとルイーズを知る人たちのインタビューを冒頭を始め随所にはめ込み、メリハリを付けながら
進行する。その描き方とストーリーの展開、主役2人の演技は見どころが多い。ドキュメンタリー的要素を
組み込むことにより、作劇にリアリティを出す手法は、本作には合っていたと思う。ベイティの八面六臂の活躍は
評価すべきであろう。またダイアン・キートンの演技もまた光っていたと思う。ジャック・ニコルソンとジーン・
ハックマンはもったいなかった。

繰り返しになるが、個人的には第一次世界大戦前後のアメリカという国における社会主義、共産主義の
模様がロシア革命と絡めながら多少でも理解出来たというのがこの映画を観た最大の成果であった。
もう一度観るか、と聞かれれば、多分二度目は無いと思う。でもいい映画ではある。

蛇足だが、この年のオスカーには私が最強の冒険映画と信じている「レイダース/失われた聖櫃(アーク)」が
ノミネートされていた。結局この年のオスカーを席巻したのは「炎のランナー」(作品、脚本、作曲)と
「黄昏」(主演男優=ヘンリー・フォンダ、主演女優=キャサリーン・ヘプバーン、脚色)そして
視覚効果や編集などバックグラウンド系が「レイダース~」の三作品であったが、「レッズ」は主要部門と
しては監督賞を押さえた。この事はリベラルなハリウッドの姿勢を伺い知るに十分であろう。
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<ストーリー:最後まで書かれています>
名門ハーバード大学卒業後、ジャーナリストの道に入ったジョン・リード(ウォーレン・ベイティ)は、
第1次世界大戦のさなかヨーロッパで火の手が上がった国際労働者同盟の闘争に接して、初めて政治運動に
目覚めた。アメリカがこの戦いに参戦すべきかどうか、知識人に深刻な問題を投げかけていたが、リードは
断固反対の態度をとり、雑誌『民衆』に寄稿を続けていた。

ジョンが人妻のルイズ・ブライアント(ダイアン・キートン)と知り合ったのは1915年、彼女も女性解放問題を
抱え、現実との板挟みに悩んでいた。2人はお互いの立場を尊重しあうという合意のもとで同棲生活に入った。
2人の周囲には『民衆』編集長マックス(エドワード・ハーマン)、アナキストで女権主義者のエマ・ゴールドマン
(モーリン・スティプルトン)、劇作家ユージン・オニール(ジャック・ニコルソン)らの友人がいて、
ジョンは一層、反戦運動にのめり込み、とうとうルイズを伴って、革命勃発直後のロシアに渡ることになった。

ロシア全土を揺り動かしている労働革命は、ジャーナリストとして社会主義運動家として自分自身の眼で
見なければならなかったのだ。ペトログラードで見た革命の熱気と興奮は、ジョンを駆りたて、その体験記
『世界をゆるがした十日間』はセンセーショナルな話題となった。

ジョンはその勢いで社会党の革新化に着手するが、対立する右派の制裁に会い、除名、さらに彼が率いる左派も
分派し、これを収拾するために、ルイズの反対を押し切って再び封鎖中のロシアに潜入した。
ジョンが作ったアメリカ共産労働党を公認するお墨つきをもらうのがその目的だった。しかし、革命派の党主脳は
これを拒否、ボルシェビキの指導者ジノビエフ(イェジー・コジンスキー)のロシア滞在の勧めを拒んで密かに
帰国する。
その帰途、反共闘争をくりひろげるフインランド当局に捕えられ、投獄されてしまう。ジョン逮捕の知らせを
受けたルイズは、オニールの助けで密航者としてフィンランドに旅立ったが、到着したとき既にジョンは釈放され、
再びロシアに戻ったあとだった。
ルイズと連絡がとれぬまま、ジョンはコミンテルン執行委員の地位を与えられバク地方に演説旅行に出かけた。
その頃、ジョンを追ってロシアに入ったルイズは、エマと再会、旧交を温め合った。数週間後、銃弾のあとも
生々しい列車がモスクワ駅に着いた。そこにはジョンを迎えるルイズの姿があった。だが、長い別離の末の
再会も空しく、ジョンは病に倒れ、生まれ故郷のアメリカを見ることもなく世を去った。(Movie Walker)

<IMDb=★7.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audience Score:82%>



     

by jazzyoba0083 | 2018-04-26 23:30 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)