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空飛ぶタイヤ

●「空飛とぶタイヤ」
2018 日本 松竹、「空飛ぶタイヤ製作委員会」 120分
監督:本木克英 原作:池井戸潤「空飛ぶタイヤ」(講談社文庫、実業之日本社文庫刊)
出演:長瀬智也、ディーン・フジオカ、高橋一生、笹野高史、岸部一徳、ムロツヨシ、阿部顕嵐、寺脇康文、深田恭子、
   升毅、佐々木蔵之介、六角精児、大倉孝二、柄本明他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆-α>
<感想>
大ベストセラーになり池井戸の名前を一躍世に知らしめた原作は未読。ただし、「半沢直樹」「下町ロケット」
(WOWOW版、TBS版)「陸王」など池井戸原作テレビドラマは熱心に観ていた。(本作をWOWOWで
ドラマ化された時は見逃してしまった。)故に、池井戸ワールドの持つ魅力は、多少なりとも分かっている
つもり。

で、本作も、池井戸得意の経済小説を脚色、テレビドラマなら10話ほどになる話のボリュームを2時間に仕立てた。
正直、ストーリーの持つ力なのだろう、2時間緊張感を保ちつつ面白く観ることが出来た。よくこの長編を2時間に
纏めたな、という脚本(脚色)のちからと、監督の演出は評価されていいと思う。

しかし、である。どこかテレビドラマを観ているような感覚から抜けきれず、面白いし、池井戸作品の特徴としての
「倍返しだ!」的勧善懲悪的カタルシスは健在。観終わって、満足感のレベルは高いと思うが、何か、心のどこかに
「映画的充足感」の不足さを感じてしまった。あくまでも個人的レベルであることをお断りしておかなくてはならないが。

色々と考えた。まず昨年の映画「怒り」の感想ブログでも書いたが、日本の役者のキャスティングシステムがテレビと
映画の境目が殆ど無いという点。洋画と比べると、茶の間に日常的にあるものがスクリーンに現れても、共感が盛り
上がりづらいのではないか。いつも観ている顔ぶれが並ぶ映画でのドラマは、ましてやあるパターンを持った池井戸
原作ものは原作未読といえども、経過結末を予想することは簡単で、それだからこそ、役者の非日常世界にあっての
インパクトが必要になってくるのではないか。逆の意味での好例は安藤サクラだ。彼女はここ5年ほど特に民放の
ゴールデンのテレビにはほぼ出ないので、映画スクリーンでの登場人物としての共感度が極めて高い。(これからも
映画中心でお願いしたいものだ)
男優であれば、佐藤浩市とか役所広司、渡辺謙は割とテレビには出ないが、逆に彼らは映画にたくさん出てくるので、
キャラクターが重なり合い、それはそれで私には良いとは思えない。それらは役者が悪いのではなく、日本の映画と
テレビが持つ構造的な問題。映画館に来る客がテレビドラマを観るようなスタンスで映画を楽しみに来る時代だ、と
いうのならそれはそれで良いのかも知れない。しかし、映画は映画の魅力を放っていて欲しい。
本作でも、テレビや他の映画でもいつも出てくるメンバーが重要な役目を果たす。主役級の三人(長瀬、ディーン、
高橋)はハンサムすぎ。(原作では長瀬役の赤松社長はずんぐり型らしい) 長瀬の妻役の深田恭子は明らかに
浮いていた。(深田が悪いのではなく、キャスティングミス)

つまり映画世界における感動の盛り上がりに損しているということ。これは役者や監督が悪いわけではなく、日本の
映画製作の文化的、システム的マイナス点といえると個人的には思っている。

もう一つ、映画づくりのシステムとは別に、池井戸作品の持つパターン化したカタルシス。中小企業の(金銭的)苦闘、
その会社内での対立と最後には孤立無縁ながら奮闘する社長を中心に結束する「仲間」たち。(ここは極めて浪花節的
である)そしてその中小企業に立ちふさがる大企業の傲慢さ、更に銀行の冷酷さ(理解する銀行マンの存在も必ず登場)
中小企業では解決出来ない事案をサポートする結果となる雑誌や新聞の登場、大企業(や巨大銀行)にも必ずいる善人
たち。こうした流れは、本作でも全く同様に展開していく。
観客は最後には巨悪が倒れ、中小企業の社長以下に凱歌が上がる、というシーンを観て快哉を叫び、溜飲を下げ、
自分の日常では起きないカタルシスを感じ、満足するのだ。そうしたパターン化(「水戸黄門」化とでも云うのか、
「勧善懲悪」というのか、「弱者が強者を打ち負かす普遍的な快感」というべきか)は、ハズれない面白さは提供するが、
さらなる感動へとはなかなか結びつきにくいのではないか。

以上、本作を観ての2つの大きな感想。「総じて映画的な深みには欠ける」。
そこに私の評価のマイナスαの意味がある。

更に、池井戸ドラマは、人間が何かアクションをする映画ではない。本作で言えば、赤松運送の事務所であり、ホープ
自動車の社内、ホープ銀行の行内、港南署の署内、そしてレストランや喫茶店の店内が舞台となり、セリフが重ねられ
ていく。一番動きが有ったのが、赤松社長が、自分のところの事故と同じような事故のリストを、事件を追っていたも
のの社内の圧力で記事がボツになった「週刊潮流」の記者(小池栄子)から貰い、それに従って、日本全国の運輸会社を
尋ね回るシークエンスくらいか。恐らく本木監督も、その辺りは苦労したに違いない。カメラを手持ちにしたり、カット
割を短くしてみたりと工夫は感じられた。が、やはり演出、演技というよりもどうしてもストーリーの展開に引っ張られ
登場人物の心の動きというものがいささか感じづらいな、と感じたのだった。それはテレビドラマにすれば10話にも
なる(WOWOWですら45分×5話だった)ボリュームをテンポよく二時間以内のしかもエンタメ性を持った作品に
求めるのは酷かもしれない。

全体として良かったのか、悪かったのか、と問われると、「良かったし面白かった」と答えたい。ただ、以上のような
事柄から、「今日的日本のテレビドラマ的面白さ」として、という条件が、私の場合は付いた、ということだ。
二時間は短く感じられ、ストーリーの面白さからぐいぐいと引き込まれることは間違いない。それはそれで「ある意味」
面白い映画の証左、ということなのだろう。

さて、本作は2000年代に入った頃に社会を賑わせた三菱自動車のリコール隠しと、横浜で実際に起きた三菱製トレーラー
のタイヤ脱輪事故で母子3人が死傷した事件をベースに、主に、「財閥系」企業の「企業統治」のお粗末さと、
そこから派生する「怖さ」を、そしてこれに潰されまいと勇気を奮い立たせる中小企業の社長らの活躍を描いている。
三菱自動車はこうした「隠蔽体質」が社長が何代代わってもつい最近の排ガス偽データ報告事件に至るまで解決されて
おらず、ついに三菱自動車は日産グループに組み込まれてしまった。
それは財閥参加にあって、「銀行」「重工」などの支援が手厚く、甘やかされた体質が未だに抜けきれいないということ
なのだろう。
そうした自動車メーカーを相手に、脱輪は運輸会社の整備不良ではなく、トラックの欠陥に由来するのではないか、との
信念で、事故の真相を見つけようとする運輸会社社長赤松(長瀬)、トラックを製造したホープ自動車の良識派社員
(ディーン、ムロら)、これまでホープ自動車を甘やかした融資を繰り返してきたホープ銀行の良識派(高橋)らと
それぞれに係る家族だったり、友人だったり、警察だったりが、絡んでドラマを織りなしていく。
実際に起きた事件や事故がベースになっているので完全に作りものでない面白さが感じられた。

三菱系の方は辛い映画だろうなあ。かつてゼロ戦を作り、パジェロという名車を作り、日本を代表する自動車メーカー
の一つでもあった三菱自動車は今や日産グループ傘下で再起を図っている。果たしてあの「隠蔽体質」は直ったのだろうか。
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<ストーリー>
 WOWOW製作の連続ドラマ版も好評を博した池井戸潤の傑作企業小説を長瀬智也主演で映画化した社会派ヒューマン
・サスペンス大作。ひとつのリコール隠し事件を題材に、事故原因が自社の整備不良だと疑われ窮地に陥った弱小運送
会社社長が、その汚名をそそぐべくたった一人で真相究明に奔走する中で、やがて思いも寄らぬ大企業の巨大な闇に
直面していくさまを豪華俳優陣の共演で描き出す。
共演はディーン・フジオカ、高橋一生、深田恭子、笹野高史、岸部一徳。監督は「超高速!参勤交代」の本木克英。

 ある日、1台のトレーラーが脱輪事故を起こし、歩道を歩いていた子連れの母親が外れたタイヤの直撃を受け死亡
する。製造元のホープ自動車は、事故原因を所有者である赤松運送の整備不良と決めつける。社長の赤松徳郎は世間や
マスコミの激しいバッシングを受け、取引先を次々と失った上、銀行にも冷たくあしらわれ会社は倒産寸前に。
それでも自社の整備担当者を信じて独自に調査を進め、ついに車両自体に欠陥があった可能性に辿り着く赤松
だったが…。(allcinema)




by jazzyoba0083 | 2018-06-16 16:30 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

万引き家族

●「万引き家族」
2018 日本 AOI Promotion,Fuji Television Network,GAGA. 120min.
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、城桧吏、佐々木みゆ、樹木希林、高良健吾、池脇千鶴、柄本明他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>(暫定)
<感想:完全にネタバレしていますから未見の方はご注意ください>
個人的な好み、嗜好から是枝監督の作品は一本も観たことがなく、本作が初めて。なぜならば、カンヌでパルムドールを
獲得し、絶賛されたというから、少なくとも映画のコラムやラジオで喋っている人間としては観ておかなくてはならない
だろう、と封切り初日に出かけた。なかば義務感のようなものだ。

さて、2時間が経ちエンドロールも終わり、今観た映画に何を感じたのだろうか、としばらく座って考えていた。私に
とってはとても難しい映画(描いている世界は特に難しいことはないのだが)だった。監督は何を思ってこの映画を
作ろうと考えたのか、観ている人は何を受け取れば良かったのか。

そこで、是枝監督のブログに長文の受賞における感想があったので、熟読してみた。
(以下は、監督の公式ブログ6月5日付「『invisble』という言葉を巡って」からの引用。引用順は監督が書かれた順番
とは一部異なっています。太字は当ブログ筆者)

『映画は何かを告発するとか、メッセージ伝えるための乗り物ではない』

なるほど。

「あくまで私見としてではあるが。今回僕が話したのは「共同体」の変化について、であった。日本は地域共同体が
壊れ、企業共同体が壊れ、家族の共同体も三世代が一世代、単身者が増えて脆くなっている。この映画で描かれる
家族のひとりひとりはこの3つの共同体「地域」「企業」「家族」からこぼれ落ち、もしくは排除され不可視の
状態になっている人たちである。これが物語の内側。
そして孤立化した人が求めた共同体のひとつがネット空間であり、その孤立した個を回収したのが“国家”主義的な
価値観(ナショナリズム)であり、そこで語られる「国益」への自己同一化が進むと社会は排他的になり、多様性を
失う。犯罪は社会の貧困が生むという建前が後退し、自己責任という本音が世界を覆う。恐らくあの「家族」は
そのような言葉と視線によって断罪されるだろう。…ということも話した。これが背景。」

「正直な話、ネットで『万引き家族』に関して作品を巡ってではなく飛び交っている言葉の多くは本質からは
かなり遠いと思いながら、やはりこの作品と監督である僕を現政権(とそれを支持している人々)の提示している
価値観との距離で否定しようとしたり、逆に擁護しようとしたりする状況というのは、映画だけでなく、この国を
覆っている「何か」を可視化するのには多少なりとも役立ったのではないかと皮肉ではなく思っている。
1本の映画がそんな役割を社会に対して果たせるなんて滅多にないことですから。」

「今回の『万引き家族』は喜怒哀楽の中でいうと〈怒〉の感情が中心にあったとプレスやパンフレットには書い
ている。だから余計に何かを告発した映画だと受け取られたのかもしれない。ただこの怒りというのは、例えば
マイケル・ムーアが『華氏911』でブッシュを、スパイク・リーが今回の新作の中で展開している(らしい。未見)
トランプを批判しているようなわかりやすいものではない。作品内にわかりやすく可視化されている監督の
メッセージなど正直大したものではないと僕は考えている。映像は監督の意図を超えて気付かない形で「映って
しまっている」ものの方がメッセージよりも遥かに豊かで本質的だということは実感として持っている。」
(引用終わり)

こうした監督の考えを踏まえると、鑑賞後に見えてくる世界がある。それはどうやら監督が初作から一貫して
持っている映画づくりに通底している考えのようであり、それは今後も不変のようである。(次作はフランス人女優を
使ってフランスで撮影する家族の話らしい)

「社会から落ちこぼれ、隠れてしまっている人々の生活を映画により可視化し、社会に投げてみる」、ごくごく単純に
言ってしまうとそのようなことになるのではないか。家族(のようなもの)の主人、治は日雇い。しかし現場で足に
怪我を負い、暫く働けなくなる。以前の夫を「痴情のもつれ」から「正当防衛で」殺してしまった治の妻信代は
クリーニング店のパートとして働いている。信代の妹亜紀は、風俗で働く。それだけでは食っていけないので治の
母初枝の年金を当てにし、それでも足りない部分は治と、信代がどこからか拾ってきた(のか奪ってきてのか)祥太が
万引きして暮らしている。

映画の前3分の2は、家族にさらに「ゆり」という女の子が加わり、初枝が亡くなるくらいまで、この家族が日々
どういう暮らしをしているかの提示に費やされる。そして残り3分の1は、祥太が起こした事件で家族がバラバラに
なっていき、それぞれの警察署での事情聴取を正面から切り取った画面と独白で、家族ややってきたことについて語って
いく、という構成。その後について何かの暗示があるわけではないのでオープンエンドということになる。
(祥太少年に少しの望みを見出すことは出来るが)

この映画は様々な批評家も指摘している通り、家族の誰を主人公にして見るかにより、見方が変わる。主人、治
なのか、祥太なのか、初枝なのか、それとも妻信代であるか。映画を見る多くの人からすれば、自堕落で犯罪に手を
染め、勝手に?人をさらってきて、学校へも行かせず、万引きを教える家族を観て、また一番の金づるである母初枝の
急死にあっては、火葬代をケチり、年金を黙って貰い続けるために、家の床下に遺体を埋める、そうした「家族のような
もの」は「犯罪グループ」と(母初枝さえパチンコ屋で他人の玉をくすねてほくそ笑む)しか映らないかもしれない。
私が違和感を感じたのもその辺りにあるのかもしれない。

しかし、監督は彼らが罪を犯しているとかそうでないとか、断罪をすべきかどうか、とかを問題としているわけでは
なく、こうした生き方しか出来ない社会から無視された人々を、ある視座から見つめたものに過ぎないのだろう。
万引きや遺体を家の床に埋めることは犯罪であるから、許されることではない反社会的な所業だ。もちろん誰かの
子どもを黙って持ち帰ることも。ただ、取り調べで信代は言う「棄ててあったのを拾ってきただけ。棄てた人がいた
んですよ」と。しかし、祥太には「お前を拾ったのは、○○の〇〇スーパーの前で、習志野ナンバーのヴィッツだった。
今から父さん母さんを調べる事はできるよ」と白状するのだ。最後に家族に加わった「ゆり」は実の父母のDVから
逃れてきたのだが、治らの家族が崩壊するに及び本来の両親のもとに戻されるのだ。しかし、マスコミの前では神妙な
母のDVが再び待っていたのだった。

「なにが家族か」「家族とはなにか」「底辺で看過できない所業をして生きている人をどうみるのか」。
一番クリアだったのは、祥太が家族離散のきっかけを作る「わざとやる万引き」。彼が「ゆり」を連れて近くの
駄菓子屋で万引きをさせるのだが、駄菓子屋の親父(柄本明)から「妹にはやらせるなよ」と言われる。知っていたのだ、
親父は。
これがきっかけとなり、祥太はワザと万引きをして捕まる。高いところから飛び降り足の骨を折ってしまう。当然警察
沙汰になり父母が呼ばれる。そこから一家にほつれが出てきて母信代は逮捕される。

本作は監督の目論見通り、監督の「可視化される監督のメッセージなんて大したことはないと思っている」ように
映画は完成し、結果論として監督も認めている通り、今の日本の社会の何か(見えていない人々)を可視化できたのだ。
その物語るものは極めて饒舌なのかもしれない。

さて、演者たち。家族の演技が(セリフが)非常にナチュラルで、作り物感がなくドキュメンタリーを観ている
ような感じ。それはこの前に観た「レディ・バード」でも感じたこと。特に安藤サクラが物凄い。彼女はテレビに出ないが、
その役者としての心構えが映画の中で生きている。特にラスト近く取調室での髪を掻き上げながらの涙は、圧巻だ。
かつて殺人を犯したとかの身ではあるが、その心根は優しく全うであり、彼女を今の暮らしに追いやったものは何か、と
グイグイ投げかけてくる。
そして樹木希林の怪演ともいうべき芝居。

監督は本作において、役者からの意見も納得がいけば取り入れ、それが成功したと語っているが、演技には相当その場の
雰囲気でのアドリブのセリフが入っていると思う。それが出来るのは、自分の演技に自信と演出意図の理解がなければ
出来ないこと。そうした意味でいうと、子役まで含め、この「家族のようなもの」を形作った役者連は、素晴らしいという
他はない。
末筆になったが、細野晴臣の音楽もいい。特にエンドロールに乗る音楽は本作の雰囲気をよく捉えていると感じた。

評価を(暫定)としたのは、今の時点で本作の価値を自分ではまだキチンと捉えきれてないのではないか、と思うからだ。
二度三度見るうちに、それは固まって来るのかもしれない。パルムドール受賞で鑑賞者が増えることはいいことだけど、
評価は分かれると思う。おそらくネット上は絶賛の嵐だろうけど、私は、もう少し距離を置いてこの映画のことを考えて
みたいと思っている。一回目では「こういう形でしか生きていけない家族のような集団に対する監督の愛情」みたいな
ものは感じ取ることは出来た。
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<ストーリー>
第71回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた、是枝裕和監督による人間ドラマ。祖母の年金を頼りに、
足りないものを万引きで賄っている一家が、ひとりの少女を迎え入れたのを機にバラバラになっていくさまが
つづられる。一家の主をリリー・フランキー、その妻を安藤サクラが演じるなど、個性派たちの熱演が物語を
より一層味わい深いものにしている。

再開発が進む東京の下町のなか、ポツンと残された古い住宅街に暮らす一家。日雇い労働者の父・治(リリー・
フランキー)と息子の祥太(城桧吏)は、生活のために“親子”ならではの連係プレーで万引きに励んでいた。
その帰り、団地のベランダで凍えている幼い女の子を見つける。思わず家に連れて帰ってきた治に、妻・信代
(安藤サクラ)は腹を立てるが、ゆり(佐々木みゆ)の体が傷だらけなことから境遇を察し、面倒を見ることに
する。
祖母・初枝(樹木希林)の年金を頼りに暮らす一家は、JK見学店でバイトをしている信代の妹・亜紀(松岡茉優)、
新しい家族のゆりも加わり、貧しいながらも幸せに暮らしていたが……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:100%>
※Rotten Tomatoesは母数が少なく正しい評価とは現時点ではいえない






by jazzyoba0083 | 2018-06-08 14:15 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

湯を沸かすほどの熱い愛

●「湯を沸かすほどの熱い愛」
2016 日本 パイプライン・クロックワークス、制作委員会(テレビ東京他)125分
監督・脚本:中野量太
出演:宮沢りえ、杉咲花、篠原ゆき子、駿河太郎、伊東蒼、松坂桃李、オダギリジョー
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
2016年キネ旬の邦画7位。宮沢りえ主演女優賞、杉咲花助演女優賞を獲得した作品。
当時、私の周りで、割と良い評判を聞いていたものの、シネコンまでは、と思っていた
ところ、このたびWOWOWで放映してくれたので、録画して鑑賞。

中野量太監督はこれが商業映画の初作品と聞く。なかなかの演出であるが、これはもう
宮沢と杉咲の演技に支えられるところが大きいのは誰が観ても分かるだろう。

宮沢りえは先回「紙の月」を観て、その演技のシュアな点は評価している。本作でも
それは圧倒的な存在感であるが、個人的にはどうも今ひとつ好きになれないというか
シンパシーを共有出来ない。一方、このところ期待の新人、杉咲花も「悪上手」と
言えるくらいのナチュラルな演技をする女優である。一歩誤ると、「鼻につく」演技と
なるのだが、これは彼女の天性であるのかもせいれないが、一歩手前で止めるテクニックを
持ち合わせている。ドラマはこの二人でグイグイと引っ張っていく。

基本、泣かせにかかる映画はあまり好きではないし、ラストを除けばストーリーにそう
感心する点があるわけでもないし、むしろあざとさが目につく部分もある。
映画のタイトルがエンディングで回収される、という邦画には割と珍しい形をとるが、
あのラストは賛否あるだろう。私としても「そう来たか」と感じたが、どこか釈然と
しないところもあった。みんなで風呂に使って「温かいねえ」というのは、つまり
宮沢りえの性格を言い表しているのだが、どこか「身も蓋も無さ」を感じてしまうのだ。

一点だけ、ウルッと来たところがある。これはWOWOW「W座」で小山薫堂も指摘して
いたのだが、杉咲花の実の母は聾唖である。それを知っている宮沢りえは、その事を
教えないまま、杉咲に手話で会話が出来るように教育しておく。いつかきっと役にたつ
ときがくるから、と言って。
そして、ドライブに出かけ(まあ実母に合わせに行ったのだが)宮沢は旦那オダギリと
杉咲を捨てた実母(食堂で働いている)に会い、いきなりビンタを浴びせる。
その後、宮沢は倒れるのだが、実母と杉咲の対面の時、実母は「なぜあなたは手話が出来る
の?」といぶかるのに対し、杉咲が応えるのが、いつか役に立つ、という育ての母(宮沢)の
育て方だったのだ。
いつも人のことばかりで自分の事は構わない、育ての母はそういう人だったのだ。
日本の昔の母の姿だな。(結局宮沢が天涯孤独の身であったことに気がつけば、余計に)
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<ストーリー>
がんで余命2か月を宣告されたヒロインが、残された時間で家族を成長させようと奮闘し、
より強い絆で結ばれていくさまを描く家族ドラマ。
宮沢りえが家族を大きな愛で包み込む母親を、オダギリジョーがその夫を、杉咲花が娘を
演じる。
監督は自主製作で撮った『チチを撮りに』で国内外の映画祭で注目を浴びた中野量太。

銭湯・幸の湯を営む幸野家だったが、1年前、父・一浩(オダギリ ジョー)がふらっと出奔
してから休業していた。母・双葉(宮沢りえ)は持ち前の明るさと強さで、パートをしながら
娘・安澄(杉咲花)を育てている。ある日、双葉は余命わずかという宣告を受ける。

それから双葉は、“絶対にやっておくべきこと”を決め、実行していく。それは、家出した夫
を連れ帰り家業の銭湯を再開させる、気が優しすぎる娘を独り立ちさせる、娘をある人に
会わせる、というものだった。双葉の行動によって、家族の秘密はなくなり、彼らはぶつかり
合いながらもより強い絆で結びついていく。そして家族は、究極の愛を込めて母・双葉を送る
ことを決意する。(Movie Walker)




by jazzyoba0083 | 2018-03-20 23:15 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

何者

●「何者」
2016 日本 東宝映画 「何者」製作委員会  98分
監督:三浦大輔  原作:朝井リョウ「何者」(新潮文庫刊)
出演:佐藤健、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生、山田孝之他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
「君の名は。」の川村元気が企画・プロデューサーとして入り、製作委員会もほぼ「君の名は。」の
メンバー。東宝映画、元気がいい。本作も、「川島部活やめるってよ」と同じ朝井りょうの原作が
良いんだけど、それにしてもこの配役、なかなかツボを心得ているな、と感じた。

原作は未読。「就活」なんて言葉すら無かった遠い昔の世代としては、現代の就活そのものの事情は
良くわからないが、それでも、本作にでてくるそれぞれのキャラクターの「あるある!」感には
シンパシーを覚える。そのあたりは今も昔も、普遍的な青春の懊悩なのだろう。
大人になってから、社会人になってからも彼らは同じような悩みを抱えて生きていくことになるのだが。
若いがゆえの人生経験から来る疑心暗鬼や不安、焦燥といったものがおそらく朝井りょうの描くところ
だったのだろうけど、映像表現としても良く出来ていたのではないかな。監督経験は浅い三浦監督頑張った
のではないか。

一見仲の良い大学の仲間であっても、就活が切羽詰まってくると、だんだん見えてくる本性。
他人はさておいて自分の個性を強烈にアピールするやつ、知らない間にちゃっかりと内定を
取ってくるやつ、社会に対し斜に構え、就活なんてよ、なんて言ってたやつが、キチンとツース
着ちゃっていたり。友人の和が微妙に色合いを変えていく。でもそれはそういうことなのだな、と
いう現代っ子らしい割り切りもあったり。
私らの世代にはバンバンが歌った「いちご白書をもう一度」の歌詞そのものだ。

あの頃は学生運動が学生側の敗北に終わり、社会にあかんべーしていた奴らも、スーツ着て
髪の毛切って会社員になっていった。主義とか主張とか押し殺して。それが社会人になり
お金を貰うことだと割り切って、敗北感にもにた感情を胸に仕舞って大学を卒業していったのだ
ったなあ。

そうした登場人物のキャラクターが生き生きと描かれていて面白かった。それぞれの俳優がそれ
ぞれのポジションの個性に合っていたように思う。あまり期待しないで観始めたが、短い映画、
なかなか面白く観せてもらった。自らを「何者」?と問える人間は、幸いなり。
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<ストーリー>
就活の情報交換のため集まった5人の22歳。かつて演劇サークルで脚本を書いていて人を分析するのが
得意な拓人(佐藤健)。天真爛漫で何も考えていないようで、着実に内定に近づいていく光太郎(菅田将暉)。
光太郎の元カノで拓人が思いを寄せ続ける実直な性格の瑞月(有村架純)。人一倍“意識高い系”でありながら、
結果が出ず不安を募らせていく理香(二階堂ふみ)。社会の決めたルールには乗らないと宣言しながらも
焦りを隠せない隆良(岡田将生)。

彼らは、海外ボランティアの経験やサークル活動、手作り名刺、SNS、業界の人脈等、様々なツールを
駆使して就職戦線を戦っていく。だが企業に入れば「何者」かになれるのか、自分は「何者」になり
たいのか……。そんな疑問を抱えながら就活を進める中、5人はそれぞれの思いや悩みをツイートするが、
就活のやり方やスタンスに嫌悪感を覚えることもあり、次第に人間関係が変化していく。そんな折、
拓人はサークルOBのサワ先輩(山田孝之)に相談するが、思うようにいかない現実に苛立ちを隠せなくなる。
やがて内定者が現れたとき、抑えられていた妬みや本音が露になり、ようやく彼らは自分を見つめ直し
始めるのだった。果たして自分は「何者」なのか……。(Movie Walker)




by jazzyoba0083 | 2017-10-19 22:55 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「超高速!参勤交代 リターンズ」
2016 松竹 「超高速!参勤交代リターンズ」製作委員会 119分
監督:本木克英  脚本:土橋章宏
出演:佐々木蔵之介、深田恭子、伊原剛志、寺脇康文、上地雄輔、知念侑李、柄本時生
   六角精児、古田新太、渡辺裕之、中尾明慶、陣内孝則、西村雅彦、市川猿之助他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
肩の力を抜いて、思いっきり楽しめる邦画ってあるようでなかなか無い。
「シン・ゴジラ」や「怒り」「64」などが評価されるのはそれはそれで良いが、
喜劇が一段下に観られていないか、気にかかる。本作は、良き原作を得て、これを
本木監督が見事に痛快喜劇映画に仕立て、私もめっぽう面白く観させてもらった。

さて、柳の下のドジョウではないが、続編はなかなか難しい。前作は超短期間で
貧乏藩が江戸へ出府する、という難題を知恵と勇気で成し遂げるというカタルシスで
あったが、今回はそれだけでは客は満足しないわけだ。そこで、本作では
前作で悪行がバレて蟄居中だった松平信祝(陣内孝則)を更に悪に仕立て、
8代将軍吉宗公の日光参内恩赦で老中首座に戻し、湯長谷藩に対しついには
百姓一揆を仕立ててそれを理由に藩をところ替えとして城を尾張柳生藩に渡して
しまい、帰ろうとする藩主内藤(佐々木)らを窮地に追い込む作戦に仕立てた。

新たに、大岡忠相、柳生一族らが登場、超特急の参勤交代というよりも、老中
松平信祝の悪行(ついには日光から帰る吉宗公をも討ち、天下人になろうという
野心さえ持っていた)にハイライトが当たり、あくまでも地元の民百姓を思う
内藤らとの知恵比べと前作以上の剣戟が見どころとなっている。
ラストはまるで7人の侍みたいだ。

時代劇の王道としての勧善懲悪(大岡忠相や吉宗公、松平輝貞らの存在)と
殿様であっても民を思う内藤の純真さ純朴さに見ている人は快哉を叫ぶであろう。
こうなって欲しい、というところでそうなるのが予定調和の快さ。
前作ほどの驚きはないが、本作も楽しい一編に仕上がった。
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<ストーリー>
老中・松平信祝(陣内孝則)の差し金により幕府から突然の参勤交代を命じられた
磐城国の湯長谷藩藩主の内藤政醇(佐々木蔵之介)ら一行は、金も時間も人手もない
知恵をこらし江戸へ参勤。
そして藩に戻る交代の路につくが、その途中、湯長谷で一揆が起きた旨が伝わる。
参勤のときに政醇たちに敗れた信祝が、さらに大きな権力と最強の刺客を使って
逆襲に出たのだった。
一揆を収めるためには2日以内に藩に戻らねばならず、また、交代であるからには
大名行列も必要に。行き以上の速さで宿役人の目をくらましながらなんとか湯長谷に
たどり着いたものの、すでに田畑は踏み荒らされ、城を乗っ取られた後だった。
城をおびただしい数の幕府軍が取り巻いているのに対し、藩主らはたったの7人。
湯長谷藩は再び絶体絶命の危機に陥る。(Movie Walker)






by jazzyoba0083 | 2017-09-13 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

後妻業の女

●「後妻業の女」
2016 東宝 「後妻業の女製作委員会」(毎日放送、読売テレビ他) 128分
監督・脚本:鶴橋康夫  原作:「後妻業」黒川博行
出演:大竹しのぶ、豊川悦司、尾野真千子、長谷川京子、水川あさみ、風間俊介、余貴美子、ミムラ、松尾諭他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
鶴橋監督といえば、読売テレビディレクター時代からドラマの傑作を作る演出家で賞の常連だった。
同業に身を置くモノとしては、いかんのだろうけど、彼のドラマは観たことがない。なので、本作
一発での評価で彼を計るつもりは毛頭ないが、本作について言えば、どこか締まらない。脚本が。

原作は有名になった、実話をベースにした小説で、これを下敷きにして作劇しているわけだ。
大竹のたぬきぶりは確かにうまいものが有るし、ブルーリボン賞を受賞しただけのことはある力量と
思うが、昔からのファンとしては、最近はどうも「悪上手」「やりすぎ」という感じを受ける。
トヨエツの受け流しがなければ相当息苦しい映画になっていたかもしれない。

テレビ育ちの監督だけあって、テンポも良いし、話の転がし方も早いしビジュアルもテレビ的に工夫
されていて、面白い。けど、これは実話がベースにあるという観客の安心感によるところが大きいの
ではないか。

主人公、小夜子はいわゆる毒婦であり、同情の余地はない。したたかさ、たぬきっぷり、はよく出ていたし
大竹のそれについての演技も認めざるを得ないが、ラストのカタルシスの持って生き方が、喜劇で終わらそうと
したので、観ている方は鬱屈が溜まったまま劇場を出ることになるのではないか。
「したたかな小夜子は、これからも老人をだまくらかして金を巻き上げるのである!」というある種の
エールのように(彼女とコンビを組む結婚紹介所所長のトヨエツとて人殺しであるわけ)感じてしまい、
これでは、私としては溜飲の下げ場所、コメディとしてのパンチラインが見えず、極めていやな
鑑賞後感となってしまった。大竹の息子を演じる風間俊介は下手くそ。弁護士に雇われ小夜子の近辺を洗う
探偵、永瀬正敏の立ち位置も曖昧。唯一鶴瓶が演じたオヤジのキャラクターが光った。
それと多くの関東俳優が喋る大阪弁は、ネイティブからしてたら相当の違和感があるのではないか。

鶴橋監督も80歳近くなり、バイタリティは感じるが、ダッチロールはあきませんなあ。
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<ストーリー>
金持ちの男の後妻に入り、全財産を奪う“後妻業の女”と彼女に翻弄される人々を描く、大竹しのぶ主演の
ユーモラスな人間ドラマ。後妻業の女とグルになって人を騙す結婚相談所の所長を豊川悦司、ターゲットに
なる不動産王を笑福亭鶴瓶が演じるなど、実力派たちの演技が物語をより濃密なものにしている。
監督は『愛の流刑地』の鶴橋康夫

結婚相談所主催のパーティーで可愛らしく自己紹介する武内小夜子(大竹しのぶ)の魅力に、男たちは
イチコロになっている。その一人、耕造(津川雅彦)と小夜子は惹かれ合い、結婚する。二人は幸せな
結婚生活を送るはずだったが、2年後、耕造が亡くなる。葬式の場で、小夜子は耕造の娘・朋美(尾野真千子)と
尚子(長谷川京子)に遺言公正証書を突き付け、小夜子が全財産を相続する事実を言い渡す。
納得のいかない朋美が調査すると、小夜子は後妻に入り財産を奪う“後妻業の女”であったことが発覚する。

その背後には、結婚相談所の所長・柏木(豊川悦司)がいた。朋美は裏社会の探偵・本多(永瀬正敏)とともに、
次々と“後妻業”を繰り返してきた小夜子と柏木を追及する。一方小夜子は、次のターゲットである不動産王・
舟山(笑福亭鶴瓶)を本気で愛してしまう……。(Movie Walker)



by jazzyoba0083 | 2017-09-02 23:10 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

関ヶ原

●「関ヶ原」
2017 日本 東宝映画、ジャンゴフィルム 149分
監督・脚本:原田眞人
出演:岡田准一、役所広司、平岳大、有村架純、東出昌大、北村有起哉、西岡徳馬、松山ケンイチ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想:ネタバレに近い感想です。ご注意ください。出来ればご覧になってからお読みください
原作既読。原田作品は前作の「日本のいちばん長い日」の出来が良かったのでキャストも含め
期待してシネコンへ。結構入ってましたね。

で、2時間半の上映が終わって、館内の人に訊きたかった。「分かりました?」と。
これは難しい映画だ。いきなり合戦前夜の全体像を要求される。「蔚山の戦い」と言われて観客の
何人が分かるでしょう?それに朝鮮出兵、秀次事件、前田利長事件、会津征伐など、関ヶ原の
背景になる重要な事柄の知識が要求される。なので、早口での会話は時として何を言っているのか
分からないときがあった。さらに、どちらが西軍でだれが東軍なのかも、相当わかりづらい。そもそも
秀吉恩顧の大名たちだから余計にだ。前作でもそうだが、事象よりも人間にスポットを当てて映画の
面白みを描いて見せる原田監督としては、確かに石田三成という人物は「仁」「義」に篤い忠義の
臣であり、彼の「義」と家康の「利」の戦いに負けた、ということは浮かび上がっては来たが、
周辺の事情が分かりづらかっただけに残念だった。島左近、大谷吉継との友情は分かったけど、
大谷がなんであんなカッコをして神輿に担がれて戦をしていたか、についても説明はない。

私が一番人として魅力があるな、と思ったのが小早川秀秋(東出昌大)。合戦時には15000の
大軍を要して西に付き松尾山に陣取ったが、結局東に寝返り、善戦していた島、大谷部隊を
襲い、合戦の趨勢を決めてしまった、Mr.裏切りだ。これも映画では描かれないが、小早川は
北政所(高台院)の甥っ子であり、かつては木下、羽柴を名乗っていたばりばりの豊臣親族だ。
だが、淀君に秀頼が生まれると秀吉いとたんに冷遇され、岡山小早川家に養子に出される。
その後もすったもんだあり、三成に恨みを持つ状況もあったのだが、血は豊臣。
 島左近の息子が決死の覚悟で小早川本陣を訪れ、兵を動かしてほしいと懇願するも、本人は
三成側に兵を動かしたかったが、家康に送り込まれた家老らに押しとどめられ、自らの意思とは
逆の動きをすることになってしまう。(あくまで映画での話)秀秋、この時18歳。彼はその2年後、
20歳で亡くなる。大谷吉継の呪いに狂死した、ともいわれる。

閑話休題。本作、まず良い点。映像。合戦のリアリズムを含め、画作りは秀逸。東本願寺や
彦根城といった国宝が舞台を貸すという画面。カット、編集も含め全編秀逸。特に金と時間を
掛けて(CGの力も借りたけど)作られた合戦シーンは迫力満点だ。
加えて、やはり上手い岡田准一、役所広司。これに味わいを加える島左近役の平岳大、大谷吉継役の
大場泰正らの脇を固める渋いキャスティング。これも素晴らしい。女性陣の配置も単なる彩りだけ
ではなく、きちんとした役が振られ、映画を面白くしていた。秀吉役の滝藤賢一の名古屋弁は
パーフェクト。北政所のキムラ緑子のほうはいまいち。

一方、残念だった点。原田監督自身、関が原を製作するに当たり、最初は島左近を、次には小早川秀秋を
さらに島津義弘を、主人公にしようと迷っていたように、この時代において人物を描くのは誠に難しい。
当時の時代背景を説明しようとすると、人物説明を含め長い長い前説が必要になるが、そうもいかず、
原田監督自身、その端折り方をどうするか悩んだのではないか。結果、相当予習をしていかないと全体像が
分からないことになった。本作は合戦を時系列的に追うのではなく、あくまでも石田三成の人生を
描くのが目的であるから、思い切って端折ったのだろうけど、やはなぜあの時代石田三成はああいう生き方を
したのか、を浮かび上がらせるのにはチカラが弱いと感じた。ただ、この題材を映画にした原田監督には
敬意を評したい。

本作を一度観ただけで、全体を把握出来て、三成の人生に深く思いを致した人がいたら、私は心から尊敬申し
上げる。そういう人には極めて面白い映画なんだろうなあ。かなり予習していったのに、映画の良さの半分も
分からなかったかも。
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<ストーリー>

戦国史上最大の合戦である関ヶ原の戦いを描いた司馬遼太郎のベストセラー小説を岡田准一、役所広司ら実力派

俳優の共演で映画化した時代劇。正義で世の中を変えようとする石田三成や、天下取りの野望を抱く徳川家康ら、

武将たちそれぞれの思惑がつづられる。監督は人間ドラマの描写に定評のある原田眞人。


1600年10月21日、長く混迷を極めた戦国時代を終わらせ、その後の日本の支配者を決定づけた戦国史上最大の

天下分け目の決戦“関ヶ原の戦い”は、たった6時間で決着した。石田三成(岡田准一)は豊臣家への忠義から

立ち上がり、圧倒的に有利と言われた西軍を率いて合戦に挑んだ。しかし、権力に燃え、天下取りの私欲の

ために戦う徳川家康(役所広司)に敗北を喫する。

そして、命懸けで三成を守り、愛し続けた忍び・初芽(有村架純)との許されない淡い恋の行方は……。





by jazzyoba0083 | 2017-08-28 14:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

君の膵臓をたべたい

●「君の膵臓をたべたい」
2017 東宝映画 115分
監督:月川翔  原作:住野よる
出演:浜辺美波、北村匠海、大友花恋、矢本悠馬、桜田通、上地雄輔、北川景子、小栗旬ほか
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
原作は未読。去年の夏のように邦画にパンチが効いたのが少ないなあ、と思い、原作を読む
方を先にしたほうがいいじゃないか、と分かりつつ、アニメや青少年向け作品で比較的若い人が
多かったシネコンに行ってみた。映画を見た人からも「原作を是非」と言われていたが、やはり
そうすべきであったと観終わって思った。

泣きたいんだろうなあ、と思しき女子高生や若い女性が多い客席におじさん一人は大いに場違いな
感じではあった。^^;
さて、本作では小栗旬の案内で映画が進行する。で、現在母校の教師となった彼が、高校生時代を
振り返り、カットバックしながら話が進んでいく。今回映画を見終わって、この手のブログを書く
ものには禁じ手なれど、ネット上でどういう評価があるか覗いてみた。

だって、私にはそこら辺にある高校生悲恋映画と変わんないじゃないか?としか思えなかったし、
泣けなかったから。確かにラスト近く、主人公が相手の母親から日記をもらうところで号泣する
シーンではジーンと来るは来たけど、それだけだ。

本作、原作とは大きく異なって脚色されているのだね。原作には成長したあとの小栗旬や北川景子は
出てこない。あくまで高校生のお話として終えている。ダブル主役の二人がそれほど名前が売れて
いないから、製作サイドでは小栗や北川の名前で客を引きたかったのだろうけど、山内咲良を
演じた浜辺美波と、ボクを演じた北村匠海、恭子役の大友花恋、ガム君の矢本悠馬で突っ切れば
良かったのにと感じた人は原作を読んでいた人の感想として、もっとも(正しいとは言わない)だと
思う。演出にチカラがあれば彼らだけで原作通りの感激を持った作品が出来たと思うのだが。

俄然原作が読みたくなったわけだが、おそらく原作では「共病日記」の存在がもっと大きくて、
主役の二人の性格のやりとりが瑞々しく描かれているのだと思う。浜辺美波、頑張っていて
良かったと思うけど、ちょっとチカラ入り過ぎな感じ。
ストーリー進行も大人になってからの二人に重心がかかりすぎてしまい、高校生の恋愛観というか
主役二人の得意な立ち位置から発生する人格のやりとりのスリリングな点やみずみずしさが
だらけてしまって、どよ~んと感じ締まらないなあ、と感じたのだった。

ラスト、咲良が意外な結末になるあたりから話が締まってくるのだが、時すでに遅し。恭子の
結婚式に駆けつけたボクが恭子の前で「友達になってください」というシーンもいささか間抜けな
感じだった。咲良は不治の膵臓の病気であるが、その病気の詳細は明らかにされないので、どのくらい
重篤なのかが今ひとつ理解出来なかった。まあ、咲良の最期が最期だけに、どうでもいいといえば
いいんだけど、ボクの咲良に対する思いの加減を、病気の重篤加減からも知りたいと感じたのだった。

映画の出来とは全く関係ないけど、このタイトル、私は好きではない。気持ちは分かるのだけれど。
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<ストーリー>
“泣ける小説”として人気を博した住野よるのベストセラー小説を映画化。膵臓の病を患う少女と、彼女の言葉を
胸に後に教師となる少年の物語がつづられる。
浜辺美波と人気バンド、DISH//の北村匠海というフレッシュなキャストに加え、原作にはない12年後の現在を
描くパートでは主人公を小栗旬、ヒロインの親友を北川景子が演じる。

高校時代のクラスメイト・山内桜良(浜辺美波)の言葉をきっかけに母校の教師となった僕(小栗旬)は、教え子の
栗山(森下大地)と話すうちに、彼女と過ごした数ヶ月を思い出していく……。

重い膵臓の病を患う桜良が密かに綴っていた「共病文庫」(=闘病日記)を偶然見つけたことから、僕(北村匠海)と
桜良は次第に一緒に過ごすようになった。だが、眩いまでに懸命に生きる彼女の日々は、やがて終わりを告げる……。
桜良の死から12年。結婚を目前に控えた桜良の親友・恭子(北川景子)もまた、僕と同様に桜良と過ごした日々を
思い出していた。そして、ある事をきっかけに、僕と恭子は桜良が12年の時を超えて伝えたかった本当の想いを
知る……。(Movie Walker)




by jazzyoba0083 | 2017-08-11 13:00 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

この世界の片隅に

●「この世界の片隅に」
2016 日本 Mappa,Genco.126min.
監督・脚本:片渕須直  原作:こうの史代
声の出演:のん(能年玲奈)、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
良かったのだが、何が良かったのか自分として今ひとつ腹に落ちていないので、下記のように
とりとめのない感想になってしまった。恐らく私にとってこの映画は一度観たくらいじゃ
その良さが真に分からないのでしょう。また観ることにする。

「クラウドファンディング」「数少ない上映館」「口コミ」➤大ヒット!というこアニメ映画。
「君の名は。」との相乗効果もあったと思うのだけれど、あちらの超大ヒット、一大ブームに
比べれば地味な内容だったが、特に玄人筋に評判がよく、主要な賞は本作が獲得した。
映画館で観ようか、DVDが出るまでまてばいいか、迷っていたのだが、昨日時間が出来たので
まだ午前中に上映してくれているシネコンに出かけた。

本作は広島市と隣の軍港呉市を舞台にした、北條すず、という一人の女性を通じで、昭和10年代前半から
終戦、そして終戦直後までの時代の空気といったものを描いている。もっと「原爆」がフィーチャーされ、
悲惨な涙流れる映画か、と思ったのだが、さにあらず。原爆については、すずさんの実家がやられるのだが、
本人は呉市にいて、「あ、今なんか光った?」「うん、光ったね、なんだろう」くらいで、やがて大きく
なるきのこ雲が現れるくらいで、イメージとしての悲惨なカットはあるけど、それがメインではない。

「その時代の「ごく普通の庶民の生活」を「普通に」切り取ることによって、逆に「普通でいられることの
ありがたさ」「普通が一変してしまう恐ろしさ」が、映画を観終わってからじわじわと胸に迫る。」
(上記の感想が一回観た段階での私が総括出来る感想だ。まだ足りてないような気がする)
「戦争をしているのはいつも政治や軍人たちであり、庶民はそれに振り回されつつもなんとか暮らしを
楽しもうと工夫している」という見方も出来るかもしれない。

本作を観た多くの人が、いい映画だった、と声を高らかに言っているわけだが、(評論家も素人も)
何がそんなに良いんだろう、という気分もあった。エンディングあたりで鼻をすする音も聞こえたが、
私は胸が一杯になることはあっても涙が流れる、というところまではなかった。
感動が無かった、ということでは全然ない。個人的な受け止め方の問題であろう。

北條すず、は、のほほんとしていておっちょこちょいで慌て者、天然。でも気がよく周囲からは嫌われる
ことのないタイプ。彼女を取り囲む広島の家族。そして嫁ぎ先の呉市の北条家の人々。特に北条家の兄嫁
径子とのやりとりなどを、その時代を覗いているかのようなリアルな庶民の生活を活写することにより
生き生きとした暮らしが目の前に広がる。食事はどんどん粗末になり配給は途絶え勝ち。そんななかでも
庶民は力強く「普通の生活」をしようと工夫し頑張る。
すずの兄が石ころ一つになって帰ってきたり、径子の娘とすずが散歩中、アメリカ軍の落とした時限爆弾で
娘が爆死し、自分も右腕の肘から先が吹き飛ばされるのだが、すずは泣きわめいたり誰かを恨んだりは
はしない。戦争だから、というどこか諦観のようなものは感じる。だが義姉の娘を殺してしまったことに
ついては自分を責めるのだった。それが時代のリアリティなのだろう。

原作を含めた主なスタッフに当時を知る人はいないから、そうとう時代考証し、現地を調査したのだろう。
まるで当時のその世界に自分が立っているような気にさえなる。軍事に関することも詳しい点まで調べてある。
家の中にある小物、衣服、などもキチンと嘘の無いように描かれている。それがないと物語全体が生み出す
リアリティは出ないのだ。片淵監督は、「最近の戦争映画は記号的になってしまい、当時のありのままの
世界を見せてくれる作品が少なくなっている」とし、さらに

「(『この世界の片隅に』の舞台となる)戦時中から終戦直後の混乱期にかけての世界が、あまりにも
自分たちの接している日常的な空間とは異質だからです。異質だからこそ、そこに説得力を持たせる必要が
あって、その日常的な空間を想像力で埋めてはいけないだろうな、と思った
。「私たちはこの時代のことを
こんなふうに想像しました。だから、この異質なものを受け止めてください」というのは、途中で理屈が
ねじ曲がっている。

だとしたら、すずさんを通じて、ここで描かれている世界も自分たちが今いる世界の一部なんだと認識し
直してほしい。71年前の世界を、自分たちのいる世界の一部として描かなければいけないと思ったわけです。
それはもう想像力を廃したところで成立しなければいけなかった。」(以上、引用「KAI-YOU」

まさに「想像力を廃したところ」での力強さがこの映画の身上だといえるだろう。それによって、観た人の
多くの心に「そのひとのすずさん」が生まれたのではないか。
原作のマンガが有ったとは言え、このような力強い作品を創り出した片淵監督の今後にも期待したい。
最後になったが声優、のん の存在はこの映画にとってとても大きなものであった。すずをすずたらしめた
功績の大きな部分は彼女の声にある。家族で観に行って鑑賞後語り合っていただきたい映画である。
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<ストーリー>
 戦時下の広島の軍港都市・呉を舞台に、この街に嫁いできたのんびり屋のヒロインが、物がなく苦労が
絶えない日々の中でも持ち前の明るさとしなやかさで、つましくも心豊かな生活を送っていくさまと、
そんなささやかな幸せが徐々に戦火に呑み込まれていく残酷な現実を、丁寧な日常描写の積み重ねで
描ききった、こうの史代の傑作漫画を「マイマイ新子と千年の魔法」の片渕須直監督が長編アニメ映画化
した珠玉の感動作。TV「あまちゃん」で一躍国民的人気女優となった能年玲奈が“のん”名義でアニメ
映画に初挑戦し、ヒロインの声を好演。

 1944年(昭和19年)2月。絵を描くことが好きな18歳のすずは、急に縁談話が持ち上がり、あれよあれよ
という間に広島市から海軍の街・呉に嫁にやってくる。彼女を待っていた夫・北條周作は海軍で働く文官で、
幼い頃に出会ったすずのことが忘れられずにいたという一途で優しい人だった。
こうして北條家に温かく迎えられたすずは、見知らぬ土地での生活に戸惑いつつも、健気に嫁としての仕事を
こなしていく。戦況が悪化し、配給物資が次第に減っていく中でも、すずは様々な工夫を凝らして北條家の
暮らしを懸命に守っていく。
そんなある日、道に迷っていたところを助けられたのがきっかけで、遊女のリンと仲良くなっていく
すずだったが…。(allcinema)

<IMDb=★8.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:---- Audience Score:94%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=348641#1こちらまで。



by jazzyoba0083 | 2017-03-12 13:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

殿、利息でござる!

●「殿、利息でござる!」
2016 日本 松竹・東日本放送 129分
監督・脚本:中村義洋   原作:磯田道史「穀田屋十三郎」
出演:阿部サダオ、瑛太、妻夫木聡、竹内結子、寺脇康文、キタロウ、千葉雄大、橋本一郎、中本賢、西村雅彦
   堀部圭亮、松田龍平、草笛光子、山崎努、羽生結弦(友情出演) ナレーション:濱田岳 他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
私は邦画の中でも時代劇が好きで、中でも事実に根ざした時代劇が特に好み。一方、先日の
「情熱大陸」で観た本作の原作を書いた磯田道史の凄さも確認したく、WOWOWでの放映を機に
観てみた。メガフォンを取った中村監督作品では一連の伊坂幸太郎ものが好きで、全部観ている。
本作も、脚本構成作家から叩き上げてきただけあり、作劇は確かで、面白く出来上がっていると感じた。
★は7.5。
冒頭の初代浅野屋(山崎努)が壺に銭を入れるシーン、更に夜逃げする一家に声を掛ける
シーンを始めとして、いろんなところに細かく埋められた伏線が、ストーリーの展開につれて
見事に回収されていくが、このあたり観ていて気持ちがいいものだ。オチは、浅野屋の正体。
そして宿場のだんな衆が寄進を競うお寺の住職が記録した本がこの作品の元になってますよ、
さらに主人公の穀田屋酒店は今も仙台にありますよ、というもの。これが歴史好きにはたまらない。

出てくる人が、伊達藩の収入役・松田龍平以外、(彼もそんなに非道な悪人ではない)基本的に
全員いい人で、それも、そこまで行くか!というくらいいい人だらけ。それがまたこの作品の
最大の魅力である「痛快さ」を創り出しているし、「売り」なポイントなんであろう。
現実社会への皮肉、とも取れる。

更に役者が良い。阿部サダオ、瑛太、寺脇、キタロウ、西村、松田龍平、など個性派が揃い、
加えて、山崎、草笛のベテランが押さえる。だから千葉雄大(宮城県出身繋がり)やゲストの
羽生くんら若手が出てきても、それはそれとして観ていられる。(羽生くん、結構上手いけど)

貧乏な村の衆が、一所懸命にお金を集めて殿様に貸そうとする物語、丁寧に表現はしているが
一年一年経過を説明しすぎたんじゃないか、もう少し短くしても良かったんじゃないかな、とは
感じた。
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<ストーリー>
 『武士の家計簿』の磯田道史が江戸時代に貧しい町を救うために奇想天外なアイデアで藩主に立ち
向かった実在の商人の知られざる感動歴史秘話を綴った評伝『穀田屋十三郎』を「予告犯」「残穢【ざんえ】
 -住んではいけない部屋-」の中村義洋監督、「舞妓 Haaaan!!!」「夢売るふたり」の阿部サダヲ主演で
映画化した痛快人情時代劇コメディ。
共演は瑛太、妻夫木聡、竹内結子、松田龍平、山崎努。また、フィギュアスケーターの羽生結弦選手が
殿様役で映画初出演を果たしたことも話題に。

 江戸時代中期の仙台藩。百姓や町人には重税が課され、破産や夜逃げが相次いでいた。貧しい宿場町・
吉岡宿も例外ではなく、造り酒屋を営む穀田屋十三郎は、そんな町の行く末を深く案じていた。
ある時彼は、知恵者の篤平治から、町を救うあるアイデアを打ち明けられる。それは、藩に大金を貸し
付け、その利息で町を再建するという前代未聞の奇策だった。計画に必要な額は、なんと千両(約3億円)。
簡単につくれる額ではないが、宿場の仲間たちを説得し、必死の節約を重ね、家財も投げ打ってひたすら
銭集めに奔走する十三郎たちだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353460#1こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-02-22 22:22 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)