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●「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス Maudie」
2016 カナダ・アイルランド Painted House Films,Parallel Film Productions and more.116min.
監督:アシュリング・ウォルシュ
出演:サリー・ホーキンス、イーサン・ホーク、カリ・マチェット、ガブリエル・ローズ他

しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス Maudie_e0040938_23080756.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
いい映画を観たな、と思える作品だった。実在した人たちの話だが、こんなに心が美しい夫婦が
いたんだなあ、と見終わった後しみじみしてしまう。カナダでは知らない人がいない画家(フォーク・
アートというらしい)で、油絵の具で主に自然界にあるものや動物、風景を描いたモード・ルイスの
半生を描いたものだ。

貧しい家の出身で、若年性リウマチを患い体が不自由であった。早くに父母を失い、自宅は借金
まみれの兄が売り払ってしまったため、叔母の家で生活していた。しかし理解が薄い叔母の家を
出たかったモードは、雑貨屋で家政婦募集の張り紙を見つけ、応募する。
これが将来の夫となるエベレットだった。彼は主に魚の行商をしていたが、他にも解体木くずを
売買したり、施設の清掃したり、一人で必死に暮らしていたのだが、女手が必要で、家政婦が
欲しかったのだ。そこに現れたのが、障害者のモード。ろくな仕事が出来ない女性の登場に、
「帰れ」と言うが、帰る場所がないモードは居座って動かない。そして自分なりに必死に仕事を
こなそうとする。そうした態度にエベレットもきついことを言えなくなっていく。

二人の暮らしは世間からは好印象を持たれず、モードはエベレットの慰みものになっているという
噂さえ流れていた。モードは誰から習った訳ではないが、絵が上手く、不自由な手を使って家の壁や
窓ガラスに花や小動物を描いていた。最初は怒りこそしないものの、冷ややかだったエベレットが、
行商に行く先で彼女が書いた絵葉書を買う人が出てくるに及び、絵の具を買い与え、エベレットに絵を
描かせるようになった。そうこうしているうちに二人の間には分かち難い愛情が生まれるようになった。

そしてついに二人は結婚。家の前に「絵画売ります」という看板も立てた。彼女の絵は評判になり
新聞、雑誌、そしてテレビまで取り上げられるようになり、彼女自身も有名になり、絵も高価に
売れるようになった。が、モードとエベレットは暮らしを変えることはなかった。

モードもエベレットも正直で嘘が言えないタイプの人間で、欲というものから遠い。特にエベレットは
障害者のモードを、世界一の妻、と言い、深く愛した。モードに押しかけられたのに。そして
モードも、多少粗野ではあるが、自分の事を思い(ひどい喧嘩をしたエピソードも描かれる)、
描きたい絵を描かせてくれるエベレットを心から愛していた。

しかし、生来丈夫でないモードは肺気腫を患い、病院に運び込まれる。彼女の生はそこで燃え尽きた。
亡骸を静かに抱きしめるエベレット。彼はこのときがいつかは来ることを予想していたのだと感じた。

自然が厳しいカナダ東部のノーバスコーシャ地方の風景をバックにそこで育まれたモードの絵と、不器用
だけど純粋で深く偽りのない一組の夫婦の愛情が、ひしひしと胸に迫る。「シェイプ・オブ・ウォーター」
で主演女優賞候補になったサリー・ホーキンスと、朴訥だけど愛情深い男を演じるイーサン・ホークの
二人が実にしみじみしていて良かった。特にサリーはもともとイラストレーターを志していたというくらい
絵が上手く、その上に素朴派の絵を半年も勉強し、映画に臨んだという。

公開された当時は「シェイプ・オブ・ウォーター」公開前であり、日本では恐らく単館上映だったと思う。
こういういい映画と出会えるのもWOWOWの魅力の一つだ。

しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス Maudie_e0040938_23081652.jpg
<ストーリー>
色彩豊かで素朴なタッチの絵柄で人気の女性画家、モード・ルイス。カナダで最も有名な画家と言われる
彼女の半生を描く、サリー・ホーキンス主演の人間ドラマ。孤独だった男女が出会い、夫婦の絆と確かな
幸せを手に入れようとする姿がつづられる。
無骨だが、妻を懸命に支えようとするモードの夫をイーサン・ホークが演じる。

カナダ東部の小さな町で、絵を描くことと自由を愛するモード(サリー・ホーキンス)は厳格な叔母と
暮らしていた。ある日、町の商店で買い物をしていたモードは、家政婦募集の広告を貼り出した男に興味を
持つ。その男、エベレット(イーサン・ホーク)は町はずれで暮らし、魚の行商を営んでいた。叔母の束縛
から逃げるため、モードは住み込みの家政婦になることを決意し、エベレットが1人で暮らす小屋を訪れる。

モードは子供のころから重いリウマチを患い、一族から厄介者扱いされてきた。一方、エベレットは孤児院で
育ち、学もなく、生きるのに精いっぱいだった。そんなはみだし者同士の同居生活はトラブル続きだったが、
モードが作った熱々のチキンシチューを食べたエベレットは、孤独だった心が温まるのを感じる。

やがて、お互いを認め合った2人は結婚する。ある日、ニューヨークから避暑に来ていた顧客のサンドラが、
エベレットを訪ねてくる。彼女はモードが壁に描いたニワトリの絵を見て一目で才能を見抜き、絵の制作を
依頼する。サンドラの期待に応えるため、モードは壁に、板に、請求書の裏に、夢中で絵を描く。そんな彼女を
エベレットは不器用ながら応援していた。
やがてモードの絵は評判を呼び、アメリカのニクソン大統領から依頼が来るが……。(Movir Walker)

<IMDb=7.6 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:89% Audience Score:89%>
<Metaciritic=65>
<KINENOTE=80.3点>



by jazzyoba0083 | 2019-05-29 21:21 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「アメリカン・アサシン American Assassin」
2017 アメリカ CBS Films,Lionsgate and more.112min.
監督:マイケル・クエスタ
出演:ディラン・オブライエン、マイケル・キートン、サナ・レイサン、シーヴァ・ネガー、テイラー・キッチュ他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
CIAと中東の核絡みの復讐劇のよくあるやつ。ストーリーは既視感ありあり。大きく一つ違う点を上げれば
シリアが奪ったロシアの核が地中海の海中で爆発しちゃうこと。だいたい残り3秒くらいで時限装置を主人公が
止めるのが定石としたものだけど、本作は何をトチ狂ったか、爆発させちゃう。いかに核のレベルが低いとはいえ
核爆弾が爆発したんだから、その後の世界の大騒ぎが全然表面化してこなかったのが不思議でならない。
とばっちりで大被害を被った米海軍第六艦隊のこともあったのにね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
冒頭は魅せる。スペインのイビサ島のビーチ。大学院生のミッチは、ガールフレンドのカトリーナにプロポーズ。
ビーチの客に祝福されつつ、乾杯の飲み物を取りにキオスクに向かうと、そこに数人のテロリスト登場。マシンガン
を構えて手当たり次第に客を殺傷した。ミッチは最愛のカトリーナを目の前で失う。

そして18ヶ月後。復讐の鬼となったミッチは体を鍛え、アラビア語を習得し、マーシャルアーツや銃撃の訓練を
受けて、襲撃したテロリストの首魁への復讐の機会を探っていた。自分がアメリカに反感を持つアラーを崇める
人物という設定で聖戦に加わりたいと、偽名でネットを使って組織にコンタクト。ついにリビアのトリポリで
首魁に会うことになった。目隠しをして連れてこられた部屋で後ろ手に縛られて質問を受けていた時、CIAの
急襲部隊が突入。首魁はあっけなく頭を撃ち抜かれ即死。自分の手で復讐を遂げられなかったミッチは死体を
なんどもナイフで刺すが、CIAに止められ、今度はCIAに軟禁される。ここらあたりまでテンポ良し!

CIAはミッチの行動をずっとネット上で見張っていて、首魁の襲撃も前もってミッチの情報から接触をキャッチ、
先回りしていたのだった。CIAの女性高官ケネディはミッチの才能を買って、CIAに入れと誘う。
教官は元ネイビーシールズの鬼スタン(キートン)だった。テロリストに対する復讐にまだ満足していないミッチは
組織に入り、スタンの狂気を含んだ訓練にも耐える。そして新しい任務に就く。
それは国連によるイランの核開発禁止協定に反対する将軍と外務大臣がロシアから盗まれた核爆弾を入手し、これを
買収した物理学者の手で、アクティベイトし、イスラエルに攻撃を仕掛けるという作戦を潰すことだった・・・

トリポリで合流した現地のCIA職員アニカと組んで、作戦を進行するが、ここにゴーストと云われる謎の人物が
登場する。彼はかつてスタンの部下だった男だが、ある作戦でスタンに置き去りされたことを逆恨みし、個人的な
復讐を、イランの核爆弾を利用しようとしていたのだ。 ゴーストはイランの将軍らの仲間を装い、核爆弾の
奪取を計画。途中で彼が作戦に絡んでいるとバレて追いかけていたスタンを捉え拷問するゴースト。
そのうち核爆弾は出来上がってしまった。シリア側に用が無くなったゴーストは外務大臣ら一味を殺し、爆弾を
奪い、地中海にいる第六艦隊めがけて突っ込む計画を進めた。

アニカはイランの外務大臣の姪で、テロリストに父と兄を殺されている。彼女も復讐の鬼だったわけだ。CIAの
ハイテクを借りながら、次第にゴーストを追い詰めるミッチ。ついに隠れ家を発見。まずスタンを救出、次いで
アニカと共にゴーストを追うが、アニカがゴーストに捕まってしまう。アニカは自分を撃ってミッチにゴーストを
攻撃するチャンスを与える。爆弾を背負って逃げるゴーストはついにモーターボートまでたどり着く。

しかし、ミッチも飛び乗り、船中で格闘が始まる。ここのところ、面白かった。波のため大揺れになる船内で
格闘するところが妙にリアルで。格闘中、大揺れで離れてしまうとか。眼の前には第6艦隊。艦隊は照準をボートに
合わせ、最悪海上で爆発させようという考えだった。その頃船中では、二人の決戦に決着が付いていた。
CIAは、ミッチに爆弾を海中に捨てろ、と命令。ミッチはその指示に従い、救助に来たスタンの乗った米軍のヘリに
救出される。しかし、核爆弾は爆発。その衝撃で第六艦隊はかなりの被害を受けてしまった。

イランでは悪徳将軍が核爆発はアメリカの陰謀、イランはアメリカを殲滅する、とか言っている。こいつが
次の大統領か、とスタンとケネディがCIAで話している時に、将軍の乗ったエレベータの後ろにはミッチの
姿があった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

というアラスジ。ありきたりのストーリーなれど、メリハリの効いたアクションに救われ、そこそこ楽しめる
作品にはなっている。毎度のことながら、ロシアってよく核爆弾を盗まれるんだよなあ。それとこの映画
B級の匂いがする割に、中東を初め、ロンドンとか、ローマとか結構贅沢なロケしているんだよなあ。
007かM:Iシリーズみたいな贅沢さ。(冒頭のイビサ島はプーケットだったとか)
それがイーハン付けているかも知れない。それとやはりマイケル・キートンが全体を締めている感じだ。
あ、それと海中での核爆発で第六艦隊がやられるところのCGはまあまあよく出来ていたんじゃない?

アメリカン・アサシン American Assassin_e0040938_21183577.jpg
<ストーリー>
ヴィンス・フリンのベストセラー小説“ミッチ・ラップ”シリーズを、『メイズ・ランナー』のディラン・
オブライエン主演で映画化したスパイ・アクション。無差別テロで恋人を失い、復讐に燃える青年ミッチが
CIAのスパイとなり、テロリストに立ち向かっていく。
ミッチを鍛える鬼教官のハーリーをマイケル・キートンが演じる。

旅行中、無差別テロ事件に遭遇して恋人を失った青年ミッチ・ラップ(ディラン・オブライエン)は、凄まじい
怒りと悲しみに駆られ、テロリストへの復讐に人生を捧げることを決意。その潜在能力を高く評価したCIAの
対テロ極秘スパイ・チームにスカウトされた彼は、元ネイビー・シールズの鬼教官スタン・ハーリー(マイケル・
キートン)の下で、ハードな特訓を積んでいく。やがて、最前線で活躍するまでに成長すると、ロシアから
流出したプルトニウムを使って核兵器製造を目論むテロリストの陰謀を阻止するため、ヨーロッパでの
ミッションに身を投じる。だが、神出鬼没かつ正体不明のテロリスト“ゴースト”がミッチを翻弄。恐るべき
核テロのカウントダウンが進む中、自らの真価を試される最大の試練に直面する……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:35% Audience Score:61%>
<Metacritic=45>
<KINENOTE=68.3 点>



by jazzyoba0083 | 2019-05-27 23:15 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

歩いても、歩いても

●「歩いても、歩いても」
2007 日本 シネカノン 114分
監督・原作・脚本・編集:是枝裕和
出演:阿部寛、樹木希林、原田芳雄、夏川結衣、YOU、高橋和也、寺島進、田中翔平他

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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
是枝作品鑑賞シリーズ、8本目。「誰も知らない」で注目されてから3本目の昨日となる。
2016年に製作された「海よりもなお深く」のようなテイストを持った作品で、冒頭の母と嫁いだ
嫁との遠慮ない会話からのスタートも同様だ。タイトルだが、観る前にはもっと重い意味があると
思っていたのだが、いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」の歌詞から取られていた。だが何かの
メタファーになっているのは確かだろう。それは後述。

全体を覆うナチュラルな会話のやり取り、観ている市井の人たちも思わず頷いてしまうような、
あるいは会話の現場にいるような感じを受けるセリフの構成は、是枝作品の真骨頂であろう。
これは「万引き家族」でも同様だった。しかし、その何気ないセリフに込められる意味が時代が下るに
従い直截的かつ次第に「意味深長になって来る」ような感じを受ける。

それを支えているのは何と言っても樹木希林の存在。どこまでが台本でどこまでがアドリブなのか
分からないような自然体の流れ。セリフだけではなく、所作や動作も含めて、この人の晩年はまさに是枝
作品のため存在していたような気さえする。

15年前に兄が海で溺れる少年を救って自らが犠牲になる、という悲劇に見舞われた町医者一家。
次男の良多(阿部寛)は、絵画の修復師だが、仕事が沢山あるわけではない。再婚した妻(夏川)との
間に夏川の連れ子が一人。嫁に行った長女(YOU)は夫の間に二人の子供がいる。父(原田)は、町医者
だが、最近は歳のこともあり、殆ど畳んだ状態だった。そんな一家が兄の命日に集まった1日を綴った
構成になっている。舞台は海が見える湘南のある町だ。とりたてて事件が起きるわけでもない。


母(樹木希林)は確実に家を切り盛りしつつ旦那に対する愚痴が絶えない。愚痴が彼女の人生を支えてる
かのようだ。命日には毎年、兄に命を救われた青年も招かれるのだが、良多が、「もう来年から来なくて
いいようにしたら」というと、母は「兄はあの子のために死んだんだよ。一年に一度位は辛い想いをして
貰ってもバチはあたらないんじゃないか」と、母の偽らざる心境を吐露、良多は何も言えなくなる。

肉親で形作られる一家といえども、お互いに屈託と駆け引きと緊張と愚痴でなりたっているのだな、という
ことがこのセリフ劇から見えて来た。相変わらず是枝作品には子供の存在が需要なファクターを占める。

是枝監督は本作のインタビューで「とし子(樹木希林)が医師の妻に見えないところが大事だ」と語る。それは
「じぶんは医師の妻に向いてなかったんだな」と分かってしまっているから。夫はどうやら他に女がいる気配が
する。自分は女として見てもらえなった。年中口にする意地悪とも見える愚痴はその表出に他ならないのでは
ないか。とし子が自分の好きな歌といって、ドーナツ盤の「ブルーライト・ヨコハマ」をステレオ装置に掛ける
ところがあるが、「歩いても、歩いても」というところだけ歌に合わせて口ずさむ。若い頃に気に入った歌と
その歌詞が示す現実・・・。(「海よりもなお深く」ではテレサ・テンが重要な鍵になっていた)

また監督は「とし子のように失ったことが人をゆがめることもある。彼女は失ったものの埋め方を間違ったんで
すよね。そういう姿にも興味はあります」(以上、引用「映画.com」)

こうした何気ない家族を描くこと、ありがちなセリフのやりとりの行間に描写される人間の機微が垣間見えてくる、
それは観ている人にオープンエンドとして投げかけられ、映画としての回答を提示するわけではない。
観終わると観客は知らずに己が胸に、自分の一家を思い浮かべているのだろう。

日常のリアリティにとことん拘った是枝作品は「細部にこそ神が宿る」という言葉を想起させた。
オフシーンからスタートする会話なども、家の中の声を自然に捉えているという意味で重要だった。

何気ないといえば何気ない。引っかかると言えばとても引っかかる、それが是枝作品の魅力と感じている。

1つ引っかかったとすれば、ラストの両親の死亡とその後、良多と後妻にも娘が出来た状態で墓参りする
シーンがあるのだが、その前の、命日が終えてみんな帰り、老夫婦が階段を上がって家に帰るシーンで
終わっても良かったのではないか。「輪廻転生」とかいうことを言いたかったのだろうか。

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<ストーリー:結末まで書かれています>
ある夏の終わり。横山良多(阿部寛)は、再婚したばかりの妻ゆかり(夏川結衣)、ゆかりの連れ子のあつし
(田中祥平)とともに電車で実家に向かっていた。
今日は15年前に亡くなった横山家の長男、純平の命日だった。だが、失業中の良多は気が重い。実家に着いて
仏壇に手を合わせた後、良多は母のとし子(樹木希林)、引退した開業医の父・恭平(原田芳雄)、姉のちなみ
(YOU)らと食卓を囲み、純平の思い出に花を咲かせる。

午後、とし子と良多一家の四人で墓参りへ。途中、とし子とちなみ夫妻の同居が話題になるが、とし子は良多が
戻ってきにくくなるという配慮から、これを否定する。墓参りから戻ると、今井良雄という青年が線香を上げに
来ていた。純平は、海で彼を助けようとして溺死したのだった。とし子は彼に、来年も来るようにと声を掛けて
見送るが、恭平は“あんなやつのために”と悪態をつく。その言葉に、良多は“医者がそんなに偉いんですか”と
声を荒げる。

ちなみ一家が帰り、良多一家と老夫婦だけの夕食。ゆかりは場を盛り上げようとするが、普段会話の少ない
老夫婦は険悪な雰囲気になっていく。やがて、おもむろにレコードを取り出してくるとし子。『ブルーライト・
ヨコハマ』。30年以上も前の恭平の浮気にまつわる曲で、とし子が浮気を知っていた事を恭平は初めて知る。

良多とあつしの入浴中、とし子とゆかりの間で、良多の子供を作るかどうかという話題になる。だが、とし子は
諦めかけており、それを聞いてゆかりは顔を強張らせる。翌朝、あつし、恭平と散歩に出る良多。脚が悪く遅れ
がちな恭平を心配する良多は、いつかあつしを連れて一緒にサッカーを見に行こうと約束するのだった。

それから7年。恭平もとし子も亡くなり、良多一家は海辺の墓地にいた。夫婦の傍らには高校生になったあつしに
加え、4歳ぐらいの女の子の姿。遠くで、海だけが昔と変わらずに青く輝いていた……。

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer: 100% Audience Socre:90% >
<Metecritic=89>
<KINENOTE=77.3点>



by jazzyoba0083 | 2019-05-25 23:35 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「パリ・嘘つきな恋 Tout le monde debout 」
2018 フランス Gaumont and more. 107min.
監督・脚本:フランク・デュボスク
出演:フランク・デュボスク、アレクサンドラ・ラミー、ジェラール・ダルモン、エルザ・ジルベルスタイン他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆+α>
<感想:ラストのネタバレまで書いています>
人気コメディ俳優フランク・デュボスクが自ら初めてメガフォンを取ったラブロマンス。フランスでは大ヒットした
のだそうだ。観ると、なるほど、フレンチな香りがする色気とヒューモアとペーソスで出来上がった一遍。
ストーリーとしては大層なことは無いと思うのだが、大人の趣味の良い恋を意外なアイデアを持ってきて、ハッピー
エンドで適当な上映時間で纏めたところが心地よく、観た人は基本だれも嫌な思いをしない、というところがヒット
の要因ではないのか。 
それと全般に貧乏の匂いがしないので、ある種夢心地の時を過ごせる、というところも客を集める要素になっていそう
な感じだ。

主人公のジョスランはスポーツ用品の会社を経営し、世界を飛び回るセレブなのだが、お調子者というか、口から
でまかせの悪気のない嘘を付くクセがある。(けっこう危ない嘘を付くのだが、セレブ故に許されてしまうところは
嫌な描き方だが)それと根っからの女好き。そんな男が、車椅子の美女と恋に落ちるのだ。
ジョスラン、亡くなった母のアパートの整理に来ていて、たまたま母の車椅子に座っていたところを、向かいの部屋の
美女の訪問を受け、思わず自分も車椅子の身である、と言ってしまった。そんな美女が、郊外の実家で姉を紹介すると
いうので、ポルシェの前トランクに車椅子を積んでいそいそと向かう。現れたのは、車いすテニスの選手にして
プロバイオリニストとしても世界を巡業するフロランスだった。

恋に落ちてしまったジョスランだったが、どうしても自分の車椅子が嘘だと切り出せない。医師の友人も、弟も
早く真実を告げろ、傷が深くなる、ホントのことを知った時の彼女の心の傷は深くなる、と盛んに忠告するのだが
どうしても勇気が出ない。これまで不自由ない暮らしをし、口からでまかせの付き合いをしてきたジョスランに
してみれば、真剣な恋を目の前にして、どうしたらいいのか分からない、というのが本音なのだろう。

彼女の後を追いかけ、食事をし、付き合いが深くなるほどホントの事が言いづらくなる。ジョスランの家には
プールの底が水面の上までせり出してくる特殊なプールがあるのだが、そこで浮力を利用したセックスまで
してしまうのだった。

観客は、にっちもさっちもいかなくなる一方のジョスランの様子に、観客はどういうオチにしてくれるのだろう、と
ハラハラする。自分からはどうしても言えない。

事は意外な方面からバレる。ジョスランの弟と、フロランスの妹が急接近。弟は妹に、「実は兄は身障者なんか
じゃない。車椅子は嘘」と言ってしまう。これを聞いて激怒した妹は「48時間以内に姉に本当のことをいわないと
私が言うわよ」といわれてしまう。妹とて姉を傷つけなくない。そこでフロランス以外の全員で一計を案じた。
それは全員でルルドの泉(奇跡をもたらすという)へ行き、奇跡を願おうというもの。そこでジョスランが奇跡で
立つことが出来たことにすればいいと。

作戦は上手くいきそうな状況だった。ルルドからの帰り、トラックにはねられそうになった車椅子のフロランスを
ジョスランはとっさに立ち上がって助けたのだ! これこそ「奇跡だ!」と皆で囃し立てるが、フロランスの
表情は冴えない。ジョスランはフロランスの前でたどたどしく歩けるように振る舞ってみせるのだが・・・。

そう、フロランスは、出会った時からジョスランは健常者だ、と分かっていたのだ。障害者は、分かるものなのだ
なあ。「嘘つきはキライ」と云われていたジョスランは、フロランスとはもうだめだとフロランスの元を去って行った。

そして日頃から鍛えていた自分の会社の靴を履いて出たマラソン大会。途中でくたばったジョスランのところに
来たのは車椅子のフロランスだった。フロランスは彼を自分の膝の上に載せ、残りの距離を車椅子で走り、ゴール
したのだった。二人は車椅子の上で熱いキスを交わしたのだった。

こんなお話なのだが、狂言回し的に登場するゲイで医者の友人と、密かにジョスランに想いを寄せていた(ように
見えた)秘書の存在が素敵だった。洒落たセリフと、仕掛け、特に車椅子の身を少しも嘆かないフロランスの
笑顔が終始、眩しくて、身障者を描いている暗さとか、重さを全く感じない。それが悪い方向に働いていない
演出が良かった。下手すると日本辺りでは身障者を笑い者にしている、おちょくっているとか云われそうだが、
この映画については、その辺りを突っ込んで来る人は少ないのではないか。下手をするとスノッブな感じに流れ
そうなところを寸止めにしているというか。

原題が凄く意味が思いと思う。ラストでも字幕で大文字で示されるのだが、「Tout le monde debout」という
のだが、「みんな立っている!」という意味だと思うが、特にフロランスの立場として、そうなんだろうなという
ことだろう。「自立している」ということ。車椅子の生活だが、「心は立って歩いている」という風に捉えると
この映画のニュアンスとぴったり来ると思うのだが。

パリ・嘘つきな恋 Tout le monde debout _e0040938_23441620.jpg
<ストーリー>
フランスの人気コメディアン、フランク・デュボスクが監督・脚本・主演の3役を務めたラブ・コメディ。
女性の気をひくため、車椅子生活だと嘘をついたイケメン男性が、1人の女性と出会い、真実を隠したまま本気の
恋に落ちていくさまが描かれる。
コミカルな演技を得意とするアレクサンドラ・ラミーがヒロインのフロランスを演じる。

パリの大手シューズ代理店で働くビジネスマンのジョスラン(フランク・デュボスク)は、イケメンでお金持ち、
女性にもモテるが、恋愛に求めるのは一時的な楽しさだけという軽薄な男だった。ある日、亡くなった母の家を
訪ねたジョスランが、部屋に残されていた母の車椅子に座っていたところ、偶然その場を訪ねて来た美女ジュリー
(キャロライン・アングラード)と遭遇。彼女の気をひくために「自分は車椅子生活を送っている」と嘘をついて
しまう。

すっかり信じたジュリーは、姉のフロランス(アレクサンドラ・ラミー)を彼に紹介。彼女は、以前事故に遭い
車椅子生活を送りながらも、ヴァイオリニストとして世界中を飛び回る快活でユーモア溢れる女性であった。
親友のマックス(ジェラール・ダルモン)には興味無いと言いながら、ジョスランはフロランスが出場する車椅子
テニスの試合を観戦したり、彼女が演奏するコンサートを観るためにわざわざプラハを訪れるのだった。

会うたびに新しい一面を見せてくれるフロランスに、本気で恋に落ちていくジョスラン。やがて、ふたりはデートを
重ね距離を縮めていくが、ジョスランはまだ本当のことを言えずに車椅子に乗ったままだった。そんなある日、
ついにジュリーに車椅子の嘘がばれてしまう。マックスや秘書のマリー(エルザ・ジルベルスタイン)を巻き込み、
奇想天外な計画を立てて嘘を切り抜けようとするジョスランだったが、実はフロランスの方も彼に隠し事がある
ようで……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:33% Audience Score:73%>
<Metacritic=No Data>
<KINENOTE= 74.6点>

by jazzyoba0083 | 2019-05-24 12:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「炎の戦線 エル・アラメイン El Alamein- La linea del fuoco 」
2002 イタリア Cattleya 113min.
監督・脚本:エンツォ・モンテレオーネ
出演:パオロ・ブリグリア、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、ルチアーノ・スカルパ、エミリオ・ソルフリッツィ他

炎の戦線 エル・アラメイン  El Alamain- La linea del fuoco _e0040938_14071058.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
wikiによると、この「エル・アラメインの戦い」は第二次世界大戦において、「ミッドウェイ海戦」「スターリング
ラード攻防戦」などに匹敵する激戦であり、かつこの戦争の趨勢を決めた重要な戦いであったとの説もあるという。
恥ずかしながら寡聞にして知らなかった。

本作は激戦を描くというより、北アフリカの砂漠の中に放り出されたイタリア兵士らの、戦争を見つめる目を描く
淡々とした作品だ。全体のトーンは「砂色」。日本軍の方がはるかに酷かったが、イタリアやドイツにも同じように
補給線のことを考えず、無理な精神論を振りかざして兵士を犠牲にする軍指導部はどこにもいるんだな、という事が
表現される。戦争の不条理性、非合理性の愚かしさ。
主人公的は役割は大学生の志願兵セッラ。彼が配属された中隊の上官や同僚たちと、地雷原に囲まれ英軍の砲撃に
いいようにやられ、あっちへ行け、こっちへ行け、と統一性のない命令に振り回される。兵器や銃弾どころか
食料や水さえ補給されない。優性な英仏軍は、かさにかかって攻撃してくる。精神的にも消耗していき、次第に
減っていく仲間たち。

将官たちは「撤退」を「転戦」といいくるめた日本軍と同じ論理を使い、「気持ちさえしっかり持てば何とか道は
開かれるものだ」とか行って、自分たちはさっさと戦地を離れる。こうして末端の兵士たちは、何のために戦って
いるのかすらわからなくなり、惨めな思いの中で朽ちていくのだ。こうして思うと日独伊は負けるべくして負けた
んだな、と容易に推測できる。

ラッセは語る「現実の戦争は、惨めで臭い」。救いは日本軍ほど馬鹿でないので、投降で救われた命も多い。
だが主人公ラッセと中隊長、軍曹は戦地にとどまる。ラッセがポンコツバイクで残る二人の救助を要請すべく
(あてのない)出発をするところで終わるが、彼ら3人が生き残ったという印象は受けない。ラスト、字幕で
エル・アラメインの犠牲者などが説明され、イタリア軍の被害がいかに酷かったかが説明される。そして
現代の無名戦士の無数の墓碑の映像で終わるのだが、一人の男の背中が映るが、それがラッセであってほしい、と
思ったのは私一人ではないだろう。

ながいことシャワーも浴びることが出来ない4人の兵士が海に出て裸ではしゃぐシーンは唯一の救い。しかし、
その砂浜も地雷原であったことが分かり急ぎその場を離れるのだった。つかの間の自由もあっという間に終わ
ってしまった。彼らに真の休息など無いのだ。

抑制されたトーンの中でも、末端の兵士が味わう無茶苦茶な戦争の有様がひしひしと伝わってくる作りはなかなか
良かった。冒頭の二人乗りバイクが砂漠を失踪するオープンニングも味わい深かった。ラストシーンは「プライベート
ライアン」のイメージに近い。

炎の戦線 エル・アラメイン  El Alamain- La linea del fuoco _e0040938_14072170.jpg
<ストーリー>
1941年2月、第二次大戦中の北アフリカ。ドイツ軍はロンメル将軍を指揮官とする精鋭部隊をリビアに派遣。
この地のイタリア軍を指揮下に収め、エジプトを目指して進軍を開始する。<砂漠の狐>と謳われたロンメル
将軍の巧妙な作戦の下、ドイツ・イタリア連合軍は快進撃を続け、アレキサンドリアを目前に控えた交通の要所
エル・アラメインに到着。

イギリス軍はスエズ運河に連なるこの地を死守するため、20万にも及ぶ兵員を投入し、熾烈な攻撃が独・伊両軍を
襲った。戦闘は膠着状態に陥り、兵士たちは灼熱の太陽と圧倒的な飢えが支配する砂漠に、釘付けされる。

1942年10月、イタリア軍の歩兵陣地に、パレルモ出身の若者セッラ(パオロ・ブリグリア)が着任した。
フィオーレ中尉(エミリオ・ソルフリッツィ)は、交代要員が彼だけだと聞いて、落胆の色を隠せない。
学生志願兵のセッラは、本国での戦争報道を信じ、前線で兵士が必要と聞いて志願してきたのだった。
中尉はセッラをリッツォ曹長(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)の分隊に配属する。この陣地からは、見渡す
限り荒廃した砂漠がひろがり、鉄条網が張られている。鉄条網の向こうは地雷原で、それを挟み、イタリア軍と
イギリス軍が対峙する。

物量で勝るイギリス軍は戦闘機や追撃砲の攻撃で、イタリア軍を苦しめていた。リッツォ曹長はセッラに3つの注意を
与えた。1.頭を低くしていること。2.全員罹っているのだから、赤痢になっても報告などしないこと。3.さそりに
気をつけること。進むことも退くことも出来ないまま、灼熱の太陽に灼かれる日々が続く。1日に使える水はわずか
250CC。顔を洗うのにも、砂を使う。そして、イギリス軍の執拗な攻撃。狙撃され負傷した兵士を救うべく担架を
抱えて走る衛生兵、その兵も、銃弾を浴びて死んでゆく。
破壊された車の影から撃ってくる敵を、車の残骸ごと吹き飛ばしようやく攻撃を逃れる。過酷な戦場の日々が、
セッラの骨身に染みる。過酷な日々の末、遂にイギリス軍の総攻撃が始まった。迎え撃つ戦車もなく、援軍の飛行機も
来ぬままイタリア軍は砲弾の雨にさらされる。たこつぼにうずくまり銃を構えるセッラだが……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:no data Audience Score:80%>
<Metaciritic=No Data>
<KINENOTE=66.3点>



by jazzyoba0083 | 2019-05-22 23:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「デイジー・ミラー Daisy Miller」
1974 アメリカ Copa del Oro,The Directors Company. 92min.
監督・製作:ピーター・ボグダノヴィッチ 原作:ヘンリー・ジェームズ
出演:シビル・シェパード、バリー・ブラウン、クロリス・リーチマン、ミルドレッド・ナトウィック、アイリーン・ブレナン他

デイジー・ミラー Daisy Miller_e0040938_12102189.jpg
<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
日本では劇場未公開に終わった作品。観てみると、さもありなん、内容だ。基本的にはセリフ劇。
欧州に長く滞在するアメリカの富豪たちのスノッブな貴族的暮らしの中で、欧州的な男女の機微と
アメリカ人的な「合理主義」が相いれず、悲劇的な結末を迎える。こうした仕事をしないで暮らす
ようなハイソサエティの人々の、スノビッシュな会話と、駆け引きは、こういう世界に興味が無いと
面白くない。

19世紀のスイス保養地。アメリカ人男性のフレデリックは、遊びに来ていた同じくアメリカ人の
美しい富豪令嬢デイジー・ミラーに一目惚れする。しかし、デイジー自身一筋縄ではいかない、
いい意味では自由奔放、悪くいうと空気が読めない、身勝手な小悪魔的な存在だ。

デイジーの母は自由放任タイプ、比してフレデリックの周辺の叔母などは、彼女は「美しいけど下品だ」
から付き合いを止めろ、と忠告する。しかし、周囲の忠告にも拘わらずフレデリックはデイジーの魅力に
取り込まれていく。デイジーはそういうフレデリックの気持ちを持て遊ぶような行動を取る。
方や、イタリアのオペラ歌手とも付き合い、婚約したという嘘を付いたりしてフレデリックをからかう。
オペラ歌手自身もデイジーに心底惚れているのに、彼もまたデイジーにもてあそばれている存在なのだ。

結局デイジーは熱病で急死する。茫然自失のフレデリックであったが、結局デイジーの心の底を知る
事は出来なかたのだ。おそらく映画を観ている人もデイジーの本心とか真の性格は分からなかったのでは
ないか。亡くなる寸前にフレデリックとデートした古城でのことを彼は覚えているだろうか、尋ねて
ほしいと母に言い残すが、彼女の心ははやりフレデリックにあったのだろう。

欧州に長く滞在し欧州的な文化やプロトコルに染まってしまったフレデリックに対し、アメリカ人らしい
天真爛漫なデイジーの心を捉え理解するのはもはや難しくなってしまっていた、という二人の悲劇性を
表現したもの、と捉えれば良かったのだろうか。フレデリックはデイジーの愛情を読み取れなかったという。

19世紀の有閑階級の生活と欧米の文化に対する理解がないとなかなか読み解くのには苦労する作品だと感じた。
深読みできる面白さがあるのかどうか個人的に自信がない。
「ペーパームーン」のボクダノヴッチだからと思ってみてみたが、自分好みの作品ではない、と感じた。

デイジー・ミラー Daisy Miller_e0040938_12102926.jpg
<ストーリー>
H・ジェームズの古典的恋愛小説を、「ペーパー・ムーン」をヒットさせた直後のP・ボグダノヴィッチが
正攻法で映画化。19世紀末のヨーロッパ。アメリカから単身やって来た一人の娘が、ヨーロッパ社交界の中
でもまれながらも恋をし、そして自身を貫いて生きていく姿を綴る。
全編イタリアにロケした美しい風景をバックに、世紀末の風俗を再現した華麗な美術(ベルトルッチ作品など
で知られる、F・スカルフィオッティが担当)が見もの。(ぴあ映画生活)

<IMDb=★6.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% (※coments are only 7) Audience Score:22%
<Metaciritic=No Data>
<KINENOTE=58.7点>



by jazzyoba0083 | 2019-05-20 22:50 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「ウィッチ The VVitch :A New-England Folktale」
2015 アメリカ Parts and Labor,RT Features and more. 93min.
監督・脚本:ロバート・エガース
出演:アニャ・テイラー=ジョイ、ラルフ・アイネソン、ケイト・ディッキー、ハーヴィー・スクリムショー他

ウィッチ The VVitch :A New-England Folktale_e0040938_15344272.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
この手の映画はあまり観ないのだが、内外の評価がとても高いので、時間も短かったため鑑賞してみた。
作り込んだおどろおどろしさ、ではなく、心底「心の恐怖」を感じるタイプの映画だった。

全編ローキーの灰色っぽい映像。そして舞台が1630年(日本でいうと江戸開府直後くらいか)のアメリカ
東部ニューイングランド。イギリスから清教徒たちが「メイフラワー号」でアメリカに到着したのが1620年
だから、まだまだ入植直後であり、人々は貧しく、頼るべきは宗教であった側面が大きい。病にしろ、収穫に
しろ、それは天にましますイエスさまの思し召しであり、原罪意識の強かった当時の人々の、生活上での
宗教の力と強さと恐ろしさがよく表現出来ていた。本作はキリスト教に詳しいかそうでないかで、面白さも
随分変わってくるだろう。日本で公開しても大ヒットするような映画ではない。

アメリカのみならず、17世紀あたりの歴史では、宗教の持つ力は強く、人々は森羅万象は神の思し召しによると
信じて疑わなかったし、それを信じない人間は悪魔の手先であり、地獄に落ちる存在であったわけだ。
そうした信仰にしか生きる糧を見いだせない当時の人々の心のありようが、ホラーという形を借りた本作の
主題なのだろうと感じた。

映画に登場する、黒いウサギ、黒いヤギ、黒いカラス、卵(割れる)、また登場する双子も不吉なものとして
捉えられていたという話も聞いたことが有る。そうした映画に登場するガジェットが、暗喩となり理論では説明の
つかない不吉、恐怖を生み出している。ネタバレだが、父は黒ヤギの角で腹を刺され殺される、トマシンを魔女と
信じて疑わない母はトマシンを殺そうとして逆にトマシンにナイフで殺される、下の赤ん坊は映画の冒頭で消える。
トマシンの弟ケイレブは森で行方不明になるが後に帰宅したものの憑依状態で、亡くなる。トマシンの双子の
兄妹は、父が黒ヤギに殺された時にどうやら豚のような死体がころがっていたところを見ると彼らは悪魔だった
可能性がある。こうしてトマシンは一人になり、黒ヤギと契約を交わすのだ。

貧しくも敬虔なキリスト教徒の一家のトマシンが、家族がとりつかれた恐怖により魔女にされていき、その
家族は崩壊。結局トマシンは悪魔(黒ヤギ)と契約し、森の中で行われるサバト(魔女の集会)に赴く。
その不気味な笑顔のアップで映画はカットアウトして終わる。

短い映画ではあったが、文明化以前の人々の心の拠り所とそれから生まれる疑心暗鬼、それらは魔女を生み出し、
彼女らを悪として滅ぼすことが主の願いに叶うことと固く信じる宗教心。そうでなければ生きていけなかった
そのころの時代を思うと、単に怖がったりするようなタイプの作品ではないな、と感じた。有り体にいうと
「悪魔憑き」の話なので、なんでもありと言えばそうなのだが、舞台になった時代にその場所で生きた人々を
思うとき、こうした閉鎖的な精神状態に生きるしかない人々を思うとき、心に重いものを感じるのだった。

ウィッチ The VVitch :A New-England Folktale_e0040938_15344948.jpg
<ストーリー>
「スプリット」のアニヤ・テイラー=ジョイ主演によるダークファンタジー・ホラー。
1630年、ニューイングランド。敬虔なキリスト教徒の夫婦と5人の子供たちが、村はずれの森近くに移住して
くる。だが突如生後間もない赤子が消え、家族は狂気の淵に陥っていく。
監督・脚本は、本作でサンダンス映画祭監督賞を受賞した新鋭ロバート・エガース。

630年、アメリカ・ニューイングランド。街を追い出されたウィリアム(ラルフ・アイネソン)とキャサリン
(ケイト・ディッキー)夫妻は、5人の子供たちと共に敬虔なキリスト教生活をおくるため、村はずれにある森の
くの荒れ地にやって来る。だが突如、赤子のサムが何者かに連れ去られ、行方不明になってしまう。連れ去った
のは森の魔女か、それとも狼か……。
悲しみに暮れる家族だったが、ウィリアムは美しく成長した愛娘トマシン(アニヤ・テイラー=ジョイ)が、
魔女ではないかと疑いはじめる。疑心暗鬼となった家族は、やがて狂気の淵に陥っていく……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:91%  Audience Score:57% >
<Metacritic=83>
<KINENOTE=68.0 点>



by jazzyoba0083 | 2019-05-18 22:40 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

RGB 最強の85才  RGB

●「RGB 最強の85才 RGB」
2018 アメリカ Participant Media,CNN Films,Storyville Films,Better Than Fiction Productions.98min.
監督・製作:ベッツィ・ウェスト、ジュリー・コーエン
出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ他

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<評価:★★★★★★★★★☆☆>
<感想>
今年のオスカーの長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、またフェリシティ・ジョーンズ主演の映画
「ビリーブ 未来への大逆転」が封切られ、ちょっとしたRBGブームとなっていた。それはまたトランプの
登場が彼女の存在を際立たせているという点も見逃せない。

縦筋に、ジミー・カーター時代にアメリカで2番目に女性最高裁判事に任命されるにあたり、上院の公聴会に
呼ばれたギンズバーグの語りが置かれ、そこから派生する彼女の一生が挿入されていくという形を取る。
また後半では彼女が手がけた裁判の判決で彼女が何を語ったかを文字を以て紹介していく。

個人的には劇映画の方を先に見ていたので、基本的な知識はあったが、実物たちが紡ぎあげるRGBの生涯は
作りものでない重み、インパクトがあった。1950年代に大学生活を送り、弁護士となり、結婚し、子どもが
生まれ・・・という彼女の半生には常に女性に対する差別、偏見が付きまとっていた。

NYで高名な経済弁護士となる夫が、実に出来た男で、ギンズバーグが子育ての必要な時期は家事全般を引き受け
彼女をもり立てる。一方、ギンズバーグ自身も素晴らしく頭が切れ、一旦喋り始めると弁舌は理路整然、相手を
黙らせてしまう力を持つ。天才肌ではあったが、人より多くの努力ももちろん重ねてきた。

こうして、女性は憲法の下では男性と同等の権利を有する、という判決を次々と勝ち取っていく。アメリカが
ずっと守ってきた、女性は「家にいて良妻賢母であることが一番」という旧習を打破していったのだった。
彼女の努力が、女性が働きやすく、子育てしやすく、暮らしやすい環境を議会に対して整えさせていった。

そしてついに合衆国としては2番目の女性最高裁判事に指名される。夫には先立たれてしまうが、彼女は今でも
筋トレ!を欠かさず体を鍛えている。そして、自分がいよいよ引退だ、というときまで全力で判事を続けると
いう。トランプの出現で最高裁判事の構成は右寄りになっているが、そしたときだからこそ、リベラルな
ギンズバーグの反対意見は力強く響くのだ。彼女はアメリカの良心、と言えるだろう。

本ドキュメンタリーは、基本的にはRBGが生まれてからこの方の伝記的側面を描いてはいるが、ルースという
女性がどういうバックボーンを以て判事に臨んでいるかを、その生い立ちや周りの人々の語りから浮かび
上がらせる。同僚であり、子どもであり、孫であり、ライバルらである。彼らの語りが彼女の人となりを
語っていく。

畢竟、今の時期にRBGが注目されなければならないと言うことはアメリカにとって決して幸福なことでは
ないのだろう。トランプの登場で国民が分断されている不幸な時代だからこそ、彼女が注目されるのだ。
構成としてとても良く綴られたドキュメンタリーで、見ごたえがあった。何よりドキュメンタリーで大事な
RGBという人がよく描けていたと感じた。アメリカ人にこれだけ愛されるのはその芯の強さだけではなく、
結構おちゃめなキャラクターが愛されていて、それがアメリカっぽいなあ、と感じたのだ。

RGB 最強の85才  RGB_e0040938_16243856.jpg
<ストーリー>
85歳にして現役アメリカ最高裁判所判事ルース・ベーダー・ギンズバーグに迫ったドキュメンタリー。
異例のキャリアを邁進し、女性やマイノリティの権利のために寄与し続け、抜群の知名度と人気を誇る彼女の
半生、そして彼女を支えた信念や愛情を追っていく。
第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞・主題歌賞(ジェニファー・ハドソン『I'll Fight』)にノミネート。

85歳にして現役の最高裁判所判事であるRBGことルース・ベーダー・ギンズバーグ。彼女は1933年に
ニューヨーク、ブルクリンのユダヤ系の家に生まれ、苦学の末にコーネル大学を卒業。コロンビア大学法学部教授、
コロンビア特別区連邦控訴裁判所の判事を経て、1993年ビル・クリントン大統領より第107代アメリカ最高判事に
任命された。
異例のキャリアを突き進み、シャイな反面、巧みな法廷戦術を繰り広げ、女性やマイノリティへの差別撤廃に
寄与し続けてきた彼女が、現在のアメリカを作ったと言っても過言ではない。アメリカでは関連本が何冊も出版され、
Tシャツやマグカップなどのグッズまで販売されるほど人気を博している。ポップ・カルチャーの新しい象徴とも
評される彼女を支えた信念とは。ルース・ベーダー・ギンズバーグにカメラが迫る。

<IMDb=7.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:94% Audiece Score:77%>
<Metacirtic=71>
<KINENOTE=82.0点>



by jazzyoba0083 | 2019-05-15 13:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画の行方 Hitler contro Picasso e gil altri」
2018 イタリア・フランス・ドイツ 97min.
監督:クラウディオ・ポリ
出演:(ナレーター)トニ・セルヴィッロ

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆+α>
<感想>
ナチスがヨーロッパで絵画や彫刻を略奪したという話は有名で、近年ジョージ・クルーニーが自ら監督し、
脚本も書き、主演を努めた「ミケランジェロ・プロジェクト」というナチに強奪された美術品の奪還作戦を
描いた作品もあったし、ゲーリングをまんまと騙したオランダの贋作画家ハン・ファン・メーヘレンを描いた
「ナチスが愛したフェルメール」もあった。(それらの話も本作中に出てくる)そうした基礎知識は一応持って
みたのだが、全部で60万点もの強奪は、未だに行方知れず(あっても名乗り出ない)の作品が10万点もあると
いうし、その後も時々、発見の報に触れることもあり、ナチスがやったことのもの凄さに圧倒されるとともに、
作品中にも出てくるが、戦争は人的な、あるいは都市破壊の被害だけではなく、芸術をも破壊する側面を浮き
彫りにし、その後の難しい回収作業、修復作業を紹介していた。狂気の権力者のやることは常人の想像を超える。
だから独裁政治や全体主義は怖いのだ。

発見されてもそれが本当に真作かを確認しなくてはならず、研究者に取っては大変な作業だった。タイトルに
あるピカソについてはゲルニカについてのエピソードは出てくるが、映画のタイトルになるような対決の図式が
有るわけではない。作品の性格上しかたのないことだろうか、淡々と進むドキュメンタリーは、起伏が少なく
眠気を誘う。
だが、考えてみれば、ルーブルや、大英博物館に並ぶ古代エジプトやギリシアの美術品や、ボストン美術館に
並ぶ、浮世絵などは、ヒトラーの背後にある優性思想さえ除けば、根本的にやっていることは変わらないような
気もする。
知らない話もあり、全体として絵画史好きな私には興味深かった。そうでもない方には退屈かもしれない。

ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画の行方 Hitler contro Picasso e gli altri_e0040938_15262701.jpg
<プロダクションノート>
1933~45年にナチスにより弾圧・略奪された美術品をめぐるドキュメンタリー。ピカソやゴッホなどの名作に
退廃芸術の烙印を押す一方で古典主義的な作品を擁護し、ユダヤ人富裕層から美術品を没収した背景や、略奪
された美術品が辿った闇の美術史に迫る。
監督は、ヴェネチア・ビエンナーレやイタリア国立21世紀美術館などのドキュメンタリーを手がけたクラウディオ・
ポリ。「修道士は沈黙する」などに出演した俳優トニ・セルヴィッロが案内を務める。
『怖い絵』シリーズを著した作家・ドイツ文学者の中野京子が字幕監修を担当。

ナチス・ドイツはピカソやゴッホ、ゴーギャン、シャガール、クレーらの名作を退廃芸術と貶める一方、アーリア人
による写実的で古典主義的な作品を擁護。そして、青年時代に画家志望だったヒトラーは故郷に近いリンツに総統
美術館を建設しようとし、ユダヤ人富裕層やユダヤ人美術収集家、ルーブル美術館から問答無用で憧れの名品や
価値ある退廃美術の略奪を繰り返した。
1933~45年にナチス・ドイツがヨーロッパ各地で略奪した芸術品は約60万点におよび、戦後70年以上経った今でも
10万点が行方不明と言われる。
本作では、歴史家や美術研究家、略奪された美術品の相続人や奪還運動に携わる関係者の証言をもとに、ヒトラーの
思想の背景と略奪された美術品が辿った闇の美術史に迫る。(Movie Walker)

<IMDb=7.0>
<Rotten Tomatoes=No Data>
<Metacritic=No Data>
<KINENOTE=67.5点>

by jazzyoba0083 | 2019-05-15 11:20 | Trackback | Comments(0)

●「フライド・グリーン・トマト Fried Green Tomatoes」(良作再見シリーズ)
1991 アメリカ Universal Pictures,Act ⅢCommunications. 131min.
監督:ジョン・アヴネット  原作・脚本:ファニー・フラッグ
出演:メアリ・スチュアート・マスターソン、メアリー=ルイーズ・パーカー、キャシィ・ベイツ、
   ジェシカ・タンディ、シシリー・タイソン、スタン・ショウ他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
今から9年前に鑑賞している。当時から好きな映画で、WOWOWで放映があったので、久しぶりに
観てみた。初見の感想は下記にリンクを貼り付けて置きますので御覧ください。

おおよその感想は変わらない。当時は映画の仕掛けの説明が下手だった。この映画は、キャシー・ベイツ
とジェシカ・タンディの現代パートと、ジェシカが語る、イギーとルースの友情パートに別れ、ぞれぞれに
カタルシスが用意されているので、楽しみは二倍という感じだった。

ジェシカが語る、イギーとルースの話に触発され、愛しているには愛しているのだが、妻のことを全く
顧みない夫を抱えたキャシー・ベイツの生き方が、変化していく。二つのストーリーに緊張感があり、
面白く観ることが出来るという仕掛けだ。

とにかく清楚なジェシカ・タンディとイギーのメリース・チュワート・マスターソンがいい。加えて
キャシー・ベイツも好演。セリフの中には「ミザリー」を彷彿させるものがあったり、ハンマーを持つ
シーンがあったりえ、洒落も効いていた。

過去の物語に登場する3人は、それぞれに愛する人との別れが何回かあり、それを乗り越えて行きて
いくのだが、そこにはいつも支えてくれる友人がいた。ラストあたりでジェシカとベイツが語るセリフの
中にジェシカの「この世に生まれて一番良かったと思えること、それは友人を得たことよ」ということに
尽きる映画だという感じだ。友達の少ない私などは羨ましい限りだ。

「人のために何が出来るか、ましてや愛している人に何が出来るか」を考えながら日々を送る幸せ
それは禁酒法時代のイギーの若い頃であっても、使用人である黒人のビッグ・ジョージやジプシー、そして
浮浪者のようなスモーキーであっても、善を施すところ必ず善で報いられるという・・・。キリスト教の
教義的な匂いがないではないが、二度目の鑑賞でも爽やかで、勇気を貰える良い映画だ、と感じた。

また舞台がアラバマであり、時代背景も似ているし、イギーとおきゃんぶりが似ているスカウトとの対比も
あり、「アラバマ物語」を思い出す人も多いかもしれない。人種やジェンダーなど今日でも通用するテーマも
あり、今見ても決して古さを感じさせない佳作といえよう。

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer: Audience Score: >
<Metacritic=64>
<KINENOTE=76.6点>




by jazzyoba0083 | 2019-05-14 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)